<FOURTH STAGE:決闘と狼と再会と>

第39話 疑惑あろうと疑惑届かず

『盗まれた電機殻エレキハル、未だ行方知れず!』

『管理体制に不備か!? 問われる企業の管理責任!』

『過去、盗まれた幻界機材が、テロに使用された事例あり!』

『探索者組合は、資材管理の警備強化を発表』

電機殻エレキハルの搬入データなし。空在庫か?』

『架空発注ならぬ架空オークションか!』

『<ミヤマ>社長、関与を否定し社員を擁護!』


 レアアイテムである電機殻エレキハルが盗まれた事件。

 不可解なことに、誰が盗んだのか防犯カメラの映像はないどころか、電機殻エレキハルが搬入された記録データは組合に存在しない。

 鶴田社長は開かれた会見で否定するも、入手した人物が今なお現界リアルに姿を見せぬ事実が、不審さを抱かせてしまう。

 戸田一騎とだかずき

 黒騎士を一対一で討伐に成功した探索者シーカー

 資源回収課に属していること以外、過去の経歴は不明であり、本当に存在しているのか、存在自体が危ぶまれている。

 疑惑を加速させるのは、誰も素顔を見た者がいないこと。

<ミヤマ>に属する社員ですら、名を知ろうと姿を見たことがない事実が、疑惑を加速させる。

 資源回収課に属する社員たちにマスコミが、取材を敢行しようと誰もが重い口を開かない。

 疑惑が疑惑を呼ぶ中、疑惑の渦中となる戸田一騎は――


「ぐえ、ぐは、ぐおっ!」

 もといイッキは棒術でフルボッコにされている最中であった。

「腰の締めが甘い! 左がガラ空きだ! ほら、すぐ目が引っ張られている!」

 二メートルある長柄の棒を、手足のように振るうは、背に翼持つ乙女であった。

 ショートヘアに銀雪のような髪色、エメラルドのような翠の瞳、警察衣装身にまとい、イッキに容赦なく長柄を叩き込んでいく。

 長柄先端を回してイッキが持つ木剣を巻き上げる。

 視界が一瞬だけ上に向いた瞬間を狙うように、棒を指先の動きだけで回す。

 回転の勢いを維持したまま左足の太股裏に叩き込み、姿勢を崩す。

 よろけた隙を突き、顎下をかち上げんとした時、イッキの姿が忽然と消える。

 身を深く地面と水平に伏したと気づいた時、顎をかち上げる長柄が靴裏で蹴り上げられていた。

「ほう」

 一手、いや一足を受けた翼の乙女は面白そうに目を細めるだけだ。

「だが詰めが甘い!」

 落とされた木剣を起き上がりざま、拾って反撃に出るイッキに、翼の乙女は背の翼を力強く振るい、逆風を作る。

 一瞬だけでも、動作の起こりを妨げられたイッキは額を棒の先端で小突かれ、倒れ伏した。

「卑怯だろそれ!」

 倒れ伏すのは一瞬だけ、即座に起きあがったイッキは抗議する。

「戦闘に卑怯もクソもないのは、どの世界も共通だ!」

 ごもっともであるが、口を閉じぬイッキではない。

「相手は、こっちの世界の人間なんだから、こっちの人間のスタイルに合わせて欲しいね! 鍛錬にならねえよ!」

「知るか!」

 再度始まる木剣と棒の激突。

 ここはライザスラム。

 正確には<ヴァルキュリア警察機翔隊詰め所>。

 こちらの世界で言う、警察官たちが組織した自警団である。

 主な仕事は、スラムの治安維持、外敵に対する住民の避難誘導。

 多種多様の種族が集まる場所だからこそ、衝突や諍いは避けられない。

 誰もが住んでいた世界を失い、奇跡的に生き残った者たちだからこそ、自暴自棄から犯罪に走る者、喪失感から生き残ったことに絶望する者は多い。

 そのような者たちを一時保護するのもまた彼女たちの仕事であった。

 そして忘れてはならない。

 彼女たちも仲間や家族を失い、生き残った者たちであることを。

 生きることを諦めず、警察官として職務を全うし続けていることを。

「流石、リーゼルトが認めた男だな。レレルゲと正面からやりあっているのに負けていない」

「ああ、あの黒騎士を倒したんだ。成長途中だがこいつは強くなるぞ」

