第9話 ボス攻略開始
ダンジョン消失まで残り時間、推定四時間四三分。
ホームから
先着した他のメンバーが魔物の露払いをしてくれたお陰で、無駄な戦闘は避けられた。
ボスがいる扉の前では、撮影チームが撮影や配信機材のチェックを行っていた。
生配信は、派手に見栄えの良い映像ばかりではない。
その派手な映像を撮るために、敢えて地味な役回りを行ってくれている者たちがいるのを忘れてはならない。
主演は自ら光っているのではない。脇役がいるからこそ光っていられるのだと。
「んじゃバッサリぶった斬ってやるか!」
燐香は、右手で握った拳を左手の平に叩きつけて不敵に笑う。
慢心でも油断でもない。自身の実力に相応の自信を持っているからだ。
「おい、カメラ向けろよ!」
扉を前にして、うるすけは尻尾をぶんぶん振り回す興奮状態だ。
ここ最近の配信視聴率では、イッキが参戦、正確には、うるすけが参戦すれば、数値は上昇傾向にある。
戦闘前、あざとくカメラ越しに視聴者と向き合えば、受けが良く、投げ銭が増えるのをうるすけは理解していた。
ボスフロアに撮影スタッフは入れないため、もっぱら撮影は、遠隔操作されたカメラ付きマルチヘリコプター、所謂、撮影用ドローンで行われる。
入れないだけで通信電波は何故か<
「今から、皆でボスをぶった斬る!」
「おうおう、ガジガジしてガシガシしてやるぞ、わお~ん!」
燐香に抱き抱えられたうるすけは、嫌がることなく、浮遊するカメラの前で吼える。
既に配信は始まっている。
同時視聴者数は現時点で五〇〇〇人を超えている。
ボスだからか、今回の配信は集まりがいい。
コメント欄には視聴者たちのコメントが流れていく。
ただし、うるすけに呼応した鳴き真似が多数であった。
『わおわおおおん!』
『わんわんわんわん!』
『にゃーにゃにゃー!』
『がぶがぶがぶ!』
『燐香ちゃん、ファイト!』
『ぶったぎっちまえ!』
『明菜ちゃ~ん、後で懺悔室いい?』
『斬首室でいいだろ?』
『霊安室だろ』
『あお~ん!』
とボスへの扉を前にして視聴者たちも興奮気味だ。
燐香は、
後方で支援を行う明菜も負けておらず、誰が<レイブンテイル>の中で一番か、とファン同士で論争になるため、ここでは論外とする。
何が一番かは、言わぬが花。
「今から入ります!」
緊張で声を強ばらせた万禾が、鍵を使って扉を開く。
分厚い鉄の扉を鍵にて開かれ、左右に分割する形で開かれる。
何十回も配信を重ねているはずが、生粋の性根が柔いせいか、緊張を隠し切れていなかった。
「さて、何が出るか」
イッキは、腰に下げた大小二振りの剣に触れる。
先ほどまでの賑やかさから一転、部屋に一歩足を踏み入れた瞬間から、誰の表情も緊張に染まる。
うるすけも、全身の毛を逆立て、犬歯をむき出しだ。
開かれていた扉は音を立てて閉じ、固く閉ざされた。
ここからは、ボスを倒すか、逆に倒されるか、二つの方法でしか外に出る術はない。
もっとも、挑む者たちは、倒して無事帰還することを前提で行動していた。
常に前を向いて進まなければ、
「……広い」
黒縁眼鏡越しに万禾は、目尻を鋭くする。
中は暗く、松明などの照明は何一つない。
声の反響具合からして、中は相応の広さがある。
足下は敷き詰められた石畳なのが、配信カメラが照らすライトでわかる。
そして暗闇の中は金属と錆の匂いが充満していることだ。
「うげ、変な匂いする!」
特に誰よりも鼻の効くうるすけは、不快に顔を染める。
