二階本領発揮! 元捜査一課の意地

第9話 今日も今日とて、になりつつある

「昨日の飲み会、楽しかったですねぇ」

「抹茶塩もんじゃ、斬新だったねぇ〜」

「たまにはもんじゃ以外の店で飲みたいんだが」

「は? 異教徒か?」

「殺すか」


 土曜日の朝から、なんとも物騒な話で始まるダンジョン課。

 物騒な内容のなかでは牧歌的という、変なバランスのダンジョン課。

 でも小田嶋が『殺すぞ』って言うと緊張感走るダンジョン課。

 こんな話で盛り上がれる日本は今日も平和



『地域課及び刑事生活安全課に通達。みなと2丁目のアパートの一室で、住人男性が遺体で発見されました』



 ではない。

 悲惨な話を垂れ流す館内放送。

 そりゃラジオ番組じゃないし、事件がオレたちの仕事ではあるが。


「しかし、係は同じ構成なのに、ダンジョン課には声掛からないんだな」

「ダンジョン関係ない事件ですしね。二階さんやりたいんですか?」

「いや、その辺はしっかりしているんだな、と思って」

「職務内容がゴミな分、その他はしっかりしてるんですよ」


「ゴミ言わないの」


「あてっ」


 粟根を叱りつつ、頭をバインダーで軽くチョップしたのは


「暴力! パワハラ! セクハラ!」

「セクハラはしてないし、同性同士では認定されにくいのが現実よ」

「うーん警察の闇」


 日置ひおき要女かなめダンジョン課強行犯係長である。


 年齢は20歳。誰がなんと言おうと20歳。ダンジョン課の常識である。

 オレも初日に叩き込まれた。

 だが見た目から察するに、オレと大差な


「どうしたの二階くん?」

「いえ、今日も20歳ですね」

「ナイス20歳♪」


 あの小田嶋でさえ従っているダンジョン課の法だが。

 はたから見れば逆にイジメじゃなかろうか。


 そんな20歳がコーヒーメーカーにマイマグカップを置いたそのとき、

 ルルルルル、と彼女のデスクの電話が鳴る。


 こういうときは大抵、


「あーもう。はい、こちらダンジョン課。あら、なつめさん。はい、はい、あら! あー」


「おい、ゴミの時間だぞ」

「みたいですね」


「はい、分かりました。はい。すぐに課員を向かわせます。はーい、失礼します」


 彼女は受話器を置くと、パンパン手を叩く。


「はい、強行犯係注目! 先ほどダンジョンCランク層にて遺体が発見されました!」


 ダンジョン課とダンジョン管理組合ともなれば、もうズブズブの関係である。

 そのため係長クラスになると、向こうの管理職と知り合いになる。


 よってダンジョンで事件が発生したとき、

 居合わせた市民が直接通報した場合は、先ほどのように館内放送で知らされる。

 しかし110番ではなく管理組合に連絡したり、そもそも職員が発見すると、


 今のように直電が掛かってきたりするのだ。


 まぁ個人的にはダンジョン管理が別の組織なことに驚いたが。

 いつだったか粟根が、


『つまりいざというとき、「レインボーブリッジ封鎖できませぇん!!」みたいなことも起きるということです』


 とか言っていた。


「遺体がダンジョン内での事故か事件か分からないとのことなので。二階くんと小田嶋さんは現場に行って、実況見分してきてください」

「はい」

「はぁい」


 まぁそんなことはどうでもいい。

 さっきの刑事生活安全課とダンジョン課みたいなものだ。

 管轄が細分化しているなら、その分オレの仕事は減るということ。

 ただ目の前の、自分のことに集中すればいい。


 そしてとにかく実績を積んで、一刻も早くダンジョン課からするのだ。


 決意を胸にジャケットを羽織る(夏場の刑事デカはこれが辛い)オレへ、粟根がそっと耳打ちする。


「やっぱり仕事ゴミでしたね」

「だな」


「そこ! 仕事をゴミ言わない!」


 ちなみに小田嶋は拳銃ホルスターを着けないのでジャケットを羽織らない。ズルい。






「で、おまえまた付いてくるんだな」


 ダンジョンへ向かう途中の車内。

 運転席に小田嶋、助手席にオレ、


 後部座席には粟根がいる。


「そりゃもう私は」

「はいはいハニトラハニトラ」

「あれー? 二人ってそういう関係だったの?」


 あらぬ誤解が生まれている。

 別に小田嶋とは何を気にする関係でもないが。

 運転中でサングラスの向こうの目が、今日も暗い薄目だと思うと不必要に怖い。


 車が信号で止まると、彼女は後ろを振り返る。


「いけないなぁ素子ちゃん。勝手に男の人とそんな関係になって。これはお仕置きが必要かな?」

「夏菜奈おねえさまっ……!」

「なんだ、おまえらこそそういう関係だったのか」

「カラダだけですよ」

「ココロまでは」

「おまえらの言葉は全部ジョークにもマジにも聞こえるんだよ」


 だがまぁこの方が怖くなくていいか。

 そう考えると粟根がいることも騒音被害ばかりではない。


「運転くらいしてくれたら、もっと助かるんだがな」

「え? 何が?」

「無理ですよ二階さん。私教習所で『将来警察官になるんです!』って言ったら、教官に『ならん方がいいね』って言われましたから」

「それはマズいな。昨日のもんじゃを吐いてしまう」

「でももんじゃって元から結構……」

「やめろ粟根。おまえもんじゃ好きなんじゃないのか」


 割と大勢の人に謝らなければならない会話をしているうちに、


「ま、仕事まえに車酔いはしたくないよねってことで、着きましたよ〜」


 車がダンジョンの駐車場に止まる。

 ダンジョンの駐車場ってなんだよ。


 まぁ現代社会にダンジョンがあって多くの人が訪れるからには、あって当然なのだろう。

 それだけ一般的なものだからこそ、オレたちの仕事にもなるのだ。


 助手席から降りると柵の向こう、遠くにいつもの大穴が見える。


「さて、行くか」


 願わくば今日の職場は、少しでもマシでありますように。

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