第46話 最後の一匹
再会に驚を突かれた。
「う、うるすけ! うおっ!」
一騎は、うるすけの飛びつかれる。
背中から押し倒され、馬乗りを許す。
喉元に喰い付かれる寸前、小の黒き剣に噛み付かせる。
ガチンガチンと、眼前に幾重にも硬き咬音が響く。
手札として使用するのは、半ば予測していた。
予測していたが、頼れる相棒が文字通り牙を向くのは、厄介極まりない。
だが、なんだこの違和感は――
探しに探していた相棒が目の前にいようと、本能が違うと叫んでいる。
――おまえ、がぶごろす!
脳内でイマジナリーうるすけの怒声が走る。
「どうした、そんな奴、さっさと噛み砕け!」
今なお噛み砕かれぬ一騎に、シグマが苛立ち叫ぶ。
うるすけの首回りには、鎖が巻かれている。
気分次第で、おしゃれなスカーフを巻くことはあろうと、首輪を嫌ううるすけが素直に巻かれるはずがない。
「うううっ、があああああっ!」
頭を左右に振るうことで噛みつきを避けていた時だ。
埒が明かぬと、一騎は膠着状態を打破するため、伸ばした右手で、うるすけの喉仏を掴み上げて距離を作る。
前脚を激しく動かして、一騎の右手を叩き落とさんとする。
空いた左手を床に叩きつけ、岩の杭を錬成、鼻先狙って撃ちだした。
「ぎゅわんっ!」
岩の杭にて打ち上げられたうるすけから、聞いたことのない鳴き声がする。
小さき体躯は宙を舞い、
――とどめ、オレやる! さっさとだせ!
脳内イマジナリーうるすけが、やかましい。
相棒を痛めつけるのに後ろめたさがあるも、今は我慢してもらうしかない。
「おい、どうした! さっさとそいつをさっさと噛み砕け!」
鎖を振るうシグマは、倒れたうるすけを痛めつける。
四肢を震わせながら、どうにか立ち上がるうるすけ。
立ち上がった時、大型ドローンの中より、一つの金属球が零れ落ちる。
うるすけの四肢を通り抜け、顎下の位置で停止した。
――
レーザーライフル銃のエネルギー源。
出力の出所に合点と、盗品か否かの疑念が一騎に走った時だ。
「がぶっ!」
うるすけは、金属球を丸呑みする。
一瞬のことで、誰もが言葉を走らせられなかった。
咀嚼することなく呑み込んだ直後、様子が一変。
苦しむように吼え、もがき苦しみだした。
「ぐるるるるるるっ!」
鎖の強打を額に受けたうるすけが、犬歯むき出しに唸る。
唸り、全身から夥しいプラズマが迸る。
シグマが口端に笑みを浮かべたのと、一騎が絶句したのは同時。
うるすけの主食は電気。
であるならば、膨大な電力を貯蔵する
うるすけが変わる――雷撃纏い変化する。
「はぁ?」
困惑の声がシグマから漏れる。
灰色の毛並みから、粘性の液体が漏れ出したからだ。
ざわり、と客席に衝撃が走る。
凛々しい鼻先も、可愛い目つきも、鋭い牙も、自慢のふさふさ尻尾も、全身が強酸を浴びせられたかのように溶けていく。
小さき体躯が風船のように膨張、毛皮は黒く染まり、肉体は粘性を持ったヘドロに変貌していく。
一匹の仔犬は、フィールド半分を覆い尽くす巨大な黒きスライムに変貌していた。
客席は騒然となり悲鳴さえ響いている。
審判さえ事態を把握できず、試合続行可か否か唇をきつく噛みしめる。
「な、なんだこれは!」
「まさか、こいつ……」
シグマが変貌に狼狽する一方、一騎は記憶を刺激される。
見たはずだ。
知っているはずだ。
ライザスラムで目撃したはずだ。
「スコピペ……」
取り込んだ物体を完全複製し、分裂する原生生物。
六匹が事故により逃げ出し、最後の一匹が行方不明であること、そしてライザスラムで熊との会話を思い出す。
『んなわけねーだろうが、ただの原生生物だっての。あ~触んじゃねえぞ、細胞一つ、金属片一つあれば、完全複製した分裂体を出してくるぞ~』
『ちぃと前に集団脱走する事件があったんだよ。六匹ぐらい逃げてあれこれてんてこまいでさ。最後の一匹が見つからないときた』
『ああ、物騒だぜ。けどよ、このスコピペは、上手く飼育すれば、銃弾とか鏃、消耗品の製造に使えるんだよ。ご丁寧に、一度完全複製させれば、他と混ぜない限り、本物と遜色なく使えるんだ』
Q:もし混ぜたら?
