第48話 『  』を覆す

 オレはここにいるううううううううっ!


 虚無が吼える。

 虚無が激しく鳴動する。

―――――――――――――――――――

 スライムを中心に電撃が走る。

 無数の稲妻がスタジアムを駆け抜けた後、燐香は膝をつき、明菜は身を伏していた。

「なんて威力だ、反則すぎる、だろう……」

「うっうっ、防壁を貫通するなんて……」

 致命傷は避けようと、もし同じ攻撃が再度放たれれば、耐え切れない。

 スライムのゼリー状の表面が波打つ。

 まるで獲物に喰らいつけるのを喜び、嗤っているようだ。

 あれは死だ。死そのものを煮詰めた悪夢の怪物だ。

「……明菜、行けるか?」

「当たり、まえ、でしょう!」

 彼女たちは身を稲妻に焼かれようと、心折れずにいた。

 死が雷光纏いて迫る。

 死を拒む感情が、リフレインを起こす。

 家族を失った悲しみ。家族を奪われた怒り。仲間を裏切った自責。仲間に裏切られた悲哀。

 そして、喪失ロストのヴィジョンが、死の恐怖の形を伴い喰らいにかかる。

「あたしはね、あのイッキが早々くたばるなんて、思っちゃいないんだよ!」

「そうよ、これからイッキと会社を今以上に大きくするのよ! なにかあったら未来の義妹に顔向けできないじゃないの!」

 全身を稲妻で焼かれようと、彼女たちは震える脚で再び立ち上がる。

 死の恐怖が、差し迫ろうと彼女たちの目は死んでいない。

「なんだ?」

 最初に気づいたのは燐香だった。

「亀裂が……」

 次に明菜がスライムの異常に気付く。

 軟体生物であるスライムに無縁の亀裂が走る。

 怪物は、全身を悪寒に晒されたのように激しく震わせる。

 亀裂は秒単位で枝分かれを増やす。

 亀裂が広がる。

 本来、喰らうはずの軟体生物が、亀裂に喰われていく。

 全身に帯びていたプラズマが、急激に萎んでいく。

 軟体生物の奥にうっすらと人影が走る。

 人影は秒単位で確かな形を成す。

 そして、陽炎纏うスライムを突き破るように、イッキが中から飛び出してきた。

 飲み込まれようと傷一つ、火傷一つない。

「「イッキ!」」

 乙女たちは破顔する。


 死を覆すのは、なんであろうと強き人の想い。


「待たせた!」

 イッキは乙女たちを背に、スライムと対峙する。

 今ならドス黒いスライムの根源が直感的に見える。

 あの怪物は、本来獣が持つ不可分の部位が、複製により具現化し、膨大な電力を取り込んだことで暴走した姿。

 複製元オリジナルは、世界の滅びを喰らうために生み出された。

 同時、決して離れぬ影のように不可分として、世界そのものを喰らう因子が残っていた。

 あの怪物は死を内包している。

 世界を滅びから救うからこそ、滅びを凌駕する力を内包している。

 複製とはいえ、世界滅ぼす禁忌を秘めていた。

「うるすけ、行くぞ!」

 イッキは、拳を胸に力強く叩きつけて叫ぶ。

 照明に照らされた影が胎動する。

 繭を内から破ろうとする虫のように激しい鼓動を刻む。

「おう、イッキこそ遅れるなよ!」

 波打つイッキの影より飛び出すは、一匹の灰色狼。

 うるすけは、ずっとイッキの影に潜んでいた。

 時折聞こえる声は、幻想ではなかった。

 何故、影の中にいたのか、理由はどうでもいい。

 一人と一匹の鼓動は高まり、今までにない高揚感をもたらしてくる。


 オオオオオオオオオオンッ!


 狼の遠吠えがスタジアムを突き抜け、幻界ムンド全体に響き渡る。

 数多のダンジョン、数多の魔物たちを揺さぶり、大樹の頂にさえ届かせる。

 運命の鼓動。

 運命を覆す白銀の輝き。

 根元となすのは、誰かを助けたい強き想い。

 輝きはイッキとうるすけを包み込み、新たな姿を形作る。

 繋がりこそが次なる未来を創る。


 すべての想いは意志となり、強き意志は滅びの『  』運命を覆す。


 終焉喰昏ラグナロクバイト

 巨大な神狼と化したうるすけは、白銀の毛並みを揺らして吼える。

 これはルーンノイドが、出会うべくして出会った相棒と融合した真なる姿。

 ただ出会うだけでは至れない。

 ただ並び立つだけでは変わらない。

 ――生きることを共にする大切な家族のために。

 誰かを救いたいとする、強く願う心が、互いに強く共鳴した時、顕現される。

 運命を覆し、滅びを喰らう神狼。

 その容姿は、この世界の北欧神話にて、世界終末の際、神を喰らうとされる魔狼そのもの。

 だが、禍々しさはない。むしろ神々しさがあった。

 陽炎のスライムは、一歩も動くことすら許されず、白銀の顎にて消え失せる。


 白銀の輝きが縮む。

 そして、イッキとうるすけの姿に戻っていた。

「「いえ~い!」」

 イッキが手を差し出せば、うるすけは尻尾と羽根を振りながらジャンプ、前足の肉球を叩きつけた。

 言いたいこと。謝りたいことがある。何故、影にいたのか追求したいこともある。

 ただ今はこの言葉だけで十分だ。

「おかえり、うるすけ!」

「おう、ただいま、イッキ!」

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