第17話 消えた探索者データ

<黒騎士襲来!>

<世界各所のダンジョンにて、黒騎士出現、大多数の探索チーム壊滅!>

<資源供給の一時的な停止により各株価が下落>

<レイブンテイル所属探索者シーカーイッキ、黒騎士を撃破>

<新チームを結成すると宣伝>


「うっ、ううっ」

 イッキは床の上で呻く。

 頭が重く、硬い床のせいで全身が痛い。

「はっ、俺は! あれ、ここって!」

 唐突に目覚めた戸惑いが襲う。見慣れた内装が戸惑いを吹き飛ばす。

 今いるのは板張りの床の上。

 壁の柱には落書きを消した痕がある。

 間違いない。

 ここは東京郊外の住宅地、生まれ育った間宮家、イッキの家だ。

「なんで、俺こんなところに? そうだ!」

 時間経過と共に記憶は蘇る。

 ダンジョンでボスに挑もうと、黒騎士に遭遇。全員が喪失ロストした。

 ただ解せない点もある。

 喪失ロストしたならば、装備やアイテムを失った状態で、ダンジョンの出入り口である<裂け目クラック>前、<転移門ポータル>に放り出される。

 失うものはあろうと命までは失われない。

 何故、自宅にいるのか、謎だ。

「誰かが運んだのか? おい、うるすけ、うるすけ!」

 相棒を呼ぼうと返事がない。

 そもそも、この家に住まうのはイッキひとりだけ。

 うるすけはアーティファクト故、<喪失ロスト>の弊害を受けない。

 受けず、何故かホログラフィーの形で<現界リアル>でも自由に活動できる。

「また公園のベンチで惰眠貪ってんのか?」

 節々の痛みに呻きながらイッキは、家中を探すも見あたらない。

「それか、ハルナのとこ勝手に行ったか?」

 眉根を寄せて考え込む。

 本来、動物は衛生上の観念により、病院への立ち入りを禁じられている。

 けれども、姿形は動物のうるすけだが、フォログラフィーの虚像の動物であるため、病院の出入りは黙過されていた。

「最近、顔出してないから、それが妥当か」

 一つ下の妹ハルナは二年前から入院している。

 小さい頃は、イッキと明菜の三人で遊んでいた仲だが、二人揃って活発でいたずら好きだったことから、企み実行の弊害をイッキはいつも受けていた。

 けれども奇病に侵された今、かつての活発さは潜め、内気になりつつある。

「父さん、母さん……」

 テーブルに飾られた一枚の写真立て。

 とあるキャンプ場で撮った一枚の写真。

 今は亡き両親が仲むつまじく並んでいる。

 宮間一純まみやかずみ

 宮間真希まみやまき

 それが両親の名前だった。

「あれから二年か、立て続けに色々とありすぎだろう」

 嫌でも思い出す唐突な両親の死。

 ZMA-四三一便消失事故。

 ロサンゼルスから東京に向かう便は、太平洋上を航行中、忽然と機首の前に出現した<裂け目クラック>に飲み込まれた。

 救助隊を派遣しようにも高高度故に派遣できず、なおかつ乗員乗客の全員が探索者シーカーであるはずがない。

 生身では三分以上、生存できず、結果として誰もが消失する。

裂け目クラック>内での状況を確認しようとも、フライトレコーダーは回収できず、通信も巻き込まれたと同時に寸断している。

 この事故を契機に、航空法の改正、一般人でも電子礼装アバターデータを所持する流れに変わったが、なくしたものが返ることはない。

 葬儀は慎ましく行われた。

 棺には遺品だけが納められた。

 寂しかった。悲しかった。

「リーゼルトがいなかったら、どうなっていたやら」

 両親はアウトドア用品の会社<マミヤ>を経営していた。

 幻界由来の素材と現実の素材を掛け合わせた用品の開発・販売路線は、幻界ムンド出現以来、好評であった。

 特にリーゼルトの企業スポンサーであったことも拍車を押す。

 傾斜や垂直であろうと水平を維持するテントに、温度を一定に保ち続ける寝袋、魔物モンスターの鱗を使用した暖・冷切り替え可能な衣服、火や熱を使わず煮炊きできる鍋、食品の劣化を停止させるクーラーボックス、一リットルサイズのボトルながら一〇倍は入るボトルと、機能を十全に発揮するには幻界ムンド内使用の条件があろうと、探索には非常に心強い。

