始まりの漁村

色々な出会い

 黄金に輝く金髪は絹のように流れ、青い瞳はどんな宝石よりも深く、雪のように白くきめの細かな肌には最近お手入れサボって無精ひげが野性の色気が醸し出される。


 身なりは質素、安物ダサイ服装に麻の薄緑のズボン、黄ばんだシャツなのだが、その下の肉体美は隠しきれない。常人よりも頭二つは超える長身、一見すればスレンダーに見える長い手足はバランスがいいだけでしっかり筋肉、厚く熱い胸板に浮き出る血管、照かる肌、それら全てが鍛えに鍛え抜かれている。


 腹筋が生み出す陰影が、美しい。


 超然たる雰囲気、一見してただものではないと感じさせてしまう立ち振る舞い、無駄な装飾品などはなく、荷物も最小限、鞄に空の水筒を背負ってるだけ、唯一の装備品は、その手で輝くハルバードだけだ。


 だがそれ一つ、その煌きだけででも、この俺が何者であるかを静かに、雄弁に、力強く示している。


 エリィートだ。


 その権化、控えめに言ってこの姿、芸術的、いやありとあらゆる芸術が目指すべき美の到達点、エリィートのボキャブラリーを用いても言い表せる言葉が見つからない。非の打ちどころがないのだ。


 唯一の短所とも見られかねない黒く変色した両手の指先さえも、その経緯を知れば点じて中身の美を滲み出す、ある意味で最も美しい長所となることだろう。


 正にエリィート、頂上たるエリィート、世界のエリィート、エリィートったらエリィート、そんなエリィートな俺が、まさか頭痛と発熱に苦しめられようとは、神でさえ夢にも思わないだろう。


 病名は確か『中央病』と言ったか、この二、三年の間に発見された、帝国国内で百例に満たない難病、その珍しさは良しとしよう。


 症状は突発性の頭痛と発熱、原因不明、治療不可能、新たな困難はエリィートにとって立ち向かうべき脅威、即ち輝ける舞台なのだ。


 しかし、この頭痛の治め方は気に入らない。


 どいう言う理屈か唯一の治療行為、症状治める方法が一定の方向、具体的にはこの帝国の『中央』へ移動すれば緩和される。実際緩和される。


 周囲の環境でも特定の物質でも温度でも体調でも食事でもなく、ただ物理的に移動するだけで治る。その理屈、不明、だけどもしっかりと治まる。


 謎の多い病、追記するならばこの症状は晴れた日の休日に頻度が増し、夜や雨の日にはぱったりと止むことが統計学上優位であるらしい。


 そこから心因性が疑われるとの論文も出ているがこれはナンセンスだ。


 凡人はともかく、このエリィートに心の挫折などあり得ないのだ。


 こう言うの、エリィート好きくない。


 それでも、移動しなければ頭痛は治まらず、治まってもすぐに戻れば再発するため、必然的に前へ前へ、中央へとの移動を強制される。


 まるで誘導されているような感覚、巷では『導き病』などと言って神からの啓示だとのたまう輩もいるらしい。


 そんな病にかからなければ、このエリィート、このような漁村に来ること、生涯なかっただろう。


 帝国領土がぐるりと囲う『内海』の南側、つまり北側を海に面した小さな集落、領土のほぼ中央にあるというのに名前さえあるかも怪しい寂れ具合、かけられたままカビの生えた網から打ち捨てられて相応の時間が経過されていると推察できる。


 寂れた漁村、だというのに村の人の数は溢れていた。


 大半は外見の崩れた傭兵もどきだ。


 死体からはぎ取ったのかつぎはぎの装備、錆てて手入れのされてない武器、揃いの紋章を付けてどこぞのギルドに属しているようだが、まだ昼だというのに酒臭い。


 そんな連中の相手をするのは商人たち、空き家を勝手に占領しているらしく、狭い道を更に狭くして、道ゆく人に怪しい商品を売りつけている。その半分はまだ許せる品だが、残りは法外な値段の頭痛薬、足元みてのえげつない商売、なんと醜い。


 それらが集まり、まぜこぜとなった朝の市場、はエリィート好きくない。こんなところにいてエリィートが汚れる前に速やかに離れようと歩を進める。


「おぉい!」


 ……と、声が響いた。


「な、何をするんだ!」


 男の、だけども子供のように甲高い声、思わず振り向けば、人垣が割れ、できた輪の中央に、黄色い背中が三人、目に入った。


 黄色は鎧、そのように色を乗せてるかはいらないが三人お揃いの質の良いセットもの、頭に兜はなく、背にはマント、腰には剣、左手には盾、総合して見れば真っ当な装備に見える。


 共通の色、装備、恐らくは仲間という目印、エリィートが知らないということは軍ではなく民間、護衛ギルドか傭兵か、どちらにしろエリィートではないだろう。


 その中の真ん中の一人、赤い髪をトゲトゲさせた若めの男、大げさな動きでくるりと回れば、右手には木のカップ、そして正面股の間がぐっしょりと濡れていた。


「どうしてくれるんだ! この装備はミストラルの最新モデル! それも初期ロッドの直接手縫いでものすごい高いんだぞ! それをぶつかって汚しやがって! ワインの染みは付いたら取れないんだぞ! どう責任取ってくれるんだ!」


 やいのやいの、たかだか染みぐらいで喧しい。


 それも怒鳴りつけている相手は、尻もちからまだ立ててない、小さな子供だった。


 ぼろ切れとしか表現できない服の上にこれまたぼろいマントを羽織り、頭には傘のように大きな帽子をかぶって、それを押さえる汚い手袋の小さな手が震えて見る。その姿、先ほどまで話していたチビだ。


 このハルバードに興味を示し、このエリィートの話を熱心に聞いていた、先見の明が明るいチビ、突如の頭痛でその場を離れたこの俺を心配してついてきたに違いない。


 それで前に目がいかず、ぶつかってしまったのだろう。ドジな奴だ。


「黙ってないで何とか言え!」


 中央の黄色、業を煮やして手を伸ばし、チビの頭から帽子を弾き飛ばす。


 そして初めて見せたチビの素顔は、猫だった。


 露になったのは薄茶色の短毛に飛び出た細い糸髭、そして頭には三角の耳、いわゆる猫耳がピンと立った髭の生えた猫顔、いわゆる『ケットシー』、帝国外では『バステト』とも呼ばれる少数民族、平たく言えば猫の獣人、その子供の顔がそこにあった。


 まんま猫の顔、にもかかわらずその表情は人に近く、その緑の瞳が恐怖に振るえてるのを、エリィートでなくとも見てとれるだろう。


「くっそ、汚ねぇ獣人がなんでこんなとこに、うっかり触っちゃったじゃないか」


 男の声が低くなる。


 顔が見え人種が割れた途端に侮蔑の言葉、その感情は怒りに蔑みが混ざる。


 人種差別、これは珍しい。


 一昔前の拡張路線の帝国でならばまだしも、近年の融和路線の帝国では公では禁止されている古い風習、少なくとも、このエリィートが属する世界にこのような無意味な人種差別など、滅多に見られるものではなかった。


 相手が獣人のただの人も、同様の少数民族であるエルフだのドワーフだの、そこに差異を、ましてや上下を求めるなど無意味でしかない。


 みな等しく、エリィートの前ではただの凡人でしかないのだ。


 そんな凡人が、他の凡人を凡人だとなじる光景、滑稽であり、醜悪でもある。


 犯罪とまでは言わないまでも、褒められる行為ではない。しかし、それを止めようとする者はこの場にはいない。


 進んで参加するものもいないあたり、関わり合いたくないといったところだろう。差別は良くないとは思っても、それを積極的に止めようとも思わない、実に凡人らしい考え方、これを咎めたら『綺麗ごとだ』と反論することだろう。


 だが肝心なことを忘れてる。だから凡人なのだ。


 綺麗ごとは、綺麗なのだ。


「やめたまえ君たち!」


 讃美歌のような美しい声が市場の喧騒を黙らせ、この場の時を止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る