第43話 閃光

「レディ、ファイト!」

 審判の合図と共に双方、同時に踏み出していた。

 まるで鏡合わせのように振り下ろされる二振りの剣。

 一騎に耳鳴りが走る。

 四つの剣が接触する。

 シグマの刃が一騎の刀身に食い込んだ時、紙切れのように、二つとも刀身を切り落とされる。

「ちぃ!」

 使い物にならぬ武器を相手に投げつけながら、一騎は床を蹴り、後方に距離をとる。

 武器を手放そうと流れを手放すな。

 リーゼルトの教えだ。

 距離を開きながら、足下を踏み込めば、槍のような岩がフィールドを走る。

 シグマに迫ろうと、当人は回避行動を取らず、二振りの剣で迫り来る岩の槍を切り裂いた。

「切れ味鋭いな、もう!」

 耳鳴りに悪態つきながら、一騎は左腕を振るって切り裂かれた岩の槍を再錬成する。

 ただ粉々に砕いただけ。

 そのまま、力強く突き出すように左腕を振るう。

 連動するように砂の雨となってシグマに降り注ぐ。

 砂粒一粒が、ショットガンの散弾並の威力。

 直に受ければタダでは済まされない。

「ふんっ!」

 シグマとて錬金術の使い手。鼻先で笑えば、右足先をフィールドに蹴りつける。シグマを中心とした半径一〇メートルに、青白き電撃が走る。無数の稲妻となって駆け抜けた後、砂の雨は砕け散っていた。

「やるな」

 敵ながらあっぱれとしか言いようがない。不謹慎だが。

 奪ったアカウントだろうと、使いこなすだけの腕はある。

 だからこそ、ますます解せなかった。

「そんだけの芸当ができるなら、奪わなくても十分活躍できるだろう!」

 詰問しようとシグマは答えない。

 ただ攻撃にて応えるだけだ。

 フィールドが盛り上がれば、大砲が五つ錬成される。

 砲口は全て一騎に向けられ、一斉ではなく、時間差で放つことで回避範囲を狭めていく。

「んなくそ!」

 土壁を錬成して砲弾を受ける一騎だが、シグマの放つ砲弾は、一発当たっただけで壁を粉砕貫通する。

 本当に理解に苦しむ。

 幻界ムンドで成り立つ強さは心の強さ。

 もし仮に他人の電子礼装アバターや装備を問題なく使用できるとしても、同等同質の力を発揮できるはずがない。

 有名アスリートのオリジナルユニフォームを素人が着込もうと、同タイムを出せるはずがないのと道理。

 つまりは、錬成も剣捌きも、シグマが持ち得る生粋の技能となる。

 問い質そうと攻撃でしか返ってこない。

「ほっと!」

 錬成した壁に身を潜めながら一騎は、みがわり土人形を錬成する。

 シグマ相手に通じるか不明だが、今は立て直す瞬間を作る必要があった。

 ギュイイイイイイインッ!

 壁の反対側より不吉な機械音がする。

 サマーキャンプのホラーに定番の音、林業をすれば毎日聞く音。

 壁の左側面から火花が散る。

 食い込む先端が悲鳴を上げ、壁を切り裂いていく。

 咄嗟に身を捻って回避した一騎の真上を、回転刃の大剣が通り過ぎた。

「今日は一三日でも金曜日でもねえっての!」

 ゴム紐をポーチから取り出すなり、回転する刃に向けて投擲。接触する寸前、錬成にて拡張させ、蛇のごとく雁字搦めにからみつかせる。

 回転する構造上、摩擦抵抗の多い物質は、回転を止める。

 シグマは回転を止められたことで舌打ち。大剣をゴミのように放り捨てた。

 互いに新たな剣を構えて、切り結ぶ。

 幾重にも、切り上げ、突き入れ、切り下げと打ち合い続ける。

 鏡合わせのように突き出した蹴打が交差する。

 鍔迫り合いならぬ足迫り合い。

 蹴りもまた拮抗し、互いの太ももが震えている。

 一騎は不敵に笑っていた。

 逆にシグマの顔には、焦りの汗が滲み出てきた。 

 拮抗状態を、互いが同時に靴裏を蹴り合って距離を生む。

「なんで切れないって顔してんな! 簡単な話さ! 切れない部位を狙って打ってんだ!」

 切れ味鋭い剣――そのカラクリを、一騎は耳鳴りから見抜いていた。

「超高周波で切断力を上げているのは良いが、構造上の弱点に気づいていないならダメだぞ!」

 刀身を超高周波で振動させ、切断力を上げる。

 一騎とて、かつては切れ味が良いと一時的に使用していた。

 便利だが、不便だと使ってからこそ痛感できた。

 高い切断力を有する一方で、空気を介して周囲に振動波を伝播させる弊害がある。

 特に耳が良いうるすけは、この音を嫌っていた。

 また高すぎる切断力は、突き崩しや薙ぎ払いができず、余計な踏み込み、隙を生んでしまう。

 ネックなのは稼働時間の短さ。

 刃を振動させるのに必要な電源は、現技術では長時間の稼働は難しくなくとも、内蔵電源や振動させるモーターにより、剣そのもののサイズが大型化しては、総合的な重さがデッドウェイトになり取り回しを悪くする。

