第1話 藍染拓未

聖人、それはつまり神の寵愛を受ける者。

父さんの手がかりを探していた際に見つけた資料の中に記載が確かにあった。

神の寵愛を受け、ありとあらゆるものが人間の枠に収まりきらない人間。

筋力や反射神経、動体視力に至るまで常人からは想像もつかない力を持つ。

走れば風を起こし、拳を振れば大地が割れ、銃弾すらも避ける。

そんな伝説がある。

とりわけ魔術においてはその特殊性もあり唯一無二の存在であると。

今この世界で魔術など大真面目に信じている人間などいない。

当然古い伝承や伝説の類、そう神話に近いもの。

ただの空想上のもの。

それが常識だ。

しかし、その女は確かに、真面目に、

「日本でただ一人キリスト教の聖人です。」

そう宣ったのだ。

いや、聖人とはつまりWikipediaに載っているような徳の高い人間としての聖人のことだろう。

そうに違いない。

そうでなければならない。

しかし、その希望は即座に砕かれる。

「その反応......やはりご存知なんですね。我々神の寵愛を受けた、魔術師の頂点である聖人のことを。」

そんなことあってはいけないのだ。

「なんだよ、魔術師?いい年こいて中二病か?」

虚勢を張る。

俺は知っているのだ。

魔術などというものが嘘でないことを。

確かに存在することを。

なぜなら俺も広義ではその魔術師らしいのだから。

「とぼけても無駄ですよ。あなたは藍染家の人間。魔術の存在を知らないはずがない。」

結城沙羅と名乗ったその女は静かに問い詰める。

とぼけるべきだ。

俺はまだ15歳の子ども。

いくら藍染家の現当主と言えども突然失踪した父親にその話を聞いていないと主張することは可能なはずだ。

そんなもの知らないと。

実際俺は自分で家中を荒らさなければ知り得なかったことだ。

それでも突然の出来事に上手く嘘をつけない。

「な、なんの話だ。いくら藍染家の現当主と言っても先代は唐突に失踪したんだ!鬼神のことなんて......」

結城の目の色が変わる。

「しまっ!」

口が滑った。

慌てて口を噤むがもう遅い。

いくらなんでも鬼神などと口走っては誤魔化しようがない。

結城は一度大きく息を吐くと

「やはり。もう言い逃れはできません。というよりあなたが知っているかどうかはさほど問題ではない。あなたにはこれから―」


――

"結城沙羅"それが私の名前。

沙羅双樹の花のようにかわいらしい子。

それが私の名前の由来だ。

日本人の大半が無宗教と言われているが結城家は代々熱心な仏教徒の家系だった。

だからこそ私の誕生は歓迎されなかった。

産まれた時から右肩に十字の痣がある。

これはいわゆる聖痕だ。

それは主の寵愛の証。

それはキリスト教の聖人として認められた証。

何故仏教徒の家系にキリストの寵愛を受ける子が産まれたのか。

真相は誰にも分からない。

神のみぞ知るとは正にこのことだ。

本来あってはならないことだ。

私の取り扱いに困った両親は生後間もない私をある寺に預けた。

そこは若い尼僧が住職をしていた。

彼女は名を「阿澄」という。

阿澄は私を受け入れた。

何やらキリスト教とも関わりのある人のようだった。

私はそれから寺でキリスト教について学ぶ奇妙な生活を送ることになった。


齢12のときだったかキリスト教の司祭だという男が迎えに来た。

阿澄に促されるまま私はその男に着いて行った。

それから私はローマのカトリック教会に引き取られた。

そこでは私は文字通り特別扱いを受けた。

私が日本語しか使えないため、修道女や司祭、信者など私の周りの者は皆日本語を覚え、私との会話は全て日本語で行われた。

彼らは皆私を様付けで呼び、敬語を崩さなかった。

特に教会への貢献はしていないが司教を拝命した。

司教になると枢機卿を名乗る男から、魔術を初めとした聖人としての力の扱い方を教え込まれた。

15になると彼から"仕事"を命じられた。

端的に言えば教会にとって邪魔な存在を消すことを命じられた。

つまりは暗殺である。

当時の私はそれが大いなる力を持つ私の責務であり、それが世界の平和に繋がると本気で思っていた。

今となっては馬鹿らしい。

20になる頃には私は自分のしていることを正しく理解した。

私は自身を嫌悪した。

私はいつの間にか自分の大いなる力で世界を、人類を救っているのだと勘違いしていた。

本当に馬鹿らしい。

反吐が出る。

何が大いなる力を持つ者の責務だ。

私は枢機卿を殺害し全てを終わらせた。


はずだった。

枢機卿の暗殺から数日と経たないうちに私はローマ教皇に直々に呼び出された。

そこでは枢機卿殺害の話は微塵もあがらなかった。

話はたった一つ。

宗教戦争などというものについてだ。

五年に一度旧教と新教で争うというのだ。

そんなことが起こっているのか。

私は辟易した。

この争いで賭けられるものはヴァチカンの統治権である。

ヴァチカンにはどうやらキリスト教の根幹に関わるものがあるらしく、そこの統治権は教派を問わず喉から手が出るほど欲しいものらしい。

そんなもののために命を奪い合うのかと問うとローマ教皇は首を横に振った。

そんなもので済ませてよい代物ではなく、人を死に追いやったものは破門となり、その者が所属する教派は無条件で今後一切の宗教戦争への参加が禁じられるのだという。

