第42話 レディファイト!

『シグマ、お前が探している虹色の鍵は俺が手に入れた! 欲しければ、俺と一対一の決闘で勝つことだ!』


『俺に勝てれば鍵はくれてやる! だが、俺が勝てば、シグマインテリジェンスが保有する全財産――資材、人材問わず、その全てを貰い受ける!』


 この日、宣戦布告がなされた。

 一騎からシグマへ。

 名指しによる布告は、話題にならないはずがない。

 双方とも黒騎士を討伐した探索者シーカー

 片や新人ながら、破竹の勢いでボスを単独攻略した仮面の探索者シーカー

 もう片や、相応の実力者であるはずが、傍若無人の振る舞いにより、チーム離脱者を出し続ける零落激しい探索者シーカー

 視聴した者誰もが、割に合わないと思うだろう。

 鍵一つとチームの全財産では釣り合わない。

 虹色の鍵が如何なる価値を持つのか、不明瞭さが不釣り合いの方向に傾かせている。

 誰もが決闘には乗らぬと思っていた。

 だが、あろうことかシグマは、応酬の生配信を行ってきた。

『決闘を受ける!』

『鍵を寄越せ!』

 虹色の鍵が一体なにを意味するのか、財産を賭けてでも決闘を受ける意味とは?

 考察は後を絶たない。

 話題と興奮は現実世界、ネット世界で収まらず、注目を集めることになった。

 それから三日後、決闘はついに行われる。


――――――――――――――――――――

 めぐろのメダカ:決闘だよ、決闘! あと三〇分で開始だよ!


 兎太郎:まさか、レイブンテイルの一騎とシグマインテリジェンスのシグマが決闘だなんて!


 ウルマーノフ:もう組合が席用意するなり三分で完売とか、どんだけ話題に飢えてんだよ


 イカタンコ:へっへ、俺、最前席獲れたもんね~!


 のんのん:決闘を興行にするとか、商売上手いよな、組合


 ドーネルマン:決闘って最後に行われたのいつだっけ?


 シャチマン:さあ? 決闘なんてシステムあったんだな。スタジアムって、ファン感謝祭のイベント会場か、チームの訓練場かと思ってたわ。


 ゴルドウィーク:虹色の鍵ってなんだよ? すんごいのか?


 獅子吼:オムスビセンセー!


 ωスビ:不明、以上!


 ラーの浴槽流:ふざけんなよ、尻スビ!


 ウンババ:SNS一の情報通が真面目にやれや!


 ωスビ:真面目にやってるっての! 調べても調べても、今までそんなアイテムが出た記録なんて微塵もないんだよ! 後、勝手に人を情報通扱いするな! 図書館で本探すみたいにネットで情報漁っているだけだっての!


 むきむきチワワン:一応、一騎が倒した黒騎士から出たって話だけど、それなら倒したシグマも出て当然じゃね?


 ハインリッヒ:確定ドロップじゃないんだろう。倒そうとして倒せるもんかあれ?


 こあんこあんこ:片やメンバーを失いながらも満身創痍で倒したシグマ。バイクやら機械使って単独で倒した一騎。もしかして単独で倒さないと出ない条件とか?


 レートパック:虹色の鍵はともかく、なんだよ、あのデカイ電機殻、規格外すぎるだろう!


 天どんどん:専門家によると、あれ一球で日本列島一〇年分の電力あるとかテレビで言ってたよ。


 ワルイガー:<ミヤマ>、運が良いよな、あるないあるないと押し問答していたら、おみやげでポンと渡されるなんて


 怪虎:社長、怒髪天だったのに、最後はもう呆れ顔だったな。


 ヤンヤンヤンカー:渡されたのが規格外なら、誰だってあんな顔になるって!


 逆さ坂:あれ、売ったらいくらするんだ?


 きなここげぱん:さあ~? 組合に預けた分が、盗まれたってなら安全管理の問題上、本社で保管してるだろう。


 ブンヤ:結局、誰が盗んだんだ? 一騎の端末ログには、討伐で得たのと組合に渡した記録があったし。


 ωスビ:一応、組合は調査中というテンプレート回答だぞ


 赤骨:こういうのドラマだと、〇〇が犯人でした! とかあるんだがな~


 坦々カレー:事実は小説より奇なりとかいうけど、ぶっ壊すのが現実よ!


 イカタンコ:将棋とか野球が良い例だね


 けもけも:お~そろそろ始まるぜ!


 白い液人:俺、一騎が勝つのに友達と、昼飯奢るの賭けてる!


