第33話 虚穴<ホロウ>

 草原ダンジョンを一台のバイクが爆音上げて爆走する。

「ひやっはっ~!」

 金属質むき出しの二輪バイクを駆るのは一騎。

 幻界ムンドにバイクというビークル系のアイテムはドロップしない。

 しないが、作ればある。

 そう先日、倒した機械系のボスから得たジャンク部品を元に錬金術で生み出した。

 メインフレームに電動モーターと基本的な部位は、修復する程度で使用できたため、足りないパーツは持ち前の錬金術で錬成した。

 組み立て時、大きなプラモデルを作っているようで、楽しかった。

 動力源は、これまた前回入手した電機殻エレキハルの一つを使用。

 テニスボールサイズの蓄電器故、デッドウェイにもならず、出力調整機能も金属殻に備わっているため、運用は容易であった。

 もう一つの電機殻エレキハルは<ミヤマ>に渡してある。

 売るなり社内で運用するなり任せていた。

「ノーヘルノー免許サイコー! ついでにチキンもサイコー!」

 口にくわえていたチキンを飲み込んでは喝采をあげる。

 現実で叫ぼうなら警察が飛んでくるが、ここは幻界ムンド

 探索者資格ダンジョンアカウントさえあれば、何に乗ろう問題ない。

 食べながらの運転も問題ない。

 二四時間後に消滅する箱庭だとしてもゴミは持ち帰ろう。

 ただバイクの問題を上げるなら、モーターから発する爆音であろう。

 速度が出る乗り物であるため、広いフィールドでなければ乗り回せず、爆音も狭い場所なら反響して魔物モンスターを呼び集めてしまう。後、耳が痛い。

「これ便利だよな。早めに作っとけばよかった」

 いや、と一騎は頭を振るう。

 今までの経験が積み重なり、歯車からバネとパーツ一つを錬成できるまでに至ったと自身の成長を自覚する。

「残り一体なんだけどな」

 ボスへと至る鍵が見つからない。

 草原ダンジョンを選んだのもバイクによる移動時間の短縮を狙ったからだ。

「鍵はどこあるんだか」

 不思議と鍵の隠しエリアを発見できた。

 うるすけ風に例えるなら、鼻が教えてくれる。

 草原を選んだのも広い故に、見つけやすいと思ったが、今回は上手く行かないようだ。

「しっかり見てくれる視聴者のためにも攻略しないとな!」

 単独ボス撃破の生配信の効果か、最近は固定視聴者が増えつつある。

 レイブンテイルの面々も同じだ。

 三名しかいなかろうと、一時は低迷していた同時視聴者数及び、資源確保はゆるやかに上昇している。

 チームメイトとして手伝えぬことは歯がゆいが、純粋に嬉しかった。

「俺も負けられない! 兄ちゃんがんばるからな!」

 純粋に応援やファンが増えるのは嬉しい。

 チームメイトとして、兄として頑張らなければ。

 ただ嬉しくも、以前のように何かの弾みでうっかり炎上案件をやらかしそうな予感がする。

 探索者シーカーとして、一配信者として恥ずかしくない行動を取ると己を戒める。

「あっ……」 

 風が突き抜けるように、己の疑問とリーゼルトの言葉が脳裏を突きつけた。

『意味あるのかよ、配信なんて』

『意味はある。まあ、今のお前に言っても意味はないがな』

 あの時、一騎は意味不明と返した。※第四話参照。

「――そうか、そういうことだったんだ」

 今ならリーゼルトの言葉の意味を理解できる。

 配信を行わせたのは、力に溺れることなく自らを律させるため。

 第三者たる視聴者の目を通して、己の実力を知らしめさせるため。

 人は感情で生きる不完全な生き物だ。

 感情は揺れるもの、揺らされるもの。

 天秤の皿のように揺れ動けば、時に感情が天秤の軸をずらす時さえある。

 不満やストレス、嫌悪、精神疾患、幸福、恋愛など、感情の暴走が己の軸をずらす。

 故に、失敗でひざをつこうと、実力不足でつまづき立ち止まっても、再び立ち上がり、それでもと歩き出すのを忘れてはならない。

「そうだよな、うん、そうだよな」

 答えはいつも心の中にある青い鳥だった。

 得たものに溺れることなく、周囲に惑わされることなく、己の感情や衝動に流されるな。

 不条理と理不尽が跋扈する幻界ムンドにて、幾多の喪失ロストを得ようとも、心折れることなく再起する姿こそが答えだった。

「おっ?」

 鼻をつく匂いが一騎にブレーキをかけさせる。

 急ブレーキがかかったバイクは、慣性のまま後輪を持ち上げ、前のめりになりかけた。

 反転することなく後輪は草原に戻り、内蔵のサスペンションで機体を軽く跳ねさせる。

「なんとなく鍵の匂いがするな」

 あくまで匂いは感覚的な話。だが直感があると囁いてくる。

 ――いけいけ! はよいけ!