かつて正教会の聖人がカトリックの聖人を殺したことがあり、それ以来正教会はこの争いに関わることを許されていないそうだ。

そして、ローマ教皇は私にこう告げる。

「結城君。君も参加しなさい。」

吐き気がした。

結局誰も彼も聖人を本気で聖人として扱ってなどいない。

聖人なんてものはただの都合のよい肩書きだ。

そして私たちは教会上層部の都合のよい道具なのである。

いや信者だけは本気で信仰している。

辺境の村の小さな教会を訪れた際の村の信者達のあの嬉しそうな顔は生涯忘れないだろう。

そんな信者の信仰心を食い物にして教会は何をしているのか。

何が戦争だ。

そんな私の心の内を見透かしたかのように教皇はこう続けた。

「あと2回だ。あと2回この戦争を制すれば我々は満願を成就できる。そうなれば信者の方々の信仰も真の意味で報われる。迷える子羊は真の意味で救われるのだよ。」

信じることなどできない。

だがこの時の私には信じるしかなかった。

このような話を世間に公表などしようものなら私がとち狂ったと思われるだけだ。

人払いや認識阻害などの魔術を大規模展開し一般人にこの馬鹿げた争いは知られていない。

教会関係者ですら上層部しか知らない事実だ。

故に今ここで教皇を手にかけても大衆の支持は得られず、そもそも教皇を討ったとて誰かが後を継ぐだけだ。

「心配しなくとも我々の勝利は決まっているようなものだ。あの男を引き入れることに成功したのだから。」

私のことなど気にもかけず教皇は話を続ける。

「あの男?」

私の疑問に教皇はニヤリと笑みを浮かべ答える。

「藍染縁えにし、藍染流史上最高の逸材、鬼神がその力を認め自ら力を貸したのは初代、先代に続いて3人目。この意味が君には分からないだろう。分からなくていい。とにかく彼を連れてくれば勝ちは決まりだ。端的に言えば彼は現在世界最強の生物だ。君はただ彼のサポートをしてくれればいい。」


あのとき教皇の言っていることの半分も理解できなかったが実際彼は強かった。

1人で全て終わらせた。

たった1日で新教の主力を壊滅させ2日目には決着した。

同じ人間とは思えなかった。

顔色ひとつ変えず争いを終わらせた男は私にこう告げた。

「次回だ。次回のこれで全てを終わらせろ。少し頼りないかもしれない。だが俺の息子を頼れ。あいつは全てをむちゃくちゃにする。馬鹿なヤツらの馬鹿な企みを壊せ。本当の敵はローマ教皇だ。」

まただ。

また私の分からないこと。

私の知らないところで何かが起きていて私の知らないうちに全てが終わろうとしている。

そして何も分からない私にその片棒を担がせようとしている。

誰も彼も。

「仰っている意味がわかりません。なぜ皆私を利用しようとするのですか!枢機卿も!教皇も!あなたも!こんなに強いのならあなたが全てどうにかすればいい!私に何かをさせたいのならせめて!せめて.....何が起こっているかを教えるのが筋でしょう!!!」

押さえ込んでいたものが徐々に噴出する。

「意味がわからない!こんな馬鹿げた争いをするのも!私に人を殺させるのも!私を崇めるのも!私を利用するのも!私に......こんなものがあるのも......!」

聖痕を、右肩を左拳で叩きつけながら。

「すまない。何も言えない。ただ俺ではこの世界の運命を変えることができない。だから次に託すんだ。これはヴァチカンの統治権をかけた争いなどではない。儀式だ。世界を壊すための。この儀式を止めること自体は難しくない。俺にはわけない。」

縁は真っ直ぐに私の目を見て話を聞かせる。

「なら......!」

なら今すぐに止めてほしい。

「それでも!!」

その鋭い目は怒りとも違う。

憎しみとも違う。

覚悟か。

「それでも.....その先が問題だ。俺にはどうにもできない。だから息子に託す。本当の脅威のためにあいつには強くなって貰わなくてはならない。そのための踏み台にさせてもらう。」

そんな.....

「そんなことが!許されると!今ここで止めれば流れない血があるかもしれない!!ここで止めなければ苦しむ人がいるかもしれない!あなたの息子が止められる保証もない!!ここで止められるのなら!止めるのが!大いなる力を持つ......あなたの責務のはずだ!!!大いなる力を持つ者にはそれ相応の責任が!!義務が!!あるはずです......!」

みっともなく涙を流しながら訴える。

こんな言い分は自分は何も出来ないと認めているようなものだ。

私が自分で終わらせればいい。

何が聖人だ。

私は自分を大いなる力を持つ者だと思っていた。

それすらただの勘違いでしかなかった。

この人を見てそう思った。

私には今何が起こっているのかが分からない。

誰も教えてくれない。

自分で調べることすらできない。

「だからだ。俺には責任がある。だからこの世界を救うための最善を選択してるつもりだ。何度でも言う。俺にはこの世界は救えない。だから他に託す。その託す先が拓未だ。だがあいつは弱い。微塵も才能がない。それでもあいつなら何かを変えられる。俺はそう信じてる。だから託す。だから障害を、超えるべき壁を用意する。強くなってもらわねばならない。全てはそのためだ。あいつがどこかで躓いて壁を超えられなければその時が世界の終わりだ。早いか遅いかでしかない。なら俺は物語が大団円に、ハッピーエンドになる僅かな可能性に賭ける!」

