第44話 地形と敵の攻撃を利用しろ

 赤き閃光がスタジアムを駆け抜ける。

「イッキ!」

 控え室にて観戦していた燐香は、モニターが閃光に染まる瞬間、叫んでいた。

 一対一の決闘故、セコンドはなく、シートを購入しようと、少し出遅れた(※誰かが購入していると勘違いした)。

 万禾・閃哉・燐香の三兄妹は直に観戦できず、チーム特権で控室のモニターで観戦している話、今はどうでもいい。

「何だよ、今の、ビーム兵器? なんであんなもんがあるんだよ!」

「作れるならある、それが幻界ムンドの常識だ」

「形にできるなど、相応の技術力あるバックアップがあるのだろう。だが、問題は……」

「ああ、閃禾の言うとおりだ。あれだけの出力を維持するなんて――今確認した。間違いない。電機殻エレキハルだ」

 経験を重ねた鑑定士ならば、見ることさえできれば、モニター越しでも鑑定できる。

「え、電機殻エレキハルって、まさか盗まれた奴か! それなら!」

「待て、燐香! どこに行く!」

 控え室を飛び出ようとした末妹を次兄が、大胸筋を張って立ち塞がる。

「どいてくれ、セン兄! 運営に抗議するに決まってんだろう!」

「ダメだ燐香、あれが盗まれたものかどうかなんて、現時点では証拠がない」

「そうだ。仮に盗まれたモノだとしても、盗品であると知るか否かでは扱いは違う」

 物事を知っているか、知らぬかでは結果は異なっている。

 例えば、盗品と知りながら購入すれば、犯罪となるが、盗品と知らず購入した場合、罪に問われない。

 いわゆる『善意の第三者』だ。

 第一の窃盗者、第二の購入者、そして特定の事情(盗品)を知らずして購入した者が第三者となる。

 法的に言う悪意とは犯罪だと知っていた。

 善意とは知らなかった。

 前者は処罰対象だが、後者は非対象となる。

「それに、イッキくんが簡単に倒されるわけがないだろう」

「そうだ。今は倒れているがな」

 モニター越しに閃光の残滓が消えていく。

 視聴が回復した時、大型ライフル銃を構えるシグマと、スタジアムの床に埋もれる形で仰向けに倒れている一騎が映る。

「イッキ!」

 燐香は、顔を綻ばせた。

 一騎は、姿勢まっすぐの体勢で仰向けに倒れており、両目見開いたまま、驚き固まっている。

「なるほど、ぎりぎりで穴を錬成して直撃を回避したわけか」

「あの顔、生きていることに驚いているな」

「心配かけさせるなっての!」

 仲間の無事に安堵する三兄妹。

 だが、直撃は免れたとはいえ、光線の余波で一騎の体力ゲージは削られており、残り四割を切っている。対してシグマは五割残っており、戦局は相手に傾いていた。

「さて、どう出るイッキくん!」

 ただ固唾を飲んで応援しかできない自分たちが歯がゆかった。


(ぬあんじゃありゃあああああっ!)

