第31話 リーゼルトVS黒騎士

 リーゼルト・スケアスは、手頃な岩に腰を下ろす。

「やれやれ」

 嘆息しながら、ショットガンの銃身を折り、水平二列に並んだ空薬莢を廃棄する。

 地面に落ちた空薬莢は、リーゼルトが靴先で地面を叩くなり、土となって分解された。

 背後の岩場には、無数の破砕痕と大型重機の残骸が散乱している。

 大型重機は無機物であろうと氷のように溶ければ、タールのように地面に染み込んで消える。

 破砕痕だけが現場には残っていた。

「ああ、私だ」

 ショットガンに新たな薬莢を装填しながら、端末を手にすることなく話しかける。

 耳にはワイヤレスイヤホンの類はない。

 端末もまた衣服の中に収納されたままだ。

 端から見れば独り言、あるいはテレパシーに見えた。

 だが、手袋、右手の甲には、一枚の御札が張り付いている。

「逃げ出したのは六匹中五匹、こちらで確認した。ああ、しっかり痕跡残さずしとめている。こちらで暴れるのは困るからな」

 御札を介して幻界ムンドで知り合った友人たちと通話していた。

 動けぬ事情故、自由に動けるリーゼルトが動いた。

「痕跡を追って探しているが、最後の一匹が見つからない。困ったことにアレは隠れ潜むのが得意なタイプだ。ともあれ五匹だけでもしとめられたのは良しとておこう。無論、最後の一匹も逃がすつもりはない……話の途中で悪いが切らせてもらう――奴だ!」

 一方的に話を終える。

 手の甲に張り付く御札は、意志を持つかのように離れ、自ら燃えては滓を残さず消えた。

 通話できる御札は、表向き幻界ムンドでは存在しないアイテム。

 機密保持故に燃えては消えた。

「やれやれ」

 今一度嘆息すれば、ショットガンを岩の壁面向けて発砲する。

 打ち出されたのは貫通力ある単発スラッグ弾。

 岩の壁面に亀裂が走る。だが弾が命中したからではない。亀裂の原因は内側から突き出た黒き手。開いた五指が弾を直に掴んで紙のように握り潰す。

「おいおい、今の弾は、オーダーメイドの硬質な奴だぞ。それを軽々と握り潰すか?」

 リーゼルトは声で驚きながらも、その表情は涼しげなままだ。

 亀裂が広がり、轟音響かせ黒き騎士が全容を露わとする。

「そろそろ来ると思っていたが、当たりたくない勘ほど当たるものだな」

 ショットガンを構え再度発砲。黒騎士の反応は素早く、鉄塊そのものの大剣を構えて突撃していた。

 巨体を裏切る踏み込み。弾は大剣に弾き逸らされる。一瞬にして彼岸との距離を走破、リーゼルトの頭上へと大剣を振り下ろす。

「甘い!」

 大剣が振り下ろされた時、リーゼルトは半歩先に、黒騎士の左側面に踏み込んでいた。

 大剣の切っ先が地面に激突と同時、ショットガンの銃口が火を噴く。大剣を振り下ろしたことで生じた鎧の隙間を狙った接射。黒騎士の巨体が一瞬だけ揺らぐ。リーゼルトは靴裏を黒き鎧に蹴り込んでは、反動を利用して飛び上がり距離を稼ぐ。その間、ショットガンより廃莢次いで新たな薬莢を装填、着地する寸前、今一度、引き金を引いた。

