第19話 再会の会議室
<ミヤマ>は、
都内に本社があり、先代社長夫婦が事故死する不幸があろうと、残された社員たちの奮起と
一社しかなかった当時と違い、現在は各国に支社を置くまでになっていた。
なお人気ナンバーワン商品は、彼のリーゼルト・スケアスをフィーチャーしスケアスモデルの銘で出された色眼鏡である。
「イッキ!」
社員に案内されるまま、イッキが会議室に通された時、開口一番に飛んできたのは拳だった。
「おっと!」
イッキは持ち前の反射神経で、身を沈み込ませて回避する。拳は頭上で宙を切るも、二発目が来ると直感。だが、イッキを覆う人影が、その拳を掴んでいた。
「落ち着け、燐香」
イッキを殴ろうとしたのは制服の上にスカジャンを着込んだ燐香。止めたのはジャージ姿の閃哉だった。離れた位置に座るのはスーツ姿の万禾。目を見開き、驚き固まっている。
<レイブンテイル>の三羽烏こと三兄妹もまた召集されていた。
「社長から聞かされたはずだ。テレビに映るイッキと、電話に出たイッキ、二人のイッキがいると。今目の前にいるのは紛れもなく俺たちの知るイッキのはずだ」
諭されたからか、膨れ上がった燐香の怒りは沈んでいく。
ただ沈んだだけで、何かあれば爆発しかねない色彩である。
燐香は、感情的で直情的であるが、短絡的ではない。
えらく不機嫌なご様子で、用意されたイスに腰を落としていた。
「イッキくん、着いたようだね」
少し遅れて社長の陽人がやってきた。
側には妻であり秘書である
明菜の母親だけに顔はそっくりだ。
歳の離れた姉妹と名乗れば騙されてしまうほど若々しい。
「さて、どこから説明したものか」
椅子に腰掛けた陽人は困り顔で言った。
どこか表情が疲れている。
ふと夏美が持つタブレットからアラート一つ。
すぐさまスタンド台を用意すれば、タブレットを会議テーブルの上に置く。
『その話、私も参加させてもらおう』
タブレットに映るのはリーゼルトだった。
日頃から、修行をつける以外、神出鬼没だが、リモートだろうと自ら顔を出すなど、事態は思った以上に深刻だとイッキは思い知る。
『イッキ、まずは……そう、黒騎士と遭遇した後、なにがあったかを説明してくれ。世間ではお前が奴を討伐したとあるが、今のお前が奴を倒せるなんてありえない』
兄貴分として、師として実力を把握しているが故に。
モニター越しに頷いたイッキは、把握できるだけ説明する。
一部、記憶が曖昧な面もあるが、確かなのはSeフォンどころか探索者組合のサイトからも
アクセスしようと認証を弾かれたことを伝える。
「ダンジョンアカウントは盗めるのか?」
疑問を呈したのは閃哉だ。
『不可能だ。アカウントは自身の生体情報とヒモ付けされている。他人がもし使用するならエラーが出て弾かれる。そして盗んだ側、買った側と関係なく窃盗として裁かれる。そう国際法で規定されている』
ふとリーゼルトが話す最中、陽人は夏美に耳打ちをしている。
何度か頷けば、イッキに近づき、小声でSeフォンを渡すよう言われる。
言われるがままイッキはSeフォンを渡せば、夏美は足早に会議室から出ていた。
『ネットのハンドルネームのように、
なりすまし防止のため、万が一の場合、個人を特定しやすくするためだ。
もちろん例外もある。
一卵性双生児など現実の顔と生体情報が瓜二つの場合だ。
故に、大抵の
その他、有名人がお忍びやプライベートで、探索するため素顔を隠す例もあった。
『仮に不可能を可能としたアカウント窃盗を行ったとしても、イッキのアカウントを盗むメリットは読めないな。こいつはまだまだ弱ければ、お宝と呼べるアイテムもない』
モニター越しにダメ出ししてくる兄貴分にイッキは、どこかムカつくしハラに来る。
ただイッキとて否定できぬ事実であるため、唇を噛みしめ沈黙する。
「いや、メリットならある」
口を開いたのは万禾だ。
視線を集わせることになろうと臆せず語り出す。
「イッキくんにはうるすけがいる。もしかしなくても、狙いがうるすけなら理由付けができる」
『確かに、うるすけは珍しい喋るアーティファクトだが、戦闘力はイッキとどっこいどっこいだ。ディスプレイのように飾るにしても、戦わせるにしても、あいつはイッキ以外の相手と素直に肩を並べないだろう』
「信頼しているんですね」
『君たち三人のこともね』
彼のリーゼルトに誉められて嬉しくない
素直に顔をほころばせる長兄と次兄だが、末妹の燐香だけは不機嫌面でモニターから顔を逸らしていた。
テレビに見慣れた灰色の獣は映っていなかった。
アカウントを奪取したならば、当てつけで見せつけると勘繰るのが順当流れだ。
『それで、イッキ、敢えて聞くが……』
「うるすけは行方不明だよ」
師弟による阿吽の呼吸だった。
アーティファクトは装備品にカテゴライズされようと、アーティファクトそのものに謎が多い。
この事態が、仮にイレギュラーならば、黒騎士たるイレギュラーが原因となる。
「散歩じゃないなら、黒騎士のせいで離されたと考えれば妥当か……」
ただ迷い犬になっているなら見つけだすだけ。
一年以上、肩を合わせて窮地を乗り越えてきた相棒である。
今頃、どこかのダンジョンを彷徨っていないか心配だ。
リーゼルトはしばし黙した後、語り出した。
『とある
アーティファクトは、生体認証とは違う形で
「ふむ」
イッキは思案する。
戻って来るなら御の字だが、もし本当に散歩に行っていた場合、引き戻される形となり、後々のご機嫌取りが面倒になる。
美味しいバッテリーパックでご機嫌取りが無難。
ちらりと、陽人に目線を向ければ、OKOKと言わんばかり頷いてくれた。
「とりあえず、テレビのイッキがイッキじゃないのはわかった。それで、バン兄、これからどうするんだ?」
気を取りなした燐香は、背もたれに身を沈めながら胸部を揺らすほどの深いため息を一つ。
「まぢかよ……」
ここでイッキは、チームの現状と燐香の不機嫌な理由を知る。
<レイブンテイル>は人手不足及び資材不足で開店休業状態。
チームを辞めたメンバーの一部が退職金代わりだとして、倉庫から勝手に資材を持ち出した。
一企業である以上、退職金の支払いは必要だが、経営者に許可なく会社資産を持ち出すのは犯罪。告訴しようとも、総出で行方を眩ましているから捕まえるに捕まえきれない。
「畳むか、やり直す、か、の二つだけど」
唇を固く閉じて唸る万禾。
会社を畳むのは容易い。
社内資産は空に近いが、幸いにも負債はない。
企業実績により銀行からの融資も受けやすく、資源取引にて出来た縁もある。
ゼロから新しいビジネスを始めるのも手。
ただ泣き寝入りをしたくない思いはあった。
「……ん? あんれ? そういえば明菜は? おじさん、連れてきてないの?」
幼なじみ故、いるのがさも当然と思っていた。
イッキは、今更ながら明菜の不在に気づく。
陽人の顔は苦く、眉間にしわが寄っている。
それは小さき頃、大きくなったらイッキと結婚すると娘から目の前で言われた厳つい顔つきだ。
「はぁん、明菜なら辞めちまったよ!」
代弁するように、燐香が嫌悪感丸出しで吐き捨てた。
これがもっとも不機嫌である理由であった。
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