第45話 再会の獣
水蒸気爆発。
水が急激に熱せられたことで、気化に伴い、高温・高圧の水蒸気になって起こる爆発現象。
現象としては、フライパンの上に水滴を垂らして起こるライデンフロスト現象と同じ。
水は水蒸気となった場合、体積が一七〇〇倍となる。
そのため大量の水に、高温の熱源が接触した場合、瞬間的な蒸発により体積が増大、それが爆発である。
先の爆発起こす高温の熱源は、ドローンより照射されたマイクロウェーブ。
一般家庭で使用する電子レンジの最高温度は、一〇六〇℃。
分子運動にて熱を発する故、照射されたマイクロウェーブで水蒸気爆発を引き起こした。
上空からの爆撃など、元から必要なかった。
戸田一騎は、文字通り墓穴を掘ったのである。
スタンドは、巻き起こる爆発に大落胆の声が漏れる。
あれは死んだ。終わったな。呆気なかった。もう少しキバれよ。
誰もがシグマの敗北を期待した故の声だ。
だが、観客の一人が大型モニターに映る体力ゲージに気づき、声を上げた。
減っていないと、変わっていないと!
スタジアムは、爆発の影響にて生じた水蒸気の煙に包まれている。
だが、その頭上高く、天井照明近くに飛び上がる影に、一人一人気づきだした。
「うおおおおおおおおっ!」
一騎の姿を確認するなり、スタンドから大歓声が巻き上がる。
大爆発に晒されようと、その身に負傷はない。
見れば、足下には巨大な凧のような白銀の盾がある。
爆発から身を守ると同時、上空まで押し上げる足とした。
盾の形が変わる。二メートルもある長大な剣に変化する。旋回するドローンの一台に向けて振りかぶるが、横から別のドローンの体当たりを受けて、体勢を崩される。
そのまま重力に足を捕まれ、降下。すぐ下には顔を不快に歪めたシグマが、銃口で狙い澄ましている。
だが、一騎の目に諦めはない。
届かぬはずの長大な剣を振りかぶった。
延びた! 観客の誰もが目を見張る。
長大な剣は、刀身が一定間隔で分裂する。分裂した刀身を繋ぐのは一筋のワイヤー。
剣の切削と鞭の柔軟性を併せ持つロマン武器。
先端が最初に狙ったドローンに蛇のごとく食いつき、後は腕力と重力で無理矢理引きずり落とす。
ドローンを下敷きに、一騎はシグマめがけて降下する。
引き金添えた指が、一瞬だけ鈍るのを見逃さない。
「撃てないよな! 下手に撃ったら、この距離だ! 巻き込まれる!」
迫る影が肥大化する。
ドローンと重なる形で何かが降下してくる。
モーター駆動音が響く。高速回転する音がドローンのプロペラ音をかき消す。
「ロードなバイクだ!」
ドローンを破砕する形で黒き大型バイクが現れた。
シグマが引き金を引き絞った時、先に投擲されていた小さき黒き剣が銃口に突き刺さった。
発射口に突き刺さる剣は、真っ直ぐ放たれるべき閃光を無数の絹糸のように引き裂いていく。
間髪入れず、左から巻き付いてきた蛇の刃が、銃身を強制的に横へとズラす。
拡散された閃光のシャワーは、大型バイクが遮蔽物となり、一騎には届かない。
大型バイクは、高熱に晒されようとタイヤすら溶解しない。
そもライザスラムの熟練職人たちが、改良したバイクは、この程度で傷物になるほど柔な作りではなかった。
質量兵器として、大型ライフルの上に馬乗りとなる。
銃身は頑強さ故、曲がらず折れずとも射手はそうではない。
落下の衝撃波がシグマの身体を打ち付けた。
「ぐっ!」
シグマは反応が縛られた。
黒きバイクに乗り手はいない。ただモーター音を轟かせている。
次に気配を感じた時、シグマは背後から腰に両腕を回され、がっしりと固定される。
「まさか!」
「どっせいっ!」
口走ろうともう遅い。
一騎は、シグマの後方へと反り投げた。
ジャーマンスープレックス。
子供の頃、しょうもないことをした父親に対して、母親が報復に使用したプロレス技。
良い子悪い子分別あるなしの大人だろうと、この技は真似するなと母親からきつく念押しされた技。
時が経った今、成長した息子は、奪還の一手として使用した。
「決まったああああああっ!」
観客の声がわき上がる。
見事な弧を描く身体のラインは、シグマを後頭部からスタジアムの床に打ち付けている。
強かな頭部への一撃を受けたシグマは指先一つ動きがない。
一騎はすぐさま、シグマから離れれば、ライフル銃から投擲した剣を回収する。
「ひゅ~♪」
小さき黒き剣を見て、一騎は驚きの口笛を零す。
刃こぼれどころか溶解すらない。
端末ストレージに戻したバイクもそうだ。
これならバイクで突貫しとくべきかと、逡巡する。
いや、と頭を振るう。
縦から攻めるか、横から攻めるかの水掛け論。
パキ、パキと不吉な音が仮面から走る。
床に倒れ伏すシグマ。体力ゲージはまだ残っている。油断するな。大小の二振りの黒き剣で身構える。
スタジアムにいる誰もが沈黙に包まれる。
カランと、沈黙を破るのは、一つの落下音。
一騎のつけていた仮面が、割れ落ちる音であった。
「え、嘘、だろ」
「顔が……」
誰もがシグマと一騎の顔を交互に見比べる。
双子? そっくりさん? いや、データ上無理だろう。困惑の声が流れ出す。
混迷包まれるスタンドに一人の声が響く。
「仮面が本物よ! 本物のイッキよ! シグマはイッキをかたる偽物よ!」
一騎がよく知る透き通った声、明菜の声であった。
同時、シグマが目を覚ますなり飛び起きる。
これは決闘であってプロレスではない。
テンカウントで勝敗はつかない。
「来いよ、偽物! 本物の格の違いを見せてやる!」
この瞬間を待ちに待っていた。
一騎がイッキであることを明かす瞬間を。
一騎の素顔を直視するなり、そっくりの顔が怒りで歪む。
左腕に巻き付いた鎖を解くなり、力強く床に叩きつけた。
「舐めるなああああああっ!」
スタジアムの床が歪む。
「ぐるるるるるるるっ!」
黒き虚を生み出せば、奥底より聞き覚えのある獣の唸り声が響く。
「まさか!」
穴の奥底より一匹の獣が一騎に飛びかかる。
「があああああああっ!」
獣は、背中に翼を持つ灰色狼――うるすけであった。
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