第3話





 話は変わって、ここは、異世界。そう、勇者イグアスがいたところだ。

 しかも、時も遡って、二十年前。勇者イグアスがなぜ勇者イグアスと呼ばれるに至ったか、それは、この話がそもそもの原点になる。


 場所は、魔王の城。その最上階にある魔王の部屋の玉座に、魔王が鎮座している。魔王は、魔王という存在ではあるが、その言葉から想像する、おどろおどろしい魔物ではなく、魔族と言う種族ではあったが、その中でもとびきりの、とてつもない美女だった。

 腰までかかる緩やかなウェーブのかかった黒髪、白皙の肌の整った顔、常に堪えることのない微笑、薄紅の唇、鼻筋が通り、つんと立った鼻、大きく、宝石の様に輝く両の眼。イヤイヤそんなことより何より、きゅっと締まったウエストとプリンとしたまん丸の尻と、そのボディバランスをより完璧なものにする、見事なまでの巨乳。でかい、丸い、セクシー。

 男女問わず見るもの全ての憧憬と視線をを一身に集め、釘付けにせずにはおかない、うん、巨乳、しかしてけして下品に大きいだけではない、丸みとハリをもつ、その巨乳は、なんたるけしからん乳か。人間がどれほど対抗したとて存在自体で負けを見つめざるを得ない、できることと言えば、そう、ゴクリ、とつばを飲み込むことしかできない。


 そこに、無粋な男、勇者イグアスと、その従者ハバスがやって来た。魔王に対抗するは勇者。玉座に向かって戦闘態勢を取る。信じられるか? 絶世の美女を目の前にして、喜ぶ驚く欲情する、ゴクリとつばを飲み込むの、どれも選ばず、剣を抜きやがったんだぜ? 真面目すぎるというか、朴念仁にもほどがあるだろ。そのくそ真面目な勇者の姿を見て、魔王は言う。

 雷鳴が轟く。

「勇者イグアスよ、よくここまで来た。褒めてやろう」

 玉座に鎮座しながら、魔王が話す。城の外では雷が鳴り響く。

「魔王ビクトリア、今日がお前の命日だ。幾千年にもわたる因縁の対決、今こそ終わりにしてやる。覚悟しろ!」

 勇者イグアスが、くそ真面目にまっすぐ剣を構える。すでに、これまでの戦いで受けたダメージにより、疲労困憊なのは誰の目にも明らか。しかし、勇者は勇気あるもの。決してひるむことはない。

 魔王が、ゆっくりと、視界一分の隙もなく、玉座から立ち上がった。その玉座にレリーフの如く刺してあった剣を抜き、魔王もまた、同じく構えた。イグアスが、魔王に襲いかかる。振り下ろされるイグアスの剣を、魔王が払いのける。体勢を崩しながらも、イグアスは再び襲いかかるが、魔王は、なんと素手で剣を受けとめた。更に、気合いとともに吹き出した衝撃波を放って、イグアスそのものをはじき返す。広い王の間の壁まで吹っ飛ばされながら、勇者イグアスは、間髪入れず、すぐに体勢を立て直す。ダメージはあるものの、最小限のようだった。

「さすが魔王ビクトリア。一筋縄ではいかないか。ならば、魔法で勝負だ! 極大炎熱波(ファイエル・ボォン)!」

「絶対無敵零々度(アイシングッド)!」

 イグアスと魔王の、お互いの魔法が、それぞれにぶつかり合う。水蒸気が発生し、更なる衝撃波で周りのものが吹っ飛ぶ。魔法そのものは相殺され、ダメージを与えられない!

