第20話 知ったこと、決めたこと
「はぁん、明菜なら辞めちまったよ!」
燐香は嫌悪感と共に吐き捨てた。
「なんで、あいつが辞めるんだよ。チーム入りだって元々明菜の身を守る意味だってあるのに!」
訳が分からずイッキは困惑するしかない。
明菜が所有する杖型アーティファクト<アルイクシィー>は
ゾンビを殴り飛ばした際に偶然手に入れた杖だが、その絶大な効果が判明するなり、各チームからの勧誘レースが勃発する。
元々ミヤマ現社長の娘もあってか、
メールや
中には自宅や学校にまで押し掛ける輩もおり、リーゼルトの紹介でレイブンテイルに入った経緯があった。
「明菜なんだが、家を――出たんだ」
陽人の顔つきは苦く重い。
衝撃の発言にイッキは耳を疑った。
「い、家を出たって! おじさん、ま、まさか! 風呂上がりで体重計ってる明菜の背後から、足乗せて数値増やしたとか、性懲りもなくまたしたんですか!」
なんて恐ろしいことを、とイッキは歯の根を震えさせる。
今もなお記憶に焼き付いている三年前の事件――
突然増えた体重に絶句した後、原因を知るなり親子の大喧嘩。
一週間ばかり口を一切聞かず、目を合わせず、会わずと正面隣の間宮家に避難していた過去があった。
結局は、夏美が両者を取り持ち、おこずかい増額の和解で手を打った。
「俺だってそんなしょうもないことしないのに! 父さんが昔、母さんに同じことしてジャーマンスープレックスの応報受けたんですよ!」
子供ながら、体重をイジるのは禁忌だと学んだ。
次いで、良い子悪い子分別あるなしの大人だろうと、この技は真似するなと母親からきつく警告された。
「それだと君の家にいないとおかしいだろう!」
怒声張り上げる陽人の顔は、社長ではなく父親の顔だった。
ごもっともであるため、イッキは頷きながら一旦口を閉じる。
「明菜なら、あそこだっての!」
苛立った顔立ちで席を立った燐香。
会議室備え付けのモニターを点灯すれば、アーカイブ映像を再生した。
映像は
並び立つ
誰も彼もが上位チームに属する
何よりイッキは、その列に並ぶ
「なんで、明菜が!」
「あたしが知りたいっての!」
燐香の声音には嫌悪がこもっている。
明菜と燐香は、互いに後衛前衛と相性がよく、学校が別だろうと、プライベートでも遊びに出かける仲だ。
性格は燐香と違い、実直でしっかり者。
断りもなく他のチームに移動するなど明菜らしくない。
いや、父親の困惑顔からして明菜の独断だろうと、やはり明菜らしくない。
「一応、父親として、明菜に連絡してみたが、チームを移籍するとか、そのチームの寮に移るとかでまともに話していないんだ。学校だってリモート授業をするようとりなしているし……」
陽人は顔を両手で押さえ、今にも泣き出しそうな声でうなだれている。
娘バ――娘大好き父からすれば、株価暴落クラスの衝撃だろう。
基本的にリモート授業は申請さえ出せば認められる。
ダンジョンの出入り口たる
以後、安全性確保の名目でリモート授業が恒例化した。
「……なんでだよ」
困惑がイッキの感情をかき乱す。
日本の法において、ダンジョンでの活動経験ある者を成人同等と見なす、と定められていた。
だから、保護者の許可なしでチーム入団や移籍も可能となる。
背景には、過去、資源不足による経済破綻危機があり、働き手を増やすため、限定的に引き下げた政治的経緯があった。
そして、改正されぬまま放置された政治の怠慢でもあった。
「失礼します」
扉が開かれ、夏美が戻ってきた。
持っていたSeフォンをイッキに返せば、社長の隣に立つ。
「何かわかったかい?」
「きれいさっぱり何一つ」
お手上げだと夏美は仰々しく手をあげる。
履歴なり痕跡がないか、端末を解析してくれたようだが、わからないということだけが判明した。
「解析した者が言っていました。痕跡を何一つ残さずデータを抜き出すのは不可能だと。何かしらの痕が残るはずですが、まるで引き抜いたかのように何一つ残っていないんです。もちろん、引き抜いたとする記録でさえ」
