第37話 錬剣士は迸る
イッキの身体は、黒騎士の一撃にてガラス細工のように砕け散った。
命が――終わる。
そして砂煙を突き破る爆音が走る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
砕けたはずの叫び。
黒騎士は、砕いたのはガラスだと気づくなり、周囲を素早く見渡した。
一瞬にして自身そっくりのガラス人形を錬成し、黒騎士を欺いた。
濃霧のように立ち込める砂煙が揺らぐ。
大剣の切っ先を突き入れんとした瞬間、鋼色の鉄塊に黒騎士は弾き飛ばされた。
「浅い! だが――っ!」
黒騎士を跳ね上げた鉄塊の正体は、メカニカルなバイクだった。
まるで突撃槍を携えた騎兵のように、バイクにはイッキが乗り込み、その右サイドには
「これなら行ける!」
黒騎士が大地の上を横転する。
ハンドルを握り、アクセル全開でバイクを疾走させる。
右サイドに機械を急遽接続したことで、車両バランスは右寄りなのを戒めろ。
「学習するなら、学習していない戦い方をすればいいだけだろう!」
先の奇襲が再度通用するとは思うな。
大剣と銃火器の攻撃だが、あの黒騎士は、
掴まれるな、走れ、走らせろ――そして悟られるな!
「ぐっ!」
爆発の波がイッキを襲う。
黒騎士より放たれるナパーム弾がハンドルと心臓を揺さぶって来る。
バイクの左側につけては並走しながら発射している。
相応の速度が出ているはずが、黒騎士に遅れと照準のズレはない。
「ほっ!」
黒騎士が大地を蹴り、爆風を背にイッキを追い越した。
急加速による急停止後、進路上に立てば、大剣を振りかぶる。
首を狙った横薙ぎの一撃。
将を射んとする者はまず馬を射よ、とある。
だが、結果として射るならば、将を射よ、とイッキを狙う。
「――!?」
黒騎士がすれ違い様に大剣を振るう。
バイクから搭乗者は消えていた。
落ちる音はなく、黒き手に斬った感触はない。
すかさず黒き兜が頭上を捉える。
姿が見当たらない。
バイクは爆音上げて遠ざかる。
前輪が傾ぐ。
バイクが左方向に曲がった時、バイクの右側面にへばりつくイッキの姿を黒騎士は目撃した。
「おっと!」
開いた距離を縮めるように放たれるライフル銃。
的確に頭部を狙っている。
イッキは頭部を振り子のように動かした。
黒騎士が発砲タイミングをズラそうと、発砲する寸前に身体を動かし狙いを絞らせない。
「腕が、良すぎなんだよ!」
ブレーキをかければ、バイクの後輪が慣性で跳ね上がる。
右側に引っ張られるが、アクセルを吹いて加速させる。
「リーゼルトの狙いは正確だ! だからお前の射撃は読みやすい!」
先のような驚愕は、もうイッキにはなかった。
確かにリーゼルト・スケアスは、最強だろう。
だが、冷静になって考えてみろ。
仮に黒騎士が、最強の戦闘力を交戦経験から得たとしても、それはあくまで過去のデータ。
人は一歩一歩、一秒一秒と前に進んで成長している。
最強、最高と喜び、驚くのは、単にそこまでという限界たる壁を勝手に作っているにすぎない。
「俺の知るリーゼルトは会う度に強くなっていたし、容赦のなさも上がっていた!」
急激なUターンで、掴みかかる黒騎士を回避する。
黒き五指が狙った先は、後輪。
応酬としてタイヤの回転数を上げ、大地を削る。
土による目つぶしを敢行しては、黒騎士の距離を開く。
黒騎士は追跡者として大剣を投擲、風切り音を放つ大剣は加速するバイクに急迫する。
「ほらよっと!」
急停止による急制動。ハンドルと右寄りの重心を見事に調整して、杭打ち機の先端で飛翔する大剣を叩き落す。
(あと少しだ!)