 魔王が、笑う。楽しそうに。

「人間にしてはやるな、勇者イグアス」

「まだだ。次こそ決めてやる!」

 突進することしか知らないバカの一つ覚えの勇者。再び剣を構える。が。

 その目の前に、魔王が手をかざし、勇者イグアスの動きを止める。

「まあ待て、勇者イグアスよ。一つ提案がある。世界の半分をやろう。どうだ、私の下僕にならないか」

「そんなものいらない。僕がほしいのは、おまえを倒した後の世界平和だ!」

 勇者のすげない物言いに、魔王が、軽くため息をつく。ため息すらも美で彩られている。

「そうか。貴様も数多の勇者と同じことを言うか。ならば、これまでに無駄死にした勇者たちと同じく、冥府へ旅立たせてくれるわ」

「そうはいくか。この勇者イグアスを舐めるな!」

「ならば仕方ない」

 ヴィクトリアが、更にイグアスに向かって手をかざす。イグアスが吹っ飛ぶ。

「……な、なに……?」

 イグアスが壁に身体をめり込ませ、うめく。

 魔法を使ったわけでもなく、単純な魔力の放出だけで吹っ飛ばされてしまった。

 今までの戦闘は、単に手を抜かれていただけだったのか。格が違いすぎる。

「せっかく、情けをかけてあげたというのに。私のものにならないなら、とっとと死ね」

「さすが魔王……まだ全然本気じゃなかったのか……」

 イグアスが平気な振りをして言葉を発するが、圧倒的に不利な状況なのは間違いない。なんといっても、イグアスは、くそ真面目に最初から本気だったのだ。

 それを察してか、従者であるハバスが、

「勇者イグアス殿、逃げましょう!」

 と、提案してきた。


 勇者は、ありきたりなマントに、なんだか意味ありげな魔法の鎧を身にまとっているが、勇者の剣を持っている以外は、特に特徴と呼べるものはない。言えることがあるとすれば、多少、パーマのかかった髪の毛がふわりとしていて、ちょっと顔がいいじゃん、と言うくらい。ちょっとだよ、ちょっと。ちょっとだけな。けっ。

 従者であるハバスは、線が細くて華奢なのに、大きな荷物を抱え、しかも、割とちょこまかと戦いの影響にならないところを選んで走り回っている。なぜか、レインコートを着ているが、別にこの地域では雨はそんなに降らない。

 ハバスが、イグアスを連れて逃げようとする。玉座の反対側、魔王の部屋の扉を抜け、幾多のモンスターたちを倒してきた城の中を、逆方向に走り回る。

 その後を、あふれ出る魔力で自らの城を破壊しながら、魔王が追いかけてくる。

 悲鳴を上げながら、逃げ惑うハバスとイグアス。このままでは追いつかれると、城の窓から外に飛び出ようとしたところ、魔王が、窓の外、目の前の空中に現れた。浮いている。

 イグアスとハバスは突き飛ばされ、また追いかけっこ。追われ追われて、結局、玉座の間に戻された。魔王が剣を構え、イグアスを刺す。

 イグアスが悲鳴を上げる。

「勇者イグアス殿! 大丈夫ですか?」

「私の剣は、暗黒の魔力が込められている。お前が受けるダメージは、通常の一〇〇〇倍だ」

 イグアスが、更に悲鳴を上げる。

「もう命の灯火も消えそうだな。お前もここまでか」

 そう話す魔王の顔は、どことなく淋しそうだった。

「さあ、とどめだ」

 淋しそうでも、容赦はしないし躊躇もなかった。剣を更に振りかぶる。

 それを止めたのは、間に入った従者ハバスだった。

「勇者イグアス殿! 早く逃げてください!」

「無理だ。魔王からは——」

「逃げられない。よくご存知だ」

 イグアスの言葉に、魔王がにやりと笑う。

「それに、僕は勇者だ。逃げるわけにはいかない。お前こそ、従者が危険なまねをするんじゃない!」

 イグアスが、ハバスをどけようとするが、ハバスが抵抗する。その場をどこうとしない。

「おい!」

 イグアスが、ハバスを何とかどかそうとするが、動かない。それどころか、クソでかいため息を吐いて、言う。

「そうじゃなくて、邪魔だから、どっか行っててください」

「へ?」

「どういうこと?」

 従者の物言いに、魔王まで、きょとんとしてる。ちょっと可愛い。

「あなた、国王から申しつかった命令、忘れてるでしょ」


 それは、イグアスが所属するフォール王国の王宮での出来事。

 イグアスは、魔王討伐の旅に出る前、王国騎士団の騎士として、出発の許可を王にもらいに行ったのだ。本来、勝手に行けばいいだけなのだが、旅の資金を得たり、行く先々の村などで便宜を図ってもらうために、王の許可免状をもらうことは必要なのである。村人たちの家に行って、タンスの中を漁ったとしても、この国王の許可があれば、免責される。それくらいしか恩恵はないのだが。

