第5話




 勇者イグアスによる、魔王ヴィクトリアの討伐から二〇年後。


 フォール王国は、平和だった。平和すぎて、特に何の業績もない国王のサザーランドは、この二〇年、失政もなく、つつがなく王国を維持していた。

 そこに、不穏な空気を持ち込むやつが出てくるまで。

「国王陛下。グトルフォス騎士団長です」

 国王の従者ハバスが、来客を告げる。

「通せ」

 面倒くさそうに、国王は答えた。

「もっとやる気出しましょうよ、国王」

「わかった。通せーーーーーー!」

「声だけでかくすりゃいいってもんじゃないです」


 ハバスの案内に従って、フォール王国の王国軍騎士団団長、グトルフォスがやってきた。

「サザーランド国王陛下には、本日もご機嫌麗しゅう。お慶び申し上げます」

「お主の話は、いつも堅苦しくて肩がこるなあ」

「恐縮です」

 まったくほぐれない。

「まあよい。騎士団の予算の見直しは、先月行ったぞ。あれ以上は出せぬ」

「その節は、大変寛大なご処置を賜りまして、ありがとうございました。予算については、まだ正直足りない面もありますが、後はこちらで何とかいたします」

「任せる。用が済んだら、さがってよいぞ」

 面倒くさそうに、追い出そうとする。いつもならこれで終わりのところだったが、

「本日伺ったのは、その件ではありません。実は、非常に高度に政治的なお話なのですが」

 と、食い下がってきた。

「うちの妃は、今日は宮殿にチューリップを植えると言っていたぞ」

「王妃様と、政治的な話の、どういう関係が……」

「いやなんでもない」

 お前もどっかの勇者と同じで、話が通じない朴念仁なんだな、という言葉が途中まで出かかっている。

 高度に政治的な話ということで、人払いが行われた。

 国王サザーランド、騎士団長グトルフォス、従者ハバスの三人だけになった。

「陛下。国家を揺るがす重大な情報です。まずは、予定されております、社交パーティの中止をお願いしたい」

 王室主催の社交パーティは、国を挙げてお祭り騒ぎをし、国内外から、たくさんの美女と少数の政治的に重要な人たちが集まる、国王にとって楽しみにしている行事だった。

「何を言うか。私がどれほど、社交パーティを楽しみにしていたか。中止などありえぬ」

「しかし、この情報を聞いては、中止にせざるを得ないでしょう。『勇者イグアスに謀反の兆しあり』」

 場が凍り付く。

「何をバカなことを。あの男は、国の英雄だぞ」

「二〇年も前の、英雄です」

「そうだ。私が即位してからの二〇年、この国が平和でいられたのは、あのとき、イグアスが魔王を討伐したおかげだ」

「討伐と言えば聞こえはいいですが、実際には、魔王をただ籠絡し、妻として娶っただけです」

「それは、いろいろと経緯があったのだ。古傷をえぐるな」

「古傷……?」

 魔王を自分の妃にしようとして失敗した、つまり、フラれた話。

「その件に関しては、騎士団長といえど、深入りはご遠慮ください。非常に高度に政治的な話なので」

 ハバスが横から口出しする。二人とも、バレたくないらしい。

「まあ、いいですが」

「いずれにしても、あの男は実直な男で、謀反など起こすことはないよ。特にここ数年は、要職にも就けていないはず」

「それこそが問題なのです。二〇年前の英雄が、一時期は国王軍の剣術指南役まで務めるも、今は、騎士団見習いの人間の面倒を見る、いわば閑職に追いやられている。溜まりに溜まった不満が、噴出しそうだとのもっぱらの噂です」

「美しい妻がありながら不満があるなど、信じられませんな」

「美しいからだろうなあ」

 国王もハバスも、美しき魔王の姿を思い浮かべている。

 二人とも、まだ魔王のことを引きずっているらしい。確かにちょっと、胸が大きくて、というか、だいぶ巨乳で、そのくせスタイルがよくて、お腹はきゅっと引き締まってるわ、尻はプリンとまん丸だったわで、いい女だったけど、俺の好みでもあるけど、それは二〇年前。

