第22話 再起の名は。

〈ミヤマ〉本社ビル地下には、転移門ポータルが備えられている。

 本来なら、バス停や駅のような公共スペースの地下空間に設置され、通行費を払うことで探索者シーカーたちはホームへと出入りしている。

 また資金力のある企業、あるいは個人は専用の転移門ポータルを設置できた。 

 ただ設置基準があり、一定の広さ持つ地下室であること、展開を維持できるだけの電力確保が可能であること、と法令で定められていた。

 万が一を想定した安全措置、魔物モンスターが外にあぶれた際の時間稼ぎであった。


 転移門ポータルをくぐれば、間宮イッキは戸田一騎とだかずきとなる。

<ミヤマ>資源回収課に所属する新任の探索者シーカー

 鏡に映る己の姿、電子礼装アバターの姿を確認する。

 髪色、顔立ちは変化なし。されど髪型は、付け毛エクステアクセサリーで後ろ髪を拡張、うなじあたりで結いている。顔の上半分を覆うのは変装用の白いマスク、頭には灰色のテンガロンハット、同色の長袖の上にベストを着込み、下は長裾の衣服だ。

「あなたが戸田一騎とだかずきさんですね?」

 かけられた声に振り返れば、スカートスーツ姿の女性スタッフが立っていた。

「はい、今日はよろしくお願いします」

 何度も話したことのある顔見知りの相手だが、一騎はあえて素面を装った。

 良い印象を与えるための丁寧な言葉を忘れない。

 仮面をつけていようと、スタッフの反応がノータッチなのは、仮面のアクセサリーなど、幻界ムンドではありきたりなものだからだ。

 動物の着ぐるみや水着ですら序の口。

 全裸と誤認するピチピチスーツや誤討伐されそうな魔物モンスターの衣装と、斜め上の礼装は当たり前にある。

 困ったことに、この手の礼装を纏う者ほど、探索者シーカーとして凄まじい実力者だったりする。

 実際<ビキニアーマーの会>という男のみで構成された筋肉ゴリゴリマッチョの探索者シーカーチームは、日本国名において資源回収率ベスト五に入るほどだ。

 鍛え上げられた筋肉を活かして、どのチームよりも先んじて再起を果たしていた。

「鶴田社長からの推薦だということですが、念のため実力を計らせていただきます」

 こちらに、と案内を受ける。

 ホーム備え付けの大型ビジョンには、日本各地に出現した裂け目クラックとダンジョンの情報が展開されている。

 ダンジョン攻略はいわば競争だ。

 裂け目クラックをくぐるまでダンジョンの構造や脅威度は不明であり、下手に入れない。

 入れないが、出遅れれば利益は出ない。

 刃物は使えば、切れ味が鈍り、弓や銃は矢や弾を消耗する。

 魔法や超能力は脳を、精神を疲弊させる。

 動き続けても、動かなくとも空腹となる。

 装備を酷使すれば、最悪損壊して二度と使えなくなる。

 メンテナンス費用が歳入を上回るのは珍しくなかった。

「てめえら、邪魔しゃがって!」

「ああっ! 俺らが先に入ってのに、横から邪魔したのはそっちだろうが!」

 外見が世紀末ヒャッハーなモヒカン男たちが言い争っている。

 一カ所だけではない。

 同じことが別の場所でも起こっていた。

 獲った、盗られた、邪魔されたと、怒鳴りあいの大合唱。

 ちらほら見かけた探索者シーカーだと、記憶にひっかかるのは、ここは日本国内におけるダンジョン探索への橋頭堡だからだ。

 話したことはなくとも、見かけたことがあるのは当然だろう。

「ここは、あんな荒くれ者たちが集う場所なのですか? 話に聞いていたのとは違うのですけど」

 素面の口調で聞けば、スタッフは困った顔で返す。

「いえ、基本的にここは他国と比べて、静かで穏便に事が進む方です。ですが、先日の件、黒騎士のせいで、ほとんどのチームが壊滅の憂き目に遭いまして、喪失ロストのせいで誰もが再起のため、精力的に動いているんです」