 王宮の王室、その玉座には、国を統べる国王サザーランドが鎮座していた。国王の背後には、従者たるハバスが立ち、イグアスは、玉座の前に、膝をついて頭を垂れ、臣下の礼を取っている。

 王の許可をもらう以外の、必要な手続きは、いちおう、全て終わっていた。

「勇者イグアスよ。必ずや、この世界を魔王の手から救ってくれ」

「もちろんです。サザーランド国王陛下。この命に替えましても、魔王ビクトリアを、討伐してきます」

 くそ真面目なイグアスの口上に、鷹揚に国王が肯く。儀礼と儀式は本来これまで。サザーランド国王が、一つ咳をする。

「時に、イグアス。勝算はあるのか?」

「勝算と言うほどのものは特にありませんが、旅をして、レベルアップして臨みたいとは思っております。几帳面な性格だと言われることが多く、コツコツとレベルアップするのは得意です」

 これまでの端的なエピソードで分かる程度には、くそ真面目だからな! ちなみに俺は、コツコツレベルアップが面倒くさい性格だ。

「殊勝な心がけだ。いいことだ。ただ、頑張るのは当たり前で、しかしそれは子どもが言うことであって、立派な大人は、やり遂げることこそが大事なのだ。わかるか?」

「肝に銘じておきます。必ずや、やり遂げます」

「もちろんだ。期待している。時に、イグアス」

 国王が、もう一度、今度は少し大きめの咳をする。

「魔王の姿を見たことはあるか?」

 声のトーンがあがった。

「いえ、国王陛下。これから旅に出かけるところなので……」

「私も、先代父王の急逝により、若くしてこの王座に就いて、まだ間もないわけだ」

「周辺諸国からも、魔王討伐は急務としてみられている、ということですね」

 話の意図がうまく伝えられず、国王がもじもじしている。

「えっと、うん、なんだ。そうだな、そうなんだけど、聞くところによると、魔王ヴィクトリアは、その、噂だぞ。あくまでも噂によると、という話だ」

 話しながら、顔は紅潮し、声は更に一トーン上がり、ボリュームもそれに比例してどんどん上がっていく。

「はあ」

「これは、非常に高度に政治的な話なのだ。わかるか?」

 これまでにない威圧感で、話を進める。

「今のお言葉で、何が何やらわからなくなっております」

 くそ真面目か。

「うん、まあ、その、なんだ。噂によると、魔王ヴィクトリアは、非常にたぐいまれなるプロポーションを持つ美女であるということだ」

「はい」

「反応が薄い!」

 怒られた。

「あなたは僕に、どう反応することを求めてるんですか!?」

「非常に高度に政治的な話! 伝われよ!」

「それじゃ意味がわからんでしょうが!」

 察する、という能力のない、くそ真面目な勇者の方がキレ始めてきた。

「ああ、もうこれだよ。ちょっと自分がかっこいいからって、興味ありませんみたいな顔して!」

「誰もそんなことは言ってないでしょうが!」

 何を言い争っているのか、自分たちでも分からなくなってきたところで、

「恐れながら陛下。発言をお許しください」

 ハバスが、横からと言うか国王の背後からと言うか、助け船を出した。

「どうした、従者ハバス」

「私には、陛下が独身であるということが、非常に意味があることなのではないかと察しております」

「正しい。正確な認知だ。素晴らしいよ、ハバス」

 国王は我が意を得たりと、満足そうに頷き、対してハバスは恭しく頭を垂れた。

「赤子でもわかることかと」

「それとこれと、どう関係があるんだよ!」

 まだわからないのか!

