第23話 寄生根型吸血症

 錬金術は、イメージも大事だが、基本、破壊と再構築。

 物質を一旦破壊し、驚異的な速さで再構築するもの。

 地割れを起こすように、破壊で止めることも出来る。

 だが、今回は敢えてしなかった。

 以前と同じ戦闘スタイルでは通用しない。

 シグマ云々ではない。

 今後、単独ソロでボス討伐を行う以上、新たな戦闘スタイルを構築する必要があった。

 『わお~ん!』

 壁面の亀裂がスタジアムから消えた時、すぐ側より聞き覚えのある遠吠えを聞いた気がした。

「うるすけ?」

 ただ周囲を見渡そうと灰色の毛一本も見あたらない。

 空耳だと片づけ、改めて観客席にいるスタッフと向き合った。

「これで、いいかな?」

「あ、はい、全討伐を確認、しました。ご、合格です!」

 今なお目の前の出来事に驚きを隠せないスタッフだが、仕事は忘れない。

 上から<マミヤ>社長直々の推薦故、上司から難易度高めにと指示であったが、開始早々一網打尽にされるとは思わなかった。

 本当に新人なのか、疑いたいが、推薦者が推薦者だから疑う余地はない。

「なら探索者資格証ダンジョンアカウントの発行、よろしくお願いします」

「す、すぐに!」

 言うか早いか、スタッフは一騎を置き去りにして走り去ってしまった。

 一人取り残されたようと、特に気にする素振りはない。

 狙い通り一網打尽に出来た安心感と、遜色なく力を発揮できた高揚感が胸に広がっていた。

「心の力か……」

 今ならリーゼルトが何を伝えたかったのか、分かる気がする。

 強い装備でも、作り込んだ電子礼装アバターでもない。

 幻界ムンドにおいて強さを左右するのは探索者シーカーの心。

 だから、リーゼルトは一騎イッキを鍛えた。

 無理難題の訓練で心を鍛えた。

 錬金術使用における基礎を叩き込んだ。

「これなら!」

 ゼロからの再起は思った以上に好スタートを切れた。

 やるべきこと、なすべきことをなす。

「まずは、ボスを三体、単独で討伐する。その間にも迷子のうるすけを見つけだす。明菜は……ん~あいつ、どうするかな」

 幼なじみとて心配だが、よりにもよって、移籍先がシグマインテリジェンスなのは気がかりだ。

 理由があるのだろうと、幼なじみとして察しているが、一言伝えて欲しい寂しさもある。

「ん?」

 Seフォンが着信を知らせる。

 未登録の番号のようだ。

 端末に登録されていない故だが、その番号が誰からなのかすぐに気づいた。

「もしもし?」

『兄さん、どういうことですか!』

 妹のハルナが声を張らして怒っていた。


 資格証を受け取るなり、一騎はイッキに戻れば、病院に直行する。

 鶴田夫婦や烏尾三兄妹には取得したのをメッセージで手短だろうと伝えるのも忘れない。

 会社を出てから、バスに飛び乗った行き先は総合病院だ。

 慣れた足取りで病院内を進み、とある病室にたどり着く。

「ハルナ、俺だ」

 ノックを忘れることなく室内からの返事で扉を開ける。

「どういうことですか、説明してください?」

 完全個室のベッドの上に一人の少女が半身を起こしていた。

 温和な顔立ちに、優しそうな目元は不機嫌につり上がっている。今日は桜柄のパジャマで、髪は一本の三つ編みだ。そして右腕から伸びる赤い管はつり下げられた輸血パックに伸びていた。

 ちょうど輸血の時間であったことに胸が痛む。

「兄さん?」

 ああ、怒った顔、特に目元が父親一純かずみにそっくりだ。

 間宮ハルナ、イッキの一つ下の妹だ。健康であるなら、今頃普通に学校に通えていた。

 けれどもかれこれ二年、入院生活を強いられている。両親の事故死した直後に奇病にかかった。兄と違って成績も良いため、授業はなんとかリモートで行えていれば、欠かさず見舞いに来てくれる友達もいる。ただ活発な姿を知る兄としては、ベッドから動けぬ姿は胸を痛める。