そう言い残し彼はローマを後にした。

結局理解できなかった。

きっと彼とは何度言葉を重ねても分かり合えることはない。

価値観も考え方も違いすぎる。


あれから5年。

今回の宗教戦争の一ヶ月前のことだ。

私は考えていた。

またあの儀式が始まる。

彼の言葉をそのまま信じることはできなかった。

それでもこの儀式を、宗教戦争をどうにかしなければ世界が壊れるという言葉を無視することもできない。

結局私はこの5年なんの情報も得られずなんの対策もできなかった。

もし彼の言うことが本当ならばこのままでは世界が。

打開策が必要だ。

彼の思い通りになっているようで癪だが彼の息子"藍染拓未"との接触は必要だろう。

そんな時だった。

新教の司教が藍染拓未との接触を図っているとの報が入った。

もし彼が縁のように生物を超越した強さを持っていたなら旧教は負ける。

いいのではないか。

縁の言葉を信じるならローマ教皇が本当の敵だ。

なら旧教が負けるのが良いのではないか。

いやなぜ彼の言うことが信じられようか。

あの2日しか行動を共にしていない。

ではローマ教皇を信じて旧教の勝利に尽力するか。

教皇は教皇で腹の中が読めない。

だが私はカトリックの信者だ。

悩んでいた。

そんな悩みを嘲笑うかのようにローマ教皇からの通達が届く。

「愚かにも新教は異教の人間を我らの神聖なる戦いに利用するようだ。嘆かわしいことにそれは齢15の子どもだ。さらに言えば特殊な力は何も持っていないいたいけな子どもである。これは聖戦の、最後の宗教戦争の前哨戦である。その子を保護しなさい。その子の名は藍染拓未。日本に住む高校生だ。」

これが全文だ。

自分たちだって前回はその異教のいたいけな子どもの父親を利用したくせに。

いやそれより何の力も持っていない.....?

そんなことがあるのか?

確かに弱いと、微塵も才能がないと言っていたが。

なんにせよ彼と接触し情報を得なければならない。

もし縁の言うことが本当だとしてそのような狂気の沙汰に、知らなかったとはいえ、私も加担してきた。

なら私が自分の手で終わらせなければならない。

縁が託した拓未が力を持たないというのならなおさら。

真実を突き止めるために日本へ。


一日彼の生活を観察した。

なんの変哲もないただの高校生だ。

いや実際私はただの高校生を経験していないが。

それでも朝起きて眠い目をこすりながら顔を洗い(洗おうとしてなぜか後ろに吹っ飛びなぜかリビングで土下座をしていたが)、友達と登校し、授業を受け、何事もなく下校していた。

これは普通の高校生だろう。

何か特別な力を持った特別な人には思えない。

ならやはり私が全てを終わらせなければ。

「あなたが藍染拓未ですね。」

そしてこの罪のない子を巻き込むわけにはいかない。

「私は結城沙羅。」

教皇の企みにも縁の筋書きにも。

絶対に巻き込ませない。

たとえ真っ赤な自惚れでも私は大いなる力を持つ者としてその責務を果たす。

「あなたが知っているかどうかはさほど問題ではない。あなたにはこれからその身を隠してもらいます。」

――


「身を隠す...?何のために?」

女の、結城の言っている意味が分からない。

「あなたは今その身を危険にさらされている。あなたの想像もつかない巨悪にあなたは目をつけられ、陰謀に巻き込まれようとしている。」

この女は急に何を言いだすんだ。

関わってはいけないタイプの人か。

「おいおい。今度は陰謀論ですか?いい年こいて中二病もいい加減にしてほしいぜ。」

結城はやれやれと一つため息をつく。

「あなたは知っているのでしょう?宗教戦争を。あなたの父君があなたに与えた試練を。」

父......君......?

「父さんを知っているのか?」

心臓が跳ねる。

今まで全く掴めなかった父の行方が、そのしっぽが今目の前にあるというのか。

速さを増す鼓動を抑えきれない。

早くその答えが知りたい。

「ええ。たった二日ですが共に戦いました。いえとても共に戦ったとは言い難いですが.....。」

間違いないんだよな。

知っているんだよな。

確認のためにはやる気持ちを抑えて

「それは藍染縁で間違いないんだよな?」

父の名前を確かめる。

「ええ。間違いありません。」

諦めていた。

いやいつまでも決着のつかない自分の気持ちを誤魔化すために諦めたフリをしていた。

ついに父の背中に手を触れた。

「それはいつの話だ!?今どこにいる!?」

興奮のあまり語気が荒くなる。

しかし結城の表情はどこか申し訳なさそうで嫌な予感を覚える。

「私が最初に、いや会ったのは一度だけですので最初も最後もありませんね。いかんせん会ったは五年前。前回の宗教戦争のときです。それ以降の足取りは申し訳ありません。存じ上げません。しかしなぜそのようなことを?」

結城は首を傾げる。

ああ。

嫌な予感が現実になった。

結局父の足取りはわからず。

わかったのは宗教戦争とやらに関わっていたこと。

「父さんは、五年前に突然家を出てそれ以来帰ってきていない。俺は探したいとは思っている。でも手がかりがない。だから教えてくれ。宗教戦争ってのは一体なんなんだ?」

まずはこれを知らねばならない。

これを知ればもしかしたら何か手がかりが出てくるかもしれない。

しかし結城は怪訝そうな顔を向ける。

「知らないのですか?何も聞いていないのですか?あの人は何も話していない.....?いやしかし、確かに、あの人は確かにあなたに、藍染拓未に託すとそう言ったのですよ!?」

なぜ知らないのかと表情が物語る。

「そう言われたって.....俺は何も.....」

結城は僅かに逡巡した後に息をひとつつき、覚悟を決めたかのように話し出した。


「えっと.....つまり、五年に一度あんたらキリスト教徒はヴァチカンの統治権を巡って争っていて、実はそれは世界を危機に陥れるための儀式かもしれなくて、父さんはそれを止めるのを俺に託したってことか?」

突拍子のない話に混乱する。

考えが纏まらない。

結城は気にせず話を続ける。

「ええ。あなたの父君の言葉を信じるならそういうことになります。より正確に言うなら宗教戦争の先に待つ本当の脅威の排除をあなたに託すと。宗教戦争はあくまで通過点に過ぎないと。」