 かといって有線供給式にすれば、供給経路という弱点を露呈させる。

 何より、柄の部位は、振動起こす基部であるからこそ、振動しない。

 打ち合うならば、振動のない部位を打てばいい。

 単純だが、行うには相応の技能、見切りが求められる。

 それでも、今の一騎ならできる。

 幾重にも培われた戦闘経験が、技能となり、剣戟を可能としていた。

「ほっ、よっと!」

 一進一退の膠着の中、事態は動く。

 まず切れぬことで精細を欠いたシグマの右手持つ剣の柄に、一騎が剣先を突き入れた。

 虫ピンのように抑え込まれたのも一瞬、今度はシグマが左手で握る柄を右靴先で蹴り上げる。

 間隙を逃さない。

 ポーチから縮小していた別の武器を錬成拡張。

 左右の手に握るのはリボルバー拳銃だった。

 剣ではない武器の展開に、シグマは驚を突かれ、行動を鈍らせる。

「蜂の巣になりな!」

 銃口から放たれるのは、弾丸ではなく無数の短針だった。

 蜂の巣発言は拳銃だと思わせる欺瞞。

 正体は、ニードルガン。

 炸薬にて撃ち出すのではなく、スプリングの反発にて射出する武器。

 銃を錬成するならば、細かなパーツまでイメージしなければならない。

 もし一つでもサイズを違えれば、放った瞬間、炸薬にて暴発する。

 一騎は、リーゼルトのような緻密な錬成を行えない。

 現錬成技能とリスク回避を鑑みて、内部構造を極限までシンプルにし弾丸ではなく、鋭い針とした。

 シグマは右肩を一騎に向ける形で身をひねり、両腕を盾代わりに突き刺さる短針の雨を受ける。

「やるな」

 頭部や心臓の部位を身捻って咄嗟に守るなど、やはり相応の実力がある。

 一発一発の威力は低く、有効射程も短い。

 致命打にならぬともダメージは通ったはずだ。

 会場は沸き上がり、熱狂する。

 ヤジがシグマに飛んでいる。

 どれだけ人望がないのか、同情するが、今は決闘中、一瞬の油断が致死に至る。

「舐めるなああああああっ!」

 半身を針だらけにしながらシグマが叫ぶ。

 シグマを包み隠すように、足元から白煙が立ち込める。

 発煙筒だと気づいた時には、ドローン特有の飛翔音が白煙を突き破り、スタジアム天井まで高く飛び立っていた。

 それも四台。

 四台のドローンは、撮影用ドローンと比較して大型であり、上空で旋回を開始する。

 レーザーポインターのような赤い光線が、各ドローン同士から放たれ、それぞれを結ぶ。

(なんだ?)

 その疑問が一瞬だけ、一騎の反応を鈍らせた。

 ドローンの一台から、眼下のスタジアムへ向けて、一際強い輝きを放つ光線が放たれる。

「ぐっ!」

 光線が、とある位置に届いた瞬間、白煙を突き破るように、猛暑の熱波とは比較にならぬ熱波が一騎を叩きつける。

 体力ゲージをグラインダーのように削る熱波。

 次いで駆動音とプラズマが走る。

「しま――っ!」

 白煙より露わとなる黒鉄の砲口。

 シグマは、長大なライフル銃を腰だめの姿勢で構えている。

『来る!』

 脳内で獣が叫ぶ。

「……消えろ」

 歪んだ笑みがトリガーを引き絞る。

 禍々しい光の矢が、神速をともなって一騎に放たれた。

 フィールドを薙ぎ、仮面の探索者シーカーを包み込む。

 閃光の残滓が雪のように舞う。

 立っているのは、シグマだけ。

 立っていないのは、一騎だけ。

 スタジアムは熱狂から一転、沈黙に暗転した。 


 ――レーザービームライフル。

 シグマが用意させた高出力レーザー砲。

 動力源を外部に置くことで、とりまわしが良いライフル銃の形で製造。

 上空に展開させたドローンより、マイクロウェーブたる指向性エネルギー波の形でエネルギー供給を受け、高出力レーザー砲として使用する。

 SFの空想とされる武器だが、幻界ムンドにおいて、エネルギー問題と製造技術さえ解決できれば使用できる。

 また、供給元であるドローン破壊を阻止するため、ダミー三台との随時連携が前提となっている。

 動力源は、電機殻エレキハル

 四台のうち、一台のドローンに搭載され、マイクロウェーブの形で電力を供給する。

 ただし、電機殻エレキハルは、過去に入手事例が三つあり、件の電機殻エレキハルであるかは不明。

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