 今は——

「元が魔族の魔王なので、二〇年前から年を取らず、むしろ年々美貌を増している感すらありますからね」

 マジかー! 俄然、興味が沸いてきた。

「また逢いたいなあ。今度の社交パーティ、招待は送ってるはずだが、来てくれるかな」

「恐れながら、ここ数年、そもそもヴィクトリア様はお見えになっておりませんので、なんとも」

「だよなあ! なんとかならんかなあ!」

 国王の嘆きの深さは、声の大きさで分かる。かなりでかい。

「国王陛下!」

「はいっ!」

 ハバスと国王の軽い世間話に、蚊帳の外に置かれたグトルフォスが、口を挟んでくる。

「あの魔王ヴィクトリアは、魔性の女です。この王国の人間たちは、骨抜きにされてしまいました。このままでは、国が国としての力を持つことができません」

「それは、否定しにくい」

「それに、勇者だかなんだか知らないが、時代遅れの剣士ごときに、これ以上、好き勝手にさせるわけにはいきません」

「勇者イグアスは、確かに、魔王ヴィクトリアを妻にした。そのことについては、私どもの想定外だったと言えよう。だが、それを以て、しかも二〇年も経って今更、それを罪などと言うのは厳しいぞ」

 国王のいうことは、もっともだ。

「いいえ、その件ではありません。今まさに、国家転覆を謀らんと画策しているのです」

 イグアスが? まさか。そう思ったのは、俺だけではなかった。

「騎士団長グトルフォス」

「はっ」

「若干二八歳の貴様を、騎士団長などという要職に就けているのは、その能力と野心に見合った名誉だと思っている」

「過分なる評価を戴いていると思っております」

「二〇年前とはいえ、国の英雄を糾弾するからには、それなりの証拠がなければ許されるものではない。それ以降の発言は、心して行えよ」

 普段は凡庸でありながら、二〇年間、国を統治してきた国王の、これが、本当の姿なのだろう。きっちり、証拠の提示を求める。裏を返せば、証拠さえあれば、その先の話の展開もある、という物言いだ。グトルフォスは、もちろん引き下がらなかった。

「勇者イグアスは、自身の小屋で、禁断の秘術を復活させようとしています」

「まさか。それは、建国以来の禁忌だぞ」

 どうやら、この国は、建国の時に、それまでの混乱と騒乱の時代に跳梁跋扈した魔法を、禁忌として封印し、それを犯す者を国家叛逆罪で裁いていたという。どうにも感覚として掴みきれないが、国を作るために非人道的なことをして、それを国家ぐるみで隠蔽、なかったことにしている、それを暴こうとすると罪に問われる、ということらしい。

「しかし、噂だけでは、どうすることもできん」

「お任せください。ガイアナ!」

 グトルフォスの声に呼応して、グトルフォスの影の中から、人影が現れた。

「お呼びですか、グトルフォス殿?」

「国王陛下。この者は、ヤマト国出身の戦士、ガイアナ。数年前より私の屋敷に、食客として逗留しております」

「王宮に来るのは初めてなもんで、礼儀とかがわからないですが、まあ、お許しください」

 と言いながらも、腰に下げた刀を手に持ち、恭しくあいさつする。

「よい。気にするな。で、この者が何だ?」

「この者は、サムライであり、シノビでもあります」

 その言葉に、国王は興奮した。

「OH! サムライ! シノビ!」

「これが!」

 ハバスも興奮した。じろじろ眺めてる。

 どうやら、現実世界の日本のような国があって、現実世界同様、この世界でも、本国以外のところで、侍や忍者のようなオリエンタル風味なカルチャーは、人気があるらしい。

「スシ! テンプラ! ゲイシャ! カローシ!」

 国王が、知っている言葉をとりあえず並べ立てている。

 本当にどうでもいいんだが、寿司はわかる。芸者もわかる。過労死も、時代設定どうなってんだよと思わなくもないが、まあそれもいい。ただ、天ぷらは、もともと外来語だし、外国の料理じゃないのか、なんで日本の代表みたいなツラしてやがんだよと、いつも気になっている。