なんじゃそりゃ。

「ごめん。話がデカすぎて理解できない。宗教戦争は何がどうなって世界の危機になるんだ?そして何をどうすればそれを止められるんだ?」

思考を停止しそうな頭を必死に働かせ、疑問を絞り出す。

しかし返答は期待はずれだった。

「申し訳ありませんがそれは私にも分かりません。何分のあなたの父君には具体的な話は全くされませんでしたから。故に私自身も信じきれません。」

「いや悪いけど俺も信じられねーよ。」

我が父親のことだが本当に具体性のない突拍子のなさすぎる話で何をどうすればいいのか全く分からない。

「そもそも父さんがどうにもできないことを俺にどうにかできるとは思えん。」

父さんは藍染の歴史の中でも三本の指に入る実力者らしい。

そんな父さんが対処しきれないことを藍染の歴史上最低最悪の駄作であるこの俺にどうしろと。

「私もそう思いますし、何度でも申し上げますがそもそも信ぴょう性が薄い。しかし、一つ確かな話があります。」

確かな話?

眉をしかめる

それは一体。

「私が所属するのはローマのカトリック教会。つまりは旧教。まあその大親玉があなたの父君によると黒幕らしいですが。それは置いといて、私たちと敵対する新教があなたを狙っている。これは間違いない。」

「は?いやいやちょっと待てよ!?なんで俺が狙われるんだよ!俺、無宗教。キリスト関係ない。」

俺は慌てて首を横に振る。

結城はやれやれと言わんばかりに大きなため息をつく。

「あなたの父君は前回の宗教戦争で猛威を振るいました。たった一人でたった一日で新教の戦力を壊滅させました。それゆえ、私たち旧教にあなたを渡さず、あわよくば自分たちの側の戦力として利用とするのはそんなにおかしいですか?」

それがおかしいのだ。

「俺は父さんとは違う!剣の腕も全然だし、鬼神からも全く認められていない!そんな俺を」

利用しても誰にも何もメリットなんかない。

そんな言葉を呑み込む。

「ええ。それは分かっています。しかし、私も事前にあなたの父君にあなたが弱いと聞いていたから、あとは教皇があなたには力がないと言っていたから分かっているだけです。二人とも信用なりませんが二人の見解が一致しているのならそれはそうなんでしょう。しかし、新教側はそれを知らないかもしれない。それにもし仮に知っていたとしても、あなたの中に眠るものには利用価値はあるでしょう?」

こいつは、こいつらは一体どこまで知っているんだ。

隠し事はするだけ無駄かもしれない。

それよりもここで俺の切れるカードを全て切って少しでも多くの情報を引き出した方がいい。

こいつ自身が知らなくても教皇とやらは知っているかもしれない。

「俺の中に眠るもの。鬼神。かつて太古の昔、神話の時代に名を馳せた怪物。元は人間の魔術師とも言われている。なんにせよそれはまさに災厄の力。こいつに勝ったとされるのは絶対神ゼウスと初代藍染家当主藍染倭のみ。藍染倭は鬼神を討ち取り、契約を交わした。代々藍染家の当主に鬼神がその力を貸す契約を。俺たち藍染家は代々鬼神の力で名を馳せてきたようなものだ。だが、歴代で鬼神に真に力を認められ、真の力を借りられたのは3人だけだ。初代藍染倭、先々代つまり俺の爺ちゃん藍染蒼次郎、先代藍染縁この3人だけだ。それ以外は鬼神には取るに足らないと判断され、その3人に比べれば貸した力は微々たるものだった。俺は中でもなんの実績もなく、剣の腕もなく、魔術もまだ学べていない、それにそもそもの魔力受容量が低すぎて初代との契約に抵触しない程度の力しか貸してもらえていない。藍染家始まって以来の落ちこぼれ。それが俺だ。」

結城は静かに聞いていた。

哀れみのような表情を浮かべ。

「笑うなら笑っていいぞ。それで、そんな俺を保護するんだったか。もう一度聞こう。何のために?」

結城は真っ直ぐに俺の目を見て答える。

「笑いませんよ。あなたの父君の言葉を仮に信じるなら私もそのような狂気の沙汰に手を貸してきたのです。いえ、例えそうでなくてもあなたを巻き込むわけにはいかない。あなたにはなんの罪もなければキリスト教と何の関係もない。だから巻き込みたくない。私がケリをつけます。これは大いなる力を持つ者としての責任です。しかし、それでも新教は間違いなくあなたを狙う。だからあなたを保護します。あなたには教皇にも新教にも見つけられないところへその身を隠していただきます。私は私の責務を全うする。」

結城は決意を示した。

その視線は俺の目を確かに捉えていた。

だがその目は俺以外の何かを見ているようだった。

目を閉じ、一つ大きく呼吸をする。

そして瞼を開き、彼方を見つめる結城の目を真っ直ぐに見返す。

「悪いがその話には乗れない。」

「っ!?なぜですか!?」

結城に動揺が見える。

逆になぜ俺が大人しく従うと思ったのか。

結城の目は、表情は理解できないものを見る目だ。

本気で理解できていないのか。

「じゃあ一つ聞くぜ。俺の周りの人は?みんなの無事はお前が保証してくれるのか?」

結城はハッとした様な顔になる。

「狙われてるのが俺自身じゃなくて鬼神の力だと言うなら俺が隠れたところで意味ないだろ。俺以上に鬼神に詳しいのがいるじゃねーか。俺を捕まえられなきゃまず間違いなく爺ちゃんが狙われる。そうじゃなきゃ婆ちゃんや美沙、莉子、とにかく俺の周りに危害を加えて俺を引きずり出そうとする。で、お前は俺の大切な人達を守ってくれるんだろうな?」

