第41話 宣戦布告!
疑惑に端を発して一週間後、<ミヤマ>本社ビルにて記者会見が開かれていた。
用意された部屋にて、鶴田社長と報道陣の応酬は苛烈を極めていく。
「ですから、聞きたいのはこちらなんですよ!」
「組合側の記録及び品がない以上、それは詐欺行為になります!」
記録はある。記録はない。
終わりのない押し問答が繰り返されている。
探索者組合の規約では、
企業による資源の一括集中、雇用主による不当な搾取、横領や不正規ルート販売阻止、税収確保の目的があった。
資材はデータベースで徹底管理され、鉄鉱石一つすら漏れはない堅牢ぶり。
今の今まで記載漏れがないとされるほど、信頼厚いシステムであった。
故に、誰もが一企業ではなく、組合側に傾くのは道理。
疑惑は次々と沸いて出ている。
<ミヤマ>が希少機材・
その話題を逆手とり、株価上昇を誘導した疑い。
黒騎士討伐は本当に行われた疑問。
何より、戸田一騎なる社員、本当に実在している疑惑。
経営者として、社長が釈明の記者会見を開こうと、のれんに腕押し。
疑惑は疑惑を呼び、防戦一方となっていた。
「社長!」
社員のひとりが、質疑の集中砲火を受ける社長に耳打ちする。
驚く社長の表情に鋭敏な反応をするのは報道陣たちだ。
経験に培われた直感に質疑は、嘘のように静まりかえる。
実際、周囲に待機していた社員たちが慌ただしく動いている。
社員の誰もが何かを伝えあっては、足早に会場の外に出ていく。
先ほどまで、社長の側に控えていた秘書は、いつの間にかいなくなっていた。
「なんだ?」
記者の一人が疑問を口走る。
会見の席に追加の椅子が用意されれば、後方のドアが音を立てて開かれる。
悠々とした靴音が響かせ、会場に足を踏み入れる一人の社員がいた。
スーツを着込もうと、帽子にロングコート姿、背丈は二〇代及び一〇代後半か、肩を越えるほどある髪を後頭部で結わえている。何より目を見張るのは、顔の上半分を覆う仮面だ。ここは
「この一週間、今までどこにいた!」
真っ先に飛んだのは社長の怒号だった。
ただ怒鳴られようと、相手は慣れているのか、耳を塞ぐ動作をするだけだ。
顔が厳ついことで有名な社長の怒りを直に受けようと、肝が据わっているのか、萎縮すらしていない。
「ちょっとばかりスラ、げほん、山籠もりならぬダンジョン籠もりを」
仮面の不審者、否、戸田一騎は、理由を丁重に述べる。
「連絡を入れるのが筋ではないのかね?」
「まあ、あれこれあったもんで」
すると一人の社員が台座を運んでは、テーブルの前に置く。
生け花を置くのに使う台座だ。
戸田一騎は、取り出した端末を操作、次いで台座の上にボーリング球を顕現させた。
金属殻で覆われた球体。
会場は一瞬で静まりかえる。
「遅れて戻ってきたお詫びということで、お納めください」
社長ですら、球体に声を失い絶句している。
報道陣の一人が、声を絞り出す。
「え、
見間違いかと誰もが端末のカメラを向けては、組合のデータベースと照合する。
確かに
ただしサイズを除いて。
データベースに登録されたサイズは、テニスボールほど。
だが、目の間の実物はボーリングの球と見間違うほどだ。
「じゅるり」
不意に、よだれ垂らす音が戸田一騎からする。
まるで喰い応えのあるステーキを目の前にしている獣のようだ。
「戸田くん?」
「あ、失礼。急いで駆けつけたもので、空腹のあまりおいしそうに見えてしまったようです」
口元を拭いながら戸田一騎は述べる。
「一応聞くけど、これどこで手に入れたの?」
「ダンジョン籠もりしている時です。隠しボスをぶっ倒したら出たんですよ」
意気揚々と戸田一騎は語るが、周囲はただ絶句するしかない。
ダンジョンボスは強力だが、ボスの部屋まで行き着くには、隠しエリアの鍵を見つける、あるいは本来のボスより強いボスを倒すとある。
ボスより強いボスを倒すなど、消耗率を踏まえれば非効率。
ボス討伐を目指すならば、隠しエリアを探すのが順当であった。
「単独で?」
「単独で」
嘘偽り無く答える戸田一騎に、社長は目頭を抑えた。
報道陣は、嘘だろうと顔を見合わせるしかない。
「あ、動画見ます? 今なら第一村人ならぬ第一視聴者ですよ?」