つまりはイッキのSeフォンは文字通り空っぽの器となる。
OSを再インストールすれば再使用できるが、一度データを盗まれた端末である以上、再侵入口となるバックドアが仕掛けられている可能性も高い。
「決めた」
イッキが取り出したのは旧型のSeフォン。
モニターに映るリーゼルトは、端末を見て色眼鏡越しにほくそ笑んだ。
「決めたって?」
「ゼロからやり直す。あんたたちも、このまま好き放題やられっぱなしは癪に障るだろう?」
気を引き締めたイッキは、燐香に言い返す。
善意でも悪意でも、やられたら倍にして返せ。
それは母親が生前よく語っていた言葉だった。
やりすぎだと、父親からたしなめられてもいたが。
「そうだね。このまま終わるのもどこか虫が悪い」
「おうよ、きっちり落とし前つけないとな!」
消極的だった万禾は頷き、動かなかった閃哉は吼える。
「ったく、世話の焼ける兄貴たちだ。あたしがいないとまともな戦闘にならないだろう」
口ではどう言おうと、燐香の口端には笑みが宿っている。
方針は決まった。ならば次は行動を起こす時だ。
「おじさんは引き続き<レイブンテイル>のスポンサーをお願いします」
「も、もちろんだとも、スポンサー契約は続いているから、その点は問題ない」
イッキは立ち上がりなり、あれこれ指示を飛ばす。
「万禾はチームを再起すると広報に出して。今回の件、黒幕――どうせあっちの俺だろうけど、相手のことだ。泣き寝入りすると踏んでいるから、良い牽制になる」
「わ、分かった」
「次、リーゼルト、組合宛に推薦状を出してくれ」
『ほう?』
色眼鏡越しにリーゼルトは目を細めた。
ゼロから始めるからこそ、
今は前に進むための時間が一秒でも欲しい。
暢気に
生命消えずとも、生命削るダンジョンだからこそ、講習は短くても一ヶ月かかれば筆記試験もあり、実技とて最低でも三つの試験に合格する必要がある。
規約には、生還率を高めるためとある一方で、紹介状さえあれば、講習や試験を免除できるともある。
推薦者が彼のリーゼルトなら、組合側も断るに断れないはずだ。
「イッキくん、
「本当だね、あれこれ指示を飛ばすのはそっくりだ」
鶴田夫婦はただ感動する。
親友の子は立派に育っている。
後見人として、親友に胸を張れる。
『イッキ、推薦の件、順当だが断らせてもらうぞ』
「はぁ、なんでだよ!」
白い歯を剥き出しにイッキは抗議する。
『よく考えろ。俺とお前の関係を知らない
「そうか、そうだよな……」
イッキはただ苦い顔をするしかない。
有名人であるが故の弊害であった。
『であるからして、社長』
「そうだよ、おじさんだよ! <マミヤ>は組合に出資しているから、問題なく通るはずだ!」
「確かに、私が出せば問題ないな」
合点行くように陽人は頷いた。
探索者組合は半官半民組織。
多数の民間出資者により運営されていた。
「うちの社員とすれば、あっちに対して良い隠れ蓑になる」
『ええ、社員が中途採用で一人増えることなど、企業ではよくある話ですから』
リーゼルトは、良い大人がしない悪い顔をしている。
「確かに、探索資源課に一人増えてもね……」
連なるように陽人もまた悪い顔である。
絵に描いたようなブラック企業の社長である。
顔が元から厳ついので余計に怖い。
なお<マミヤ>だけなく、世界各地の企業には、企業内で使用する資源の確保を目的とした
「んで、あたしたちは?」
「……万禾の手伝いでもしてくれ」
実際、やることは現場たる
イッキは旧型Seフォンを起動。
探索者アカウントの登録に移る。
「あっ、くっそ、名前で弾かれる」
やはり名前入力にて弾かれていた。
イッキの名前は使用されている。
使用できない故に、とある名前を入力した。
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