「それは.....」

結城が食い気味に口を開き

やや間をおいて

「もちろん。皆さんで避難すればいい。そうです。それでなんの問題もないでしょう?」

まだだ。

まだ足りない。

「それじゃあ足りないんだよ。」

結城は何が問題なのかわからないと言わんばかりに困惑の表情を浮かべるだけだ。

「なんでお前が紹介する場所が安全だと言い切れるんだよ。まず一つ、そもそもあんたが本当に信用できるかだ。あんたが嘘は言ってねーってことは何となくわかる。でもな、なんだかんだ言葉を交わしてもあんたは初対面で、刃物片手に持った奴だ。100%は信じきれねーよ。」

これくらいは言われる覚悟はしてたか。

痛いところを突かれたというような表情ではあるが口を開きかける。

「二つ。」

が開かせない。

「もしあんたを全面的に信用したとして、隠れ場所を新教側やローマ教皇に絶対に嗅ぎつけられないという保証がない。」

「っ.....!」

本人にも自覚はあったらしい。

結城の策が穴だらけなことに。

「三つ、そもそも俺が隠れる意味があるのか。あんたが全部どうにかできるくらい強いなら普通に俺を囮にして相手ぶっ倒すのが簡単だろ。それに、鬼神は藍染家との契約がある。だから俺みたいなのにも力を貸す。鬼神に契約に値すると思われなけりゃ鬼神の力を利用なんてできないだろ。歴史上それをできたのは藍染倭だけだ。まあそれでも連中は狙うかもしれないし、そうなると俺の身が危険なのは間違いないがな。」

結城はわなわなと肩を震わせまるで今にも泣きそうで

「なら.....!やはり.....」

それでも声を絞り出す。

だが俺も譲る気はない。

「だとしても!俺はテメェやテメェの大切なものくらいテメェの力で守りたい!結城、お前は言ったな。大いなる力を持つ者の責任だからと。大いなる力ってなんだよ。所詮たまたま産まれた時に神とやらに力を与えられただけだろ。ただの貰いもんだ。俺だってそうだ。藍染家に生まれたから、鬼神なんて大層なもんに借りられた、借り物の力だ。一緒だろ。お前に大いなる力を持つ責任なんてもんがあんのなら俺にだってあるはずだ!なら俺もその責務を果たさせてもらう。それだけだ。」

そして結城は決壊する。

「ならどうすると?あなたが戦うと?っざけんなよ!!!!ド素人が!!オメェになにができるってんだ!自分で言ったんだろ!弱えってよ!オイ!じゃあ私はどうすりゃ良かったんだよ!私は加担してたんだよ!この世界の崩壊に!自分でケリつけようとして何が悪い!代替案を提示する気もねぇならごちゃごちゃごちゃごちゃ人の覚悟に文句言ってんじゃねーよ!!」

大粒の涙を流しながら、それまでの口調を崩壊させて一息に。

恐らくこれが結城の本心。

素の姿。

だからなんだ。

何も変わらない。

「だから俺も戦うって言ってるんだよ。」

結城は肩で息をする。

「俺も戦う。お前がどうすりゃ良かったかなんて知らねーし俺に何ができるかもわかんねぇ。けどな、お前自分が見えてるかよ。お前が何してきたかなんて知らねー。どんな罪を犯してきたのかも知らねーしどうでもいい。俺も協力するって言ってんだ。なのにまだ一人で何もかもどうにかするって言ってんのかよ。お前そもそも誰かに相談したのかよ。覚悟だの責務だの耳障りのいいこと言ってるけど結局はお前が楽になりたいだけだろ!お前の出した結論はひとりよがりなんだよ!お前は俺を巻き込みたくないと言ったな?ちげーよ。お前は勝手に俺に昔のお前自身を重ねてるだけだろうがよ。聖人になんて生まれてしまったから巻き込まれてきて自分の人生なんてなかった。そんなお前を勝手に重ねて、だからそれを見たくなかったから。結局お前は自分が楽になりたいだけなんだよ!だいたいお前一人で何ができんだよ。お前がしくじって世界が滅んでそれで何が解決すんだよ!お前こそ碌なプランもなく自滅しようとしてるだけだろうが!」

俺も全てを吐き出す。

そしてその瞬間今までなかったものが、殺気がズンと腹の奥に響く。

左足を斜め後方に引き、体を斜めに向け、右手を左の腰辺りに構える。

「じゃあやってみりゃわかんだろ!オメェが戦ったところで何にもなんねーって!私にすら勝てないようじゃクソの役にも立たねーんだよ!!」

結城が踏み出す。

「っ......!」

速い!!!

姿が一瞬消えたかと思うともう目の前に、間合いにいる。

天叢雲剣を振りかぶり俺の右肩から切りかかる。

「抜刀っ!!」

右手に魔力を込め、"それ"をイメージし、振り抜く。

天叢雲剣と俺の"大剣"が互いの顔の前で切り結ぶ形となる。

鬼神による力の一つ。

自身の魔力と引き換えに自身が武器と認識しているものを生み出す通称"抜刀術"。

剣士の家系でのみ使われて来たため抜刀術などという名前だが決して刀や剣の類でなくても武器であれば生み出せる。

それが例え銃でも戦闘機でも原爆でも。

ただ込めた魔力の質や量次第で強度や大きさ、再現度等が大きく左右される。

俺の場合この"大剣"