「後でいいよ」
男子三日会わずは刮目せよ、とある。
かれこれ一週間、姿を見せないと思えば、とんでもない
疑惑を吹き飛ばすには、とてつもなく威力ある爆弾だ。
「後は任せるけど、いいよね?」
騒動の根幹となっている故、責務を果たせと、社長は目で力強く語る。
一瞬、仮面越しの目が、面倒臭そうな色彩を揺らがせたが、社長の眼力で黙らせた。
「さて社長に代わりまして、以後、この私、戸田一騎が、みなさまの質疑応答にお答えします」
社長の隣に用意された椅子に腰掛けた戸田一騎。
大多数の報道陣を前にしても、まっすぐ伸ばした背筋、発する声に緊張の揺らぎはない。
「ここは
「メガネは顔の一部といいます。であるならマスクは私の一部です」
「黒騎士を単独で討伐したという話は本当なのでしょうか?」
「ええ、本当です」
良い澱まず答えるなり、端末を操作。
報道陣の前に現れた黒い柄が、重い音を立ててカーペットの上に落ちる。
「戦利品である黒騎士の大剣、の柄です。持てる方、どうぞ」
誰もが困惑気味に顔を見合わせる。
何しろ現界において、武器の類はデータのままのはずだ。
資源や機材のように、データから顕現できるなど目撃した例はない。
「私見ですが」
前置きして戸田一騎は語る。
「恐らく、刀身が無い故、武器扱いされてないのでしょう」
順当な私見であった。
若手の報道陣が物は試しにと柄を握る。
だが、両手で持とうと、足腰を踏ん張ろうと、柄は持ち上がらない。
演技だと、何人も試すが、柄はカーペットの上に埋もれたままだ。
悲しきかな、無理に持ち上げようした記者が腰を痛めて、そのまま搬送された。
不幸が降りたからこそ、労災が降りることを祈るのみ。
「タングステン以上の重さと強度があるそうです」
「失礼ですが、刀身はどうされましたか?」
「あ~隠しボス倒す時に使用しまして粉々となりました」
嘘である。実際は、装備品の素材に使用した。
柄が残っているのは、焼き魚の骨のように、素材として使用用途がなかったため。
結果、戦利品は討伐の証明となった。
「この一週間、連絡を取らずいったいどこでなにをしていたのですか?」
「先にも申した通り、山籠もりならぬダンジョン籠もりで自身を鍛えていました。その証拠が、この
非常識で非効率だと、報道陣の誰もが思った。
ダンジョンは基本、出現から二四時間経過するか、ボスを討伐することで消失する。
連続でダンジョンを跨いで探索を続けるのは、喪
つまりは一週間あまり、最低でも七つのダンジョンを渡り歩いていたことになる。
リーゼルト・スケアスたる男が単独探査を一年間続けた実例があるも、あくまで一例であり、参考にならない。
(実際は、ライザスラムなんだが)
真相は当人のみが知る。
「しかし、おかしいですね。私はボス討伐にて
証拠だと、端末を操作した戸田一騎は、バックスクリーンに端末画面をリンクする。
報道陣の誰もが息をのむ。ざわめき出す。
端末であるからこそ履歴は残る。
実際、討伐にて入手した記録と、受け渡しを示す記録、その二つが残されている。
改竄を疑うが、組合のデータサーバーとリンクしている機能上、改竄は即座に露見し、アカウント停止となる。
現にリンクしているならば、改竄ではない証明となっている。
「履歴にある通りです。正確な裏取りは組合側を確認してください」
証拠は提示した。証明は果たした。
ならばこそ、次に戸田一騎が行うのはただ一つ。
報道陣が、今この場に集っている。
動画配信を行う手間が省けて良い。
「この場をお借りしまして、報道陣のみなさまに――いえ、シグマインテリジェンスにお伝えしたいことがあります」
名指しに会場の空気が引き締まる。
社長の厳つい顔がなお厳つくなる。
スクリーンに虹色の鍵が映る。
「シグマ、お前が探している虹色の鍵は俺が手に入れた! 欲しければ、俺と一対一の決闘で勝つことだ!」
記者会見の場を借りた宣戦布告だった。
「俺に勝てれば鍵はくれてやる! だが、俺が勝てば、シグマインテリジェンスが保有する全財産――資材、人材問わず、その全てを貰い受ける!」
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