A:ヤベーもんができる
「なら、うるすけは、どこいるんだよ!」
感情が困惑から、一気に沸騰点を超えた。
あのうるすけは、複製体だった。
他と混ぜる――
確かに違和感はあった。
違和感が確信となった今、本物のうるすけはどこにいるのか、怒りが走るのは必然だ。
巨大スライムより、どす黒い陽炎が現れる。
客席とフィールドを仕切るゲージが、強酸にあてられたかのように溶解する。
本来、観客の安全確保のため、擬似的な空間断層が展開されているはずだ。
制御不可能な異常事態だと、後はもうパニックが起こるのは必然。
客席の誰もが血相を変えて避難する。
まじめに出入口へ急ぎ向かう必要はない。
オンラインゲームのように、端末操作でログアウトを選択すれば良い。
結末はアーカイブで確認すればいい。
シグマが手に握る鎖を振るい、制御しようとするが、軟体には通じず、ゴムボールのように跳ね返された。
「へっ?」
一瞬だった。
肥大化した巨大スライムは、瞬きする間なく、シグマとの距離を詰める。
身体を口のように大きく開き、シグマを頭から丸飲みした。
ガチボキバキボキ!
軟体の上下運動が起こる度、体内から耳押さえねばならぬ不吉な音が響く。
口らしき部位から粒子がこぼれ落ちる。
飼い犬に手を咬まれたレベルではなかった。
「体力ゲージのゼロを確認! よってしょ――」
審判が勝利宣言をした瞬間、陽炎が実在する腕のように殴り飛ばす。
巨木のように伸びた腕は、疑似空間断層を砕き、大型モニターに審判ごとめり込ませる。
審判の身体は粒子となって散り、喪
「なんだよ、このスライム!」
――だーせー! だーせー! だーせ!
暴走、との直感と、脳内のイマジナリーうるすけが叫ぶ。
「くっそ、あの偽者、うるすけまで偽物とかなに考えてやがる!」
「「イッキ!」」
軟体に呑み込まれぬよう、身体を横転させながら回避していた時、重なった声がした。
明菜と燐香だ。
スライムにて砕かれた疑似空間断層の隙間から、フィールド内へと揃って飛び込んできた。
二人は並び立つ形で着地。
同時に、顔を見合わせたのも一瞬、状況故、互いに頷きあう。
「うるちゃんじゃなかったの!」
「ったくスライムにしちゃでかすぎだろう!」
燐香が、左右の手に短剣を逆手に構えて飛び込んだ。
背後からの強襲だろうと、スライムを包む陽炎が尻尾のように動き、燐香の連撃を、すべてさばき落とす。
煩わしいと、軟体より伸びた獣の脚が燐香を蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
双剣を交差させて受けた燐香だが、刀身ごと腹を貫かれ、体力ゲージを一発で消し去られた。
次いで飛んできたのは白い光。
明菜の杖から放たれた蘇生の光。
光を受けた燐香は身を翻し、フェンスを足場にして体勢を立て直した。
「助かった、明菜!」
言いたいことは山ほどある。
あるが、この
「くっ、入れない!」
万禾と閃哉が、やや遅れて駆けつける。
末妹がしたように、フェンスの割れ目から加勢しようとするが、自動修復した疑似空間断層の壁に遮られてしまう。
「なんてドス黒さだ。黒すぎて何も見えない!」
鑑定士の目が、万禾の唇を震えさせる。
まるで、光一つ届かない深海のような暗さだ。
「どこから入れる!」
「今探している!」
決闘の妨害を防ぐために、第三者は乱入できない仕様が、非常事態に対する仇となった。
兄二人は、少しでも早く参戦せんと頭と筋肉を、それぞれ総動員した。
イッキ、おれはここだっての! はやくだせよ! あれきらい、ヤなやつ!
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