「それはフルンティング......!」

そう伝説の魔剣"フルンティング"そんな大層なもの一つ創るだけでいっぱいいっぱいで次の手はない。

だがそれでも鬼神に分けてもらった魔力を含めればそれなりに高い再現度で創ることができる。

それができれば強力な武器になる。

「見ただけで分かるもんなんだな。」

数度刀身をぶつけ合わせながら言葉を交わす。

「五年前見ましたし教えて貰いましたから。強敵を屠り、その血を吸う度に力を増す魔剣。あなたのレプリカはどの時点の魔剣が再現されているのでしょう.....っか!」

結城は下から剣を振り上げる。

魔剣が弾き飛ばされそうになるが何とか手中に留める。

「もちろん最新の状態だよ。神器なんかには及ばないけどなかなかに強力だろ?」

実際俺の魔力じゃ神器と同等の物なんて創れやしない。

ちなみに本物のフルンティングは父さんが持っていた。

故に最新の状態なんて知らない。

だが、どうやら抜刀術で生み出したフルンティングは本物の状態を引き継ぐらしい。

家の蔵に眠っていた資料にはそうあった。

「確かに。面倒なのでさっさと終わらせましょう。」

結城は後ろへ大きく飛び下がる。

突如結城の右肩が光る。

そして次の瞬間俺は全身を複数箇所切りつけられていた。

「あがァっ.....!」

唐突な痛みにガクンと膝が折れそうになるのを根性で踏みとどまる。

「ぐっ.....!ぅぅぅぅ.....!!」

歯を食いしばり、自身を奮い立たせる。

「何を.....した?」

しかし結城の目は冷たく俺を一瞥しただけで答えは語らない。

自分で考えろってか。

当然か。

今俺たちは命のやり取りをしている。

わざわざ情報をくれて優位をなくすバカではないか。

「というか今更だけど場所を変えねーか?ここ普通の住宅街だぜ?」

本当に今更ではあるが必要なことだ。

「心配なさらず。人払いはしてありますので。」

マジか。

そういう問題ではないだろ。

また結城の右肩が光る。

来る......!

「ぐぁっ.....」

今度は防御姿勢を取っていた。

魔剣に身を隠していたにも関わらず再び全身に斬撃が走る。

たった二回のサンプルでは何も分からないが推察するしかない。

まず右肩が光るのが発動のトリガーになっていると仮定。

いやこれはほぼ確定でいいはずだ。

わざわざ身体を発光させて発動を教えるメリットは結城にはない。

それでも光っているのはそれが"見えない斬撃"と切っても切り外せないものだからだ。

次に考えるのはなぜ障害物に身を隠しても斬られるのか。

パッと思いつく可能性は二つ。

一つ目は斬撃の出処。

俺は無意識に結城本人から斬撃が飛んできていると思い込んでいたが、そうではないかもしれない。

斬撃の出処をある程度自由に設定できるとしたら障害物に身を隠しても違う方角から斬りつければいい。

説明はつく。

二つ目は対象へ直接斬撃を与える攻撃であること。

俺は結城が斬撃を飛ばしていると思っていたがそうではなく、設定した対象に直接斬撃を浴びせる攻撃である可能性がある。

これも説明はつく。

だがもし仮に後者だとしたら俺には対処のしょうがない。

つまり今こちらの可能性は捨てるべきだ。

前者、斬撃の出処を自由に操れる術式であることを前提に考えるべきだ。

いや待て、そもそも協力者がいる可能性を考慮すべきではないか。

もし、協力者がいればこの"見えない斬撃"が結城の攻撃でない可能性が出てくる。

もしそうなら右肩の発光はカモフラージュか。

いやいや。今までの会話から協力者はおそらくいないだろう。

なんにせよ今は防げないしまだ食らう必要がある。

再び光が点る。

防げないとしても魔剣に身を隠す。

覚悟していた痛みは感じない。

その瞬間......背後に気配!

「聖痕の発光がそれ即ち"不可視の斬撃"の発動と同義に在らず!」

反射的に腰を回し魔剣を結城との間に挟みこまんとするも

「遅い!」

神器が横に一閃し俺を薙ぎ払う。

大きく後方に吹っ飛んだ俺は民家の外壁にぶつかり止まる。

「ガッ.....!」

頭を強く打ちつけ、それまでの斬撃のダメージも相まって意識が朦朧とする。

幸いなことに一薙ぎされた腹は切り裂かれていない。

どうやらあの神器は人体を切断できないらしい。

しかし、全身に力が入らない。

立ち上がれない。

カツカツと結城がこちらに足を進めているのが飛びかけた意識の端に分かる。

「こんなもので終わりですか。この程度で何を守ると?何が戦うだ?お前自身が私一人では何もできないとそう言った!じゃあそんな私にすら手も足も出ず負けるお前に何ができるんだよ!私は数え切れない罪を犯してきた!何人も殺した!中には罪のない人もいたかもしれない!助けてくれと、命だけはと、家族がいるのだと、そう言って命乞いする者すら切り伏せてきた!だから私はやらなきゃいけないんだよ!全て賭して!あの時私が掲げた大義を現実にしなきゃ!このバカげたクソッタレな物語に終止符を打たなきゃ!お前みたいに半端な覚悟や軽い気持ちでやってんじゃねーんだ!」

