第27話 再起する三羽烏2/4

「やれやれ、閃哉の勘が当たったかな」

 困った顔で嘆息する万禾に、閃哉は、違うと無言で首を振るう。

「あっちは薄い。こう、別に首筋がチリチリする」

 長兄と末っ子は次兄の発言に目配せする。

 実際、神経を張りつめさせれば、首筋を焦がすような視線を感じる。

 ただ瓦礫という遮蔽物の多さで、正確な位置は掴めない。

(バン兄、鑑定は?)

(一応してる。今し方、反応は掴んだんだけど、動き回れて掴めないんだ)

 黒縁眼鏡越しに目尻を鋭くする万禾に、燐香は唇を噛んだ。

 基本的に、鑑定士たる職業ジョブ、今現在に至れば需要はゼロに近い。

 ダンジョン黎明期は、未知が多いために鑑定の需要は多かったも、データベースたる情報が蓄積されたことで下落。

 今ではSeフォンのカメラを鑑定対象に向けるだけで良く、鑑定士は不要の職業ジョブとして扱われていた。

 単体でも戦闘力の低い鑑定士故、長兄は戦闘中役立たずと他チームから揶揄されるが、あくまで職業ジョブだけの話。

 戦闘中に度々、端末のカメラを向けて未知の魔物モンスターを調べるなど自殺行為である。

 万禾が鑑定士の職業ジョブを生かせるのは、全体把握と指揮能力が高いからだと、彼のリーゼルト・スケアスが太鼓判を押していた。

 がむしゃらに弟妹が攻撃バカできるのも、その指揮あってこそとも。

 ※攻撃にバカとルビをつけたのは、うるすけであるため注意。

(何かいるのは間違いないだけど)

 正体不明こそ恐怖の源泉となる。

 鑑定の能力を応用すれば、万禾に正体看破など容易い。

 容易いが、看破するには、ライフル銃のスコープで獲物を捉えるように鑑定者の目で直に捉える必要がある。

 透明化するなどして、姿形を眩ませていれば、捉えるものも捉えられない。

「用件はなんだ?」

 閃哉は、かつてのチームメイトたちに、重い口調で問う。

 高みに立ち、他者を見下ろす光景は、三兄妹を見下す目と合わさってひどく不快だ。

 見間違いでなければ、身にまとう装備品も記憶にある姿と違って性能の高いものに変わっている。

「用ってほどじゃないさ」

「そうそう、ボス討伐に向かっていたら、懐かしい三人がいたから声かけただけ」

 真っ先に不快を示したのは燐香だった。

「わんっ!」

 犬の鳴きマネをしてきた。

「う~わんわんわん、がるるるる、わお~ん!」

 突拍子もない行動に誰もが目を点にしてしまう。

「何を、唐突に……」

「うるすけのマネか?」

「違う。飼い犬と喋っているだけだっての、それで何かワン?」

 末っ子に噴き出す兄二人。

 煽られたと肩を戦慄かせる元チームメイト。

「はぁん、飼い主から頂いた装備を見せびらかせに来ましたって言ったらどうだい?」

 燐香は鼻先で笑い捨てる。

 鎧や兜の個々の性能、装備品の有無で、電子礼装アバターのデザインに綻びが出るのは珍しいことではない。

 探索者シーカーの中には、あえて全身が全く別の複合装備を身にまとう者もおり、自らを狩猟者ハンターと名乗るほどだ。

 同様に、狩人と名乗る探索者シーカーもいるが、狩猟者ハンターとは似て非なり、右手に刃物を、左手に銃火器装備が狩人であると、夜のダンジョンをメインに活動していた。

 電子礼装アバターは、本来、生身では三分しか耐えきれない幻界ムンドにおいて、活動可能とするデータのスーツである。

 現実で設計し設定する故、応用の幅は広く、電子礼装アバターを装備の上や下にと重ね着ができた。

「すげえ装備だろう? 攻撃力とか上がるんだぜ?」

 予測した通りの返答に、燐香はため息一つ出ない。

 元チームメイトたちが、電子礼装アバターを上から重ねない理由は、燐香の言葉通りだった。

「お陰で前まで苦戦してたボスが楽に狩れる」

「狩れたら狩れたでもっと良い装備が貰えるんだよ」

「あっそう」

 自慢げに語るチームメイトに燐香は、つまらなそうに吐き捨てる。

 欲しかった玩具を買って貰って喜ぶ子供、見た通り飼い主に尻尾を振る犬だ。

 尻尾振るキャラは間に合っている。

 確かに装備は重要だ。

 火耐性や凍結、毒対策など、あるとなしでは生存率と攻略難易度は上下する。

「行こう。時間の無駄だ」

 今日はやけに口数が多いと、閃哉は自覚する。

 自慢したければ自慢すればいい。

 探索したいなら探索すればいい。

 筋肉をつけるならつければいい。

 脂肪を貯めたいなら貯めればいい。

 己の心に従えばいい。

 ただし、その心を他人に強要するな、巻き込むな。

 それが閃哉の基本スタイルだった。

「つれないな閃哉さんは~いつも寡黙なのに、今日はよくしゃべりますザク、あっ?」

 一人の言葉が終わる前に、一つの斬音が走る。

 高い防御性能のお陰で斬られたと気づくのに、やや間を有した。

 誰が斬ったか!

 レイブンテイルかと、元チームメイトたちは疑心の視線を集わせたまま、各々の武器を振るいだした。

 あろうことか仲間に向けて――

 静寂だった場は、一瞬にして喧噪に染め上げる。

「なんだよ、身体が勝手に!」

「おい、止めろよ、なにすんだ!」

「痛い痛い! やめてええええっ!」

 言葉と行動が一致していない。

 まるで見えざる糸の動かされるように、身体が動いているみたいだ。

 剣を振り下ろして身を傷つければ、鈍器で殴り返す。

 鎧が凹もうと、仲間が悲鳴を上げようと関係なく、身体は動いている。

「あぁ? お次は実戦で装備の自慢かい? けど大げさだっての!」

 燐香は呆れ顔で、うなじをかく。

 離れた距離にいるため、事の詳細が把握できない。

 ポリポリとうなじをかいていた時だ。

 爪先に硬い感触が走った時、絆創膏を剥がしたような痛みが走る。

「なんだこれ?」

 顔をしかめながら爪先を見た時、小さなICチップが張り付いていた。

 瓦礫を漁っていた際に、張り付いたのか。

 サイズは小爪ほどあり、ピンの部位が、

「こいつ!」

 燐香は見逃さず、握り潰す。

 末っ子の反応に、続いたのは万禾だ。

 うなじ手を当てれば、同じICチップが張り付いているのに気づき、地面に叩きつけて靴裏で踏み潰した。

 潰れる寸前、鑑定の目がICチップの正体を捉えた。

 網膜にデータが投影される。


<トラダ:脳だけが異常発達した知的生命体。高い知能を持つ分、非常に脆弱な身体を持つ。電子機器に擬態及び寄生する能力を持ち、電気信号で操作することができる>

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