「どいつもこいつも狙いやがって」

 今思い返しても腹立たしい。

 社長夫婦の遺児として遺産が降りようと、それを狙って動き出す大人たち。

 会ったことのない自称親戚が後見人を名乗り出るが、狙いは遺産や受け継がれた個人特許と、大人のいじましさを嫌ほど痛感する羽目になる。

 副社長である明菜の父親が経営を引き継ぎ、イッキとハルナの後見人となる。

 問題はその後だ。

 元々、どの企業よりも幻界ムンド現界リアルの複合素材をいち早く実用化させていた企業技術は、他企業からすれば喉から手が出るほど欲しがるもの。

 資金力にものを言わせて、企業そのものを買い取らんとする流れは必然だった。

 会社を丸ごと喰われるか、部署ごとにバラバラと喰いちぎられるか、社内に緊張が走って時、動いたのはリーゼルトだ。

 幻界ムンド探索にて得た財力で企業を丸ごと買収。

 買収先がリーゼルトなら、と臨時株主総会において全会一致で決定される。

 リーゼルト自身は理事に収まるも、あくまで名ばかりの役職だと経営にはノータッチ。

 経営は元来通り、旧経営陣が取り仕切っていた。

「ふうっ~!」

 台所の蛇口をひねり、コップに水を注いでは一気に飲み干した。

 乾いた喉に水気が吸い込まれ、乾きを癒す。

「……経営か」

 一学生である身、企業経営に関して知識などない。

 これから学べばいいと周囲は諭してくる。

 現社長を筆頭とした経営陣たちも揃って、先代社長夫婦の遺児に継承できる日を心待ちにしているときた。

 家族を失った身として、親身となってくれる大人の存在は純粋に嬉しく、感謝しても感謝し足りなかった。

 世の中、薄汚く意地汚い大人ばかりではないと教えてくれた。

「うるすけの奴、腹減ったら帰ってくるだろう」

 心配はしていない。

 ただ相棒として信用はしていた。

 うるすけの主食は、肉ではなく電気。

 特にバッテリーパックをカジカジする形でエネルギー源とする。

 美味しい電気は保管するバッテリーパックに上下されるらしく、一度、イッキチャンネルでバッテリーパックの試食会を行えば、美味いと太鼓判を押したバッテリーパックの売り上げが上昇した。

 不味いと酷評したバッテリーパックは、そのメーカーが弁護士連れて本社に突撃してきた。

「あん時は、実際に欠陥あったんだから、後が大変だったよな」

 思い返しながらもう一杯、水を飲む。

 蛇口から水を飲むように、電源コードから直接、電気を喰えば手早いが、うるすけはダメ出し。

 直接の摂取は、人間の口にダムの水を流し込むようなものだと例えてきた。

 乾電池でも可能だが、充電池はまあヨシ、アルカリ電池はギリギリ許す、マンガン電池は却下、ボタン電池は〇すぞと、ドックフードのカリカリか、しっとりかのように好みがあった。

「とりあえず情報の確認だな、一旦、ホームに顔を出さないと」

 喪失ロストした電子礼装アバターのバックアップデータは、個人の予備端末or組合サーバーに保存されている。

 イッキは安全性を高めるために双方であり、セキュリティーの関係上、ネットワーク必須だが、再ダウンロードできるならば問題ない。

 またチーム専用ルームには、取得した資源や装備品を保管できる共有倉庫がある。

 正規メンバーにしか使用できない点がある故、チームに入っているならば、喪失ロストからのリカバリーは手身近で済む。

 もっともイッキの場合、チーム協力者である立場を利用して、ゲストパスにて、装備やアイテムの類を預け入れていた。

「あれ?」

 SeSeekerフォンを起動させた時だ。

 起動したが、画面がおかしい。

 喪失ロストに至ればストレージ内に保存されたデータは消える。

 OSデータとて例外はないが、消えた瞬間、自動で再ダウンロードされる仕様だ。

 だが、再ダウンロードされていない。

「どういうことだ!」

 再起動しようと同じ。

 端末からOSを含めた全データが消えている。

 データである以上、何らかのエラーで全データ消去は珍しい話ではない。

 珍しいことではないが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る