「このガイアナに、イグアスの調査を任せてみたいと思います」

「わかった。だが、一国の英雄を、疑うのだ。グトルフォス。もし見当違いの調査結果に終われば、そなたはただでは済まぬことも覚悟しておけ」

 グトルフォスは、目を伏せつつ、ひと言、「御意」と答えた。その口元は歪んでいた。


 一方その頃、当のイグアスと言えば。

 魔王ヴィクトリアを討伐した、二〇年前の戦争後、イグアスは、英雄として凱旋帰国した。平和をもたらした後、騎士団の剣術指南役として任官し、しばらく勤めていた。しかし、二〇年も経った今となっては剣も魔法も時代遅れ。指南役を辞し、騎士団見習いの二人の女性、剣士志望のヨセミテと魔法使い志望のナイア・ガラに個人レッスンをするだけの日々を送っていた。

 王国の外れにある、荒涼とした土地にぽつんと立つ掘っ立て小屋と、二人の弟子が、かつての英雄の、仕事場であり、教え子だった。

 閑職に追いやられた理由としては、噂レベルのものを統合すると、こういうことらしい。英雄になってしまうと、国内での人気が高まってしまい、一時は、国王の人気も凌いでしまった。更に、倒すべき魔王を自分の妻にしてしまったものだから、「英雄と魔王が結託して国家に叛逆をする」という根も葉もないデタラメを否定するために、自ら要職から離れた方がいいと判断したということのようだった。

 魔王が巨乳だからと言うことではない。

 加えて国王からは、魔王と結婚したのはいいが、一緒に住むことは禁じられ、魔王は自分の居城に居続け、イグアスは国の外れの火山地帯の平原に居を構え、お互いに会えるのは年に数回だけという縛りも与えられた。

 巨乳。

 もちろん、魔王ヴィクトリアはそれを不服としたが、勇者イグアスは、実直な男だった。その条件全てを飲み込み、しかも叛逆することもなく、閑職に追いやられても、二〇年間、平和に暮らしてきていた。

 曰く、「世界平和が目的であって、国で出世することは望んでいない」だそうだ。くそ真面目か。ちなみに、魔王との間に子どもは授からなかったらしい。

 巨乳かあ。


 小屋の前の修練場では、ヨセミテが木剣を振るい、ナイア・ガラが、魔法で攻撃する。

 その二人の攻撃を、イグアスが受け、かわし、反撃する。木剣をはじき、魔法を跳ね返す。ヨセミテがはじかれた木剣を拾いに行くが、その隙に、足下を払いのけられ、転倒する。ナイア・ガラが、魔法を詠唱するが、詠唱が終わる前に距離を詰め、魔法を中断させる。魔法が中途半端になり、暴発してしまう。

 ヨセミテは、背の高い痩せ型の女性で、プレートアーマーを身にまとい、気が強そうな顔をしている。ナイア・ガラは小柄で、いかにも魔女のような黒いゴシックドレスに身を包み、杖を持っている。

