第27話 襲来畠山
「メディアは嫌いだ。人類の敵だ。アイツら嘘つくしモラルのないことばっかりするしインクには毒混ぜてるしスカイツリーから毒電波流してる」
「あーあ、闇堕ちしちゃった」
「二階さん陰謀論とかハマるんだ」
「粟根は好きそうだよな」
「陰謀論好きな警察官はダメでしょ」
「警察内ではリアルだったりするしな」
「課長……?」
オレが世界へ憎しみを抱き始めたころ。
世間では『熱血
課にいるときはパソコンで書類作りながらひたすらブツブツ言っているので
『呪言地蔵』
とかあだ名を付けられ始めたころのこと。
「まぁそんな二階には悪いが、今日もお客さんだ」
その日はめずらしく、日置係長ではなく敷島課長から告げられた。
まぁ近ごろは露骨に係長を避けていたので、
『くっ! 二階くんが冷たい! やっぱり若い娘がいいのか……!』
『そんな思考回路だからモテないんですよ』
『素子ちゃん、骨は拾うね♪』
なんて会話も聞こえていた。配慮かもしれない。
「どうぞ、入ってきなさい」
課長の言葉とともに現れたのは、
「初めまして!
深々と頭を下げる
「若い男!」
「日置さんステイ」
「そもそも今の時代、
「甘いわよ小田嶋さん! あなたもアラサー、余裕かましてもすぐ私のようになるんだから!」
「20歳設定忘れるほど乱れておられる」
「おまえら静かにしろ。畠山くんが怯えているぞ」
新卒、ではないだろうが、純な感じの青年だった。
かわいそうに、この世のよくないものを詰め込んだ職場にドン引きしている。
ここは一刻も早く解放してやるのが人道だろう。
「申し訳ないが、オレは取材お断りでな。早く帰るといい。貴重な時間を無駄にするな」
目も合わせずに追い返そうとすると、
「悪いが二階、そうもいかんのだ」
「は?」
課長がオレの肩に手を置く。
「どういうことですか」
「はい! 警視庁本庁より、取材許可をいただいております!」
課長から返事が来るまえに、後頭部へ元気だけはいい声が叩き付けられる。
「いったいどういう風の吹き回しですか」
本庁から許可が降りるなどあり得ない。
出すなら最初のテレビ局の時点で断りはしないだろう。
そしてなぜ、最初にテレビ局の取材は断ったかといえば、
オレがいろいろあって左遷された身だからだ。
しかも官僚の息子を殴って。
余計なことを話したり、そうでなくとも記者が勝手にオレ周りを探るとか。
そういったことを警戒して、なるべくマスコミには触れさせなかったんだろう。
それが一転、お墨付きとは。
何か含みでも……
「どうしても警察は記者と縁ができるからな。官僚のなかに、向こうのデスクとお友達の人がいるらしい」
ただのコネだった。
それだったらせめて、事前にオレへアナウンスがあってほしかった。
「ありゃりゃ、二階さん詰んじゃったぁ」
粟根がポソッと呟く横で、
「そういうわけで、よろしくお願いします! 二階さん!」
別に勝利宣言ではあるまいが。
畠山は明るく笑った。
こうなってはもう仕方ない。
彼が悪いわけでもない。
八つ当たりしたい気持ちをグッと堪え、愛想良くしておこう。
「あぁ、よろしく……」
「一ヶ月!」
「一ヶ月!?」
「密着で!」
「密着で!?」
その日からはもうキョーレツだった。
「二階さん、おはようございます!」
朝一番から、
「じゃあお疲れさまでした。お先に」
「あ、ちょっと待ってください二階さん!」
「なんで待たなきゃいけないんだ」
「そりゃ置いていかれたら困るからですよ」
「はぁ? おまえオレの家まで付いてくるつもりか?」
「そうですけど。ダメですか?」
「ダメに決まってるだろ!!」
夜まで、
「二階さん、飲みに行きましょうよ」
「今日はもう疲れてるからちょっと……」
「あら残念」
「それにどうせもんじゃだろ?」
「もんじゃですよ?」
「もうな、さすがに3日に1度もんじゃは飽きる」
「『熱血刑事、主食はもんじゃ』と」
「おい、すごくどうでもいいところで捏造記事を書くな」
毎日毎日、
「二階さん、まーた書類作成ですか?」
「下手な捜査より書類整理とかの方が長かったりするもんだ」
「毎日これじゃ、書くことありませんよ」
「何言ってるんだ。刑事のリアルと燃える男の素朴な横顔を捉えたドキュメンタリーだろうが」
「もっと燃える姿を捉えたいんですけどね」
「残念だったな。事件がないんじゃな」
「事件起きませんかねー」
「おまえ、なんちゅう不謹慎な」
「事件がないと食えないのは僕も二階さんも一緒でしょ。はいチーズ」
「何撮ってんだ」
「素朴な横顔捉えろって言ったのは二階さんじゃないですか」
「人の職場に割り込んどいて、ごちゃごちゃやかましいヤツだな……!」
付き纏われた。
そんなある日。
「二階さん、どこ行くんですか?」
その日も書類整理でブーブー言われての昼休憩。
出前の幕の内弁当を、刑事特有の速メシで掻き込んだあとのこと。
「タバコだよ、タバコ」
「僕が見てる二階さん、書類やってメシ食ってタバコ吸うだけだ。まるで普通の人だ」
「実際普通の人なんだよ」
そんなやりとりをしながら屋上へ行くと、先客がいた。
「よう小田嶋」
「あら二階さん。最近量増えてる? 気を付けないとノットグッドですよ」
「なんでだろうなぁ? えぇ、畠山くん?」
「僕には皆目見当も付きません」
「コイツ……!」
しかしコイツを詰めても仕方ない。
休憩時間は有限なのだ。素直にタバコを咥える。
だが実のところ、小田嶋が言うほどのストレスと喫煙には至っていない。
幸か不幸か、畠山が来てからたいした事件がないのだ。
そもそも大体が小田嶋とあと一人も行けば済むし。上総がよくやってくれている。
結果、職務による命の危機から解放され、ストレスの収支はトントンだったり。
「火、どうぞ」
「どうも」
そんなわけで2本目を咥えた小田嶋と、のんきにマッチを共有していると、
カシャリ、とカメラのシャッターが鳴る。
「何撮ってるんだ」
「いえ、熱血アピールできる事件がないんで。せめて『人情があるから仲間に慕われてる』シーンをたくさん抑えようと」
「ふーん」
「涙ぐましいねぇ」
適当に流すオレたちだが。
『オレと小田嶋が一本のマッチでタバコに火を付ける』
この写真が騒動を引き起こすとは、このとき思いもよらなかった。
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