活躍の時
集まる注目、高鳴る期待、やはりエリィートの登場はこうでなくてはなるまい。
あとは声援と拍手喝采が必要だがそこまで初見に求めるのは酷というもの、これからじっくりと教えていけばよい、などと思っていたら真っ先に動いたのは尻もちついてたチビだった。
ネコ科特有の転がるような機動、黄色男三人とその他大勢の足元を駆け抜け、滑り込むようにこのエリィートの背後に隠れる。
チビ、わかってる。
「な、なんだよお前は!」
そう声を上げながら見上げてくる黄色たち、彼らは別に背が低いわけではない。ただエリィートが美しく長身であり、その結果どうしても見比べられて、低く見えてしまう、それだけのことだった。
「関係ないやつは入って来るなよ!」
そんなエリィートに向けられる、また甲高くなった声に、そうだまだ名を名乗っていなかったと思い出す。
全てのものたちが自分の名前を知っているなどとはおこがましい思い上がりなのだ。
「俺の名前はパズマン! パズマン=チャールダーシュ! 見ての通りハルバード使いのエリィートだ! 訳あって流浪の旅をしている! そこのチビとは確かに関係ないエリィートなのだが! 弱いものいじめは見るに耐えん! ここは手を出させてもらうぞ!」
我ながら素敵な口上に静まる場、言葉が染み渡るような沈黙、対峙する黄色たち、反論してきたのはやはり中央の黄色だった。
「よ、弱いものいじめだと?」
きょとり、声が裏返り、だけども一歩引いた状態、絵物語に出てくる雑魚のような反応、これだから凡人はわかりやすい。
「見ろ! この汚い獣人がぶつかってきて! 持ってたワインをこぼしちゃったんだぞ! しかも素手で触っちまったから手も臭い! こんな目にあった僕は被害者だ! これをどう弁償するか問い詰めるののどこが弱いものいじめなんだよ!」
戯言聞き流しエリィート、ご機嫌なハルバードを構える。
大衆がエリィートに求めるのはお喋りではないのだ。
『ポール・ソード・スタイル』
槍の穂先を下に、斧の杖根あたりを両手で掴んで、石突を上に、本来の柄を剣身に見立てての剣術の構え、ハルバードが本業とは言え、エリィートは万物の武器に通じており、こんな真似事もできるのだった。
もちろん刃が付いていないから切ることはできず、ただ相手を打ち据えるだけで殺さぬ手心の構えではあるが、斧の刃の重心が手元に来る分、操作しやすく、打ち合っても本来の刃も欠けないことから防御に使える構えでもある。
子供相手に絡むような凡人、ぶった切るのが本来のエリィートなのだが、時代の流れか、帝国から死刑制度が失われて早や十年、緩くなったとも良くなったとも言われてるが、そんなご時世に鑑みて手足をへし折るだけで済まそうというエリィートは最先端だ。
「成! 敗!」
そういったエリィートの手心入った横薙ぎを、男は生意気にも大きく飛び退き、背後にいた残り二人にぶつかりながらも回避して見せた。
「おいちょっと、おい! ちょ! ちょっと待て! おいってば!」
口だけでなく逃げ足も男は早く、何度追いかけ攻撃を放つも転がるようにことごとく回避しやがる。
「ちょっと待てって! 何でいきなり暴力が飛び出てくるんだ!よ」
「何でも何も、周りを見るのだ」
あまりにも情けない男の顔に、思わずエリィート、同情から説明に入ってしまう。
「お前は子供相手にぶちぎれたチンピラ、そこへさっそうとエリィート登場、共に武器を持ち、ならば周りが求めるのはそう! 勧! 善! 懲! 悪! 悪であるお前がこのエリィートに叩きのめされ、泣きながらこう叫ぶ『オボエテロヨー』そして始まる拍! 手! 喝! 采! エリィート! だというのにお前と来たら一向に剣を抜いてかかってこない。これではまるでこのエリィートが弱いものいじめしてるようではないか!」
「だ、だからっていきなり襲って来るかよ!」
「問! 答! 無! 用! ちゃんと全年齢を考え鈍器で骨折、片手片足に新しい関節造るだけで勘弁してやろうとこのエリィートが気をもんでいるのだ! さぁ! 潔く敗北するのだ!」
「……なんだよこいつ」
たらりと冷や汗垂らし、怯えた眼差しでエリィートを見つめ返してくる男、やはり凡人、ここまで来なければ事の重大さを理解できてなかったと見える。
ならやはりここは刃物で、命はとらないまでも一生残る傷跡与えやれば、それを見る度、あるいは痛む度に今日のことを思い出せるようになるだろう。
それは後悔と共にこのエリィートに出会えたという、かけがえのない思い出のひとかけら、あぁ良いことだった。
