第21話 カタカナの理由
イッキの名前はすでに使用されている。
使用できない故に、漢字で名前を入力した。
「その名前は……」
鶴田夫婦が揃って息を呑む。
疑問を挟むのは燐香だ。
「そういやイッキ、前々から思ってたんだけどさ、妹はともかくなんで本名がカタカナなんだ?」
「あ~? ん~父さんから聞いた話だけど、俺が生まれた時、親戚が勝手に一輝と出生届出して一悶着起こしてんだよ。読みは同じイッキだけど、母さんはその字を嫌ってどうにかカタカナで落ち着かせたんだ」
詳細は知らない。
聞いても口を固く
両親が亡くなっている今、母方の親戚が勝手にやったこと以外、知らない。
ただ
「確か、家のパソコンに始めた時に作った
遠隔操作で自宅のパソコンと接続。
あれこれ悩みながらメイキングを行い、最終的にニ候補まで絞っていた。
消去するのももったいないため、データだけは保存していたが、まさか今ここで役に立つとは思ってもいなかった。
「よし、これなら!」
ふと再度、夏美の靴音がして会議室から出ていく。
あれこれ設定を調整している間に、靴音は戻り、横からテーブルの上にトレーを置かれた。
「これは?」
トレーには通信通話に必要なSIMカードと社員証がある。
「社会的身分があったほうが、あれこれやりやすいでしょう?」
いたずらっぽく微笑む夏美。あ~親子だなと、明菜がいたずらした時の顔だと内心苦笑した。
Seフォンとて通信通話できなければただの重石。
今こうして通信できているのは、社内Wi-Fiで繋いでいるからだ。少し熱が回ったせいで抜け落ちていた。続いて社員証を手に取る。
社員証には
しっかり<ミヤマ>所属の
「戸田っておばさんの旧姓じゃん」
「手頃なのがそれしか浮かばなかったの」
「戸籍改竄にならない?」
不安顔をするイッキに補足を入れるのは陽人だ
「それは大丈夫だ。あくまでそれはビジネスネーム。会社勤めじゃ珍しいものじゃない」
ビジネスネームは所謂、作家や漫画家使うペンネームのようなものだ。
企業経営者が親兄弟の場合、親族経営による私物化との批判を避ける意味合いで使用されていた。
大手企業が立場を保証しているならば、行動しやすい。
(恥じぬ行動を心がけないとな)
支えてくれる者のたちのためにも。
「送信と」
Seフォンのカメラで社員証を撮影すれば、探索者組合に身分証として送信する。
後は、探索者登録の認証を待つだけだ。
「イッキくん、組合から返信があった」
さすが社長である。生前の父が見込んだだけに仕事が早い。
「私の名前で通したが、やはり実力を計りたいとのことだ」
「まあ、そうなるよね」
ただ困ったことに装備の類はない。
何を持ってして実力を計るのかは不明だが、先立つものがないと困る。一応、リアルマネーで購入できる装備データはあるが、お安いものではない。ダンジョンに潜って現地調達したほうが安くつくも、命は高くつく。
『ともあれ先立つ物は必要だろう』
三兄妹のSeフォンが同時にデータ受信のアラートを告げる。
見れば、端末に装備品一式とアイテムが届いていた。
『そこそこの代物だが、君たちなら十分に使いこなせるはずだ』
「何か、悪い気が」
恐縮する万禾にリーゼルトは笑顔で言った。
『なにただの投資だ。業績が回復したら倍返しで結構』
世の中上手い話ではないと、万禾は苦笑する。
楽して助かる命がないように、タダで儲かる話はない。
大人の世渡りとは縁と貸し借りと弱みの握りあい。
損得勘定なしに、互いにwinwinだろうと結局、利益が絡むもの。
つまりは、先見の目を持ってして、リーゼルトは弱体化した<レイブンテイル>に個人支援を行った。
「あれ、俺のは?」
ただ一人届いていないイッキは小首を傾げるしかない。
同時、背筋に悪寒の微電流が走り、経験が嫌な予感を伝えてくる。
