第40話 力は、ただ力
黒き刃によって切断された巻き藁。
イッキだけでなく、見学していた者たちですら、目を見開いている。
巻き藁の切断面は、藁一つ一つ、均一の内部をさらけ出していた。
誰もが驚き、言葉を失う中、嬉々としてナリルは語り出す。
「素材が素材だ。黒騎士の剣は、お前さんの世界にあるタングステン以上の硬さと重さがある。それを活かしてオーダー通り、刀身が折れない、刃が欠けない方向性で重点的に仕上げてある。重さだってばっちりよ」
戦闘にて折れない欠けないは、重要なファクターだ。
絶対はないが、破損しにくい武器は、精神と継戦能力の安定性に繋げられる。
「タングステン以上の硬さなら並の攻撃は通らないはずだ。けれどよ、切れ味も凄くね?」
改めて黒騎士のイレギュラーさに身震いする。
次いで、加工するだけでなく切れ味鋭く研ぐ技量もまた。
こちらの刀匠や
「わしらの技術は、こっちでも負けねえよ」
「それで、これは?」
黒き剣と入れ替えるようにイッキが次に持つのは、刀身のない握り手だけの武器だった。
オーダーした記憶はない。
「ああ、これか。前に試作した武器なんだが、強度不足でお蔵入りになったやつなんだ。黒い素材が余ったから、試しに鋳込んでみたら大当たりよ!」
揚々と語るナリルの横で、イッキは、本来なら刀身を差し込む部位に穴があるのを、斜めからのぞき込んだことで気づく。
直に穴をのぞき込まない。
どんな仕掛けがあり、何が出るか分からないからだ。
銃火器の銃口を決して覗き込んではいけないように、飛び出た刃に額を貫かれる事故を避ける意味があった。
「ビームでも出るのか?」
「エネルギー不足でそりゃ無理だな」
ご期待に添えず悪いが、とナリルは肩をすくめる。
次いで剣をイメージして見ろと言う。
言われるがまま刀身をイメージした時、イメージ通りの白銀の刃が柄より現れた。
「うお、なんだこれ!」
「柄の中に液体金属を封入しているんだ。持ち手のイメージを電気信号を介して伝えては、武器の形にするんだよ」
「汎用性は高いが」
イッキは試しにと、刀身を指で弾いてみる。
硬い金属特有の音が鼓膜に伝わった。
「そうよ、先にも言ったが、イメージした武器を形成するが強度が足りない問題がある。けれども」
「余った黒騎士の剣が問題を解決したと?」
試し斬りすれば、黒い剣よりも切れ味は、やや劣る程度で負けていない。
いや、下手な武器よりも、錬成するよりも強い。
「うむ、ほ~お~」
いくつか種類をイメージしては、武器を形成する。
槍、鎚、鞭、短剣、カタール、ショーテール、大剣、双刃剣、二刀流。
一振りでも二振りでも、どれもが武器として機能を存分に発揮している。
ただ、一〇回目で形成した武器の精度は、イメージより貧弱だった。
切れ味はなく、巻き藁に当てれば、ヘニャっと刀身が曲がる。
手で掴んでみれば、針金のように柔らかかった。
「形成する度に液体金属が消耗する構造上の欠点があるけどよ、その時は、刃を戻してから柄を上下に振ってくれ。液体金属が活性化して再使用できる」
「地味にシュールだな」
試しに上下に振ってみる。すると言葉通り、今度はイメージした形の武器を形成していた。
「お前さんは錬金使いだし、相性はいいと思うぜ? 是非使ってくれ」
「いいのか?」
「礼をいうのは俺たちだっての。三年前、黒騎士の襲撃で工廠が壊滅しちまった。リーゼルトの旦那が駆けつけてくれなきゃ、今頃、全員、瓦礫の下でおねんねだ」
ちらりとイッキは、詰め所より少し離れた先にある瓦礫群を見る。
かつては、あの瓦礫群は、工廠であった。
調理器具から武器まで、スラムの重要工業区画であったが、黒騎士により壊滅。
リーゼルトのおかげで死者は出ずとも、鍛冶職人たちは職場を失った。
今なお仮の鍛冶場を作ろうと、エネルギー問題の都合上、再建の目処は立たずにいた。
「お前さんが譲ってくれた
嬉しそうに語る鍛冶人。
ならばこそ、貴重な
「後、バイクだが、それはもう少し――あいつらの話じゃ二日ほど待ってくれとのことだ。フレームもそうだけどよ、動力部を
「まあフレームからイカれちまったからな。現状、帰るに帰れないし」
ぽりぽりと後頭部をかく。
イッキが
帰らないのではなく、帰れないのである。
ライザスラムは移動式イリーガルダンジョン。
今は元凶である大樹より逃れるため移動している最中。
一応、手頃なダンジョンで降ろしてくれる手はずとなっていたが、安全確認を含めて最低でも後三日はかかる。
一日でも早く治療薬を妹に届けたい焦燥がある。
Seフォンが勝手に生配信を行った痕跡を確認したいのもある。
だが、現状は、特急電車の中を走るようなもの。
故にイッキはプラスで物事を考える。
待ち時間を暇で浪費せぬ為、武器製造と鍛錬を住人たちに申し出たわけだ。
ネットは移動しなければ使用できるが、移動中はできないため、連絡がとれないおまけときた。
「凄い武器だよな……」
改めてイッキは、今己が手にする武器に緊張が走る。
性能・質共に破格だ。
握った当初は、新しく買ってもらったオモチャのように興奮したのは確か。
だが、手に持つ武器の重さと鋭さを自覚した時、芽生えた緊張が怖気を引き寄せた。
「……怖いな」
あれほど、
心の根底に芽生えたのは、自分だけでなく、家族や仲間を傷つけてしまう恐怖――
「怖いってなら、安心して託せるもんさ」
ナリルは、ただ柔らかい口調で言う。
「所詮、力は、ただ力だ。使い手次第で、誰を殺すか、誰を救うかよ。武器そのものに善悪はねえ。善悪が宿るのは使い手のほうさ」
「……確かに」
その言葉は、イッキから忌避の重さを薄めてくれた。
こちらでも別世界でも、概念は同じようだ。
銃を製造する工場の人間は人殺しか?
調理用包丁を殺人道具に使われた職人は有罪か?
――否である。
使わなければ、ただのオブジェクトだ。
「おまえさんはまともだよ。力の善悪をしっかり理解している。でなきゃ力を怖いなんて言わねえ。こりゃリーゼルトの旦那、いや、親の育てが良かったんだろうな」
「……そりゃ、
イッキは目を閉じ、亡き両親の顔を浮かべる。
今こうしてイッキがイッキでいられるのも、両親と、両親と関わり続けた者たちのお陰だ。
(父さん、母さん……)
今は遠く離れた地にて眠る両親に、ただ感謝した。
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