箱庭ワンダーアーク 第2話(脚本形式)

私「死ぬ……?」

白兎「その通り。せっかくの『アリス』の来訪だ、私としてもそれは避けたいところなのだが――残念ながら、私にはそれを防ぐ手立てがない」

白兎「『不思議の国』から君の世界に干渉することは出来ないからね、君の体を『不思議の国』に持ってくるということは不可能に近い。ならば逆はどうかという話になるわけだが、前例がないからね、私にはなんとも言えないところだ」

白兎「結果として、君は遠からず死ぬ、という結論になる」


私〈ああ、なんだ、夢か〉

私〈そうだよね、いきなり森の中で、なんでかウサギに思える美青年が現れて、遠からず死ぬだろうとか言われて、夢じゃなかったらなんだって話だ〉


白兎「ああ、君はそれ・・を選んだんだね」


にんまりと目を細める白兎。


私〈夢なら、さっさと覚めればいい〉


白兎「それも君の選択だ、この世界をどう捉えようと自由だよ」


立ち上がる私。白兎に相対する。


私「……私は何をすればいいの?」

白兎「念のため聞いておくけれど、君は死にたくはないのだね?」

私「当然」


私〈夢だからって、死にたくはない〉


白兎は機嫌よさそうに笑う。


白兎「『不思議の国のアリス』の話は知っているかい?」

私「一応、知ってるけど……それが?」

白兎「この世界は『不思議の国のアリス』をベースとして作られている。だからこの世界の『アリス』として『不思議の国のアリス』をある程度踏襲すれば、君は君の体に帰れるだろうね」

私「『不思議の国』のアリス……」


不思議の国のアリスのあらすじを思い浮かべる『私』。


私〈なるほど。確かに『アリス』は最終的に元の世界に戻る――夢から覚める〉


私「わかった。『不思議の国のアリス』のアリスのようにこの国を巡ればいいのね?」

白兎「そのとおり。これはこれは、歴代でも一、二を争う物分かりのいい『アリス』だ」


私に聞こえないような小声で続ける白兎。


白兎「それが逃避の末だとしてもね」


私「……? 何か言った?」

白兎「私は年がら年中何か言ってると評判だから、言ったかもしれないし言ってないかもしれないね」

私「なにそれ。……別にいいけど」


私〈どうせ夢だし〉


制服の土を払う『私』。白兎はそれをじっと見ている。


白兎「万全を期すのなら、その服も『アリス』のものに変えてしまいたいところだけれど――だめだね。身体との差異が広がるとつながりが細くなってしまう」

私「そういうもの?」

白兎「あえて寿命を縮めたいというならいつでも着替えさせてあげよう」

私「結構です」


『私』、白兎を見上げる。


私「それで? 『不思議の国のアリス』を踏襲するなら、そもそもあなたとこうして話していること自体が間違っていると思うんだけど」

白兎「それは正しい見解だ。『白ウサギ』と『アリス』が仲良くおしゃべりする導入なんて聞いたことも見たこともないからね!」

白兎「しかしこの『不思議の国』ではそれもまかり通る。要点を押さえさえすればいい」

白兎「それに本来の『|案内人(ナビゲーター)』は職務放棄中なんだ。だから、案内役を勝ち取った私がそれを兼任しているというわけだね」

私「つまり?」


白兎、『私』から数歩離れる。


白兎「道筋は示そう。後は君の思うまま、思うとおりにしてくれていい。それが『アリス』というものだ」


白兎、首に下がっていた金の鎖を引っ張って、懐中時計を取り出す。

上蓋を開け、針を動かす。

一瞬で世界が白く染まる。



■場面転換(霧の世界)



白兎「おや、これでは何も見えないね。少し調節するとしよう」


少し霧が薄まる。少し離れたところに立つ白兎が見える。

白兎と『私』は三叉路(三つ又の鉾のような道筋)に立っていた。


白兎「この道の先にはそれぞれこの『不思議の国』の住人がいる。誰と会っても、どの順番で会っても問題ない」

白兎「『会った』という事実が重要だからね。好きにしてくれてかまわない」

私「『不思議の国』の住人……」


『私』、白兎を胡乱な目で見やる。


私〈みんな白兎みたいなのだったら疲れそうだな〉


白兎、苦笑する。


白兎「君がどのような懸念を抱いているかはなんとなく伝わってきたけれど、それは杞憂と言っておこう」

白兎「この道の先にいるのは『帽子屋』『トゥイードル兄弟』『芋虫』だ。私のようにしゃべり倒すものはいないので安心してほしい」


私〈思考読まれた……〉


白兎「それでは、少しばかりそれぞれの住人の説明をしておこうか」


私〈また長話か〉


ジト目になった『私』に、白兎は肩をすくめる。


白兎「手短に済ませるから、そのような目で見ないでほしいな」



■場面転換(空のカップが積まれたテーブルのある空間)


空のカップを手に取ってもてあそぶ男(帽子屋)。


帽子屋「今度の『アリス』はどんな人物なんだろうな」

帽子屋「白兎に丸め込まれていないといいが……」

帽子屋「――ああ、このカップはもうだめだな」


カップを地面に落とす帽子屋。割れたカップはすうっと消えていく。


帽子屋「欠けたカップは捨てられるさだめ。だが、欠け、狂い、歪んでしまった世界は……どうだろうな」


(第2話 終了)

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