第11話 逆転の一手

「こいつが大本か!」

 燐香は、閃光に目が慣れたと同時、石畳を蹴って飛び出していた。

 剣を一振りの大剣にしては、大上段に椅子の主に向けて振り下ろす。

 加速と大剣の質量を加えた一撃は、どんな硬質な魔物を叩き割るだけの威力があった。

 ガキンと、鎖の塊から飛び出た巨大な腕に受け止められた。

「くっ、なんだこいつ!」

 全体重をかけて押し込もうとも、巌のように腕は動かない。

 押し負けると咄嗟に判断した燐香は、身を翻して右脚で腕を蹴る。

 蹴りの反動で宙を舞いながら、正面から迫る追撃の鎖を、盾代わりとした大剣の腹で弾き逸らした。

「おかしいぞ、こいつ」

「ああ、バン兄、なんかおかしいよ、こいつ!」

 万禾は解析データとして、燐香は接触にて、異常さに気づいた。

「ミノハラタンロスの主な攻撃は、左右の手に持った二つの巨大鉄槌と、三つの口から放たれる熱風のはずだ。攻撃の種類は少ないけど、どれも威力は致命的。特に全方位をカバーする熱風は脅威だ。けど鎖を攻撃に使用するなんて項目、一つもない!」

「それに、こいつ、生きてない!」

 燐香から走る言葉は衝撃だった。

「アンデット系なら、回復スキルが攻撃で通るけど!」

 既に死んでもなお動く相手には、回復スキルは真逆の効果を発揮する。

 明菜は支援職であり、聖職者の設定故、ゾンビや悪魔など不死や魔に連なる魔物に対して効果的なスキルがあった。

「打ち合った時、腕の筋肉が脈動していなかったんだ。魔物だって生きてんだ。生きているなら、筋肉だって動く。なのに、そいつにはない!」

「なら、鎖型の寄生魔物か?」

 飛び交う鎖を矢で打ち落とす閃哉は、眉毛を吊り上げた。

 クジラサイズの大型魔物が、人間の小指よりも小さな魔物に寄生されたケースがあった。

「ううっ、ゾワゾワする! お前はいちゃいけないんだ!」

 うるすけが全身の毛を震わせて吼える。

 本能で口走ったが、意味など、うるすけにはわからない。

 ただ口から出た。

「バン兄、どうするんだい!」

「このままだとジリ貧だ!」

 誰もがうるすけに構う暇などない。

 鎖塊は、椅子から不動のまま、触手の如く無数の鎖を放つ。

 弾き逸らし、撃ち落とそうと、いずれは限界に至る。

 故に、逆転の一手を放つ必要がある。

「燐香、やるぞ!」

「やるって、イッキ、あんたまさか!」

 女の勘で気づいたのか、燐香から瞬間、とてつもなく嫌な顔をされた。

「それしかないだろう!」

「あ~もう、あれやられるとメンテ大変なんだよ!」

「知ってる!」

 他に打てる有効な手だてはない。観念した燐香は、一端下がれば、大剣を石畳に突き刺した。

「三〇秒くれ!」

 ポーチからチョークを取り出したイッキは、大剣を円で囲めば、その間におびただしい記号を刻んでいく。

 魔法然り、超能力然り、錬金術然り、幻界ムンド内においてスキルは、己の意志で即時発動できる。

 だが、敢えて手間暇かけた場合、さらなる効果を望むことができる。

 一例として、魔法使いが詠唱を行うのは、自己暗示にて内なる心象を具現化するための手段。

 イッキは解答に至る数式を書き続けるように、錬成陣を刻む。

 敵前でやろうならば、自滅行為。

 故に仲間の援護が必須であった。

「やらせないわよ!」

 明菜の振り上げた杖の先端が輝き、光の防御皮膜バリアを張る。

 飛翔する鎖を弾き、通り抜けるのを許さない。

「よし、できた!」

 できあがったと同時、イッキは力強く柏手を打った。

 特に錬成とは関係ない。完成した拍子に行う癖だ。

 錬成陣は白から赤へ変われば、大剣の刀身を瞬く間に染める。

 溶鉱炉で溶けた鉄のように灼熱色に染まる刃。

 超高熱を刀身に付与させる錬成陣。

 ただ付与させるならば、触媒を使えばいい。

 だが持続時間は短い。故に延長するには錬成陣が必要となる。

 質量による破砕と高熱による溶断の合わせ技。

 金属・動物・植物系統の魔物には高い威力を持つが、一度使用すれば、刀身の切れ味は劣化し、研ぎ直す必要があった。

 加えて、燐香の大剣は七本で一つのオーダーメイド品。

 経費で落とせるとはいえ、七本分の費用と研ぐ時間を必要とした。

「させるかっての!」

 脅威と感じたのか、鎖が動く。

 うるすけは石畳を前足で叩き砕けば、破片を素早い後ろ足捌きで蹴り飛ばしていた。

 弾丸の如く飛翔する破片は鎖を叩き落とす。

「鎖の中央! 狙うならそこだ!」

 万禾の指示が飛んだ時、既に燐香は飛び上がっていた。

 刀身から発せられる輻射熱が、体力をジリジリと削る。

 強すぎる力故に、使い手を蝕むのは必然だった。

「真っ二つになりな!」

 迎撃に伸びた鎖は、放たれた矢により壁面に縫いつけられる。

 針穴に糸を通すかのように、鎖を鎖と至らしめる輪に鏃を打ち込み、楔として動作を封じていた。

 ザン――と燐香の振り下ろした渾身の一撃が鎖塊を両断した。

「やった!」

 溶断され、灼熱色に染まる断面の奥より、牛の頭が覗く。

 白目を剥き、舌を出した口。

 舌先が震える。

 震え、奥より黒い手が鏃のごとく飛び出した。

「へっ?」

 瞠目する暇すらなかった。

 燐香は顔を黒き手に鷲掴みにされたのも一瞬、リンゴの如く握り潰された。

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