第24話 裏切りの理由

 シグマインテリジェンスは、今、日本国内において話題の探索チーム。

 あの黒騎士を討伐した錬剣士ルガムフェンサーが独立して設立した、と世間では認識されていた。

 各チームから探索者シーカーを高い資本力で引き抜き、当初は二〇〇〇人いたメンバーも今では五〇〇〇人を越えようとしている。

 高い契約金に移籍した者もいれば、寄らば大樹の陰として参入を決めた者もいる。

「どういうことだ。想定よりも損耗が多すぎる!」

 専用チームハウスの執務室に怒号が飛ぶ。

 イッキの声で、イッキの顔で、シグマは前に並び立つメンバーたちを叱責する。

 シグマの傍らには明菜が控え、苦い顔つきでメンバーたちの叱責から目線を逸らしていた。

「計画通りなら十二分に入手できていたはずだ。装備も人選も問題ない。なのに、なんだこの損耗は!」

 とあるダンジョン攻略にて予測以上の損耗が出たこと。

 世の中、計画通りに事が進まぬのは、ままあること。

 あることだが、自身の計画に絶対の自信を持つ故、現場の怠慢だとシグマの怒りは収まらない。

(なんなのよ、この人!)

 嫌悪感が明菜の背筋に走る。

 幼なじみが絶対に上げない声に耳を塞ぎたかった。

 チームメイトは他人だが、明菜は自分が叱責されているようで心身を縮ませる。

 自信を持つのは間違いではないが、計画とは往々と進まずして、ままならぬもの。

 現場に一歩も出向かず、椅子に座って指示しか出していない。

 実力? 一応はあるだろう。実際、何度か自ら出向いてボス討伐を行っている。

 ただあくまで金と数に物を言わせた力づく。

 加えてイッキから奪った装備であり力。

 使うのと使いこなすのは別の話だ。

(そもそも原因なんて動画見れば一発じゃないの!)

 個々の力量は良かろうと連携が出来てない。

 足りないのだ。

 連携のための鍛錬が。

 理解し合うための対話が。

 優秀な探索者シーカー同士でチームを組ませる。

 個人個人が強いチームならば優秀だとするのは短絡的。

 総合的な数値としては優秀だろうと、実戦は別物。

 指揮担当が指示を飛ばそうと、前衛は我先にと勝手に動く。

 中衛がフォローに入ろうとすれば陣形を崩し、後衛が支援を行おうにも距離が離れすぎて届かない。

 味方の攻撃が当たった、支援が遅い、伏兵を何故教えなかったと戦闘中でも言い争う始末。

 結果として総崩れとなり、利益よりも損耗が上回った。

(強い人を集めれば最強とか、浅はかなのよ)

 資金力に物を言わせたチームに属している時点で、明菜も同じ穴のむじな

 だが、明菜とてお金目当てでチームを移籍したわけではない。

 注視するは叱責続けるシグマの左手首、二重に巻かれた鎖だった。

 アクセサリーにしては無骨なデザインだが、れっきとしたアーティファクトだと当人は自慢げに語っていた。

(あの鎖がうるちゃんを!)

 ギリっと無意識の感情が、明菜に奥歯を噛みしめさせる。

「お前たちにはどれだけ金をかけたと思っている。次同じことをしてみろ。損失額を弁済してもらうからな」

 誰もが素面を装っているが、明菜は感情の綻びを感じ取る。

 成果を上げれば報酬を、失敗すれば罰則を。

 特にボス討伐やレア素材を入手できれば追加ボーナスが出る。

 だから、誰もが我先にと連携を無視して我を通す。

 一方で微々たるミスも許されない。

 掲示した計画通り一〇〇%、いや一〇〇〇%通り作戦を遂行せねば、討伐成功しようと失敗と同じ扱い。

 アメとムチだろうと、不確定要素の塊しかない幻界ムンドにおいて無理難題すぎた。

「少し外す」

 一言断りを入れた明菜は部屋から出る。

 シグマは明菜が外に出ようと目線一つすら向けず、叱責を続けている。

 耳を塞ぎ、心を塞ぎ、通路を足早に駆ける。

 切り替えろと、なんの目的でチームを移籍したのかと、自分に今一度問いかける。

(そうよ、イッキのアカウントと、捕らえられたうるちゃんを取り戻す!)

 黒騎士に敗れて喪失ロストした後、再起中に届いた差出人不明のメール。

 どんな手品を使ったのか分からない。

 分からないが、相手は、イッキの探索者資格ダンジョンアカウントと、うるすけを人質ならぬ犬質いぬじちにして、移籍を求めてきた。

 新チームで相応の活躍をすれば返還する、この件については他言無用、もし第三者に打ち明けた場合、約束の反故と見なしアカウントを抹消する。

 アカウントは法により財産権が保証されている。

 奪取した決定的な証拠がない以上、返還の訴訟は不可能であり、相手からすれば、いつでもアカウント処分は容易。

(なんでイッキのアカウントを普通に使えているか知らないけど……)

 断るのは容易い。

 だが、添付された写真には鎖に繋がれたうるすけが写っていた。

 捏造を疑うも捏造ではなかった。

 移籍承諾の選択肢以外なかった。

 断れば、うるすけも消される可能性がよぎったからだ。

(うるちゃん……)

 とある個室で檻越しに対面したうるすけに活発さはなく、生気のない痛ましさを与えてくる。

 牢から連れ出すのは容易い。

 チームハウスは広かろうと、個室の位置は分かっている。

 扉や檻に鍵はかかってなければ見張りもいない。

 だができない。

 理由はシグマが左手首に巻いている鎖。

 あの鎖がうるすけの自由と意識を奪っている。

 恐らくだが、拘束した対象の自由を奪う類のアーティファクトなのだろう。

(私というよりは、私の杖が狙いでも、私は私のやるべきことをやるの!)

<レイブンテイル>から裏切りの誹りを受けようと構わない。

 これ以上、イッキから家族を奪わせない。失わせない。

 理由なんてただ一つ。

 家族を助けるのに理由なんていらないから。

(そうよ、ゆくゆくはイッキを社長にして、私は社長夫人兼敏腕美人社長秘書として会社を今以上に大きくするんだから!)

 覚えているのは、二年前。

 社長や会社、探索者シーカーすら興味なかった。

 イッキに恋愛感情なんて抱かなかった。

 ハルナは可愛い妹分として可愛がっていた。

 今を楽しめれば良いと、ダンジョン配信の視聴をお菓子片手に楽しんでいた。

 けれども、宮間夫婦が事故で亡くなったのが人生を決める契機となった。

 遺体のない葬式で明菜は泣いてしまった。

 我が子のようにかわいがってくれた夫婦が亡くなった。

 唐突な喪失感に感情のタガが外れてしまった。

『なんでお前が泣くんだよ』

『家族だからよ!』

 この瞬間、内なる想いを自覚した。

 当たり前が、どれほど大切で尊いのか。

 側にいてくれるのがどれだけ嬉しいことか。

 血の繋がりがなかろうと確かな絆があった。

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