第29話 再起する三羽烏4/4

 乱入者、それも未寄生の探索者シーカーである。

 燐香が攻撃対象になるのは必然。

 素早い身のこなしにて、降り注ぐ攻撃を舞うように回避する。

 懐に踏み込こんだのも一瞬、刃ではなく刀身の腹をすれ違いざま、うなじに叩き込む。

 寄生の原因であるICチップをハエのように一匹残らず叩き潰していた。

 その間、わずか三秒。

 全盛期よりも最弱な装備だろうと、瞬く間に叩き潰す技能に元チームメイトたちは、鼻水つきの泣き顔で絶句するしかない。

「はぁん、いくら良い装備つけても使いこなせなきゃ意味ないっての!」

 燐香は負傷で動けぬ元チームメイトに回復剤を投げつける。

 生存に喜ぶ姿は滑稽だと、燐香は失笑するしかない。

 身の丈という言葉がある。

 修練という言葉がある。

 自転車にも乗れぬ輩が、いきなりバイクを運転できるのか。

 ラジコン飛行機しか運転したことのない輩が、本物の飛行機を操縦できるのか。

 ゲームで何度も練習した。ゲームなら最高スコアだったと豪語する輩もいるが、あくまでコンテニューの効く仮想の話。

 使うにも、使いこなすにも相応の知識と鍛錬、そして痛みによる挫折と奮起を必要とした。

(リーゼルトさんが以前言ってた言葉、そういうことか)

 なんとなくだが、燐香は幻界ムンドの法則を掴めてきた気がした。

 幻界ムンド内での強さを決めるのは、電子礼装アバターの作り込みでも装備でもない。

 電子礼装アバターはあくまで、幻界ムンド内での活動を可能とする防護服。

 装備はあくまで強さを底上げし、弱さを補うもの。

 肝心要なのは、己の心。

 心の強さが幻界ムンドでの強さとなる。

 実証を示すのが、寄生を自力ではねのけた閃哉だ。

 筋力だけでも、気合いだけでも無理だっただろう。

(このあたしでも気づいたんだ。イッキ、あんたのことだ。とっくの昔に気づいてんだろうよ)

 今は一人離れて奮闘する戦友の顔を思い浮かべる。

 単身ボス討伐をトライアンドエラーでこなす新参者として注目を集めている。

 うるすけが、今なお行方不明なのは気がかりだ。

 ――明菜? 知らないね!

「まあ、あいつのことだ。信頼している故に、心配していないだろうよ」

 だからこそ、やるべきこと、なすべき事をなす。

「さ~て〜と、そ・れ・よ・り〜」

 よって、今真っ先にやるべきことは一つだ。

「あんたたち、助けて貰っておいて、ほな、さようならはないよね?」

 まばゆい笑顔の燐香は、今なお負傷で動けぬ元チームメイトたちに迫る。

 味方同士で斬り合い殺し合った。

 寄生され操られたとはいえ、お高い装備で浮かれた己の慢心と油断が招いた結果は覆せない。

 予定通りならば、ボス戦に挑むはずだが、装備はおろか回復アイテムすら消耗した状態で挑むのは自殺行為。かといってホームに戻っても目標未達成としてお叱りは避けられないだろう。

 彼のチームが噂通りなら解雇もあり得る話だ。

「おいおい」

「はぁ~」

 燐香の後方から、兄二人のため息と頭を抑える声がするも、聞こえないフリをする。

 直に止めないあたり、燐香の行動は黙過されたも同然だ。

「な、なにが、狙いだ!」

「狙いだなんて人聞きの悪い。これは取引、ビジネスだよ? 真っ当で良心的な、ビ・ジ・ネ・スよ!」

「悪い顔はしているがな」

「それは足下を見るって言うんだよ」

 背後からボソっと呟いた兄二人を燐香は、再度無視をする。

「ありったけの装備品、置いていきな。そしたら無事に出口まで護衛してやるよ」

 にんまり屈託のない燐香の笑顔がどこか怖い。

 レイブンテイルにとって資源回収の目的は達成している。

 装備譲渡で命が助かるなら安いものだが、喪失ロスト以上に心が痛む。

 元チームメイトは、顔を見合わせて困惑するしかない。

 ただ選択肢はあってないようなもの。

 損耗した状態で帰還を行えば、道中で再寄生されるリスクがある。

 生還が優先なら損はないが、先を見据えれば解雇と賠償に行き着く故、大損でしかない。

「上に、判断を仰ぐので、それからでも……」

「ダメに決まってんだろう?」

 ようやく絞り出せた選択肢を、笑顔の燐香は首を横に振って拒否する。

 上、上というが、どこら辺の上か。

 課長か? 部長か? 係長か? 元受けか? 下請けか?

 是非とも教えて欲しいものだ。

「け、けどよ、万が一、喪失ロストすると、装備の再補填として、弁償しないといけないんだ!」

「この装備、チームからの支給品なんだよ!」

「ボスを討伐し損ねると報酬どころか罰金なんだ!」

「弁済額が足りなかったら借金になるの!」

「だ・か・ら?」

 懇願を燐香は冷たい笑みであしらった。

 借り物だろうと、強さなのは変わらない。

 ただ強さの代価が、影のごとく必ずつきまとうのを自覚すべきだった。

「上、上ね……なら」

 ふと万禾が閃くように燐香と元チームメイトの間に割って入った。

「なら、こうしようか?」

 ここで万禾は、優しい口調で提案する。

 ボスを討伐できねば、借金漬けとなる元チームメイト。

 立て直しにあれこれ必要なレイブンテイル。

 損得勘定から、互いに得られるものが万禾には見えていた。

「今からボスをこの面々で討伐する」

「はぁ? いきなし、なにいってんだいバン兄!」

「なるほど、そいうことか」

 驚く末っ子に、どこか納得した次兄。

 口端を歪めて笑みを浮かべる長子だが、兄妹だけに、ほの暗さはそっくりである。

「ボス討伐の報酬はすべて君たちに譲ろう。もちろん、今装備している物も譲渡しなくていい」

 破格の条件だが、元チームメイト故、万禾に裏があるのを見透かしていた。

「それで、ば、万禾さんは、な、にが、お、お望みで?」

 元チームメイトの一人が唇を震わせながら尋ねる。

 元であるが、彼らは基本、後方支援の護衛がメインであるため、前線とは縁が薄い。

 笑顔が怖い。薄ら寒さが背筋を走る。草食系の見かけに騙されるな、あれは猛獣使いだとの噂、目の当たりにすれば納得しかない。

 体格差・性格・力量と兄妹だけに差異があろうと、その根幹は、やはり兄妹だとわからせてくる。

「なに簡単なことさ」

 万禾が元チームメイトに提案したのはただ一つ。

「チーム・シグマインテリジェンスの内情を教えてくれればいい」

 要はスパイになれという悪魔の囁き。

 選択先が変更されただけで、選択肢など元チームメイトにあって、ないようなものであった。


 <はい>か、<YES>か、そのどちらかしか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る