 優しい言い方であるが、要は誰よりも立て直すのに躍起だということだ。

 詳細を聞けば、成果を横取りされたなどのトラブルが多数届いているとのこと。

「チームの主力が総出で引き抜きにあったのも大きいですね」

「あのニュースですね」

 素面のまま返す一騎かずきだが、内心では腹立たしさを抱いていたりする。

 仮面がなければ感情がモロにばれていただろう。

「……シグマインテリジェンス」

 黒騎士を討伐したと大々的に宣言したチーム。

 スタッフから詳細を聞けば、高い資本力を活かして、各チームの有力メンバーを破格の額で引き抜いたとのこと。

 引き抜きや移籍は別に珍しくないが、金にものを言わせたことから、他所うなりとも反発が出ているとのこと。

 メンバーは、すでに二〇〇〇人を越える大規模チーム。

 チームリーダーは、イッキではなくシグマと改名している。

 人員と資本力に物を言わせ、装備やダンジョン資源をかき集めているという。

 スポンサーがスポンサーだと陽人は言っていたが、<ミヤマ>の企業買収騒ぎの一件から、心当たりある企業は多すぎるため、現状確認は後回しとする。

(今何をすべきか、目的をはき違えるなよ)

 自分の顔で、声で、好き放題されるのは腹に来るが、今はなすべき事をなせと自制する。

「こちらです」

 案内された先を一騎かずきは知っていた。

 扉を通り抜ければ視界は広がり、広大なスタジアムがお出迎え。

 すり鉢上のスタジアムは、探索者シーカー同士が訓練や他チームとの模擬戦を行うのに使用される。

 チーム同士のトラブルを解決する手段として決闘という手もまた。

(てっきり、どっかのダンジョンで資材回収とか魔物討伐かと思ったけど)

 実力を計るには、直に戦わせるのが単純明快。

 相手が人間なのは間違いないだろう。

 問題は手持ちの武器がないことだ。

 ただ職業ジョブは前と同じ錬剣士ルガムフェンサー

 どうにかなると手はあったりする。

「あれ?」

 スタジアムの出入り口方面が騒がしくなる。

 ギャギャ耳障りな鳴き声と車輪動く音がすれば、開かれた扉から、大きな檻が自動運転で運ばれてきた。

「試験は単純です。全部倒してください」

「うげ~」

 本日三度目のげんなり、うんざりとした顔をするしかない。

 何しろ檻の中にいるのは、小鬼ゴブリンという小鬼ゴブリン。目測だけでも三〇は越えている。どこで、いやダンジョンだろうが、横入りのように寄越してきた推薦状一つが届いてから、短時間であれほどの数を捕獲し檻に入れたものだ。

 人型の敵は、倒した後の臓物(中身)が人間と同じだからメンタルダメージがでかい。

 実力だけでなく、メンタル耐性を測るのも狙いではないかと邪推してしまう。

「特に制限時間はありません。ですが、体力ゲージが五割を切った時点で失敗と見なします。その時は、正規の手続きを踏んでから試験を受けてください」

「分かりました」

 先日のリーゼルトとの特訓が嫌でも思い出される。

 基本的に大小二振りの剣を好んで使っていた。

 ただ今は武器どころか防具すらなく、徒手空拳で戦うことになりかねない。

「攻撃手段の制限は?」

 対策を練る中、閃いたことを一騎は聞いていた。

「いえ、特に設けておりません」

「なら、別に壊しても問題ないってことね」

 頷きながら、一騎はスタジアムに降りる。

 心の強さが幻界ムンドでの強さとなるならば、この姿だろうと武器無しでも戦えるはずだ。

「はい?」

 スタッフが疑問を呈したのと、檻から小鬼ゴブリンたちが解き放たれたのは同時だった。

 スタジアムに立つ人間は一騎のみ。

 捕獲され、閉じこめられたせいで小鬼ゴブリンたちは苛立ち、いつも以上に血の気が多い。

 誰もが我先にと一騎に奇声あげて迫る。

「よっとっ!」

 小鬼ゴブリンたちが目を血走らせて迫る中、一騎は力強く握った右拳をスタジアム壁面に殴りつけた。

 ひときわ強い波動が壁面に亀裂を走らせ、揺れ動く。

 揺れ動いたのも束の間、亀裂の隙間より無数のつぶてが放たれ、バカ正直に進む小鬼ゴブリンの群に容赦なく降り注いだ。

 悲鳴を上げるゴブリンたち。

 中には同族を盾にして逃れようとするが、礫は肉体を貫き、容赦なく蹂躙する。

「う、う、そ、ん」

 スタッフは両目を見開き、愕然とするしかない。

 そして壊しても問題ない、の意味にようやく気づく。

「よしっ!」

 再度、スタジアムの壁面を一騎が殴りつければ、映像の逆再生のように亀裂は縮小していく。

 亀裂が完全に修復された時、聞き覚えのある遠吠えが、すぐ側から響いた。

『わお〜ん!』

 だが、スタジアムに立っているのは、一騎だけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る