 内なる声がやかましく叫んでいる。

「ん~頭の中でうるすけが叫んでいるみたいだ」

 今なお、うるすけの行方は掴めぬまま。

 脳内で響く、うるすけの声は、一騎が生み出したイマジナリーな存在でしかない。

 バイクを走らせること一〇分。

 今回ばかりは他の探索者シーカーと出会う様子がない。

 いつもなら見かけるのだが、一人も見あたらないのは珍しかった。

「あからさまに怪しさが樹になる気……あっ、気になる樹か」

 林があった。

 林を突き抜ける一本の樹があった。

 ゲームでは樹の根本に何かしらの仕掛けがあるのがお約束。

 バイクをSeフォンのストレージに収納した一騎は、林に足を踏み入れる。

 生い茂る木々や広がる根が、バイクの走行を妨げ、持ち前の速度を殺しにくるからだ。

 もし魔物モンスターの襲撃を受ければ、先手を打たれるのが目に見えていた。

「さ~て、何が出るやら」

 腰に大小二本の剣を下げて林の中を歩く。

 森と違い林は木々の密生度が小さく、範囲も狭い。

 だからといって警戒は怠らない。

 木であるからこそ、背後や左右からではなく真上から襲撃を受ける場合もある。

「クモ型の魔物モンスターの時はびびったよな」

 修行の際、巣を張って獲物を待ちかまえていると思えば、真上から襲撃を受けた。

 後は糸でがんじがらめにされ、危うく喰われかけるがリーゼルトの放った焼夷弾により助けられる。

 もちろんのこと追加鍛錬が増えたのは言うまでもない。

 頭黒コゲパンチパーマの姿で。

 昭和かとツッコんだが、リーゼルトからは失笑で流された。

「お、あれか!」

 不思議なほどに魔物モンスターと遭遇は起こらず、目的地の一本樹の根本までたどり着けた。

 案の定、樹の根本にはあからさまに怪しさ全開の鉄製ドアがある。

「怪しすぎだろう」

 開けたら魔物満載のフロアモンスターハウスへ強制突入なんて、幻界ムンドではままあること。

 用心を重ねることにこしたことはない。

 だから手始めに、爆発してみることにした。

 古来より、石橋を爆破して渡るというものだ。

「うん、異常なし!」

 錬成した爆発物は一本樹を根本からへし折らせる。

 ただし、ドアは爆発を真っ正面から受けようと、傷一つついていない。

 これはもしかしなくても当たりのはずだ。

「では、いざ!」

 ドアノブに手をかけた時だ。

 握ったはずが、ドアノブは一騎の手を通り抜ける。

 幻覚系の罠だと直感した時、地に足のついた感覚が喪失、一瞬の浮遊感を経て、身体は真っ黒な穴に引きずり込まれていた。

「なっ、お前!」

 高く開いた穴より覗く顔が一つ。

 

「てめえ!」

 怒りを飛ばそうと相手は、ただほくそ笑むだけだ。

「な、なんだ、身体が!」

 指先から足先にかけて、全身にノイズが走る。

 喪失ロストならば粒子状に散るはずが、おかしいと疑問を走らせた時には、一騎の全身はノイズに飲み込まれていた。


「あーっはっはは! やったぞ! やってやったぞ!」

 林にシグマの哄笑が響く。

 予測した通りにはまってくれた。

 あの穴に落ちれば、助かる術はない。

 落ちれば終わり。

 喪失ロストではない。

 文字通り死たる終わりだ。

虚穴ホロウに落ちた探索者シーカー現界リアルに戻れない――永遠にな」

 原理は知らない。

 こちらの研究で、ただあるとだけ分かっている。

 シグマは、空間と空間の狭間にて生じた穴だと見立てていた。

 昨今の研究により、幻界ムンドとはブドウの房のように様々な空間が隣接し合う異世界だとの説が有力視されつつある。

 ならば、空間同士に隙間が生じるのは必然。

 その狭間に落ちれば、どうなるかもまた。

「恨むのなら、自分の母親を恨むんだな」

 目障りな探索者シーカーはもういない。

 メンバー離脱による鬱憤が一瞬で消え失せた。

 ここ数日はいらだちばかりだが、今夜は枕を高くしてよく眠れそうだ。


「イッキの奴、出ないな」

 燐香はSeフォンの通話を切る。

 ショートメッセージを送ろうと返信どころか既読すらない。

「まだ幻界ムンドだとしても配信はしてないし」

 困ったように頭皮をかく。

「業績回復した記念にバン兄が焼き肉奢るって送ったのに返答なし。いつもならすっ飛んでくるのにな」

 配信チャンネルを確認するも準備中のアナウンスしかない。

 今日はあれこれ走り続けたせいで空腹気味だ。

 苛立ちも食欲をそそる格好のスパイスになるだろう。

 体重? なにそれオイシイノ? 

 個人的には胸部が膨らむよりも、身長が縦に伸びて欲しいくらいだ。

 同性よ、なして恨めしそうに睨む。

 明菜、なして首に手をかけようとしている? なして泣いている?

 血涙まで出しそうな気迫にドン引きした。

「まったく明菜の奴、タクシーで逃げるか」

 今思い出しても腹立たしい。

 ただおかしいという違和感を抱いてもいる。

 燐香の知る明菜は、逃げない・折れない・綻びない女のはずだ。

 後ろめたいから逃げているよりも、知られたくないから逃げていると女の勘が指摘してくる。

「まあ大方、イッキのアカウント返して欲しけりゃ仲間になれとか、脅してきてんだろう」

 相談して欲しいものだと燐香はため息一つ。

 いや、偽イッキのことだ。

 第三者に話せばアカウントを抹消すると揺さぶってきたに違いない。

「あいつらからは報告はまだないしな……」

 スパイにした元チームメイトから、シグマインテリジェンスの情報はまだ来ていない。

 弱みを握られた以上、サボることはないだろう。

「ったくバカだよ」

 直情的で突撃しがちな自分も。

 誰にも相談せず、突っ走る明菜トモも。

「だから気があったんだろう……」

 友達なのに、友達の手助けにならない自分に嫌気がさす。

「あ~もうこんなウジウジあたしじゃねええええっ!」

 叫ぶ。大通りだろうと周囲の目をはばからず叫ぶ。

「とりあえず肉! 後のことは肉食って考える!」

 今できることを、正しいと思ったことをしよう。

 そうすることで少しずつでも進んでいる気がした。

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