ダンジョン前署の最終兵器

第5話 そのうち絶滅するかもしれないコミュニケーション

「だからな? この『ダンジョンまんじゅう』とビールは売店の商品であってだな?」

「でもダンジョンに自生してる植物は自由に採取可能じゃないですか」

「それは自然発生したダンジョンだからであってだな。お土産コーナーは自治体の建て物で公的なものでお店なんだ」


 正午の27分。ダンジョン前署の取り調べ室。

 オレは昼飯も食わずに、まんじゅうとビール盗んだおっさんの聴取をしている。


「でもダンジョン内にあったし」

「山ん中にお寺が建ってたら自然物か? お土産コーナーが生えてくるか? まんじゅうが木にるか? 川にビールが流れてるか?」

「でも後半のダンジョンは最初から宮殿が」

「だーかーらー!」


 そこに、


「二階さんすいませーん! 今戻りました」

「あぁ」


 こいつをしょっ引いてきた盗犯係の、たしか、水崎みずさき巡査が顔を覗かせる。


 まんじゅう泥棒このおっさん、本来は強行犯係の担当ではない。

 が、連れてきた彼女は、戻って早々呼び出しを受けた。

 それでたまたま、近くで出前の弁当をレンチンしていたオレに


『二階さんお願いしていいですか? 強行犯は強盗もやるから、盗犯も似たようなものでしょ?』


 などと押し付けていったのだ。


「何か分かりましたー?」

「やっぱりただの酔っ払いだな。少なくとも金に困ってるとか、窃盗症クレプトってるとかはなさそうだ」

「そうですか。ありがとうございまーす」

「じゃ、交代するぞ」


 まったく。

 係の範囲を跨ぐくらいは助け合いだし文句はないが。

 よりにもよって、あんなメンドくさいヤツの相手をさせられるとは。

 しかも空きっ腹で。


 どうせ弁当ももう冷めている。

 先に一服してしまおう。






 ダンジョン課を出て屋上の喫煙ブースへ向かっていると、


「あ、二階さーん」


 エレベーター待ちの背後から、粟根巡査に声を掛けられる。


「おう、どうした」

「どうもしてませんよ。どちらへ?」

「これだ、これ」


 人差し指と中指を立てて前後に動かすと、


「昼間っから風俗ですか?」

「なんでそうなる。タバコだタバコ」

「あぁ、よかったぁ」


 エレベーターのドアに合わせて、粟根の眉根が寄ったり開いたり。


「風俗だったらさすがに遠慮したいですけど、喫煙所くらいならお供しますよ」

「なんだ、おまえも吸うのか」

「3秒で卒煙しました」

「じゃあなんで来るんだ」

「ハニィートゥルァァップ」


 最上階で降りつつ、彼女は人差し指を立ててニヤリと笑う。


「なんだその巻き舌は」

「二階さん初日から逃げたいとか言ってましたからね。私のハニトラで骨抜きにして、どこにも行けなくしてやろうということです」

「あまり女性がそういうこと言うもんじゃない。そして本人に言うことでもない」

「二階さん独身? 彼女いる? きゃはっ☆」

「うわ。自分で言うのもなんだが、おまえ引っ掛ける気ないだろ」

「確かに雑感、二階さんの好きなタイプはギャルではなさそう」


 そんな話をしているうちに、階段を登って屋上へ。

 ドアを開けると、そこには先客がいた。

 一人は


「おぉ、二階か」


 新聞を読んでいる敷島課長。


「『逃走中の“新宿連続女性暴行爆弾魔事件”犯人、いまだ足取りつかめず』か」

「なんですかぁ、そのこの世の終わりみたいな事件は。世紀末?」

「……来たばかりのオレからすると、新宿もダンジョン前署には言われたくないと思うぞ」


 一説にはハクトウワシと言われる鳥のロゴが入った、赤いソフトパックを握っている。

 少しクシャッとしたパックと副流煙に細まる目は、渋くもも見える。

 イケオジとおっさんは紙一重なのかもしれない。


 もう一人は、その隣。

 手すりに背中を預けている


「あら、二階さん。タバコ吸うんだね」



 長身の女。



「君はたしか」

小田嶋おだじま夏菜奈ななな巡査部長です!」


 オレが記憶から掘り出したり、本人が名乗るまえに粟根が割り込む。


田嶋なのに身長179センチのスーパーモデルボデー!」

「あんまり女性の容姿のことを、他人が言うもんじゃないぞ」

「ただし洗濯物を畳まないので床が下着まみれ!」

「言わんでいい!」

「お、なんだ。仲人なこうど同伴でお見合いか? なら若いモンに任せて、おっさんはいなくなるとしよう」


 課長が吸い殻を携帯灰皿に放り込む。

 絶対気を利かせたとかじゃなく逃げただけだ。


「27歳独身! 二階さんは独身ですかーっ!」

「やめろ! 突き落とされるぞ!」


 確かにダンジョン前署から逃げたいとは思ったが、懲戒免職セクハラはカッコ悪すぎる。

 しかし当の本人は、


「素子ちゃん今日も元気ね。いいと思います」


 さして気にした様子もなくしている。

 いや、新歓でも課ですれ違うときも、あの顔がスタンダードだった気もする。

 でも一応怒ってはいないんだろう。文面をに受けるなら。


「すまない、不快な思いをさせてしまった」

「目立つ外見してるとね。あの程度なら慣れちゃいます」

「そういう問題でもないだろう」


 小田嶋巡査部長はなんでもなさそうに、マッチでタバコへ火を着ける。

 100’sサイズからミルクのような甘い香りが広がる。

 本人が気にしていないのなら、しつこく謝るのも逆に失礼ではある。


「それで、二階さん吸わないのかな? もう昼休憩あんまりないよ」

「あぁ、そうだった」

「ほら、消えちゃう消えちゃう」


 こちらへ消えそうなマッチを突き出してくる。使えということらしい。

 慌ててタバコを吸い付ける。


「お? お? 若いモン同士くっ付いちゃって? これは私ゃぁお邪魔ですかな?」

「うるさいぞ粟根」

「いいなぁ、私も混ざりたい」

「どっちなんだ、おまえの情緒は」

「1本くださいよ」

「3秒でやめたんだろ」

「違う銘柄ならいけるかも」

「いけなくていいから」


 火が付いているものを持っているのに揉み合っていると、


「あらっ」

「夏菜奈さん、携帯なってますね」


 彼女の胸ポケットがヴーヴー唸る。


「もしもし〜」


 オレたちから距離を取ることなく通話に出たので少し驚いたが、


『小田嶋、すぐに下りてきてくれ』


 相手の声ですぐに納得がいった。

 敷島課長だ。彼なら我々のあいだで気兼ねすることもないだろう。


「はぁい」


 彼女が通話を切り、携帯灰皿にタバコを突っ込むと同時、


「おっ」


 今度はオレの携帯が鳴る。

 通知は『上総巡査長』。


 小田嶋はもう行ったので、粟根に目配せすると『どうぞ』のジェスチャー。


「もしもし。どうした」

『二階さん、今どこっスか?』

「屋上」

『すぐ下りてきてください。飛び下りる以外の方法で』

「当たりまえだ」


 こっちはこっちで何かがあるらしい。


「事件か」

『あぁいや、事件っつうか、



 捕り物っス』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る