「調子いいのか?」

「ええ、おかげさまで。定期的に輸血さえできれば問題ないのは承知のはずです」

 声と頬を膨らませていようと、しっかり答えてくれた。

「あんま無理するなよ。突然クるから」

 妹の腕や頬を見て、また痩せたなと思った。

 寄生根型吸血症、通称、吸血病。

 それがハルナを蝕む病の名前だった。

 幻界ムンド由来の病とされ、心臓に根が張り付き、血液を吸収する。

 外科手術で根を摘出せんとすれば根が抵抗し、最悪、心臓を握り潰す。

 臓器移植を行えば、全身の血管に根を延ばし、肉体を内部から圧壊させて、死に至らせると厄介ときた。

 放置すれば、血液を吸い取られ、干からび死ぬ。

 血液を吸い続けようと、根は成長しない謎が多い。

 現状、明確な治療法はなく、ただ輸血だけが延命手段だった。

 世界にはハルナと同じ症状の患者が一六人いるとされている。

 性別も人種も、血液型もバラバラで共通点はない。

 リーゼルトが援助を行う理由であり、イッキが探索者シーカーになった理由でもあった。

 幻界ムンド由来ならば、幻界ムンドに治療法及び治療薬があると。

「陽人おじさまから事情を聞きましたが、どうして最初に伝えてくれなかったんですか?」

「イレギュラーばかり起こって再起するのにドタバタしてたんだよ」

 言い訳臭かろうと、兄としての言葉はこれしか浮かべない。

 気を利かして陽人が事情を伝えてくれたのは大助かりだ。

 両親の友人だけで、あれこれ助けてくれる鶴田夫婦には感謝しても感謝したりない。

「テレビの件とか、言いたいことは山ほどありますけど、今一番聞きたいのはこれです! 何をしているのですか、兄さん!」

 ハルナが手に持つのは普通の携帯端末。

 画面に流れるのは一つの動画だ。

 灰色衣服の仮面男が小鬼ゴブリンの群を一網打尽にする瞬間だった。

「って、これさっきのじゃないか!」

 誰かに動画を撮影されていた。

 スタッフを除いて客席は無人かと思えば誰かがおり、物見遊山で撮影した。

 撮影者の心理からすれば、魔物モンスターに袋叩きにされるシーンが撮れると思えば、それ以上が釣れた。

 投稿先であるSNSでは再生数が増加している。

「なんで俺だって分かったんだ? 仮面つけてんのに。おじさんから聞いたか?」

「兄の姿が分からぬ妹はいません!」

 力説されたイッキは、はいそうですかと率直に頷くだけだ。

 小さい頃から、兄の手を離しては、あれこれ駆け回り飛び回り殴りつけるのがデフォな妹であったが、現状動くに動けない中では、兄想いが育っている。

「まあ大体何をやろうとしているのか、見え見えですし」

 声は今なお膨れたまま、ハルナは肩で大きく吐息をついた。

「明菜さんも偽兄がいるチームに移籍、うるちゃんは行方不明、加えて偽兄が黒騎士を倒したとか喧伝までする始末」

「リーゼルトから、あれは偽者だって太鼓判もらったよ。お前の実力で倒せるはずはないってね」

「リーゼルトさんらしいですね。言いたいことはありますけど、無茶はしないでくださいね」

「ふつーそこは無理しない、じゃないのか?」

「一人だと本能のまま暴れ回る人ですから」

 信頼しているが故に出た妹の発言に、イッキはほくそ笑むしかない。

「まあ、しばらくあれこれ忙しくなるから、ちぃと見舞いの頻度は下がるかもしれん」

「チームの建て直しとかありますからね」

 理解ある妹で大助かりだ。

 チームの再起に偽者の対策、ボス討伐の課題に迷子のうるすけ探査とやるべきことは多い。

 多いが、本来の目的を見失うな。

 妹から血を奪う不作法な根を駆除できる術を幻界ムンドから見つけ出す。

 以前のように、活発で走り回る姿を取り戻す。

 元気に学校に通って欲しい。

 唯一残された家族だからこそ、幸せを願い、幸せを蝕む病は許せない。

 一人では無理だった。

 周囲の支えがあってからこそ、イッキは前に進めている。

 だから、無碍にしないためにも妹を治す手段を見つけだす。

「安心しろって、落ち着いたら、明菜とうるすけ連れて見舞いに来るからさ」

 イッキは、やせ細った妹の手を握りしめながら強く誓った。

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