よし、ならばと構えを直すエリィートの前に、ふらりと人影、立ちふさがった。
「何やってるのあなたたち!」
響く声は女のもの……そしてその横顔一目見て、このエリィート、不覚にも息を呑んでしまった。
ただ、それは美人だからではなかった。
いや、美人ではある。
それ以前に女は、折れそうなほどに細く、華奢だった。
男物らしい黒の長そで長ズボンで、黒のブーツに手袋に外套、頭には幅広の黒の帽子、肩まで伸ばした髪までもが黒い。
それらの黒に隠しきれないほど細い手足、薄い胸、折れそうな首、背丈もチビよりも頭一つ大きいぐらいで決して大きくはなかった。
そんな黒一色の女なのだが、わずかに露出している肌は逆に病的に白く、その顔は黒と対比により輝いてさえ見えた。
そしてその顔、やたらと長い眉毛、目の下にはやはり黒のアイシャドーがべったりとぬられていて、それでも誤魔化せないほど、色白で、頬がこけて、やつれている。
総じて栄養不良、ちゃんと食べれてるのかと、倒れてしまうのではないかと心配になる容姿にこのエリィート、見とれるのではなく心配して、思わず息を呑んでしまった。
だけれどもそんなエリィートの息とは裏腹に、女の背筋はピンと正しく、黒い瞳はランランと輝いて、発する声には張りがあった。
「何をやってるか訊いてるの、誰か説明なさい」
「ち、違うんだカレンさん!」
カレンと言う名前らしい女へ、引いてた黄色い男が高い声で応えた。
「違うって何がよ」
「あいつが絡んできたんだよ! ていうかあいつおかしいんだよ! いちゃもんつけてきて割り込んできて! それでいきなり斧振り回してかかって来いって」
「ハルバードだ! ただの斧ではない! いいかこれは!」
「入ってこないで!」
このエリィートがわざわざ訂正してあげているというのに、それをカレンは遮りながら、黄色い男へ睨みを効かせる。
「言いたいことはそれで全部? この出発前に? 後ろ向きに歩いててあの子にぶつかったことや、それに怒って手を出したことは?」
「それは」
「私は、あの男が何者かは知らないし、興味もないけれど、それら一部始終、私が見てたってこと、忘れないでよね」
冷たい言葉と共に腕を組んで睨むカレン、その強い眼力に押し負けて男、残りの二人を無言で引き連れ、人込みの中へとそそくさと消えていった。
エリィート、活躍し損ねた。
せっかく沢山の目が合ったのに、誰も打ち倒さず、ハルバードも見せただけで終わるとは、残念ではあるが、このカレンという女に手柄を譲ってやったと思えば、エリィートはエリィートだから、まだ我慢できる。
そのカレン、男らが立ち去り、周囲から興味が薄れる中、すぐそこに叩き飛ばされてたチビの帽子を拾い上げると、俺の目の前で膝を折り、そして差し出してきた。
「驚かせちゃったわね」
これまでとは違い優しい声、これを聞いてチビ、俺の尻より静かに出てきて手を伸ばすやひったくり、そしてまた尻に戻った。
これにカレン、儚い笑みを浮かべ、それから立ち上がり、このエリィートにその眼力を向ける。
「うちのものが突っかかったこと、謝るわ。けどそちらもそちらよ。私、見てたんだからね。いきなり斧振り回して」
「ハルバードだ」
「一緒よ。ともかく、こちらからかかわらないように見張っておくから、そっちからもこっちにかかわらないで、いいわね」
生意気にもこのエリィートへ指示してくるカレン、しんがらも腰の後ろから皮袋を引っ張り出す。
お詫びの品、そんなもの受け取るわけにはエリィートいかない。絶対に断ろうと身構える前でカレン、袋からザラリと出したのは干しブドウ、豪快に口にねじ込みかみ砕く。
これはいけない。ここまで人を期待させておいて、ましてエリィートをがっかりさせるなんてマナー違反、人道の危機、重大な懸念という物だ。ここはちゃんと、ちゃんとわからせなければ、些細な間違いでも指摘し修正させるがエリィートの役目なのだ。
ズキ!
「あへええええええええ!!!」
だというのに、タイミング悪い頭痛がそれらを台無しにする。
これでは尻尾を巻いて逃げると同じ事、そう理性は考えられても、耐えがたい苦痛を前にして、いくらエリィートとは言え漏れ出るは悲鳴しかない。
顔をしかめて一歩引くカレン、再び集まる視線、引っ張られるズボンの尻、何もかもなげうってこのエリィート、逃げるようにこの場から離れるしかなかった。
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