第7話




 フォール王国の宮廷で、一大事件が起きた。


 王宮は、社交パーティの真っ最中だった。

 国中の貴族や名士が一堂に会して舞踏会を行う。国内だけでなく、周辺諸国の貴賓も招き、華やかな宴が開催される。ドレスに身を包み、髪を飾り、優雅に舞い踊る女性たち。それをエスコートする、仕立てのいいスーツを着た男性陣。

 玉座に座ったサザーランド国王が、国内の並み居る美女たちを眺め、ご満悦。

 だったが、お目当ての女性ヴィクトリアが来ていないので、どうしてもそわそわしてしまい、国王自身は、心から楽しんではいなかった。

 それでも、何事もなくいつもの様に宴も二時間ほどが過ぎ、それなりに盛り上がってきたところで、突然、事件は起きた。

 爆発。玉座を中心に、煙が上がっている。

 騎士団長のグトルフォスが、慌てて駆けつける。

「陛下! サザーランド国王陛下! 何処におわす! ご無事ですか!」

 煙が晴れてきた頃、なんとか、国王は発見された。

 幸い、衝撃と煙が大きかった割に、国王に怪我などはなく、ただ、顔と服にほんの少しの煤が付いている程度だった。

「一体全体、何事だ?」

「何者かによる、攻撃です!」

「何者とは何者だ!?」

 常からそうだが、より一層、声がでかい。つまりうるさい。が、状況が状況なだけに、これは致し方ない。

「これは、近代兵器ではありません。魔法による攻撃です。魔法は、今や、時代遅れの技術。使い手の数自体が少ない。今この国で、攻撃魔法を使えるのは」

「先日のガイアナの報告にあったな」

「魔法を研究している、イグアスとその弟子。そしてもう一人、魔王ヴィクトリア」

「イグアスは、禁呪を研究しているとのことだったか……?」

「禁呪の中には、遠隔で攻撃する魔法もあるとのことです」

「許せん。しかし、なぜ、イグアスが私の命を狙う?」

「非常に高度に政治的なお話ですが、国王陛下は、もともと、魔王ヴィクトリアに求婚しようとしておりました。しかし、それをイグアスに先んじられ、しかも、それを許した」

 グトルフォスの推測に、国王の声が小さくなる。反比例して、深刻度合いは増した。

「それを知るのは、今やハバスとイグアスのみ。我がチューリップ好きの王妃にも伝えていないのだ。情報の扱いは慎重にしろ」

「わかっております。私の考えとしては、国王がヴィクトリアを社交パーティに呼ぼうとしているのを知り、今になって、イグアスめはそれが気に食わないのではないか、と」

 グトルフォスも心得ており、更に声を潜める。

「であれば、勇者イグアスを捕まえてこい。私自らが、尋問する」

「御意」

「しかし、どうやって戦う? 仮にも相手は勇者。一般の兵士では、勝ち目はなかろう」

「彼に対抗しうるメンバー五人を使い、五人がかりで包囲します。一vs一では最強でも、一vs五なら、勝てます」


 社交パーティのまさに当日。

 イグアスは、王宮からは離れた自分の小屋で、自分のパートナーである魔王と、リモートで話をしていた。魔王は、この場にいない。この異世界には、スマホはない。スマホはないが、魔法が使えると、鏡などに自分の姿を写し、遠隔通話ができる。逆に現実世界では、魔法がなくても、スマホがあれば話せる。魔法と科学の違いはあれど、必要のあるところに発明があるものだ。

「イグたーん! 久しぶりー! 元気してたー?」

 鏡に映る美しき巨乳の魔王は、二〇年経ってもデレデレ新婚気分だった。

「元気だよ、ビクトリア」

「元気ないなー。浮気してないよね?」

 笑い事ではないテンションに一気に持って行かれる。

「開口一番それか。してないよ。してても言わない」

 イグアスが、大人の余裕でかわす。

「まあ、イグたんは巨乳好きだから、私以外に興味ないだろうし、弟子の二人は女とは言え色気と呼べるものがまったくない貧乳って聞いてるから、あんまり、あんまり、ほんのちょっとしか心配してないんだけど、でも、浮気するなら、ばれないようにしてね」