 一騎は、仰向け姿勢で絶句していた。

 パキと仮面から不吉な音が走る。

 脳内に巣くうイマジナリーうるすけの声がした瞬間、咄嗟に穴を錬成して退避した。

 その頭上を、閃光が貫き走り、輻射熱が体力ゲージを奪い去った。

「うおっ!」

 でかいライフルをシグマが腰だめに構えている。

 首を少し動かして、今一度確認する一騎だが、その瞬間、まっすぐ光の矢のごとく閃光が貫き走る。

 穴を深く錬成し直しては、遠距離攻撃から身を隠す。

「ビーム? いや、レーザーか?」

 スタジアム天井付近を旋回する四台の大型ドローンから、シグマの構えた大型ライフル銃に一筋の光線が舞い降りる。

 光線は、大型ライフル銃のスコープらしき部位に吸い込まれていく。

 長大な銃身下部にある部位が開き、六枚のプレートを扇状に展開、離れていようと、凄まじい熱波が一騎の頭上を通り過ぎた。

 今一度、トリガーが引き絞られ、先とは比較にならぬ閃光の矢が貫き走る。

「なんだよ、あれ!」

 一騎は、穴をなお深くして退避する。

 頭上から閃光通過にて生じた輻射熱に叩かれ、混乱する。

 だが、落ち着けと、心臓脈打つ己に強く言い聞かせる。

 状況を整理しろ。動作を見ろ。全体を俯瞰しろ。

 どれもこれも、リーゼルトから徹底的に叩き込まれた戦いにおける生存法のはずだ。

「レールガンぶっ放した俺が言えたことじゃないが、上のドローンからエネルギーを受けて、ぶっ放しているのか!」

 厄介なのは、実体弾ではない、エネルギー攻撃であること。

 銃弾は音速だが、あちらは閃光の通り光速。

 光は一秒間に三〇万キロメートルも進むことができる。

 音速換算で一〇〇万倍の速度。

 狙われた瞬間には、直撃を許す。

 懐中電灯に照らされる前に避けろ、と言っているようなものだ。

 加えて、光線自体が高熱を帯びているからこそ、直撃を回避しようと輻射熱だけでも体力ゲージが削られる。

 近づこうとも、銃身に帯びた高熱がバリアとなって近づくのを阻む。

「くっそ!」

 少しでも頭を穴から出せば、閃光の矢が容赦なく放たれる。

 狙いは正確無比であり、ジャングルのダンジョンでリーゼルトに、回避の修行として追い回された嫌な記憶が駆けめぐる。

「あん時は、一キロ先から木の幹とか岩とかで銃弾を反射させるわ、曲射弾道で木々の隙間から俺を狙い……狙い、撃って?」

 曲射弾道たる発言が、一騎の思考を止める。

 銃弾は真っ直ぐ飛ぶと、ドラマの影響で思いがちだが、実際は違う。

 水平に撃たれようと、空気抵抗により速度を失いながら進む。

 発射時の速度・角度・重量・弾の形状により弾道が変化。

 弾道とは、銃弾が発射された瞬間から着弾するまで道のことである。

 そして、曲射とは、銃弾が空気密度、雨や風の天候、地球の自転の影響を利用して、物陰や水平の目標に対して上から曲線状に落下させる射撃のこと。

 砲弾が放物線を描きながら飛んでいく、という表現がそれだ。

 腕ある狙撃手は、それすら計算に入れて遠方のターゲットを正確無比に狙い撃つ。

「曲がっていない。そりゃレーザービームの一種だからか?」

 手鏡を錬成した一騎は、スタジアムの反対側を照らし見る。

 スタジアムの壁面には、直撃したであろう痕跡がある。

 客席にまで影響が及ばないのは、スタジアムとスタンドを疑似的な空間断層が形成されているからだ。

「そういや、物理のテストで光ってのは、粒子であり波長であるってあったなあ」

 射程距離が長いのも、炸薬の爆発で飛翔する銃弾と異なり、照射されているからだ。

 文字通り、懐中電灯を照らし続けるようなもの。

「近づこうと、クソ熱い壁で阻まれてダメ。エネルギー源を潰すのが順当だが、お空高くで確率は四分の一」

 万事休すか、と諦めが過ぎる。束の間、頭上の空高くを旋回する四台のうち、一台のドローンに目が留まる。

「……じゅるり」

 またしても無機物相手に涎がこぼれ落ちた。

 すぐさま袖口で口元を拭っては気を引き締める。

「いや、いけるか?」

 これは賭けだ。

 一つでもボタンを掛け違えれば、一騎は負ける。

 奪われたものを取り戻せず、相棒と再会が永遠になくなる。

「地形と敵の攻撃を利用しろ!」

 これまたリーゼルトの教えだ。

 意を決した一騎は、錬成にて横穴を掘り、一定間隔で縦穴を八つ掘る。

「逃げるなよ!」

「戦え!」

 客席から、困惑とヤジが飛ぼうと関係ない。

「へいへい、いくら強い武器でも当たらないと意味ないだろう、ヘタクソ!」

 一騎は、縦穴の一つから、顔ではなく、おっ立てた中指でシグマを煽る。

「おっと、こっちだっての!」

 ダミー人形を別の縦穴より出しては、横穴を右に左に移動する。

 ついで、砕いたスタジアムの残骸から水を錬成しては、閃光通過にて生じる輻射熱対策とした。

 横穴に腰まで水が満ちようと、一騎の動きに影響はない。

「どこ狙ってんだ!」

 銃口が向けられた瞬間には、一騎はダミー人形を囮に、穴に隠れる。

 その都度、閃光が頭上を通過し肝を冷やす。

「あいたっ!」

 横穴錬成にて生じた破片が、一騎の仮面に当たる。

 パキっと不吉な音がまた一つ走る。

「思った通りだ。レーザー光線だから、真っ直ぐしか撃てない!」

 ここで手榴弾やグレネードの爆発物を使用すれば、シグマに軍配があがっていたはずだ。

 もしくは上空に展開するドローンによる爆撃。

 穴に隠れているのなら、あぶり出すには格好の戦法だが、シグマは錬成すら行わない。

「あそこから動かないってことは、動くに動けないんだな!」

 恐らく、高威力武器故、発射反動緩和のために固定されているのだろう。

『上っ!』

 イマジナリーうるすけが脳内で叫ぶ。

 その時、一騎は刀身のない武器を握っていた。

 空、スタジアムの上空から目映い光線が、縦穴に向けて降り注ぐ。

 横穴に貯まった水面に触れた瞬間、蒸気伴う大爆発が穴すべてを――中にいる一騎を吹き飛ばした。

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