第15話 氷世界の出会い(中編)
イッキは頭を抱えていた。
「さて、どこから入ってきて、どっから出ればいいのやら……」
一つの窮地から脱しようと、次に出迎えるのは新たな窮地。
四方を見渡すは氷という広々とした氷の世界。
流れに流されてきた故、出入り口は、どこか不明。
恐らくだが、位置的にかなり下層の地下空間の可能性が高い。
「掘るか!」
ないなら作るが古来よりの鉄則。
出入り口が見あたらないなら、作ればいい。
左右がわからずとも、地に足をつく感覚から上下はわかる。
ならば掘り進めれば、いずれ上に出る事ができる――はず!
「ここ掘れ、ほら掘れ、墓穴だろうと掘って行け~♪」
キイイイイと子供が聞いたら泣きそうな歯医者の音。
まずは氷の足場を錬成した。
掘る地点を定めては、天井の一部を氷塊として切り出し、錬金術で圧縮、次いで硬度を高めて螺旋を掘る。
氷のドリルを高速回転させるモーターはない。
ないが、手がある。手動という手段がある。
ハンドルとギアを錬成すれば、後はドリルの先端を天井に向け、ハンドルを回せば、掘って掘って掘り進むだけ。
下にした下にではなく、上に上にだから、掘り進むことで生じる氷の破片が降り注ぐ。
「兄ちゃん、頑張るから、ハルナ、お前も病気なんかに負けるなよ!」
エールを送るも、その実、己へのエールである。
しかし、全ては病苦しむ妹を救うため。
それがイッキの行動原理であった。
「おっ?」
ハンドル回して掘り進む中、氷のドリルの先端が止まる。
岩盤でも当たったのか、今までの違う感触が伝わってきた。
氷のドリルを外して掘り進んだ先を確かめた時、目に映るは氷の世界に似つかわしくない金属板だった。
「なんだこれ?」
板ではないと気づいたのは、横にズラして掘り進めた時。
金属板の正体は、容器の底辺であった。
「お宝か?」
人が滅多に来られないどころか、立ち入れない箇所にあるなら、お宝なのが相場。
脱出路確保を一旦停止しては、容器の発掘作業に入る。
「くっ、硬いなこれ、あ~くそ、むずいなこれ」
氷の壁の採掘は楽と思えば、容器を壊さず取り出すには技能がいると痛感する。
壊すのは簡単だと、感嘆するしかない。
「よし、穫れた!」
容器の四方を掴む氷にまず穴を開け、固定する支点を外す。後は容器の枠から離れた位置を削っていけば容器を傷つけることなく取り出すことに成功する。
「けっこうでかいな」
八〇サイズの段ボールほどあった。
相応に重く、中に何か入っているようだが、開封口が見あたらない。
「ん~なんだろうな?」
物は試しにと、手で容器をバンバン叩いてみる。
反響と手に伝わる反動からして、金属製なのは間違いない。
「ふんぬ!」
次、バーテンダーのように激しく上下にシェイクしてみる。
重心がかすかに動いた振動がある。
中身があるのは、まず間違いない。
叩き壊す手もあるが、それでは中身も壊れるリスクがある。
「ん?」
下方の方がやけに騒がしい。
どこかで聞いたキィーキィーやかましい耳障りな音。
まさか、と言葉を走らせるよりも、足場とした氷の台座に衝撃と亀裂が走るのが先であった。
「うおっ!」
重力に足を掴まれ、そのまま下方へと落下していく。
氷の床に叩きつけられると、判断した一瞬、その身を氷のドリルの上に乗せる。氷のドリルが床に叩きつけられる寸前、勘で床と水平に跳ぶ。
ドリル砕ける音が鼓膜を揺さぶり、イッキの身体は氷の床の上を容器と併走しながら滑っていく。
「ぐふ、がほっ!」
落下の直撃は回避できようと、全ダメージを回避できたわけではない。
衝撃で四肢は痺れ、立ち上がらせる動作を鈍らせる。
「ちぃ!」
痺れは痛みに変わり苦悶させる。
だろうとイッキは、根性で全身が激痛の中、飛び起きる。
下手に寝転がり、場に留まり続ければ、格好の的になるとわかっているからだ。
「しぶといな」
