第10話 その名はミノハラタンロス!

「ひゃっは~!」

「どっひゃ~!」

 燐香と閃哉は、号令が出るなり、待ちに待ったと言わんばかり飛び出した。

 暗闇の中から鎖の襲撃があろうと、矢を打ち落とした際に付着した蓄光塗料のお陰で、正確な位置を把握できる。

 燐香が左右逆手に構えた二振りの小剣で鎖を弾き飛ばせば、万哉は足下から飛び出てきた鎖を握った矢の鏃で弾き逸らす。

 前に突撃しがちならば、後方の防衛は疎かに陥りやすい。

 その役目がイッキだった。

『目ではなく皮膚で全体を俯瞰しろ』

 リーゼルト・スケアスは常々イッキに厳しく指摘していた。

『大技を使うな、使った直後を突かれるぞ』

『練習は本番ように、本番は練習のようにだ』

 単独では暴走しやすいイッキが、集団での戦闘において独走することなく、己の役割を果たしているのは、常に誰かがいることを意識し全体を客観視しているからだ。

 リーゼルトがイッキにダンジョン配信を行わせているのも、単独において、、を意識させるためだが、当人はまだ、意味を気づかずにいた。

「よっと!」

 イッキは駆けながら、足先に意志を込めて力強く石畳を踏み込んだ。

 後方より迫る二本の鎖が、蛇のように這いながら万禾と明菜を狙っているのを、皮膚に流れる微電流が知らせたからだ。

 鎖の先端が二人の背に触れる瞬間、石畳が盛り上がり、一枚の壁として鎖を下から弾き飛ばす。

 錬金術を応用して、石畳を壁に錬成した。

 意志を力強く持ち、対象を如何なる形に錬成するか、その意志イメージを注ぎ込む。

 雑念があり、構造が複雑なものならば失敗しやすいが、単に形を変えるだけならば成功しやすい。

「よっと!」

 錬成の直後を狙い澄ましたかのように、左右から鎖がイッキに迫ろうと、左右に握った大小二振りの剣で弾き逸らした。

 弾き逸らすだけで、腕に痺れが走る重さ、あの燐香が呻くのに納得する。

 もし直撃を許せば、相応のダメージだ。

「硬いなこれ!」

「ホントだよ!」

 うるすけがイッキの横に飛び出した。

 塗料未着色の鎖を、野生の勘にて前脚で叩き落とす。

 一同、飛び交う鎖をいなしながら暗闇を駆ける。

 その様子を、後方より撮影用ドローンが追従する。

「ううっ、この鎖、なんかゾワゾワする!」

「うるすけ?」

「なんか見たことあんだけど、あ~なんかイライラする!」

 暗闇から飛んできた鎖を今一度、うるすけは前足の振り下ろしで弾く。

 間髪入れず、噛みつこうとしたが、その時には引っ込まれる。

 噛みつきは宙を切り、硬い噛み音が響く。

「うるすけ、ガブハウリング!」

 鎖の攻撃頻度が高まっている。

 直感に従ったイッキは、うるすけに指示を飛ばす。

「全員停止、音に備えよ!」

 次いで突撃の足が、万禾の指示により急停止した。

 何が放たれるか、承知しているからこそ、突撃弟妹は急停止後、きびすを返して万禾の元に舞い戻る。

 イッキは素早く石畳から壁を錬成すれば、仲間を包みこんだ。

 外には撮影用カメラが取り越されたが、明菜が隙間から手を伸ばして中に引きずり込む。

「がおわおおおおおおおんっ!」

 ただ一匹、石壁を背にして外に残ったうるすけ。

 四肢の爪と背の羽を力強く石畳に突き立て、大きく息を吸い込んでから、力強く吼える。

 大気揺さぶる凄まじき咆哮が爆音として暗闇を揺さぶり、飛び交う鎖が不可視の圧力にて木の葉の如く飛ばされる。

 ガブハウリングは、うるすけの口から放たれる衝撃波だ。

 威力は大岩を粉砕するほどだが、使用時において欠点があった。

 音である以上、その範囲は三六〇度全方位。指向性などなく、味方を巻き込んでしまう。

 射程は一〇〇メートルと短く、また威力に比例して反動は強い。うるすけは爪や羽で身体を固定しなければ放てず、その間、無防備となる。

 イッキが壁で仲間を覆ったのも、巻き込みを防ぐ自衛策だった。

「ひゅ~相変わらずなんて威力」

 燐香は驚嘆するしかない。

 音波に触れた石壁は砂となって崩壊する。

 ただ仲間は誰一人、咆哮の悪影響を受けていない。

 間を置かず、暗闇の奥から、うるすけの声が反響してきた。

「およそ五〇メートルか」

 うるすけに指示を飛ばしたのには二つの理由があった。

 一つは、攻撃頻度が上がったこと=鎖の大本と距離が縮まったと判断したこと。

 二つは、声の反響により距離を測るため。

「閃哉、鎖任せた!」

 言うなりイッキは、ポーチから筒状の物体を取り出した。

 その物体の正体が、閃光弾だと気づくなり、誰もが瞼を閉じる。

 うるすけに至れば、伏せるなり、前足で目を抑え、耳を折り畳んでいた。

「おらよっと!」

 閃哉は暗闇から飛び交う鎖めがけて矢を放っていた。

 瞼を閉じようと何度も弾き逸らした身。暗闇だろうと伝わる空気の動きで、鎖の動きを把握できていた。

 鎖の先端が投擲された筒を破壊せんとしたが、放たれた矢がその輪に刺さり、狙いを外される。

 筒は宙で炸裂し、目映い光が空間を映し出す。

 巨大な石造りの椅子があった。

 まるで遺跡にある王が座るような椅子。

 ただ、その椅子に座る王は、あまりにも巨体、一〇メートルは超えた鎖で編まれた巨人だった。

 鎖自体がボスなのか、それとも鎖に包まれたボスなのかわからない。

「燐香、気をつけろ、鎖は鎧だ! 中身がある!」

 近づければ鑑定解析できる万禾の能力が今光る。

 万禾の前にはディスプレイが投影され、ボスのデータが展開される。

 三つの牛の頭部を持つ魔物、鑑定解析により判明するその名は――<ミノハラタンロス>。

 ギリシャ神話にミノタロスと呼ぶ迷宮の魔物がいる。

 牛の頭と人間の身体を持ち、迷宮に入り込んだ子供を捉えては食っていたとされている。

 この魔物は、類似系か、三つの牛頭を持つミノタロスタイプのようだ。

 地獄の番犬ケルベロスが三つの頭を持つが、安直なネーミングに誰もが指摘しない。

 地球の知識を幻界ムンドの法則に当てはめるのは、無駄なことだからだ。

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