第47話 お前はどこにいる!

「燐香、こいつを使え!」

 イッキは、刀身の無い柄を燐香に向けて投げる。

 直感だが、燐香ならば自分以上に使いこなせると思ったからだ。

「なんだこれ? 刀身がないじゃないか!」

 見事に受け取った燐香だが、困惑するのは必然だ。

「柄を握ってから武器をイメージしろ! 前使っていた武器をイメージすればいい!」

 七振りで一つの特注武器――黒騎士との戦闘で喪失ロストした武器を。

 巨大スライムから再度蹴りが放たれる。

 身の丈を超える白銀の大剣は、受け止めるだけでなく、斬り伏せるだけの威力を発揮する。

「はぁん、良い武器じゃないの!」

 今度は、タコ足のような無数の触手が迫る。

 だが、燐香は、左右の手に握った白銀の双剣で全て切り落としていた。

「すげえ、俺以上に使いこなしてやがる……」

 一騎の目に狂いはなかった。

 斬剣士ブレイドユーザー職業ジョブは、伊達ではない。

 自身が使用する以上に、武器の変化を素早く行い、状況に応じて対応している。

「ほらよっと!」

 左右から挟み込むように触手の波が迫ろうと、燐香は身の丈を超える大鎌を振るう。

 下弦の月の刃はすべてを切り落とす。

「一〇回変化させたら、柄を上下に振るんだ! 振らないと武器の強度が落ちる!」

「あいよっと!」

「目閉じて!」

 明菜の支援が飛ぶ。

 光球体が巨大スライムの眼前で炸裂。

 光で目を眩ませた。

 耳目のない軟体生物に効果があるか不明だが、まるで両耳と鼻を動かし、状況を把握しているような動作を取っている。

 音が大きい方を把握できればいいが、燐香の振るう大鎌の風切り音が他の音を拾わせない。

「おらっよっ!」

 故に真っ先に狙ったのは燐香。

 狙い通りだと燐香は、迫る巨大スライムに向けて、火薬入り小袋を投げつける。

 右手に大剣、左手に短剣、左右で異なる二つの剣を握りしめ、巨大スライムの眼前で小袋を斬った。

 小袋内の火薬は、剣同士の接触にて生じた火花にて爆発を起こす。

 巨大スライムは、爆発にて黒き陽炎を失えば、浜辺に打ち上げられた魚のように軟性を失い、タールのように力なく広がっていく。

「やっ、なっ!」

 歓喜は一瞬。

 巨大スライムが力強く跳ねた時、一騎は影に包まれていた。

 油断誘うように死んだふりをした。

 軟体から口らしき部位が開く ガブリ、と、上に伸し掛かる形で喰らいつかれた。

「「イッキ!」」

 乙女たちの声は届かない。


 声がした。うるすけのやかましい叫びがした。

「ここは」

 気づけばイッキは、底知れぬ虚無の中にいた。

 冷たさと熱さの混じり合った空気が、皮膚を撫でる。

 重力を感じようと、浮かんでいるのか、沈んでいるのか、動いてすらいないのか、感覚が交錯している。

 喰われたはずだ。飲み込まれたはずだ。

 下手すれば死んでいる可能性が過る。

 ふと、誰かの声がした。知った声がした。

『ここはいわゆる心象世界。誰もが持つ心の世界だ。心の繋がりがお前たちを繋いだ』

「リーゼルト!」

『スコピペの暴走は止まっていない。あのスライムは消耗品製造に便利だが、下手に物を喰わせると、暴食の使徒に変貌する。どこの誰か知らないが、うるすけの毛を喰わせて、紛い物に仕立て上げた。結果としてこの暴走だ。この状態が続けば、お前は消滅する。喪失ロストではない文字通り、この世からの消滅だ。ここから出たければ――相棒を救いたければ、見つけ出せ』