半立ち姿勢のまま悪態付く。
氷の台座を破壊した犯人、いや人ですらないから犯人ではないが。
破壊したのはゴリラ以上の体躯を持つ白きヒヒザルであった。
見せびらかすように、構築した氷の台座の一部をその前足で砕いている。
周囲には、執拗にイッキを追いかけ回したヒヒザルたち。
付き従う様子からして、この巨体がボスであるのは間違いない。
ボス下僕含めて、切り傷擦り血濡れが目立ち、特に、ボスザルの口から伸びる犬歯は右側が折れている。
自慢の歯だったのだろう。
異様なまでに殺気立ち、狩りではなく殺しに来たのは明白であった。
「ったく誰だよ、お前らにそんな酷いことしたの? あ、俺か!」
イッキは氷の壁面に映る自分の顔を名指して苦笑する。
窮地であるが、好機でもあった。
冗談を言える理由だった。
追い立ててきた
一つは、共にこの空間にまで流された。
もう一つは、どこかに出入り口がある。
可能性として前者が高かろうと、掘削を再開するには、邪魔者を排除するしかない。
「なんだ?」
ただ、殺気立っていようと、行動に移さないヒヒザルたちに違和感を走らせる。
手負いでも数はあちらが上。雪一つ、隠れ潜む場所もないからこそ、先のような雪崩は起こせない。
完全に、戦局を掌握しているのはヒヒザル側。
当初は解せなかったが、
下手に視線先へ顔を向けない。視線を外した瞬間、距離を詰められ、喉笛を噛み千切られるのを幾度となく経験しているからだ。
「おいおい、まさか、デカトカゲも……いたわ」
視線を動かさない。動かせない。
ドシドシと巨体が闊歩する音が右手方向からする。
視界端に映る巨体が、背筋に緊張の微電流が走らせている。
ヒヒザルたちが血気に盛ろうと、動かぬ理由は、追加の恐竜であった。
「しつこいな、本当に……」
獲物を獲り合って、そのまま共倒れを願いたいが、互いが互いに、吼えあう形で牽制し合っている。
「前門の虎、後門の狼ならぬ、猿にトカゲとかシャレにならんぞ」
今の自分の実力的に、全部の相手は無理だ。
緊張の微電流が全身に流れる中、イッキは打開策を頭の中で練る。
――氷を砕いて崩落させる。
恐らく、学習にて対策をされる可能性高し。
――天井より生える氷柱を落とす。
自分も巻き込まれる。却下。
「積んだか?」
自嘲気味に、呟くイッキだが、
先ほどから
だが、どの
「これは、嫌な予感がするんだが……」
方向と経験から、導き出される一つの結論。
つまりは、この空間を支配する別の
それも
緊迫によりイッキの心拍数が高まった時だ。
がたん、と氷の空間に跳ねるような音が響き、膠着状態に亀裂を入れる。
音が一つ響く度、
ただイッキからすれば、響く音に聞き覚えがあり過ぎた。
「おい、この音、まさ、うおっ!」
膠着はボスザルが投擲したヒヒザルにより砕かれる。
ボスザルは、側にいた一匹を鷲掴みにすれば、イッキをかすめる形で音源へと投擲したのだ。
悲鳴を上げるよりも響く風鳴り音と激突音。
弱き者は所詮、強き者の道具でしかない弱肉強食だと如実に示していた。
「ぐるるるるるるるっ!」
第三のうなり声が背後から貫き、背面から心臓を貫く衝動が走る。
だが、これは恐怖が心臓を掴み上げるのとは違う。
心臓を中心に、五臓六腑に染み渡るような感覚であった。
(なんだ、これ!)
何かと繋がったような感覚。
不快感はないが、言語化できぬ困惑さが出る。
記憶に刻まれた獣特有のうなり声が疑問を置き去りにする。
先に動いたのは、ヒヒザルたちだった。
咄嗟に身構えるイッキだが、ヒヒザルたちは目もくれず、飛び越えている。
誰もが一気呵成に唸り声の元に突撃していた。
「うがあああああっ! おまえらかああああああ!」
声がした。
年端もいかぬ子供の怒声がした。
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