第18話 弾かれた認証

 ――端末からあらゆるデータが消えていた。


 イッキは、すぐさま二階の自室に駆け上がる。

 自室への扉を押し倒すように開けば、机の引き出しから予備の端末を取り出した。

 そのSeSeekerフォンは現行機より少し大きく、表面には無数の傷や凹みがあり色がくすんでいる。

 初期に開発、いや正確に言えば世界で最初に開発されたSeフォン。

 かつてリーゼルトが幻界ムンド探索で使用していた代物を、幼きイッキは駄々をこねて譲り受けた。

 もしオークションに出そうならば、傷物だろうと使用実績により、億どころか兆の値が付きかねない一級品だ。

 記念品として、同時に予備機として机の奥にしまっていた。

「これも、ダメだと!」

 この端末もまたバックアップデータだけ、まるごと消失していた。

 次にとノートパソコンを起動させる。

 電子礼装アバターのバックアップデータを、紐づけしている探索者シーカーアカウントから再ダウンロードするためだ。

 電子礼装アバターは元々データの集合体。

 いわばデータの着ぐるみであり、身を守る鎧だ。

 パソコンが起動し終えるなり、すぐさま探索者組合サイトにログインせんとする。

 アカウントデータ及びパスワード入力、慣れた指が素早くキーボードを叩く。

 最後にパソコン備え付けのカメラに網膜を近づける。

 探索者シーカー資格、通称ダンジョンアカウントは、生体認証と紐づけされる形で硬くガードされている。

 仮にパスワードを忘れようと、声帯や網膜、指紋認証でログインできた。

 イッキがパスワードを設けているのは安全度を上げるためだ。

「なんでだよ!」

 訳も分からず吼える。

 アカウントから弾かれた。

 探索者シーカーイッキのアカウントは、現在使用中の文字が表示される。

 何度もログインを試みるも、これ以上のログインは不正アクセスになるとの警告に絶句する。

 当人のはずが他人と扱われている。

「ええい、こうなったら、<レイブンテイル>のサイトに!」

 顔は出せずとも直接連絡を取る。

 攻略チームだろうと元は資源回収企業である。

 国内の一企業として登録されているからこそ、ホームページのアクセスは容易い。

「はぁ!? 活動休止!」

 でかでかと、しばらくの間、活動を休止する文面が張り出されている。

 ただ活動停止だけで、詳細は記されていない。

「仮に黒騎士で喪失ロストしてもホームには、しっかり在庫があったはずだぞ」

 リカバリーなど容易のはず。

 一度敗れた程度で、活動を休止するメンバーたちでないのをイッキは知っている。

「えっ?」

 イッキは我が目を疑った。

 パソコンが自動取得した幻界ムンド関連のニュース記事。

<レイブンテイル>を筆頭に、他のチームも黒騎士の襲撃にて壊滅したこと。

 日本国内だけでなく世界各地のダンジョンに現れ、探索者シーカーたちを蹂躙、姿を消したこと。

 現在は復旧しているが、その被害は転移門ポータルにまで及び、一時期、探索者組合ホームエリアが現界リアルから隔絶されていたこと。

 何よりもイッキが言葉を失ったのは、モニターの映る自分自身の姿であった。

「お、俺、だと!」

 瞠目する。

 モニターのイッキは、黒騎士相手に孤軍奮闘している。

 何より信じられないのは、仲間を喪失ロストし、右腕を失いながらも残った剣一本で黒騎士の首を切り落とした動画だ。

「どうなってんだ!」

 頭を押さえて戦慄くしかない。

 敗れた。敗れたはずだ。

 いや敗れたのは間違いで、正体不明の黒騎士の攻撃を受けたせいで記憶が混雑しているのか。

「――電話!」

 電話の呼び出し音がイッキを我に返す。

 リビングにある固定電話からだ。

 滅多に使用しない固定電話だが、会社や病院と、重要連絡の通信手段としていた。

 ディスプレイに表示される連絡主は<本社>。

 迷わず受話器を取った。

「はい、もしもし!」

『やっと出たか、イッキくん!』

 受話器越しに聞こえる厳かな声。

 声の主は明菜の父親、鶴田陽人つるだはるとだった。

 父親の一純かずみとは小学校からの縁であり、家も向かい同士。休みの日には揃って釣りに行くほどの仲だ。起業する時も、顔は厳つくとも元来の面倒見の良い性格から、副社長にと両親から頼まれた。

『どういうことなんだ。説明して欲しい!』

 声は厳かだろうと、根は優しいはずの陽人の口調は鋭く重い。

「説明ってどういうことですか?」

『すっとぼけないでくれ、キミらしくない! <レイブンテイル>の件だ!』

 活動休止と自分の関連性が見えなかった。

 ましてや思い当たる節さえなかった。

『メンバーの大半を引き抜いて新チームを作るなんて、君はなにを考えているんだ!』

 陽人の声音は、いたずらをした子を叱る声音に近かった。

「え?」

 イッキは絶句した。

 本当に身に覚えも、記憶にもない。

 何より先ほど目覚めたばかり。

『まるまる三日連絡が取れないと思えば、いきなりチームを結成するなど、一言でもいいから相談して欲しかった。それどころかスポンサーがスポンサーだ!』

「なんのことですか! それに三日って――み、三、日! 俺、三日も、嘘、だろ」

 空いている手でリモコンを取ればテレビを点ける。

 モニターに映るのは、お昼のワイドショー。

 黒騎士を討伐した探索者シーカーと大々的にイッキの姿が報道されている。

「なんで俺がテレビに出てんだ!」

 挙げ句に生配信生放送。

 配信先は幻界ムンドからだろうと、イッキは自分自身を目撃する奇怪な現象を目の当たりにした。

『――今から迎えをよこす! 詳細は直接会って話そう!』

 受話器越しに感づいたのか、陽人から唸る声がする。

 それから三〇分後、社長の命で派遣された社用車が自宅前に停まる。

 すでに身支度を整えていたイッキは、旧端末を手に車へ乗り込んでいた。

「訳が分からん……」

 困惑と不安と車の中、イッキは眉間を指で押さえるしかなかった。

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