そんなことはわかってる。

所詮俺は今まで平和な世界でぬくぬくと生きてきたガキだ。

住んでる世界が違った。

それは間違いない。

でもそれじゃあお前が辛いだけだろ。

ずっと辛い思いをしてきたお前は誰が助けんだよ。

言葉は出ない。

本格的に意識が落ち始める。

ここまでか。

結局口だけで何もできないまま。

何も成せないまま。

特別な力を与えられても何者にもなれないまま。

しかし、声が聞こえた。

大切な女の子の。

守りたい人の。

愛しいあの子の。

「たく.....君.....?」

幻聴じゃない。

今にも消えそうだが確かに莉子の声だ。

出会いは覚えていない。

気がついたらいつも一緒にいた。

父さんに稽古漬けにされて友達という存在を失くした俺の隣にいつも。

何があっても俺を見捨てなかった。

きっと俺が世界を敵に回しても隣にいてくれるんだとそう思える。

瞬間失いかけていた意識が覚醒する。

「来るんじゃねー!!!」

よれながら、後ろの壁に手を、尻をつきそれでも確かに立ち上がる。

おそらく俺に初めて怒鳴られたであろう莉子はビクッと後ろに飛び退く。

それでも声を絞り出す。

「何......してるの.....?」

俺と結城を交互に見ながら今にも消え入りそうな声で問う。

「あなたは.....なぜここに......!?」

人払いの結界を超えてきた少女に結城は危機感を覚えたか剣を構えて問いたださんとする。

それに対し莉子はヒッと声を漏らし後ずさる。

「莉子、家まで走れるか?」

俺の問いに莉子はコクコクと頷く。

「じゃあ俺が合図したら家まで走れ。絶対に振り返るなよ。」

莉子は結城視点では人払いを破ってきた危険因子だ。

穏便には帰してくれないだろう。

莉子が無事に家に帰れるように俺が立ち回る。

「たく君は?一緒に......帰るんだよね?」

その問いに俺は答えない。

立ち上がる際にたまたま右手で掴んでいた小石に僅かながら魔力を込め、結城を目掛けて投擲する。

「今だ!走れ!!」

結城は難なく小石を神器で弾く。

まだ莉子は動かない。

「莉子!」

「嫌だよ!たく君も一緒に逃げるの!」

莉子が俺の左手を掴もうとしてそれを俺が払い除ける。

莉子の顔は見れなかった。

「行けよ...。行け!」

ようやく莉子は走り出す。

結城は莉子に一直線に向かう。

足下に転がる石を蹴り飛ばし結城の邪魔をする。

「煩わしい!」

結城は難なく石を弾くがその間に俺は跳躍し一気に距離を詰める。

間合いに入ると右肩が光り

来る.....!

右肩に担ぐように構えていた魔剣を振り下ろす。

同時に風圧で俺の周りの空気が荒れる。

それでも斬撃は無慈悲にも俺の身体を切り刻み俺は後方へ飛ばされる。

しかし倒れはしない。

膝はつかない。

そして初めて冷静に周りを見た。

道路も建物も荒れていない。

少なくとも斬撃の痕は見えない。

そして俺の身体は正面、即ち結城と相対した面にしか傷はない。

状況は答えを示していた。

よりによって最悪の答えを。

「わかったぜ。あんたのその手品が。あんたのそれは対象に直接斬撃を刻む術だ。」

結城はもう莉子を追わない。

完全に立ち止まりこっちを向く。

「ええ。正解です。それが私の右肩に刻み込まれた術式"不可視の斬撃"です。」

外れていて欲しかった。

正直今の俺には対処のしようがない技だ。

「それがあんたに与えられた唯一無二の魔術。聖人たる証ってか。随分と強力なようで羨ましいぜ。」

勝ちの目はかなり薄い。

それが今までよりさらにハッキリした。

それだけだ。

「それで?それがわかったからなんですか?あなたにはどうにもできないでしょう?あなたには防ぎようがないでしょう?」

ああ。

全くもってその通りだ。

いや正確には対処法はおそらくある。

だが俺にはできない。

こんなものを創らなければと魔剣を見る。

『今更そんなことを後悔しても遅いだろう。』

声が聞こえる。

俺の中から確かな声が。

『もう一度周りを見てみろ。』

辺りを見渡す。

先程までと変わったことは特にない。

『特に手がかりになりそうなのはないが。』

声の主に文句を言う。

『そうだな。そもそも俺は何かがあるとは言っていない。馬鹿は見ると言うやつだ。』

声の主はくつくつと笑う。

人を馬鹿にしやがって。

『今のお前に不可視の斬撃あれは防げない。なら防ぐことなんて考えるな。勘定から外せ。あんなもの痛・い・だ・け・だ・ろ・。違うか?』

ああ違わないな。

所詮痛いだけだ。

自身の足下にできた血溜まりを見て見ぬふりして腰を低く構える。

「なぜ.....。なぜあなたは立ち上がるのですか!ここで諦めて楽になればいい!もう立ち上がらずに私に全てを任せればいい!なぜそんなにもなって立つんですか!」

思い切り踏み込み大地を蹴る。

「決まってんだろ。俺は自分の大切なものは自分で守りたい!どうして他人に丸投げして自分は引き篭れる!それじゃあ守れなかった時俺は絶対後悔する!例えそれで守れても俺は自分を認められない!だから俺は戦う!」

また結城の右肩が光り俺が弾かれる。

それがどうした。

痛いだけだ。

立ち上がり距離を詰める。

何度でも。

「私はもう誰も傷つけたくない!傷つくのは......犠牲になるのは私だけでいい!だからあなたも早く負けを認めて......」

そんなことは聞けない。

「無理だね。自己犠牲で全部解決するなんて甘い考えは捨てろ!使えるもん全部使って勝てる道を探って可能性が僅かでもそれに賭けろ!第一お前さっきから勝ち負けがどうの言ってっけどなぁ!俺は俺が勝つまで立ち上がるぞ!見ろよこのボロボロの身体!この出血量!じきに死ぬぜ?おかしいなぁ?お前は俺を守るって、誰も傷つけたくないって、そう言ってたなぁ?もうお前は詰んでるんだよ!どう足掻いてもお前の"負け"だ!だからお前こそ諦めろ!いい加減始めようぜ!誰かの筋書き通りの誰かの物語りじゃなくて、他の誰のものでもない、俺の、お前の、俺達の物語を!」