「先生! もうちょっと手加減してください!」

「してるよ!」

 現実世界では、訳の分からない日本の慣習、謎マナーに振り回されているイグアスだが、転生前は、とても充実していたんだろう。活き活きとしている。

「木剣を拾いに行くところを狙うなんて卑怯ですよ!」

「勝負では、卑怯もへったくれもないだろ」

 見習い剣士相手でも容赦がない。

「あー、さては。先生は、正々堂々と言う言葉を知らずに育ったんですね」

 教え子のヨセミテの方も、口が減らない。

「なわけないだろう。いいか。君たちは、すでに時代遅れになりつつある剣術と魔法を使う。時代遅れとは言え、二人が協力して戦場で使えば、それなりに役に立つと思ってる」

「私が魔法で攪乱して——」

「私が呪文の詠唱するときのガラの隙を護衛する」

「そう。二人で連携すればいいんだけど、全然合わせる気がないんだな」

「合わせようとしてます。ヨセミテが勝手に動くから……」

「言ったな? あんたが、いつも打ち合わせにない動きをするからでしょうが!」

「戦場では臨機応変に動くことが大事なんです!」

 ケンカが始まった。

「練習の段階から勝手に動いてたら、練習にならないだろうが!」

 先生の言うことは、ごもっとも。


 二〇年という時代の流れは、戦場の武器を、原始的な剣や神秘的な魔法から、科学へと変化させた。すなわち、火薬や化学薬品を用いた重火器の登場である。

 これまでは、長年の鍛錬が必要な剣術や、才能がものを言う魔法が幅をきかせていたが、科学的な兵器は、時間も才能も必要としなくなった。隣国で盛んに開発され、軍事技術として流入した新しい兵器類は、騎士団を、騎士団という名前のまま、まったく違う軍隊へと変貌させた。剣と魔法は、もう必要とされなくなった。

 それは、フォール王国でも同様だった。

 そんな中、見習いのヨセミテとナイア・ガラは、そもそも、まだ女性の権利が確立していない世界でのこと、家族からも騎士団に入ることは反対され、更に、肉体の鍛錬が足りず、重火器類に対しての適性も乏しいこと、それに何より、剣と魔法が好きだから、古き良き技術を、イグアスから学んでいた。


「だいたい、先生が、本気で教えてくれないと、意味ないじゃないですか」

 お互いに文句を言い合っていたはずだが、いつの間にか、ガラの矛先がイグアスに向かっていた。

「僕はいつだって本気だよ。だけど、近代戦では、僕の教える剣と魔法の出番は、もうあと数年でなくなるだろうね」

「それでもいいです。これをやりたいし、これしかできないし」

 木剣を大事に扱いながら、ヨセミテが言う。

「だったら、二人とも、もっとちゃんと鍛錬しないと」

「してますよ」

「嘘つけ。基礎をおろそかにして、応用ばかりやりたがるのはよくないぞ」

 言われて、ガラが口をとがらせながら言う。

「昨日から筋トレ始めました」

「昨日からかよ! 何年ここで教わってんだ!」

 ヨセミテがケタケタ笑ってバカにする。

「じゃあお前どうなんだよ」

「三日に一回はやってるよ。先々週から」

 イグアスが、ため息をつく。

「僕が教えたこの二年間がなんだったのか、風に問いかけたいよ」

「多分何も答えてくれませんよ」

「だろうね。一度休憩しよう。休憩したら、もう一戦やろう」

 不平不満の抗議の声は傾聴するも黙殺だ。


 イグアスが、小屋の中に入る。

 ヨセミテとナイア・ガラが、二人で、次の鍛錬の打ち合わせを始めた。

 その影から。

 覆面をかぶり、黒い装束をまとった男が現れた。男が、音もなくヨセミテに襲いかかる。間一髪。ヨセミテは影に気づき、木剣で防御しようとする。が、男が振り下ろした木刀で、一瞬にして、木剣が弾き飛ばされた。

「あうっ!」

 ヨセミテの窮地に気づき、助けようとするガラ。その魔法使いに対して、黒い男は、クナイを投げた。ガラの影が、クナイで地面に縫われる。ガラの動きが止まる。動けない。

 騒ぎを聞いて、イグアスが、木剣を持って小屋から出てくる。イグアスの姿を見つけ、黒い男は、攻撃対象をイグアスに変更し、一気に間合いを詰める。

 速い!