 声はもう聞こえなくなった。

「見つけ出せって、いやあっちか!」

 直感のまま歩を進める。

 進んだ瞬間、光が満ち溢れる。

 空にオーロラ煌めく見慣れぬ氷の世界が映し出された。

 うるすけと同じ獣がいた。人間と並び立ち、ダンジョン内で魔物たちを打ち倒していく。

 一匹ではない。

 二四匹のうるすけが、各々の相棒となる人間と並び立っている。

 中にはライザスラムで鍛錬を受けた翼の乙女の姿もあった。

「こいつら、うるすけの仲間、いや兄弟なのか」

 光景は切り替わり、今度は研究室となる。

 うるすけがいた。うるすけはカプセルの中から、不安顔で白衣姿の男女を見つめていた。イッキは二人をどこかで見た覚えがあった。

「そうだ、夢に出てきた」

 流れて的にうるすけの生みの親なのだろう。

 モニターには<ルーンノイドtypeW>の文字が不思議と読めた。

 ふと、とある資料が目についた。

 この世界には、かって破壊と創造を司る神狼が存在した。

 生と死が混迷する世界を切り開き、今ある世界を創生した<開闢かいびゃくの創狼>。

 存在自体が伝説として語り継がれながら、大樹の侵攻をきっかけに氷河の奥より、牙の化石が発掘される。

 牙の化石より採取されたDNAを元に、世界浸食に対抗するために製造された人造生命体こそが〈ルーンノイド〉であった。

 一体だけでは強すぎる故、二四体に力を分割した。

 世界喰い千切る毒を世界救う薬するアンチ侵略兵器。

 ロールアウトした二四体は、確かに浸食を押し返すまでの戦果を発揮した。

 だが、樹の世界浸食は止まらない。むしろ加速度を増していた。

 最終決戦兵器として、二四体の戦闘データをフィードバックした二五体目の製造が決定する。

『浸食が止まらない! このままだと世界は樹に喰われるわ!』

『諦めるな、例えこの世界が滅びようと、樹の好きにはさせない!』

 二人は夫婦であり生みの親であった。

 例え作られた生命であろうと、我が子と同じように愛情を注いだ。

 相棒として選んだ人間たちもまた、夫婦の慧眼に叶うとおり、半身のように接した。

 最後の一体がロールアウトする間際、樹は世界を飲み込み、浸食を加速させる。

 世界そのものが飲み込まれ、対抗する術がない。

 悲鳴を上げることも、絶望に膝を折ることもなく、気付けば粒子として消えていく。

 世界が滅びるのは、文字通り秒読みだった。

『ウイルド、今から君を別世界に送る。そこがどんな世界なのか分からない。酷く厳しい道を歩ませるかもしれない。血で汚させる愚かな選択を強いられるかもしれない』

『自分のことを愛してくれる信頼してくれる相棒を見つけだして。きっと出会うべくして出会うはずよ』

『その心で相棒と共に家族を守って欲しい。君は確かに兵器として作られた。けれども兵器とは違う道だって歩めるはずなんだ』

『ん? どんな相棒か、分からないって顔をしているわね』

 イッキの視界が涙で滲む。

 滅びるのが運命だろうと抵抗し戦ってきた。

 仮に滅びようと、別なる世界が滅びるのを防ぐための布石とした。

「なにが相棒だよ。相棒を見つけ切れない俺が、相棒の資格なんてないだろう」

 イッキの顔が、クシュと歪む。目尻が熱くなる。

 繋がりがあるなら、見つけられているはずだ。今なお見つけられないのは、決定的な何かが足りない証拠だ。

『くぅ~ん』

 カプセルの中で、うるすけは短く鳴く。

 永久の別れを本能的に感じているのだろう。

『大丈夫よ、なんたってあなたのために涙を流してくれる人なんだから』

 光が満ち溢れる。柔和な笑みが映る。確かな鼓動を感じ取る。

 運命を覆すルーンノイドが今、目覚めんとする。


 ――だせだせだせだせ! だーーーーーせーーーーーー!


 今一度、イッキの脳内に響くイマジナリーうるすけの叫び。

 違うと、イッキは自分の中に、心の奥底に自分とは違う鼓動を感じ取る。

 電子礼装アバターでもない。装備品でもない。心の中に、力たる意志に、獣は潜んでいた。

「……来いよ、来い、来い!」

 奥底より響く鼓動にイッキは呼びかける。

 強く、強く、心臓の鼓動とは違う鼓動が音を増す。

「――俺はここにいる……お前はどこにいる!」


 オレはここにいるううううううううっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る