悟られぬようイッキは、大地に刻んだバイクの轍を見る。
右に左にと、バイクを走らせたことで幾重にも轍が刻まれている。
黒騎士が大地を駆ける。両手にアサルトライフルを構えて、フルオートで発砲する。
「ぐっ!」
避け切れぬと、ハンドル操作でバイク右側面――杭打ち機を盾代わりにして受ける。
火花と硬き金属音が幾重にも響く。跳弾は起こらない。どれもが杭打ち機に深く食い込んでいるからだ。
「アーマーピアシング弾か!」
頑強に作られた杭打ち機のため、バイクにまで銃弾は至っていない。
だが、杭打ち機を杭打ち機と至らしめる基部に亀裂が走っている。
このままでは使えない。使おうとすれば、発射時の圧力が横から漏れて暴発する。
「くそったれが!」
悪態つきながらイッキはバイクを加速させる。
タイヤの回転が大地から砂煙を巻き上げ、姿を覆い隠す。
黒騎士は動く。
砂煙で視界が覆われようと、バイクより巻き起こる爆音でイッキの位置を掴む。
左側面につくなり、黒き全身をバイクごとイッキに叩き込んだ。
「これで――がっ!」
加速の中、受けた真横からの一撃。
イッキは身体を跳ね上がり、バイクは音を立てて横転、金属片をまき散らす。
黒騎士はアサルトライフルを構える。
イッキは、受け身を取って大地の上を転がっている。
すぐさま立ち上がるなり、バイクに駆け寄った。
黒騎士の黒き銃口が動く。
イッキではなく、横転したバイクに向けて発砲した。
タン、タンと二発の銃声が響き、前輪と後輪を穿つ。
足を奪われたイッキは、口を大きく開く。
開き、口端を大きく弓なりに歪めた。
その歪みは、絶望に染まっていなかった。
「この瞬間を、待っていたんだ!」
イッキの足は止まらない。
走れぬバイクに駆け寄っては、動力部に力強く両手を叩きつけた。
動かぬバイクが激しく鳴動する。
雷鳴を轟かせ、動力部である
雷光はバイクで刻まれた轍の上を走る。
まるで水路を走る水のように、四方に広がっていく。
「迸れ、青き雷光よ!」
天高く人差し指を突きつけ、イッキは意識を高めんと叫ぶ。
バイクの轍は、錬成陣。
かつてミノハラタンロス戦にて、起死回生の一手として燐香の武器に超高熱を付与した。
今回は、
イッキ単独での戦闘のため、黒騎士に気づかれれば水泡と化すリスクがある。
だが、強大な一撃は、この手しか浮かばなかった。
激突する寸前、錬成陣は完成した。
プラズマが四方に走り、杭打ち機が揺れる。
まるで自意識を持つかのように浮き上がる。
電磁浮遊にて浮かぶ杭打ち機は、杭の先端を黒騎士に向ける。
黒騎士が、イッキの意図に気づいたのか吼える。
アサルトライフルを発砲するも、周囲を帯電するプラズマに弾かれた。
「ライデンフロスト現象だよ!」
剛毅に返そうとイッキは知らなかった。
かつて黒騎士がリーゼルトと交戦した際、黒騎士自身もまた、その現象にてリーゼルトの攻撃を凌いだことを。
「なんで俺が感電せずに無事って顔しているな! 錬金使いが、自分の錬金術で死ぬかよ!」
両手を鋭く突き出す。連動するように杭打ち機が動き、機器周囲を不可視の電荷が包み込む。
それはバレルでありレール。勝利への道であった。
「受けきれるなら――受けやがれええええええええっ!」
殴りつけるモーションと連動して杭打ち機は射出された。
レールガン。
火薬の爆発力ではなく、電気エネルギーを使って物体を発射する。
本来、錬成陣を使ってでも電力不足で使用できない。
だが、ボス討伐で手に入れた
杭打ち機はプラズマに包まれ、投射された瞬時に灼熱色へと染まる。
機材は融け落ち、一本の杭が極超音速で迫る。
『GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAっ!』
黒騎士が吼え、背面が戦慄く。
突き破るように黒き一対の腕が飛び出し、一〇の指が杭を掴み取る。
四つの手が、極超音速の杭を真正面から受け止めていた。
黒き手より軋み音が上がり、火花を走らせる。
両足で轍を刻みながら、全身を震わせ、杭が鎧に触れるのを妨げる。
「だろうな!」
イッキは歯噛みすることなく、黒騎士に向けて駆け出していた。
拳銃の弾度はおよそマッハ二。
レールガンは、マッハ六――秒速二〇〇〇メートル。
真正面から受け止めるなど規格外のイレギュラーだ。
目測で五〇〇メートルもない中、駆け抜け、途中落ちている黒きそれを拾い上げる。
イッキは一〇〇メートル手前で立ち止まる。
「これで、終わりだ!」
杭の慣性が消える。
ミサイルのように杭そのものに推進力はない。
人間が肩の力でボールを投げるように、電気の力で杭を投げたにすぎない。
イッキは黒騎士に右腕を突き出した。
黒騎士は四つの手で杭を圧し折った。
青きプラズマが走った時、黒騎士は眉間を撃ち抜かれていた。
貫いた物体は、黒騎士自らが錬成し、イッキにバラまいた実包だった。
黒き兜から覗く目が瞠目する。
「まだ電気は生きてんだぞ?」
イッキは、圧し折られた杭から大鎚を錬成する。
このフィールドは、まだ電気が支配している。
ならば、撃ちだすものとイッキが生存しているならば、レールガンの第二射は可能である。
その第二射を黒騎士が錬成した実包で行った。
「じゃあな! 紛い物の錬金騎士!」
大鎚は振り下ろされる。
電圧も電荷もない。
ただ純粋なまでの膂力による振り下ろし。
全身を砕きそうな反動が、イッキに貫き走る。
黒き兜の眉間に走る穴から全身にかけて、黒き亀裂が走る。
黒騎士は、破砕された頭部より、黒き粒子を散らしながら遺骸残さず消える。
「や、やった……」
死の圧力が消える。
緊張の糸が切れるように、イッキは膝から崩れ落ちる。
プラズマもまた鎮まり、大地に残されたのは黒き大剣と虹色に輝く鍵だった。
「鍵? ならこいつもボスだってことか?」
黒き大剣と虹色の鍵は吸い込まれるように、Seフォンのストレージに自動収納される。
説明文を見ようと、黒の大剣、虹色の鍵共に用途不明としかない。
「結局、何者だったんだこいつ……?」
最後の最後まで正体はわからぬままであった。
「ともあれ、これで……三体目!」
課題をクリアした達成感と脱力感、勝利の高揚感がイッキを仰向けに倒す。
離れた地より歓声わき上がるのを、地面を通じて感じ取る。
靴音がした。
聞き慣れた足音がした。
仰向けのまま目線向ければリーゼルトだった。
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