「勇者イグアス! それ、本気で言ってる?」

「恐れながら陛下! 私めも、勇者イグアス殿の旅に同行させていただいてもよろしいでしょうか? どうも、一人では頼りない……いや、私が一緒の方が、幾分かマシ、いや、どなたも安心できるのではないか、と」

「ならん。お前は王室付の従者だ、勇者とは言え、一介の臣下の面倒を見るなど、許されるものではない」

「とはいえ、このくそ真面目の朴念仁は、何をするかわかりませんぞ。私がそばにいれば、いよいよの時に何とかなります」

「朴念仁とは何だ、朴念仁とは!」

 お前のことだ。

「言われてみれば、確かに。では、勇者イグアスに、改めて申し渡す。そこなる従者ハバスを供に、魔王ヴィクトリアの討伐にいき、しかる後に、ここまで連れてこい! よいな?」

 勅命だった。それが、勇者一行が旅に出るときにかわした会話。


 再び、魔王の城。

「……あー」

 イグアスが、ハバスの剣幕にたじろぎつつ、なんだか面倒なことを思い出したなあという顔をした。魔王は、なんだかよく分からなくて呆然としている。

「あなた、本気で魔王を倒そうとしてるでしょ」

「そりゃそうだよ。だって、遠路はるばる、魔王討伐に来たんだよ? それに見ただろ、ここに来るまで、いろんな土地の村や町が、魔物たちに襲われてるのを。あの人たちの悲劇を食い止めるには、魔王を退治して、世界に平和を——」

 ハバスが、本日何度目かの、クソデカため息をついた。

「固い! きみ、本当に固いね!」

「はあ?」

 こいつの相手をするのはもういいとばかりに、イグアスに背を向け、ハバスが、直接魔王に向き合う。そして、

「魔王ヴィクトリア様。私、フォール王国国王サザーランドにお仕えする従者ハバスと申します。王の勅命に従い直言いたしますご無礼を、どうかお許しください」

 イグアスに対する無礼な態度はどこへやら、完璧と言ってもいい礼を尽くし、魔王の前に跪くハバス。そして、まっすぐで力強い眼をして言う。

「謹んで申し上げます。結婚してください! この私めと!」

 とんでもないことを言い出した。

「まあ!」

 魔王も魔王で、まんざらでもないらしい。

「おい、ハバス! 何を言ってるんだ!?」

「非常に高度に政治的な話です」

 そうか?

「だってお前、それは、国王が求めてることだろ?」

「なんだ、ちゃんと理解してるんじゃないですか」

「当たり前だろ! 一生懸命わからない振りをしてたのに! でないと、魔王を討伐できないじゃん!」

 駄々っ子か。

「そんなことどうだっていいんです」

 あまりのハバスのあっさりとした物言いに、イグアスが押され気味になってるのをよそに、ハバスは更に魔王に対して言葉を繋ぐ。

「魔王ヴィクトリア様。私は、今ここに来て、あなたに心奪われました。というよりも、一目あなたにお会いしたく、あえてこの危険な旅に志願いたしました。国王なんかではなく、私めと結婚してください。指輪も用意してあります」