 めちゃくちゃ心配してるじゃねえか。

「ばれたらどうなる?」

「昔付き合ってた男が浮気した時は、その男の国を、七日間炎で燃やし尽くした」

 怖えよ。

「そもそも浮気しないようにします」

「もし、イグアスの国を攻めたらどうする?」

 笑い事ではないレベルで、不穏な内容の雑談が続く。

「その時は勇者としてまた戦って……いや、もう無理か」

「あれ。珍しいね。弱気?」

「ちょっとね」

「夫婦間に隠し事はなしだよ」

 そう言われて、イグアスも意を決して話す。

「数日前、弟子とケンカしちゃって。なんというか、もう、あの戦争から二〇年も経って、僕の時代じゃなくなったんだなあって——」

 と、くそ真面目な話を始めたが、

「ちょっと待って。ごめんなさい。なんだか、王宮に不穏な気配がある」

 せっかく意を決したのに、断ち切られた。

「あれ? 今どこにいるの?」

「フォール王国の宮廷。たまには出席しようと思って、社交パーティに。ごめんね、ちょっといってくる」

 通信が切れた。

 そのタイミングを見計らったかのように。イグアスの小屋の扉が、力強く叩かれた。何度も何度も。激しく、扉をぶち破らんばかりの勢いで。「国王軍の者だ!」と、声がする。

「出てこい、勇者ならぬ叛逆者イグアス! 第一級国家叛逆罪で逮捕上が出ている。大人しく縛につくのであればよし、抵抗するならば、抹殺命令も出ている! 出てこい!」

 宮廷から、国王の密命を受けてきた、グトルフォスの声だった。

 外の騒動を聞いて、地下室から、ガラと、ヨセミテが、不安そうに駆けつけてくる。

「イグアス先生! これって——」

「国王軍だ。囲まれてる」

「まさか、私のせいで……?」

 ガラの禁呪の研究。バレた?

「いや。どう考えても周到すぎる。とにかくこの場から逃げよう」

「私の研究が、悪かったんでしょうか?」

 ガラが、不安になってる。

「わからない。今はまだ、なにもわからない」


 王宮では、大きなけが人もなく、混乱が多少収まりつつあった。だが、新しい騒乱が、場に生じていた。

 サザーランド国王の前に、美しき魔王が、現れたのだ。

 それだけで、場はどよめき、その美しさに誰もが心奪われ、国王は、元気が回復した。

「おお、おお! ヴィクトリア! 久しいな。会いたかったよおおおおおお!」

 感動に差がある魔王は、簡潔に答えた。

「これは何の騒ぎですか、サザーランド国王」

「今、国王陛下が、魔法により攻撃されました。あなたの夫、イグアスから」

 目がハートになってる国王に代わって、従者ハバスが答える。

「バカなことを。そんなはずないでしょう。大体今、あの人がどこにいるかわかってるの?」

「聞くところによると、どこにいようと関係なく、次元を越えてまで攻撃できる禁呪を放ったと報告にあります」

 それを聞いて魔王は笑った。美しく。

「禁呪? 馬鹿馬鹿しい」

「いや、一番疑わしいのは、あの男なのだ。あなたがどうかばおうと、イグアスは、現時点を以て、国家に対する大罪を犯した者として断罪し、勇者の称号を過去に遡って剥奪する」

 聞くだけでも馬鹿馬鹿しいとばかりに、美しき魔王は一言だけ吐き捨てるように言った。

「愚かしい」

「これにより、二〇年前に成立した、ヴィクトリアとの婚姻も無効とする」

 ハバスの言葉に、魔王が、今回の意味不明な謀略、その意図するところに気づいた。

「……なるほど、謀ったんだね。私たち夫婦を陥れるために」

「余計なことはしない方がいい、ヴィクトリアよ」

「仮にも元魔王の私を、怒らせないで。この国を一年間氷漬けにも、決して消すことのできない炎で焼き尽くすことだってできるのよ?」

「脅迫か? やれるものなら」

 魔王の言葉にも、国王は引こうとしない。美しき魔王は、やれやれと、魔法を唱えようとする。詠唱。そして、効力の発動。のはずが、何も起きない。

「なぜ? 魔力が込められない」

 魔法を唱えようとするが、魔力が上がらない。

「先の大戦以来、軍事技術は近代武器へと変貌しました。それに合わせ、玉間を、魔法防御の要として作り直しました。この玉間では、あらゆる者が、魔法を使うことはできません」

「魔王ヴィクトリア。そなたは、今、この玉間において、魔法の使えぬ、ただの非力な女。いや、美しき獲物」

 国王の、勝ち誇った下卑た笑いが響く。

「卑怯者……!」

「最初からこうするべきだったのだ。たかが臣下たる勇者なんぞに譲ったのが間違いだった。魔王ヴィクトリアよ。そなたを、フォール王国国王サザーランドの第二王妃として迎える」