切り刻まれるのは何度目か。

もう数え切れない。

もうこれ以上どこを斬るのかと言うくらい身体は傷だらけだ。

「もうやめてください!あなたは本気で死ぬ気ですか!?もう常人なら死んでないのがおかしいくらいの傷と出血量です!もうこれ以上私に.....」

それでも届いた。

遂に間合いに詰め寄った。

左足を思い切り踏み込み、右肩に担ぐように構えた魔剣を振り下ろす。

結城はそれを弾く。

魔剣は俺の手を離れ空に弾かれる。

「勝った.....」

結城はそう呟く。

だが俺は弾かれた右手を強く握る。

「なぜ......」

一直線に結城の顔を狙う。

その鼻っつらをへし折る。

ことはなくその瞬間俺のギリギリで繋ぎ止めていた意識はプツンと切れた。


――

なぜこの男は立ち上がるのだ。

何度打ちのめしても。

何度打ちのめしても。

何度も何度も何度も何度も。

もう十分絶望を与えたはずなのに。

なぜ。

一言参ったと、悪かったとそう言えば楽になれるのに。

「俺は自分の大切なものは自分の力で守りたい!」

力のない者が力のある者に頼って何が悪い。

それが大いなる力を持つ者の責務だ。

「自己犠牲で全部解決するなんて甘い考えは捨てろ!使えるもん全部使って勝てる道を探って可能性が僅かでもそれに賭けろ!」

なら尚更足手まといのあなたはいらない。

なんてどうして言えよう。

その足手まとい一人の覚悟をへし折ることすらできないのにどうして世界を滅ぼさんとする陰謀をどうにかできようか。

わかっていた。

私は私が楽になりたいだけなのだと。

だから自己犠牲の道を選んだ。

そうすれば例え適わなくても私は最後まで文字通り命を懸けて戦ったとそう言えるから。

そしてついでに私のクソッタレた人生が終わるから。

最後まで命を懸けて戦った英雄として、最後まであの人たちにとっての聖人として終われるから。

あまりにもひとりよがりで浅はかな考えだ。

それじゃあ結局世界は救えない。

私を本当に聖人として讃えてくれたあの人たちを救えない。

「なぜ.....」

その男は武器を弾かれた右手をそのまま握りそしてその拳を振るう。

負けた。

私よりよっぽど恵まれていない人間に。

私より弱いはずの人間に。

しかし覚悟した衝撃が伝わることはなく、代わりにポフンと彼の顔が私の胸に埋まる。

「何をふざけて......!」

顔を赤くしながら彼を叩こうとして初めて正しく彼の状態を知る。

あまりにも凄惨な無数の切り傷とおびただしい出血量。

本当になぜ彼はこんな身体で立ち上がり続けられたのか。

それと同時に私は血の気が引く。

守りたかったものを自分の手で殺してしまったのだと。

「藍染拓未......?藍染!!拓未!!!!しっかりしてください!」

どうしよう。

どうすれば。

また私は罪のない人を殺したのか。

今度は私のエゴで。

「家はこっちじゃ。着いてこい。」

目の前には老人が立っていた。

やや毛量が寂しくなった白髪、顔に刻まれた皺は人生を物語り、顔に刻まれた傷痕は彼が死地を抜けてきたことを雄弁に語る。

「あの......あなたは.....」

「そんなことを聞いとる場合かの?そこのバカ孫の命より老いぼれの名前が大事なワケがあるか。」

その老人、藍染蒼次郎は有無を言わせずに歩き出す。

藍染拓未を担ぎ着いていく。

そう経たないうちに大きな屋敷に着く。

中に入り、6畳ほどの間に通される。

拓未を寝かせ、蒼次郎は目を瞑りブツブツと呟き始めた。

「鬼神よかつての契約者が望む。貴様の再びの助力を。我が名は藍染蒼次郎。」

「いや、貴様ならできるはずだ。」

「バカを言え。貴様の依代が死に瀕しているのじゃぞ。」

「それはそうじゃがそれはあくまで表向きの話じゃろう。結局のところ縁も貴様もこやつに賭けた。違うか?」

「初めから素直にそうせい。全くお前は昔から。」

すると拓未の身体を蒼い光が包む。

そして一分と経たないうちにその光は消え、拓未の傷は塞がっていた。

それでも悲惨な傷痕が全身に残る。

私の罪だ。

「こやつは我が孫ながらバカじゃからな。じゃがそれが藍染拓未という男じゃ。だから縁も鬼神も、オタクの神もこやつに賭けた。」

聞き流すことのできない言葉が聞こえた。

「まるで我が主と、イエス・キリストと面識のあるような言い方ですが.....。」

蒼次郎は淡白に

「旧知の仲じゃ。」

ただそれだけ答えた。

「じゃがお主にはそれ以上は言えんな。それがバカ息子の考えた馬鹿な筋書き故。あんなバカでも血の繋がった実の息子じゃ。一世一代の大博打の行く末を見届けてやらねばな。」

そう言い残し部屋を後にした。


しばらくして拓未は目を覚ました。

「俺は.....負けたのか?」

ただ一言そう聞いてきた。

だから事実を答える。

「いいえ。私の負けです。」

「そうか。俺が負けたか.....。」

人の話を聞く気がないのかこの男は。

「もうあなたにバカなことは提案しません。一緒に戦ってくれますか?私の.....」

罪を共に背負ってくれますか、などと聞くのはあまりにも都合が良すぎる。

だが拓未はそんな私の心を知ってか知らずか

「十分バカな提案だろ。俺の弱さはあんたが身をもって知ったろうに。」

拓未はケラケラと笑う。

「答えは言われなくても戦う。初めからそのつもりだ。そして、もしお前が一人で背負いきれねぇってんなら一緒に背負ってやるよ。」

そう言って笑った。

全く.....この男は......

私は涙など流していない。

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