『ゼロからやりなおすんだろう? ならゼロから頑張らないとな』
満遍の笑顔でリーゼルトは言ってのけた。
分かっていたことだと、げんなり顔しかしない。
意地悪だなと内心口走るが、リーゼルトだしと納得する面もあった。
『個人的に手伝いたいが、一、二週間ほど、仕事でしばらく顔を出せない』
探索ではなく仕事。
内容を聞こうとする者は誰一人いない。
聞くのがいれば紛れもなく無知蒙昧の愚者だ。
リーゼルトは
それ故、一国家一企業からの調査や教導の依頼が多い。
どの国か、どの企業かは、仕事上、第三者に伝えてはならぬ秘匿義務がある。
下手に言いふらそうならば、信用問題に発展する。
商売は信用で成り立つもの。
口の軽い者に社外秘云々以前の問題。
仕事そのものを任せられない。
『だから、俺はゼロから再起するお前に課題を出しておく』
「課題?」
リーゼルト不在の間、課題を出されるなど珍しくない。
特定の魔物を一〇〇体討伐せよ。
指定された希少アイテムを一〇個収集せよ。
一時間、攻撃を封じ全ての魔物から生き残れ。
しっかり記録に残すよう厳命する。
もし指定期日までに達成できていなければ、リーゼルト直々のスパルタが待ちかまえている。
最硬度のボスを素手で一発殴ってこいなど序の口。
体力ゲージとなるバッテリー残量一〇%未満での耐久戦。音速を超える魔物から奪われた装備を取り返せ等、何度か課題を仕損じたが、よくもまあ、心折れず精神を壊さず生きているのだと思うイッキだ。
『種類は問わん。ボスを三体、
「まぢかよ!」
まさに死刑宣告である。
またしても無理難題な課題だから、ネガティブ思考でなくとも気落ちしない方がおかしい。
周囲から集う視線はあろうと、憐憫哀れみよりも、応援の意味合いであった。
鶴田夫婦に至れば、目線で『君なら出来る』とエールを送っている。
『それと、お前はその顔で表に出るつもりか?』
「なんか問題でも?」
イッキは食ってかかるように言い返す。
本物だと公然するには打ってつけのはずだ。
『ありまくりだ。同じ顔が双子でもないのにあるなら、視聴者は混乱する。加えて、現時点でお前が本物で、あちらが偽物だと、視聴者に証明できない以上、顔を晒すのは下策だ』
自分の顔を自分が見れないように、情報社会の世の中において、自分を認証するのは自分ではない。
他人である。
「じゃあどうすんだよ?」
苛立ちを乗せてイッキはぼやく。
Seフォンがデータを受信。
仮面の装飾アクセサリーだった。
人間にない猫耳や狐のようなモフモフ尻尾、果ては青い狸の着ぐるみまで自由度は高い。
高いが、デザインによっては著作権に抵触するものもあるため、公式から販売されているデータ以外での購入は注意が必要でもあった。
『ベタに仮面で変装すれば事足りるだろう?』
シンプルイズベスト。
イッキは腑に落ちると同時、奥底で悪魔が囁いた。
顔の上半分を隠すマスク。
小さい頃、両親に連れられて見たオペラ歌劇の衣装のようだ。
目元にはグラスがはめられ、視界はしっかり確保されている。
「そうだよな、偽者ボコしてから、俺が本物だと素顔を晒すのは良い演出になるよな」
「イッキくん、悪巧みの顔が
陽人からの指摘にイッキは露骨に目線を逸らす。
「と、ともあれ、組合は今から三〇分後、ホームに来いとのことだ。試験の詳細は現場に着いてからするそうだよ」
ならば善は急げ。
頷いたイッキは席を立つ。
元々あったデザインをいじった程度だが、細かな調整は、進みながら行えばいい。
「んじゃ、ちょっくら行ってくる」
挨拶も程々にしてイッキは会議室を出る。
同時、探索者組合の認証完了の通知が届く。
――ただそこに、うるすけはいなかった。
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