「今スラムは移動中だから、あと二日は、外に帰るに帰れないし、身体動かすのはいい気分転換になるよ」

「鍛錬相手を頼まれた時、レレルゲが受けるって言いだしたの、ある意味、必然か」

「そうよね、亡くなった相棒のこと考えれば、レレルゲ、動くわよ」

「こっちの世界にアインヘリがあったら、招待するのにな」

「あの世はあるみたいだけどね」

 二人を観戦する者たちは、ほほえましく見守っていた。

 誰もが女性であり、同じような制服と背には翼を持っている。

 黒騎士襲撃から三日が経過した今、ライザスラムは落ち着きを取り戻しつつあった。

「はぁはぁはぁ」

「今日は、やけに、しぶとい、な」

 打ち合いに打ち合った二人は、汗だくのまま息を乱す。

 互いの武器を杖代わりにして身体の支えとしていた。

「ふ、ふん、この程度、リーゼルトのしごきに比べりゃ、ぬるま湯だっての!」

 強がるイッキだが、脚は笑っている。

 それは相手も同じ。脚だけでなく翼も笑っていた。

「二人とも今日はそれぐらいでいいでしょう!」

 翼持つ仲間が待ったをかける。

 練習は本番のように、本番は練習のようにとある。

 だが、練習しすぎて身体を壊してしまうのは元も子もない。

「そ、そうだな、今日はこれぐらいにして、やる!」

「俺のセリフだっての!」

 互いに威勢良く啖呵を切る。

 足は笑っている。目は笑っていない。

 隙あらば、互いが互いに一打叩き込まんと神経を張りつめている。

「鍛錬中邪魔するぜ」

 野太い声がする。

 声の主は、詰め所の扉をくぐって来た男だ。

 身長は低く、体格は野太い。口周りの髭が特徴のつなぎを着た男だった。

「お、ナリルじゃん!」

 タオルで汗を拭うイッキは破顔する。

「おまえさんのフランクさは嫌いじゃねえが、もうちっと年上に対して敬意を抱いて欲しいもんだね」

「ジジイ呼ばわりは嫌いだろう。推定年齢三〇〇歳の鍛冶人ノムーフさんよ」

「それは違いねえ」

 苦笑するナリルと呼ばれた鍛冶人は台車を引いていた。

 イッキはすぐさま台車の荷台へと駆け寄る。

「ここに来たってことは、できたのか!」

「とりあえず二本な」

 ナリルは荷台を覆うカバーをはぐる。

 荷台にはコンテナに収納された三つの武器があった。

 一つは黒曜石のような漆黒の刀身を持つ大小二本の実体剣。

 もう一つは、刀身のない持ち手のみだ。

「いや苦労したぜ。黒騎士の剣を加工してくれとか。今まであれこれ作ってきたが、これほど難航した素材はねえ」

 彼ら鍛冶人は、鉱石採掘や金属加工に優れた腕を持つ一族だ。

 この地に置いて、自身が持つ加工技術を生かして、住人たちに生活用具から武器の生産提供を行っていた。

「黒騎士との戦闘で、ほとんどの武器とか装備はぶっ壊れたからな、腕利きの鍛冶師がいるなら頼むのが筋よ」

 イッキは、大と小、二本の実体剣を手に取った。

「すげえな、オーダー通りだ! それに」

 左右に握った武器を振るう。鋭利な風切り音が鳴る。刃は鋭く、太陽光を吸い込むほど刀身は黒い。初めて手にしたはずなのに、長年寄り添ってきたように不思議と馴染む。

 参考素材として、事前に錬成した剣を渡していたが、ここまで再現できる腕に舌を巻く。

「さ~て切れ味はっと」

 用意してもらった巻き藁を前にしてイッキは緊張を走らせる。

 腕を信用しているからこそ、期待感は多い。

 手に汗と剣を握りしめ、左右の剣を巻き藁に向けて振り下ろす。

「うお、なんだこれ!」

 振り下ろした時、巻き藁は上半分が落ちていた。

 巻き藁は巻き固めているからこそ、柔ではない。

 下手に斬ろうならば、刃を巻き藁に食い込ませるだけだ。

「マヂかよ……」

 出来栄えにただ驚嘆するしかない。

 触れた感覚は柄を通じてイッキに伝わっていた。

 だが、斬った感覚はないに等しかった。

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