 そう言うと、しょっていた大きな荷物から、

「あれ? おかしいな、こっちだっけ? あ、こっちか。いや違う、こっちだ」

 ごそごそと探って、

「あったあった。これだ」

 と、指輪を取り出した。大きめの黒いダイヤの様な、怪しい輝きの宝石がはまっている。

 その指輪を見て、イグアスが気づく。

「ちょっと待て。それって、魔力の消費を抑えることができるアイテム、『リリスの涙』だよね。何でそれ持ってるの?」

「魔王の城に入る前の最後の村で買いました。ラス一だったので。ラッキーでした」

「お金は?」

「もちろん、払いました」

「そうじゃなくて、けっこう高いよね、それ。買うかどうか相談したときに、高いから買えないって、お前が却下したよね?」

「ええ。こんなレアアイテム、あなたに渡すのはもったいなかったので」

「はあ? お金は?」

「あなたがモンスターを倒して稼いだお金で払いました。一括で」

 なぜか、得意げだった。

「全額!? えっ、使い切っちゃったの!?」

「一応言っておきますが、宿屋に泊まるお金も、薬草を買うお金も、もうありません。だから、負傷しないでくださいね」

 むちゃくちゃ言ってる。魔王の城に討伐に来るやつの準備じゃねえ。

「従者ハバスよ。いや、求婚者ハバスよ。それがそちの思いの強さか?」

 この一連の話を受け入れられる魔王がちょっとすごい。

「私めの、あなた様への忠誠の証でございます、魔王ヴィクトリア様」

 魔王の手をそっと取り、まるで永遠の愛を誓う騎士のように、手の甲にキスをする。

「ちょっと待て! 従者ハバス! それは許されないぞ!」

「うるさいですね……」

「いやでもだって、僕たちは仮にも勇者パーティだよ? 正義の味方だよ?」

「だからここまで連れてきて差し上げたでしょう? あなた、私がいないと何にもできないですもんね。料理をすると言えば肉を消し炭にしてくれるし、洗濯すると言えば布をビリビリ破るし、裁縫させたらまったく針仕事できないし、ダンジョンでは迷子になるし、宝箱のトラップには引っかかるし、魔物が出たら最初に「逃げる」を選択したがるし」

 ハバスは、イグアスを完全に上から目線でさとそうとしている。

「いやそれは、ほら戦略上の撤退って奴で」

「あとこのお方は、魔王ビクトリアじゃなくて、ヴィクトリア! 『ビ』じゃなくて、『ウ』に点々で、小さい『ィ』! ちゃんと発音しろ!」

「すみません」

「自分で言うのもなんだけど、けっこう気になってました」

 魔王ヴィクトリアも、言葉を挟み、

「だったら自分で言いましょうよ!」

「すみません」

 怒られた。

「至らないところは改めるから、戦いに戻ろうよ!」

「戦い?」

 何のこと? とばかりのハバスの反応。

「だって、僕らは、魔王ビクトリアを——」

「ヴィ!」

「魔王ヴィ、クトリア、を、退治に来たわけだから——」

「違いますよ。私たちは、国王の命により、魔王ヴィクトリア様を、国王の妻として迎えるために来たんです」

「だーかーらー、だったらお前がプロポーズしたことはどうなるんだよ!」

「恋は急展開を見せてこそ、恋です」

 ダメだ、まったく悪びれてない。

「そういうのは、たいそう好きだぞ」

 ドロドロのレディースコミックとか好きそうなテンションで、魔王が応じる。

「ほらほら!」

「でも、私が好きなのは、従者ハバス。そなたではない」

「大丈夫です。しばらく一緒に過ごせば、お互いをよりよく知ることができます。ということで、私があなたと一緒になりますから、世界の半分をください」

 まさかのものを要求し始めた!

