箱庭ワンダーアーク 第1話(脚本形式)



制服姿の女の子(私)が白い空間を落ちていく。


私〈落ちている〉

私〈まるで、『不思議の国のアリス』のワンシーンのように〉


開いていた目を閉じる。


私〈……ああ〉

私〈誰かが泣く、声がする〉



■場面転換(森)


うっそうとした森の中、呆然と座り込む『私』。


私〈気づいたら森だった〉


私「右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見ても森……」

私「ここ、どこ……?」


ギャアギャアと得体のしれない不気味な鳴き声が遠くから聞こえる。

上を見上げる『私』。木にさえぎられて空も見えない。


私〈濃い緑の香り、湿った土の感触――夢にしては生々しすぎる〉


不安そうな顔のまま頬を抓る『私』。


私「痛い……」


〈夢じゃない……?〉


私「ええと……」


辺りを見回す。

人影も無く声も聞こえない、全くの無人。


私「人がいれば、ここがどこだか聞けるのに……」


そこで、はっと何かに気付いた表情になる。


私「そうだ、携帯!」


私〈携帯があれば誰かに連絡がとれる!〉


しかし、表情が抜け落ちる。


私「誰かって、誰に……?」


空の手を見つめて愕然とする。


私「なんで、誰の顔も思いつかないの……?」


探ったポケットには、携帯電話はなく、ハンカチのみ。

それに顔をうずめて、縮こまる。


私「なんで何もわからないの……」


私〈どうしてここにいるのかも〉

私〈森を見回す前のことも〉

私〈――私が誰なのかも〉


私「うそでしょ……」


私〈私の、名前は?〉


制服を見下ろす。名札はない。

辺りを見回す。何も落ちていない。


私〈――私の名前は、何?〉


私〈思い出せない。何よりも慣れ親しんでいるはずの、私の名前。私の存在を表すもの。〉

私〈思い出せないなんてこと、ないはずなのに〉


涙がにじむ。それが零れ落ちそうになった瞬間、忽然と人影が現れる。


私〈ウサギ?〉


白髪に赤目の青年は笑みを浮かべて立っている。


私〈なんで、ウサギだなんて……どう見ても人、なのに〉

私〈なのにどうしても、ウサギに思える〉


青年は『私』を見てにっこりと笑い、大仰に礼をとる。


白兎「ようこそ我らが『|不思議の国(ワンダーランド)』へ、『|お客様(アリス)』」

白兎「新たな『|お客様(アリス)』の訪れに皆浮かれすぎて、迎えを我先にと名乗り出てね、揉めに揉めて少し遅れてしまったよ」

白兎「いやいや、久方ぶりの『アリス』な上に、可愛らしいお嬢さんだ。それはもう熾烈な争いだったのだよ。そして『アリス』を迎えに行く大役を手に入れた幸運な男が私というわけだ」

白兎「いやいやいや、これ以上に幸運なことがあろうか? まったくこれから先の幸運を使い果たしたのではないかと危ぶんでもみたが、幸運なんて所詮目に見えないものであるし、絶対量などあるかも分からないのだから心配するだけ無駄だろうという結論に達したのでね、とりあえず君の疑問を解消し、『アリス』の|案内人(ナビゲーター)として無事に皆の元へと連れて行くという役目を果たそうかと思うのだ。さてさて何か聞きたいことなどあるかね?」


状況が何も飲み込めず、呆然と白兎を見る『私』。


私「…………」

 

大げさに肩をそびやかす白兎。大仰に身振り手振りしながら語りだす。


白兎「おやおや聞きたいことはないのかな? これはまた珍しい『アリス』だ」

白兎「大抵の場合『ここは何処だ』とか『お前は誰だ』とか、矢継ぎ早に訊ねてくるというのにね? 滅多にない『アリス』のお出ましの上、『アリス』の中でも特異なようだ。これは丁重におもてなしをしなければ」

白兎「とりあえずセオリー通りに過去のアリスの質問の答えを君にも告げることにしよう。ここは何処か? ――ここは『|不思議の国(ワンダーランド)』。我らの住まう摩訶不思議な空間だ」

白兎「私は誰か? ――その答えはない。けれど一応答えるとするならば仲間内での呼称『時計の狂った白ウサギ』だろうかね? この呼称は長いから、愛称で呼ぶものも多い――『白兎』、と」

白兎「まあ好きに呼んでくれたまえ。さてさてここから先は非常に言い辛いのだが――何せ歴代アリスが全員この質問を口にし、答えを聞けば誰しもが否定し、答えが真実であると認めようとしなかったものでね――とにかく、恐らく君も多少なりと気になっているだろうことに答えよう」

白兎「ここは自分の居た世界とは違うのか? ――…歴代アリスと同じく君もほぼ確信を持っているだろうが、この『不思議の国』は君の居た世界の何処にも存在しない。いわば異空間、君は世界を踏み外してしまったのだよ」

白兎「……とは言っても、世界を踏み外すことはそこまで珍しいことではない。踏み外せば必ず『不思議の国』へ来るというわけではないが、今までにも『アリス』は来ているし、君の世界には踏み外し続けている者も居るようだ――そう、霊媒師やら超能力者、と言ったかな?」

白兎「しかし君はまた珍しいタイプのようで――まったく持って興味深いことだがね――どうやら君は体を元の世界に置いてきてしまったと見える。僅かに体へと繋がる道筋があるからね」

白兎「体ごとここへ来た『アリス』はここで生き、死ぬのだが……体を置いてきてしまった君は、何とも中途半端な存在のようで、『存在するための力』があちらとこちらに半々に分かれている上、道を維持するのに力をどんどん削っている。君はこのままでは遠からず――死ぬ、だろう。間違いなく」


私「………………は?」


目を見開いて呆然とする『私』。


私〈死ぬ?〉

私〈……誰が?〉

私〈――……私、が?〉


それを底の見えない笑みで見つめる白兎。

座り込んだまま目を見開く『私』と、その前に立つ白兎のカット。


(第1話 終了)

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