 首もと、脇、股関節と構造上隙間が生じる隙間を狙う。

 黒騎士は、一発当たる度に、火花散らしてたじろぎ、反撃らしい反撃ができずにいる。

「さて、今回はどうするかな」

 ショットガンからアサルトライフルに持ち変える。

 装填するマガジンの中身は、貫通力を重視した徹甲アーマーピアッシング弾である。

 安全装置を解除。度重なる銃撃に揺らされた黒騎士の動きは鈍い。

 フルバースト射撃で一掃せんと引き金引いた瞬間、黒騎士の背中が動く。

 突き出たもう一対の腕より黒きプラズマが走る。

 プラズマは傘のように黒騎士の前面を覆い、放たれた銃弾全てを弾き逸らした。

「ちぃ!」

 発砲しながら舌打ちするリーゼルト。

 アサルトライフルを両手から片手持ちに切り替えた。

 命中精度が落ちようと構わない。牽制となればいい。

 左手首に仕込んでいた腕輪からワイヤーを崖上に向けて射出する。

 先端が岸壁に食い込んだと同時、岸壁を駆けあがった。

「電磁バリア、今回の成長進化はそれか!」

 実弾主体のリーゼルトとは相性が最悪だ。

 放たれた銃弾がライデンフロスト現象で弾き逸らされている。

 射撃がダメなら接近戦を挑むのは無謀。

 銃弾を弾き逸らすまでの熱量が第三と第四の腕から放たれている。

 焼き殺されるのがオチだ。

 ライデンフロスト現象とは、液体が沸点より高温の固体に接触した際、液体が揮発による蒸気膜を形成して浮遊する現象のことだ。

 一般的に、高温に熱したフライパンに水滴を落としたことで生じるコロコロジュが伝わりやすい。

「ビーム武器でも作っておくべきだったかな?」

 着弾を妨げられようとリーゼルトの表情にはまだ余裕があった。

 ワイヤーの補助を得て崖を駆け上がりながら、発砲を止めない。

 いや、仮に粒子ビーム兵器であったとしても、結果は同じだろう。

 幻界ムンド故に、SFに定番のビームのサーベルやビームのライフルなどの粒子光学兵装やレールガンは再現できる。

 できるが、機械カテゴリー故、維持できるだけの電力の確保と、膨大な熱量と反動に耐えきれる金属、そして加工できる高い技巧が必要となる。

 熟練の刀匠や銃鍛冶師ブラックスミスが嫌な顔して断るレベルである。

 加えて実体剣と違い、刀身に質量がないため、取り回しは良かろうと、扱いを誤れば使用者の手足が逝くなど珍しくない。

「まあ、対策はあるんだが!」

 伊達に幻界ムンド単独探査を一年以上続けてきた男ではない。

 崖の頂に立ったリーゼルトは、ライフル銃を構える。

 黒騎士は動かない。

 弾は黒騎士を大きく逸れ、その背後にある岩や岸壁に命中、砕片が周囲に散らばった。

「やはりな」

 予測した通りだとリーゼルトはほくそ笑む。

 所詮は弾除けバリア。射撃に対して高い防弾効果を持つようだが、あくまで正面からの攻撃を前提としている。

「これを使うのはイッキとの鍛錬以来だな」

 ライフル銃と入れ替えるように取り出したのは、大小二振りの刀剣であった。

 銃を使うイメージが強かろうと、リーゼルトのメイン武器は、この二振りの刀剣。

 イッキが使っているのは単なるまねっこリスペクトでしかない。

 黒騎士が動く。

 垂直の崖を純粋な脚力のみで駆け上がる。

「ふっ!」

 あろうことか、リーゼルトは自ら崖より身を落とす。

 加速もないただの自然落下に身を任せる。

 電磁バリアの展開は維持されている。

 端と見て自殺行為でしかない。

 ザン、と黒騎士と衝突する寸前、リーゼルトは身体を捻っては紙一重で衝突を回避、熱波に晒されたのも一瞬のこと。すれ違いざま、二振りの刀剣で黒き背中に創傷を二つ刻んでいた。

「バリアってのは一方向が硬いほど、反対側が弱いのが相場だ。文字通り背中がガラ空きだぞ?」

 リーゼルトは落下しながらアサルトライフルを発砲。

 フルオートで放たれる銃弾は、黒き背中の傷に吸い込まれる。

 電磁バリアの展開範囲は、先のライフルで把握済み。

 砕け散った岩の破片を利用して範囲を割り出した。

 着地と同時、強かに蹴りを入れて地面と垂直に移動する。

 黒騎士は背中にダメージを受けようとまだ健在。

 崖を蹴り、加速を得てリーゼルトに大剣構えて迫る。

「バイバイ」

 頭上をとられようとリーゼルトの余裕は崩れない。

 岸壁がうごめく。

 巨大なワニのようなアギトが現れ、黒騎士を足先から挟み込んだ。

 打ち込んだワイヤーを介して壁面を黒騎士挟むアギトに錬成した。

 下半身まで喰らいつかれた黒騎士はもがき、黒き手の平から光線を放ち、アギトを破壊する。

 その時、黒き半身は、真下からの切り上げにより両断されてもいた。

 リーゼルトが持つ長剣が、黒き亀裂を狙った。

 第三と第四の腕が動く。バネのように弾け飛べば、残った上半身を空高く打ち上げていた。

「逃げたか」

 ライフル銃を構えるも、黒き鎧はすでに黒き点となっていた。

「やれやれ」

 嘆息している間、残された黒き下半身が地面に落ちる。

 黒き粒子となり遺骸残さず消失していた。

「今日はここまでだな」

 誰に言うまでもなくひとりごちる。

 友人たちに悪いが、損耗した状態での調査は危険でしかない。

 向かうのも勇気なら、退くこともまた勇気。

 冒険者だからこその判断だった。

「おや?」

 岩場の影から視線を感じれば、三人ほど、驚いた眼で固まっている。

 いつごろか分からないが、戦闘を目撃されたようだ。

「いつ奴が舞い戻ってくるか分からない。急いでこのダンジョンから避難しなさい。いいね?」

 優しい口調でリーゼルトは目撃者たちを諭す。

 ただ三人の状態を見るに、戦闘の余波を受けていないようで安心した。

 相手も、彼のリーゼルト・スケアスだからか、無言で何度も激しく頷いて走り去る。

 のも束の間、一旦立ち止まれば、ペコリと頭を下げていた。

「律儀だな」

 弟分もこれぐらい律儀さがあればと、苦笑するリーゼルトであった。

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