 イグアスが、それでも反応し、黒い男の攻撃を、剣で受ける。ヨセミテが、その隙を見つけて、ガラの動きを止めているクナイを、地面から引き抜く。ようやく動けるようになったガラが、魔法を詠唱。

 疾風魔法。

 ところが、その魔法を、イグアスが同じ魔法を出して相殺し、止めた。

「敵をかばう!? なんでですか!?」

 ガラが、イグアスに怒る。

「敵じゃないからだ」

「どういうことですか?」

 イグアスと謎の黒い男は、どちらも、剣を引いている。

「ガイアナだな?」

 にやりと笑い、問いかける。

「ははは。ばれてましたか」

 黒い男が、覆面をとる。騎士団長グトルフォスから使わされた、ガイアナだった。

「何だお前かー!」

 ガラが、その顔を見て、喚く。

「何だとは何だ。ガイアナって名前がちゃんとあるんだ」

「え、ガラ、知り合いなの?」

「出身が一緒だからねー」

「極東のヤマト国?」

 ガイアナは、恭しく頭を下げた。

「ヤマト国出身のサムライ、ガイアナと申します。以後お見知りおきを」

「何。私に嫌がらせに来たの?」

「とんでもない。僕は、そちらのイグアス殿と、仲がいいんですよ」

 人好きのする満面の笑顔で、笑いながら言う。

「やっぱり、ヤマトの武芸は、不思議な太刀筋だよね。カタナも、僕たちの国のものとは違うから、勉強になる」

 イグアスも、嫌いじゃないらしい。

「何をおっしゃいますやら。一度、イグアス殿とは本気で手合わせしたいなあ」

 先だっては、木刀で襲いかかってきたが、ガイアナが腰に下げ持っているのは、現実世界で言うところの、いわゆる日本刀。今は鞘に入ったままだが、もちろん中には、真剣が入っている。そしてガイアナの眼は、言葉ほどには安穏としていない。

「とはいえ、君がここまで来るのは、何か理由があるんだろう?」

「ええ。まずは、ナイア・ガラをデートに誘いに」

「断る」

 速い。

「用事、終わっちゃいましたー」

「あれ、好みじゃないんだ」

 ヨセミテが、ガラに不思議そうに問う。

「こいつ、いろんな女に手を出してるから」

「お前だって、一度に彼氏が五人くらいいたじゃないか」

「今は三人ですー」

「乱れすぎだろう……」

 同感だよ、イグアス……。

「もう一つの用事が、最近の噂について。イグアスどのが、禁断の秘術を復活させようとしているのではないかと。それは、私にはよくわかりませんが、国にとっては、禁忌なのでしょう?」

 間違いなく、こちらが本筋。鋭く探るどころか、直球で勝負してきた。

「禁呪? そんな覚えはない。わざわざ来てもらって悪いが、僕は禁呪を解き明かせるレベルじゃないんだ」

「あなたほどの人が?」

「国一番の大魔法使いでやっと、ってレベルなんだよ」

「もしかすると、あなたの奥方だといける?」

「いや、ビクトリアはそういうのは興味ないから」

「なるほど! よっくわかりました。実は、今度王宮で社交パーティが行われるんですが、それまでに、国中に転がってる似たような疑惑を調査しなければならないらしくて。人手が足りず、僕にも依頼が来たんです」

「なるほど。ご苦労様だね」

「社交パーティ、あるんだ」

 ヨセミテが、パーティの方に引っかかった。でも、

「見習い風情には関係ない話だねえ。ん? でも、あんたのお姉さんたちは?」

「きっと行くだろうね」

 ヨセミテは、三人姉妹。国でも評判の美人姉妹だ。上の二人は。

「どのみち、僕たちには関係ない話だよ」

 イグアスは、そもそも興味がないっぽい。

「先生は行かないんですか? 招待されてないとか?」

「一応招待状は来てるけど、興味ない。うちの魔王様も、行かないんじゃないかな?」

「ところで、この二人。さすがイグアス殿ですね、なかなか筋がいいんじゃないですか」

「まだ褒めないでくれ。褒めるレベルに達してないんだから」

「これは失礼しました」

 ガイアナは、そう言いながら、終始笑顔で話をする。

「イヤイヤ先生、私たちはほら、褒められて伸びるタイプですから。どんどん褒めて。どんどん」

 こっちこいや! と言わんばかりのジェスチャーをしながら、ヨセミテが主張してきて、ガラも後押ししてくる。

「気分上げていきましょうよ!」

「その前に、筋トレから始めてくれる?」

 イグアスが頭を抱えた。


 ガイアナは、用事を済ませると、とっとと帰った。

 ヨセミテとガラは、イグアスの小屋で寝泊まりしている。

 その小屋の地下には、魔術研究のための小部屋も用意されていた。

 その夜、夕食を食べた後、イグアスは早めに就寝し、ヨセミテとガラも、それぞれの寝室へ向かった。しばらくして、ナイア・ガラが、一人、こっそりと地下の小部屋へ行き、研究を始めた。