 チン竹ノ子:わしも一騎だな


 ωスビ:おいおい、賭博法に引っかかるから、露骨に言わない方がいいぞ。


 サイクロン:わからんよ。シグマ、灰色のわんこいるから、数の上で一騎が不利かもな


 黒音:それなら一騎だってバイク乗り回してんだから、質の上で有利だろう


 ゴルドウィーク:では、ここでシリムスビ先生の見解をどうぞ! あれ、先生? 


 一同:先生!

――――――――――――――――――――――


 スタジアムは今までにない熱気と狂乱に包まれていた。

 かつて、イッキが一騎かずきとして再起する中、受けた試験会場。

 あの時は、スタッフ以外無人だった。

 だが今、全シートは探索者シーカーで埋め尽くされ、満員御礼の有様だ。

「よし、行くか」

 控え室の一騎かずきは、異様なまでに落ち着けていた。

 緊張はある。あるも、ようやくたどり着けたと、引きずり出せたと高揚感もある。

 そのための準備も入念に行った。

「おっと、仮面仮面」

 座っていた椅子から立ち上がれば、仮面をつける。

 奪われた怒りがあった。

 成りすまされた憎しみもあった。

 だが今では過去の話。

 今の一騎には、シグマに対する個人的なわだかまりはない。

 ただ奪ったものは、残さずノシつけて返して貰うだけの話。

 明菜を相手チームから解放する。

 奪ったうるすけを返してもらう。

 よもや、万禾が元チームメイトを使って、シグマインテリジェンスの内部情報を入手していたのには驚きだったりする。

 監禁状態であるなら、幻界ムンド内をいくら探しても見つけ切らないはずだ。

 巡り巡ったが、虹色の鍵入手は、格好の釣り餌となった。

「勝てるの?」

 チームメイトを心配する燐香。自信ありきの顔で一騎は満面の笑みを浮かべて返す。

「勝つ――そして取り返す」

 誰を、なんて野暮なこと、燐香は聞かないし言わない。

「明菜のこと、許してやれよ」

 燐香は目線を逸らすだけだ。

 頭では分かっていても、持ち前の直情さが許さない。

 いや下手すると、自分の真っ直ぐさを許せないだけかもしれない。

 明菜はチームに必要な存在だ。

 個人的にも両親が亡くなった時、側にいてくれたのが何より嬉しかった。

 チーム移籍後もハルナの見舞いに、こっそり来てくれた。

 シグマを決闘の場に引きずり出せたのも明菜の情報のお陰だ。

 なんとなくだが、一緒にいると楽しかったし、どこか安心できた。

「やれやれ」

 嘆息しながら一騎は控え室を出る。

 真っ直ぐ伸びた長廊を進むに連れて、歓声が増していく。

 スタジアムに足を踏み入れた時、まばゆいスポットライトと観客の熱狂が一騎を出迎えた。

 反対の出入り口にはシグマがいる。

 顔立ち背格好装備と、かつて一騎がイッキだったもの。

 だから解せなかった。

 奪うだけでは手に入らないものを、固執する理由が。

「ようやく会えたな」

 声をかけようと、シグマは不快に舌打ちで返すだけだ。

 これから決闘だというのに、対戦相手に対する敬意が微塵もないとは困ったもの。

 どのような教育をしたらそうなるのか、親の顔を見てみたいものだ。

 スタジアムの巨大モニターには、決闘のルールが審判により説明される。

 本来、決闘とは、幻界ムンドにおけるチーム同士のもめ事を解決するために設けられたシステムだ。

 ここは日本であって日本ではない。

 幻界ムンドであるがダンジョンではない。

 よって決闘罪たる犯罪は成立しない。

 体力ゲージがゼロとなった時点で敗北。

 武器使用制限なし。

 アーティファクトだろうと使用可能。

 第三者の戦闘時介入は厳禁。

 ダンジョンではないため、体力ゲージがゼロになろうと装備アイテムの類は喪失ロストしない旨が説明される。

「双方、位置へ!」

 審判の声が熱狂渦巻くスタジアムに負け時と響く。

 イッキは大小二振りの実体剣を構えた。

 黒の剣は敢えて使わない。

 切り札を切るのは今ではない。

 シグマもまた同じ大小二本の実体剣を構えている。

 元々シグマの武器は一騎の武器だ。

 持っていても驚かない。

 あの人を見下すよう目からして恐らくは当てつけだろう。

(柄とか握り部が少し大きいな……)

 使っていた身として、シグマの構えた剣には、あれこれ改良が施されていると看破する。

「レディ――ファイト!」

 審判の合図と共に双方、鏡合わせのように踏み出した。


 ――Alea jacta est

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