「おい、ハバス! それはさすがにダメだと思うぞ!」

「そうだな。確かに、世界の半分をくれてやるには、お前ではちと力不足」

「ということはつまり、私はふられたということですか?」

「そうなるね」

「でも私、愛の詩を読むこともできますよ?」

「興味ない」

 にべもない。

「ありがとうハバス。おかげで、体力を回復する時間が稼げた」

「そんな目的のためにやってません」

 完全にへそを曲げている。

「ああそうだろうね! 本気の求婚だったからね!」

「では、どうする、勇者イグアス?」

 魔王もやっと、シリアスモードに戻った。

「僕はお前を倒す! 覚悟しろ、魔王ビクトリア!」

 言うが早いか、イグアスが、魔法の詠唱に入る。ヴィクトリアも同じく魔法を唱える。

「超重力重々轟!(グラビティ・ドン)!」

「疾風烈風風颯(ヴィント・ビュービュー)!」

 イグアスは重力系の魔法を、魔王は嵐の魔法を、それぞれに繰り出した。

 お互いの魔法がぶつかり合い、弾き飛ばされる。

 肉体的なダメージを双方が受けるとともに、その衝撃で、魔王の城が次々に崩壊していく。

「やるな、勇者イグアス。先ほどよりも魔力が充実している」

「もう迷いはない! 僕はお前を倒す! 世界を平和にするために! 僕の命のすべてを賭けて!」

「よく言った! 雌雄を決するぞ!」

 イグアスが、次の呪文の詠唱に入る。

 ヴィクトリアが、魔法の詠唱を始める。呪文の完成は、後から唱えた魔王の方が速かった。

「私の方が先だ! 雷撃(ドナー・ライヴォル)!」

「絶対魔法障壁(ウォール・カベエ)!」

「何!? 魔法防御?」

 魔王の放った雷撃が、イグアスの前で、魔方陣の障壁に阻まれ、拡散する。

「スキあり! もらった!」

 イグアスが、剣を構えて、魔王に襲いかかる。拡散した雷撃を自分の剣にまとわせ、そのまま、魔王に斬りかかる。魔王が避けるが、避けた先にイグアスの返す刀が襲いかかる。魔王の腹部に、勇者の剣が深々と突き刺さった。

 城がどんどん崩壊していく。

「やったな、イグアス……」

「魔王、ビクトリア……」

 しかし、刺し貫かれた魔王の顔は、充足していた。まるで、この瞬間を待っていたかのように。誰かに倒されるのを、何千年も待っていたかのように。

「ふふ、いいよ、お前なら、ヴィクトリアじゃなくて、ビクトリアで」

「あ、ごめん」

「傷口から、魔力が漏れ出ている。ふふ、これが、敗北か。何千年も生きて、何の楽しみもなく、喜びのないままに魔王を名乗り、もう世界にも飽きていたところだ。お前に倒されるなら、それでもいい」

「ビクトリア……」

「あの、さ、代わりに、といってはなんだけど……」

 虫の息の状態で、ゼーゼー呼吸しながら、魔王が言葉を紡ぐ。

「なんだ、魔王ビクトリア?」

「イグたんって、呼んでもいいかな……?」

「えっ」

 魔王の顔が真っ赤になってる。

 勇者イグアスが、ドキッとしてる。

「あの、実は、最初会ったときから……イケメンだな、マイルドで優しい、いい声だなって」

 乙女か。

「待て。待ってくれ。それなら、こっちからも言いたいことがある」

 イグアスが、魔力ダダ漏れの魔王の傷を押さえながら、ハバスの方を向く。

「ハバス! さっきの指輪をくれ!」

「これは私のですよ」

「僕の金で買ったものだろうが! なら、それは僕のだ!」

「えー」

 往生際が悪い。

「早く寄越せ! でないと、お前が国王を出し抜いて求婚したこと、報告するぞ!」

「それはやばいですね」

「急げ! 時間がない!」

 イグアスに、ハバスがしぶしぶ、しぶしぶ、指輪を渡した。

「何を……?」

 意識が朦朧とする魔王。イグアスが、その魔王の指に、しっかりと指輪をはめる。

「魔法道具『リリスの涙』は、魔力の消費を抑える指輪。これで、魔力が漏れ出ていくのを防ぐことができる」

「私を助けてくれるの?」

 イグアスの腕の中で、うるうるとした眼をしながら、魔王がイグアスに問いかける。

 イグアスだって、もう、顔が真っ赤だ。なんだこいつら。

「えーと、魔王ビクトリアよ。一つ提案がある。世界の半分、はあげられないけど、どうだ、僕の生涯のパートナーにならないか」

 ゴーン。

 魔王の城の鐘が崩れ落ちて、ついでに鳴った。

「えっ……いいの?」

 乙女か。

「最初に会ったときから心を奪われていたのは、あなただけではない!」

「イグたん……」

「それで、あの、返事は……?」

「……はい! イエス! イエスですわ!」

 イグアスとヴィクトリアが、しっかと抱き合い、それはそれは熱いキスを交わした。

 城が完全に崩壊する。二人は朝陽の中、一つの影となって抱き合っている。

 世界を覆っていた暗雲が晴れ、世界に光が差し込む。

 ハバスが、ただ呆然とそばで立っている。従者なので。


 それが、二〇年前の出来事。

 この二〇年というもの、イグアスは魔王を退治したおかげで真の勇者と讃えられ、フォール王国は平和だった。

 そう、あの転生の日、勇者イグアスが謀反を起こし、国家叛逆罪で追われる日までは。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る