 数時間経って——

「何をしている?」

 音もなく地下の扉を開けて入ってきたイグアスに、ガラは、驚いた。

「禁断の秘術は、解き明かそうとするだけでも重罪だ」

 イグアスは、ガラが夜な夜なやっていることに、気づいていた。

「何もしてません」

「やめろ」

「何もしてないって言ってるでしょ!」

 ガラが師匠に、大きな声で反抗する。

「私は何も悪いことはしてません」

「こんなことをやっても、いいことはない。これ以上研究を続けたら、国家叛逆罪に問われるぞ」

「怖いんですか?」

「君のことが心配なだけだ」

 くそ真面目なイグアスの言葉に、嘘はない。

「でも、できそうなんです。禁呪を完成させたら、騎士団の連中にも負けません」

「そんなことなら負けていい。勝つなら、正々堂々と、ちゃんと立ち向かってからだ」

「先生は甘いです。だいたい、この禁呪だって、資料がこの部屋にあったってことは、先生も昔、調べたことがあったんでしょう?」

 一瞬、沈黙。

「昔のことだ。それに、それ以上のことはやっていない」

 イグアスがため息交じりに言う。

「先生。私たち、少しはましになってるんですか? ちゃんと成長できないなら、意味がないんです」

「何を焦っているのか知らないが、基礎をおろそかにする人間が、偉そうな口を叩くんじゃない。君たちは今、一番大事なときなんだ。ここで楽をしたり、余計なものに手を出すと、後悔することになるぞ」

 二人の言い争う声を聞いて、ヨセミテもやってきた。

「ガラの言うとおりです。先生は、私たちのことをちゃんと面倒みてますか?」

「当たり前だろう」

「うちの父が、先生の友人で、私の騎士団入団に反対しているのは知ってます。父だって騎士団員ですから。姉二人は社交界デビューしたのに、私は剣を振るっている。女は結婚して家庭に入れとか、古くさい価値観を押しつけてきて。だから、先生は、私たちにわざとぬるい稽古を付けて、騎士団に入れないようにしているんじゃないですか?」

 ヨセミテにとっては、家族の問題は、一番大きな問題なのかも知れない。

「そんなわけないだろう」

「だったら、父を説得してくれますか?」

「それは僕のやることじゃない」

「だったら、私たちが私たち自身で成長しようとするのを、止めないでください」

 ヨセミテが、むしろ¥イグアスを突き放すように言う。

「やり方が間違ってる。これはダメだ!」

「わからずや!」

 イグアスに釣られて、ガラも激昂する。いや、どちらが先だったのか、不明だ。

「半人前のくせに、偉そうな口を叩くな、このバカ弟子! 今のまま騎士団に入ったら、戦場で真っ先に死ぬぞ!」

「半人前? バカ弟子とは何ですか!」

「そうですよ!」

 二人の剣幕に、

「言葉がきつかったのは謝る。だけど——」

 イグアスが、自分の言葉を後悔し、謝罪するが、

「先生なんか嫌いです」

「私も」

 二人とも、聞く耳を持ってくれなかった。にべもない。

「僕を罵るなら罵ればいい。嫌いになるなら嫌いになればいい。だけど——」

「もう知りません」

 ヨセミテもかたくなだった。

「だったら、勝手にしろ!」

「勝手にします! 邪魔だから、出て行ってください!」

 師匠と弟子がケンカをしているとき、その薄暗がりで、ゆらりと影が揺れた。

(証拠みっけ……)

 闇にその姿を潜めたシノビ、ガイアナだった。


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