のも一瞬、両耳をピンと鋭く立てるなり叫ぶ。
「来る! 散る!」
うるすけの野生の叫びに、誰もが素早く動いていた。
ジャラリと、金属が連なる音が暗闇の奥から響いた時、先の立ち位置が穿たれている。
「なにが飛んできた!」
イッキは、砕かれ飛散した石畳の破片を腕で払いのける。
緊迫の声は、暗闇に吸い込まれて消えた。
「セン兄!」
「おうよ!」
妹の呼び声に、閃哉は既に弓に矢を番えていた。
野太い腕で引き絞られる矢の先端には、鏃ではなく炎が煌めいている。
一射目が放たれた時には、二射目が番えられ、機関砲顔負けの速射が暗闇を走り抜ける。
それは闇夜に煌めく流星のようだ。
ジャラリと暗闇の奥より再度、音がする。飛翔する無数の火矢は、見えないもの、いや速い何かにより一本も残さず叩き落とされていた。
しかもご丁寧に、燃えカス一つすら残さず潰す徹底ぶりだ。
相手は、よほど明かりを作られては困ると見た。
「タコかイカタイプの魔物なのか?」
万禾は黒縁眼鏡の縁をあげる。
触手ならば多種多様な攻撃ができる。
過去、湖面ダンジョンにて、イカのようなボスと退治した際、多数の触手に苦戦を強いられた。
解析したくとも、暗闇に包まれているため、対象が補足できない。
無数に動く何かが暗闇の奥にいるのは間違いないが、下手に近づけば全滅のリスクがある。
かといって、未知なるボスに興奮を隠しきれない弟妹を、いつまでも抑えきれるわけでもない。
「燐香、真上!」
うるすけが叫ぶ。燐香の反応は早い。腰元の大剣から二振りの小剣を抜き取とった。一振りで七振りの武器にもなる特殊武器。アーティファクトではなく、刀匠が造り上げたオーダーメイドの一級品。突撃が多い故に、不器用だと思われがちだが、七種の剣を状況により使いこなす器用さこそ、燐香の武器だ。頭上から垂直に迫る、それを二つの剣を交差させて弾く。
「くっ、なんて重さだ!」
接触にて生じた重圧に、燐香を腕震わせながら呻く。飛び散る火花にて一瞬だけ照らされたのは、金属製の輪を幾重にも繋いでヒモ状にしたもの、鎖だった。
燐香にて弾かれた鎖は、触手の如く蠢き、暗闇に消えんとする。
「ふんっ!」
イッキは、宙で素早く印を切れば、すかさず指を弾く。
指先より放たれたのは音ではない。小爪よりも小さな瓶だ。
小瓶は鎖の先端に触れた瞬間、砕け散り、中身をぶちまける。
暗闇の中より、ほんのりとした緑の燐光が浮かぶ。
小瓶の中身は、蓄光塗料。
光を溜めて淡く光る特性を持ち、暗い洞窟などにて迷わぬようマーキングに使用していた。
「イッキ!」
「任せた! あんまり数ないから外すなよ!」
万哉が言うより先、イッキは腰のポーチから、残りの小瓶を万哉の前に放り投げた。
小瓶は万哉が放つ矢で砕かれ、宙で中身をぶちまける。
石畳に落ちるだけのはずが、その時三〇本もの矢が放たれ、蓄光塗料をまとっている。
先の火矢と同じく暗闇を飛翔する矢は例に漏れず、一本も残さず叩き落とされた。
「突撃!」
狙い通りだとほくそ笑む暇はない。
すぐさま万禾の号令が走る。
日頃は優男だろうと、この手の戦闘指揮に関しては判断が早い。
もっと自信を持っていいはずだ。
「ひゃっは~!」
「どっひゃ~!」
号令が出るなり、待ちに待ったと言わんばかりに、燐香と閃哉は飛び出した。
本当に兄弟か、血縁を疑うほどだ。
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