 国王が、二〇年越しにその思いを遂げようとしていた。

 ハバスが、抵抗する力を失ったヴィクトリアを拘束する。

「生涯を、この魔法が通じぬ玉間で暮らすがよい。なに、不自由をさせるつもりはない。私は寛大な王なのだ。では、ハバスよ。お前も、イグアス捕縛に向かうがいい」

 ハバスが勅命を拝そうとした、その時。一通の報せが届いた。

 その報せを見て、ハバスの顔色が変わる。

「恐れながら陛下。私の一人息子が、熱を出して寝込んでいると報せが。本日は、国中がパーティで浮かれていて、医者に行くことができません。急ぎ家に戻り、息子を隣国の医者に診せに行くご許可をいただきたく存じます」

「なぜだ」

「は?」

 国王も、ハバスも、どちらも相手を心底理解できないという風に見つめ合った。鷹揚に口を開いたのは、王だった。

「ハバス。お前への命令は、イグアスの元へ行くこと」

「ですが、陛下」

「ならん。勅命と家族なぞ、天秤にかけることが不敬。わかっておるな、従者ハバス」

「御意」

 ハバスは、今の自分の表情を見せない様に注意しながら、恭しく臣下の礼をした。


 イグアスたちは、小屋の地下室にある隠し通路を抜けて、小屋から遠く離れた井戸を出口に、地上に出てきた。遠くに見える小屋は、国王軍に囲まれ、中も捜索されているようだった。

「とりあえず、まだ気づかれていないな」

「これからどうしましょう」

「今は何とかなったが、これから先も国王軍をまくことは、できないと思う。とにかく、一度釈明をしないと。誤解だとわかれば、国王陛下も軍を引いてくださるはずだ」

 ヨセミテの不安を何とかするために、イグアスは努めて冷静に優しく言った。が、

「無理ですよ」

 ガラには効果がなく、弱気になったままだった。

「無理かどうかはやってみてから判断するさ。こっちの方向なら、ビクトリアの魔王の城があるはず。あそこなら、しばらくは国王軍も手を出せないだろう」

「無理ですよ!」

「どうしたんだ、ガラ。いつもの強気な君らしくない。大丈夫。何とかなる」

 しかし、ガラの焦りは収まらない。

「何を根拠にそんなことを言ってるんですか? 軍まで動いてるんですよ?」

「大丈夫。僕はかつての英雄だ。今だって、君たちを護ることくらいはできる」

「私たちのこと、見捨てたんじゃないんですか?」

 ヨセミテが、半ば喧嘩腰に言う。

「……この間のことは、本当にすまない。キツいことを言いすぎた。そう簡単に許してもらえないってことも分かってる。だけど分かってほしい。僕は絶対に、何があっても、君たちを見捨てたりしない。大丈夫。僕が護る」

 イグアスが、優しく諭すように言うが、ガラはまだ、かたくなだった。

「そういうことじゃないんですよ!」

「そうだね。助かったら、改めて二人から怒られるし、ちゃんと二人に謝るよ。そのためにも、まずは無事に逃げないと。さあ、行こう」

 イグアスが、方向を確認し、二人を先導して歩き始めた。

 その瞬間、イグアスの右脇腹を、激痛が走った。背後から短剣で刺されている。

 敵!? こんな近距離まで、接近を許すなんて! 油断!

 と、振り返ると、短剣を持ち、刺したのは、敵ではなかった。いや、敵ではないと思っていたのは、この場ではたった一人だったのかも知れない。

 イグアスを刺したのは、ガラだった。更に、その背後には、木剣ではなく真剣を振りかぶった、ヨセミテの姿があった。

 イグアスが、慌てて剣を抜こうとするが、突然、身体が固まってしまい、動けない。

 ヨセミテが、剣を振り下ろす。左肩から腰にかけて、袈裟斬りに斬られた。

 剣で正面から斬りつけられるのは実に二〇年ぶりだ。噴き出す血を見ながら、イグアスは、そんなことを考えていた。

 斬ったヨセミテの、その影の中から、黒い装束をまとったサムライにしてシノビの、ガイアナが現れた。

「ガイアナ……忍術か……!」

「いかにも。忍法影モグリ。ついでに、今、あんたの動きを止めているのは、忍法影縫い。どうよ?」

 ガイアナが、顔全体をゆがめるほどの満面の笑顔が、イグアスの目の前にあった。

「いつから……?」

「油断大敵、火がぼうぼう。この間会った日から、ずっといたよ」

 そして、ようやく気づく。

「ヨセミテ、ナイア・ガラ……君たちは……!」

「ごめんなさい、先生」

「知らねえだろうから、教えてやるよ。二人は、スパイだよ。グトルフォスのね」

 ガイアナが、刀を抜いて、振りかぶる。

 動けぬイグアスの身体を、ガイアナの刀が走る。見習いのヨセミテの剣とは、太刀筋が違う。人を効果的に殺すための、サムライの剣だ。

 イグアスの悲鳴が、荒涼たる大地に、響き渡る。


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