第35話 吹き溜まりの箱庭世界<イリーガルダンジョン>
「らいざ、すらむ?」
イッキは、ただただ眉をひそめた。
逆さ男に意味が分からず、スラムの意味に訳が分からない。
リーゼルトは、読んでいた本を本棚に入れる要領で壁の隙間に差し込んだ。
降りてくることもなく、そのまま天井、いや床(?)を歩き出す。
「
「意味不明」
説明になっていないとイッキは顔をしかめるしかない。
「現実で例えるなら、二階と一階の間に、一,五階の部屋をねじ込んだ。サーバーに本来ない仕様外のシステムを追加した」
技術的に可能だが、現実的には別問題だろう。
「んじゃ、旦那、俺はこれで失礼するぜ。なんかあったらまた呼んでくれ」
「ああ、ご苦労だった。約束の報酬は後日しっかり届けさせておく」
熊は用事が済んだと、来た道をウキウキステップで戻って行く。
鮭でも報酬で貰うのだろうか、脳に浮かべようと、疑問を口走る余裕はイッキにはない。
「さて、いずれたどり着けると読んでいたが、まさかヒントもなしに自力でたどり着けるとは。俺としてはうるすけと再会してからかと思ったが、お前は俺が思った以上に成長しているようだ」
鍛えた甲斐があったと、弟分の成長にリーゼルトは喜んでいる。
勘違いしているようで、イッキが訂正に入るのは必然だった。
「いや、自力じゃなくって落とされたんだよ。落とされて、気づいたらここにいたんだ」
「落とされた?」
イッキは、身ぶり手振りで事の顛末を語れるだけ語る。
事情を把握したリーゼルトは、嬉しいような、困ったような、入り交じった表情だ。
「……だが、無事にたどり着けた。及第点とするか」
「ま~たいつもの及第点かよ。無事って、なんか問題でもあるのかよ?」
「おおありだ。このスラムはいわば移動するダンジョン世界。闇雲に探しても見つけられなければ、たどり着けようとしてもたどり着けない。ダンジョンであってダンジョンでない故に、ただ入ろうとすれば、外縁部に施された防御障壁で肉体本体にダメージが入る。運が良ければ腕一本、悪ければ
五体満足で生きているのは幸運だと告げる。
「なんのために?」
「この地に住まう人々を守るために」
侵入を妨げる防衛措置なのは理解できたが、無事なのには理解できなかった。
「もちろん、例外はある。アーティファクトを所有しているならば、出入り口である
「ほろう? それが俺の落とされた穴か、なんで無事だったんだ?」
訪ねるも、さてとリーゼルトは首を傾げるだけだ。
ただ、旦那と呼ばれている様子から、リーゼルトは、この地に住まう人々と交流が長いのは確かであった。
「ん? ここにリーゼルトがいるってことは」
ふと何故、今まで気づかなかったのかと疑問に気づく。
「リーゼルトもアーティファクト持ってるってことか?」
「あ~探せば、あるんだろうな。あるいは
思い出したように語るリーゼルトにイッキは頭を抑えた。
「あ~そうか、そうだったな、あんたは……」
気づかぬ理由に気づき、出さぬ理由に合点が行く。
リーゼルト・スケアスは、
単独探査を一年以上続けてきた猛者だ。
つまりは、一度たりとも
アーティファクトは、あくまで
アイテムカテゴリーに表示されぬ特異性故、
であるならば、リーゼルトが所持していようと、所持に気づかぬのは当然の道理であった。
「落ち着いたら、探してみるさ」
今、直視すべき問題はひとつだけである。
「世界の吹き溜まりとか、わけわからん」
「そうだな、結果としてスラムにたどり着いた。辿り着いたのならば、話そうと思っていたんだ」
リーゼルトは指を弾いて音を鳴らす。
部屋の内装は一変し、本の世界から木造作りの簡素な部屋となる。
「か、変わった!」
「世界が入り交じる吹き溜まり故に、位相を変えることが出来る」
例えるなら、本の位置を入れ替えるように部屋同士を入れ替えた。
木製テーブルに対面する形で並べられた椅子。家具はない殺風景な空間だった。
「コーヒーでいいな」
用意された席に促されるままイッキは座る。
リーゼルトは、いつ煎れたのか、コーヒーカップを二つ、テーブルに並べていた。
「まずは――そう事の起こり、元凶からだな」
「ダンジョンを生み出した?」
「そうだ。何故、世界にダンジョンが出現したか。簡単なことだ。元凶がこの世界に降り立ったからだ」
「魔王?」
「であるなら、簡単だったが、そうはいかない」
コーヒーのように苦くままならないとリーゼルトは語る。
「降り立った目的はただ一つ、この世界で生と死の情報を採集すること」
「なんのために?」
「さてな。あくまでスラムに住まう者たちから聞いた話だ。だが、どの世界も同じ理由でダンジョンが現れ、そして最終的に消滅している」
「どの世界? 世界がいくつもあるってことか? いわゆる、平行世界、マルチバースの話か?」
正解だとリーゼルトは微笑む。
「資源で引き寄せ、
「そりゃ疑問に思ったけど、えっまさか! 平行世界からか!」
「そうだ。元凶は世界を取り込み、ダンジョンとして再利用する。資源然り、
「なら、俺たちが今まで倒してきた
「元人間、正確に言えば、各平行世界の人間や原生生物が元凶により
お前も見たはずだと、リーゼルトは意味深に語る。
スラムにいた人間に近くとも、自分たち人間とは異なる住人たちの姿を。
あの姿こそ、平行世界の住人たちだと。
奇跡的に取り込まれるのを免れ、吹き溜まりに流れ着いた。
文化・容姿が異なろうと、互いに協力しあい生き抜いていた。
「嘘、だろう……」
「確かに俺も知った時はショックを受けたが、
いずれ、この世界も消滅することだった。
「今日か、明日か、それとも一〇年後か、生と死の収集を終えた元凶は、世界を取り込む形で消滅させる。次なる平行世界に移動するエネルギー源へと変換すれば、その世界でも同じようにダンジョンを作り、と繰り返す」
一介の
手に負えない。
かといって今の世界経済は、ダンジョン資源で成り立っている。
もしダンジョンが出現しなければ、今頃、残された資源を巡って略奪戦争が起こっていたはずだ。
結果として滅びるならば、早いか遅いかの差だが。
「世界を救う方法はあるのか?」
大真面目に聞いたつもりのイッキだが、リーゼルトからは呆れた顔をされた。
「おいおい、お前はいつから勇者になった? 仮にお前が勇者で元凶を討ったとしても、そうした瞬間、ダンジョンは消える。至る結果は見え見えだろう」
世界は資源のない時代に逆戻りの結末だった。
「それは子供の考えることじゃない。大人の仕事だ」
コーヒーを口に含みながらリーゼルトは言い含める。
先を進む者として、
「だったらなんで外のみんなに知らせないんだ? 各国のお偉いさんにコネとかツテがあるだろう? 一人じゃ荷が勝ちすぎている」
「できればしたいんだが、できない理由があるんだ。基本的に、ここは誰にも、そうダンジョン――その元凶にすら知られてはならない」
世界が揺れたのはその時だった。
最初はコーヒーに走る小さな波紋。
次いでかすかな揺れが部屋を走る。
視界にノイズが走る。
穴、
地響きがし、外が騒がしくなる。
イッキを案内した熊が、血相を変えて飛び込んできた。
「旦那、ヤベーぞ! 奴が来た!」
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