第8話 最終兵器あの子
「あっ、いや……!」
文字どおり牙を剥くイノシシに、
「粟根ぇぇぇぇぇ!!」
オレの体は、勝手に動いていた。
「きゃあっ!」
急いで駆け出し、猪突猛進の直線上にいる粟根を突き飛ばす。
「二階さん!?」
正直あとから後悔が湧いてきたがもう遅い。
しかし、
『警察官は市民を守る』
これは同じ警察官同士でも変わらないはずだ。
なら、やはりこうするべきだったのだ。
鼻で跳ねられるか牙で串刺しか。
迫る脅威に、
「せめて痛くない方にしてくれよ」
遺言には冴えないセリフをこぼしたそのとき、
「ピギィィィィィ!!」
凄まじい衝撃と鈍い打撃音が全身を襲った。
しかしそれは、直接体に叩き付けられたものではない。
地震のように揺れとして間接的に伝わってきたものだ。
何より骨や内臓を揺らす振動こそあれ、
身を潰されたり貫かれる痛みはない。
代わりに届いたのは
「女の子を庇うなんて」
脳天が凹んだイノシシの上に立つ、
「二階さん、カッコいいところあるのね」
腕捲りシャツ、ノーネクタイ、サスペンダー、スーツのスラックスに身を包む、
「お、おまえは」
右手に斧、左手にメイスを携えた、
「うふふ。グッドですよ」
長身の女。
「小田嶋巡査部長!?」
「はぁい」
別に呼び掛けたわけじゃないのだが、彼女は律儀に返事をする。
そのままイノシシからひらりと身軽に飛び降りると、
「夏菜奈さ〜ん!!」
粟根が思い切り飛び付いた。
「おーよしよし、怖かったねぇ。ごめんねぇ、本店の人の案内しててね。遅れちゃった」
小田嶋は無造作に地面へ斧を刺し、空いた手で相手の頭を撫でる。
「お、おい、小田嶋。おまえ、なんちゅうもん持ってるんだ。拳銃はどうした」
「えー? えーと、拳銃よりこっちが慣れてるんで」
「はぁ!?」
おいおいおい。オレも警棒や刺股の訓練はしたが、あんな物騒な鈍器触ったことはないぞ。
中世ヨーロッパの警察官か何かか。
「ダンジョン課はグラディエーターでも育成してるのか」
困惑しているオレに粟根が振り返る。
「違いますよ二階さん。逆です」
「逆?」
「ダンジョン課がこういう育成したんじゃなくてですね」
彼女は片膝をつき、両手でババーン! と小田嶋をアピールする。
「夏菜奈さんは元ダンジョン配信者で、Sランク探索者なんです!!」
「は?」
「いやー照れるなー」
「ダンジョン課の最終兵器っスよ」
いつの間にか隣に来ていた上総が、オレの肩に手を置く。
「二階さんの言うとおり。警察にゃ基本的に、強力な探索者を拘束するこたできません。どころかDランクより上の層にもいけねぇし、そのDランクでも命が危ない」
たしかに1分まえのオレはイノシシで死にかけたのだ。
これがCランクとかになると、より凶悪なモンスターが出ることになる。
やはり命がいくつあっても足りない。
「そういう諸問題を解決するためウチでスカウトしたのが。当時最強探索者だった夏菜奈さんってわけっス」
「なるほどな。『餅は餅屋』か」
「そゆことっスね」
「じゃあそういうのじゃんじゃん採用しろよ。なんで一般警察のオレが配属されて死にかけにゃならんのだ」
「あの人が変わってんスよ。普通は公務員なるより配信で投げ銭もらってる方が儲かるから」
「ふーん」
まぁ変な装備とイノシシを粉砕する破壊力に合点はいった。
正直目の前に人間凶器がいることに恐怖を禁じ得ないが、状況が状況だけに心強い。
いるべき専門家がいる職場というのも、労働者として好条件だ。一人だけだけど。
まぁ、今はそれはいいとして、
「小田嶋」
「はぁい」
「おまえ、どうしてここに?」
「遠くでこの子が暴れてる気配を感じて、『人が襲われてるな』って。それで駆け付けちゃいました。間に合ってよかった♪」
仕留めたイノシシを眺めながら、いつものようににっこり、
いや、よく見たら薄目開いている。
この人目が笑ってない。細めてるだけだ。
黒目がちで、しかもビビるほど真っ黒な瞳が少しだけ見えている。
怖い。
は置いといて。
「さっき、『本店の案内してる』って言ったよな?」
「言いましたよ? あ」
そんな小田嶋の目が少し開いた瞬間、
「うわーっ!?」
「なんだこのバケモノ!?」
「助けてくれーっ!」
「小田嶋巡査部長ーっ!!」
遠くから大勢の悲鳴が聞こえてきた。
「あー」
「な?」
「えへへ」
「うむ」
「ちょっと、向こう、戻りますね?」
「早く行ってやれ」
その後は、
「おかえり〜」
「ただいま〜」
「捜査一課は?」
「怪我人出ちゃったから、いったんE層まで退がって立て直ししてもらうことにしました」
「あの手柄に飢えたプライドの塊が、よく聞き入れたな」
「『退がって』って言ったら、素直に聞いてくれたよ?」
「たしかにその目で言われるとな」
「私の目が、なんだって?」
「いや……」
「というわけでここからは本店に代わり、私たちが中原を確保します。がんばろー」
「「「お、おおー……」」」
「しかしどうする。中原はCランク層に逃げ込んだだろう」
「大丈夫。私Sランクですから」
「それはそうだが、オレたちは」
「大丈夫。『同伴者規定』でAランクに3人までなら連れて行けます」
「それは、付いてこい、と?」
「ん〜? じゃあ自力で帰る?」
「早く捕まえて定時に帰ろう!」
「ギャアアアアス!!」
「夏菜奈さんっ! ドラゴンっ! ドラゴンがっ!」
「あーいしょー」
「ウギャアアアアス!?」
「ゴゴゴゴゴ……!」
「夏菜奈さんっ! クソデカゴーレムっス!」
「おーいしょー」
「ウゴゴゴゴゴ……」
「ヤベっ!」
「小田嶋っ! 中原だ! Bランクならこのまえのケンカしてた連中以上だ! 気を付けろ!」
「喰らえっ! 『ハリケーン・スラッ……」
「どっこいしょー」
「うぎゃああああ!!」
「時間とって」
「うっス! 14時7分、中原拓実確保!」
「あいお疲れ〜! みんなベリーグッド!」
「おい粟根。アイツ一人で全部解決したぞ」
「Sランクですから」
「もう全部小田嶋だけでいいだろ。オレたちいらないだろ」
「だからウチは『島流し署』なんですよ」
オレたちの地道な尾行と命の危機がバカらしくなるような速度で終わった。
こんなのがいる隣で手柄立てて本庁へ逃げるのは、結構時間が掛かるかもしれない。
「はい、二階さんもグッドグッド!」
「はは、グッドグッド……」
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