大脱走! ダンジョン前署大怪獣パニック
第42話 新しい朝が来た! 来ないで……
「五十嵐」
「あら二階さん、またいらっしゃったのね」
午前7時の邦央大学病院。
窓から夏より乾いた風が花粉を運び込む病室。
包帯の取れた五十嵐は、ベッドで体を起こしている。
「目は、どうだ」
「ふふ、そうね」
すぐに具体的な言葉が出ないこと。
『ふふ』と暗くならないようなクッションが挟まれていること。
それだけで察せるものはある。
「正直、全然見えません。目も負傷したし、頭を強く打ったのもよくなかったみたい」
「そう、か」
「でも完全に失明したわけじゃないんですよ? 退院したらメガネ作りです」
「不幸中の幸い、でいいのか?」
「えぇ。それより顔に傷が残ってませんか?」
彼女は無邪気に顔を寄せてくる。
正直、ないとは言えない。
髪を伸ばせば隠せる範囲、ではないところにも痕が残っている。
だが、
「大丈夫、美人だよ」
「まぁ!」
ウソじゃない。心の底からそう思う。
そう思うが、言ってから少し恥ずかしい。
相手に見えちゃいないのだが、誤魔化すように花瓶の花を換える。
「その、五十嵐」
「なんですか?」
「このまえ、また桂を逃がしてしまった。すまない」
話題も変える。
そもそもオレは、このことを詫びずにはいられなくてお見舞いに来たのだ。
言ってどうにかなるわけではないし、嫌な思いをさせるかもしれない。
余計なことをフラッシュバックさせるかもしれない。
オレのエゴだが、言わずにはいられなかった。
文句を言ってほしかったのか、慰めてほしかったのか。
リアクションを求めていたわけではなく、スルーしてくれればいいのか。
実は自分でも分からない。
ただ素直に報告すると、
「そう。まぁいいんですよ」
彼女はなんでもなさそうに答え、
よく見えていないはずなのに、オレの頬へ手を伸ばす。
「二階さんが無事だったなら」
「……ありがとう」
「また今度がんばってくださいね? 私の分まで」
光は大きく失われたのかもしれない。
だが、その声、心、手。
そこには確かに温もりがある。
「あぁ、必ず逮捕するよ。おまえの分まで、おまえのために」
私の分まで
五十嵐の分まで。
つまりは、彼女はもう警察に帰ってこないということだ。
「じゃあ、また来るよ」
「近いうちにね。そのうち退院しますから」
「分かった分かった」
その予感を無視するように、オレは病室をあとにした。
あの焼き肉パーティーの日。
そのまま全員が順次寝落ちし、狭いアパート内でひしめき合い
ガス漏れ事故か集団自殺の現場みたいになった日から数日。
残念ながら桂はいまだ捕まっていない。
本庁は捜査を継続するそうだが、ダンジョン前署の捜査本部は解散した。
追い詰められたのだから、このあたりにはいないだろうということだ。
一応捜査本部がないだけで、多くの課員が事後処理的な捜査には出ている。
だが、ダンジョン前署を巻き込んだ一つの波乱は過ぎ去っていった。
そしてもう一つの波乱。
マスコミによる粘着質とも言える報道加熱だが。
これも解消された。
本庁からの脅しと、数日オレが出てこないことによる時間の無駄。
それらが彼らの熱を冷ました。
本来マスコミも忙しいものだ。
ニュースを求めて西へ東へ。
新しいネタが出ない一発屋芸人みたいなおっさんに構ってる暇もないだろう。
オレが姿を現せばまた状況が変わるのかもしれないが。
少なくとも謹慎期間中、オレ以外の署員が何か被害を受けることはなかったそうだ。
そんな事情が噛み合ったことにより、
オレは謹慎を解かれ、出勤することになった。
五十嵐に会いに行ったのは、気持ちの切り替えだったのかもしれない。
たった数日ぶりなのに妙に緊張する職場へ出勤するも、周囲は相変わらずナチュラル。
『おかえり』の言葉もそこそこに、オレはすぐに仕事を割り振られたのだった。
「やーっと! タイトル詐欺パートが終わりましたね!」
「?」
そんなこんなでオレは早速、朝からダンジョンに来ている。
今はちょうどEランク層に入る最初の階段を降りたところ、任務は
「なぁ、粟根。これってダンジョン課の仕事か?」
「ダンジョン入っちゃいましたし」
「これって二人でやるような仕事か?」
「だって人手足りてないし。普段もっと凶悪なモンスター相手にしてるでしょ?」
「あれはまだ拳銃で撃っていいから違うだろ。
おまえ、こちとら刺股で向こうは百獣の王だぞ?」
『移動サーカスから脱走したライオンがダンジョンに入ったので確保せよ』
というもの。
受付の常田さん曰く、
「相当気が立ってそうでした! 脱走してから数日経ってるので、お腹空いてるのかも!」
とのこと。
なお彼女はカウンターに身を潜めてやり過ごしたらしい。
「おああああああ!!」
「ガウアアアッ!!」
だがオレたちにそんなものはない。
近付くまでは茂みに隠れても、捕獲するときは嫌でも勝負。
刺股一本、男一人、高校時代吹奏楽部の女一人。
当然勝負にならず、雑木林を追い回されている。
「そもそもさぁっ! 捕まえてもさぁっ! サーカスの人がいないんじゃさぁっ! そのあとどうするんだっ!」
「道が混んで遅れてるそうでーす!」
「そんなんばっかり!」
どれもこれも粟根の
『そうだ! 相手を刺激しないよう、猫になって近付きましょう』
『日本語で頼む』
『そこのイケてるオスライオンさ〜ん♡ かわいいかわいいメスライオンだにゃ〜ん♡』
『フシャーッッッ!!』
『アニャーッ!!』
カスみたいな即落ち4コマが悪いのだが。
「どどどどうしましょう!」
「おまえ木登りできるか!」
「できます! 降りられないけど!」
「エサになるよりマシだ!」
Eランク層は雑木林。樹上に逃げるなら場所に事欠かない。
刺股で牽制しつつ、なんとか無事松っぽい木に登ったのだが、
「これで一安心か」
「うわ待ってなんか虫いる! 虫!」
「ガマンしろ!」
「私の前腕くらいのサイズあるヤツをですか!?」
「今すぐ追い払えぇ!!」
「アニャーッ!!」
「お、なんだ。ニホンザルみたいなのが寄ってきたぞ。嵐山みたいなエサねだりか」
「気を付けて二階さん。ソイツはキラーモンキーといって、人間の頭を手頃なサイズの石でカチ割り中の脳みそを啜る……」
「Eランクにいていい生物じゃないだろう!!」
「あぁっ! 二階さん! 大変!」
「今度はなんだ!」
「キラーカラスがこっちを睨んでいます! ヤツは巣に近付いた人間を、1分間に600回転のクチバシドリルでグチャグチャに!」
「なんでもキラーつけりゃいいと思って!」
「でも卵は鶏の5倍濃厚で美味しいプリンが」
「生きて帰ることを考えろ!!」
「じゃあ降りましょうか」
「たしかにライオン一匹の方が助かりそうだな!!」
サーカスやら他の課員やら探索者やらが助けに来るまで、地獄の数十分を過ごした。
「二階さん……アイツらヤバい……話が通じない……」
「当たりまえだ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます