第8話 対ボス会議

 イッキが遅れながら<レイブンテイル>の専用ルームに入った時、既にミーティングは始まっていた。

 企業オフィスのような空間が広がり、縦長の会議用テーブルが何列も並べられている。

 一〇〇人以上のメンバーのために用意された席だが、三分の一は空席だ。

 ただオンラインでの参加を示す窓が宙に浮いている。

 イッキは一同の視線を受けながら、尻尾抱えるうるすけを抱え、見知った空色の修道服の少女の隣の席に座る。

 着席に気づいた少女は、膝に跳び乗ってきたうるすけの背中を撫でながら、小声で話しかけた。

「遅かったわね」

 修道服の少女の名は鶴田明菜つるだあきな。活発な顔立ちに、陽気に弾んだ目尻、肩を越えるほどある髪を、バレッタでまとめている。

 イッキの幼なじみであり、<レイブンテイル>において回復などの後方支援を行う回復術士ヒーラーだ。

 修道服の電子礼装アバターなのは、単に回復支援職は聖職者というゲーム知識だったりする。

「たいへんだったんだぞ」

「よしよし」

 うるすけの尻尾の先端を見て、明菜は察したのか、優しく背中を撫でる。

 撫でられたうるすけは、全身を気持ちよく震わせ、ご満悦な表情ときた。

(こいつっ!)

 調子がいいな、とイッキは内で悪態つく。

 なまじ知性があるからか、相手の性別が女ならば、かわいく、そしてあざとく魅せてくる。

 特にちょこんとお尻で座ってから、小首を傾げて瞳をうるませれば、大抵の人間は墜ちる。

 悪く言えば八方美人、良く言えば世渡り上手。

 イッキチャンネルでやれば、動物好きケモナーから投げ銭フィーバーときた。

 自分の武器が、爪や牙だけでないのを理解していた。

 当然、鍛錬にならぬとリーゼルトから叱られた。

「しっかし、えらい急だな」

「急に見つかったからね」

 周囲の妨げにならぬよう、イッキと明菜は小声で会話をする。

 イッキはそのまま、設営された電子ボードを見る。

 壇上には<レイブンテイル>のマスターが立っている。

 配信動画で上位を常に維持し、数々のダンジョン攻略を常に前線で指揮してきた男。

 その容姿を見れば誰もが驚くだろう。

 いかにも絵に描いたような、黒縁眼鏡に黒髪の凡庸な優男、これまた電子礼装アバターも絵に描いたような魔導士が着込むような黒のローブ。

 烏尾万禾からすおばんか、年齢は二四歳、職業ジョブは鑑定士だ。

 常に前線に立つことから、知らぬ誰もが凄まじき益荒男マスラオだと思いこんでは、真逆の優男であることに落胆するのは恒例パターンである。

「ぐがぁ~」

 勘違いさせる要因として、席の最前列で堂々と大口を開けて船を漕ぐ大男の存在があった。

 衣に袴と簡素な電子礼装アバター、ラガーマンのような鍛えられた身体と、一八〇超えの身長を持つ短髪の男。

 名は烏尾閃哉からすおせんか、年齢一九、職業は戦士ではなく弓使いアーチャーだ。万禾ばんかの弟であり、弓使いアーチャーでありながら、常に突撃しては敵の攻撃を紙一重でかわし、至近距離でしとめる戦法を得意としている。

「あの筋肉ゴリラ、また寝てんな」

「こら」

 明菜は目尻を強めれば、不躾な発言をしたうるすけの頬を掴んでは叱る。

 重要な作戦会議に居眠りは不届きだと、ゴツと閃哉せんかの右側から鈍い打音が響く。

 隣に座る燐香りんかから放たれた肘打ちであった。

 ただ、巨漢には豆鉄砲だったか、体躯を揺らすだけで終わり、目覚めの予兆はない。

 壇上に立つ万禾ばんかは、仕方なさに首を横に振っては説明を続ける。

 万禾ばんか閃哉せんか燐香りんか、彼らは兄妹だった。

 元々は万禾ばんかの就職失敗を契機に<レイブンテイル>は誕生した。

 結成当初は、ダンジョン内における資源採掘事業であったが、こづかい稼ぎで参入した弟妹が、予測以上の活躍をしたことで、探索組として方針を変更した経緯があった。

 弟妹の活躍あってのチームだとする外野の声は多いも、チームメイトの誰もが、突撃する弟妹を巧みに指示して操る万禾の指揮能力あってのチームだと、誰もが高い評価を出している。

 実際、その指揮を監修したリーゼルトですら誉めるほどだ。

 リーゼルトは万禾の指揮する姿を誉めたが、敢えて本音を漏らしていない。

 うるすけが代弁したからだ。

『猛獣二匹を手なづけた猛獣使いだな』

 あながち間違っていないことを獣が言うのだから、笑ってはいけないダンジョンと化した。 

 長男は家に、仕事にと大変なのである。

「以上が今回のダンジョン攻略の概要となります」

 丁寧な口調で万禾は言う。

 日頃からゆったりと話し、落ち着いた外見の通り性格も落ち着いている。

 ただし、前線に立つからこそ、その芯は見かけを裏切るように強く、折れない。

 そうでなければ、常に身の危険に晒される前線で指揮など執れるはずがない。

 悲しいかな、資質素質共に、最良の指揮官なのだが、当人の気質が穏和であること、弟妹が揃って猪突猛進な熱血おバカのお陰で、やや自己肯定力が低かったりする。

「ふむ」

 遅参したイッキは中空に指を走らせる。

 議事録を空間の小窓として展開させた。

 現実と空想が混ざり合った幻界ムンドだからこそ、現実では空想と呼ばれる事象が、幻界ムンドでは当たり前のように行える。

 SFチックにいえば空間投影型ウィンドウだ。

「厄介だな」

 イッキが唸るのはダンジョンの内装だった。

 今回、攻略予定のダンジョンは迷宮型だ。

 ダンジョンの王道の王道を行く典型的な迷宮。

 マッピングは入念な探索をチーム内の調査メンバーが行ってくれているが、予定通り思惑通りに進めると思わぬことだ、とはリーゼルトの弁。

 実際、たどり着けたからとボスを討伐できる優しい現実は、幻界ムンドにはない。

「今回は最大五名だと」

 イッキは顔をしめるしかない。

 ボスが鎮座するフロアに入るには、ボスよりも強い隠しボスを倒すこと、同ダンジョン内の隠しエリアにある鍵を見つけること。

 今回は後者だ。

 探索者シーカー一名以上の場合、上限が設けられ、チーム全員一丸となってボスの袋叩きが行えない。

 ダンジョンの法則か、詳細は不明だ。

 特に何度もボスモンスターを退けたリーゼルトに至れば、常に単独討伐であるため、人数制限が設けられていたのは、盲点だったと当人は<幻界見聞録>で語っていた。

「先ほど説明したとおり、今回のボスは人数制限があります」

 攻略メンバーの発表が、万禾の口から直に行われようとしていた。

 視線がちくちく刺さるが、イッキからすれば擦過傷のようなもの。

 その全てが明菜に集っているからだ。

 回復支援職である明奈のメンバー入りは不動。

 他は、優れた身のこなしと、人並みはずれた剣捌きを持つ燐香。巨躯を裏切る俊敏さと豪腕による射出力を兼ね備えた閃哉。その猛獣の弟妹を抑え――訂正、指揮する万禾。後方で指揮するだけと思われるが、鑑定士の特性を応用して、対象を解析、弱点部位を見つけだすため必須となる。

「最後の一人は誰かね~」

 イッキはあくまでチームの外部協力者。

<レイブンテイル>は現在、日本国内において資源獲得率も高く、配信チャンネルも同時接続者数が鰻登りを続けている。

 それ故、動画を見てチーム参入を望む者が増えつつある。

 優秀な相手なら歓迎だが、中にはチームのネームバリューを踏み台にして成り上がろうとする輩もいる。

 篩として入団試験を設けていた。

 イッキとて正式加入の誘いは受けているが、修行中と家庭の事情を理由に断っていたりする。

「箱の中身は開けるまでわからないからな」

 厄介だとイッキは独り言ち、肩を動かし一息つく。

 ダンジョン内にはびこる魔物から、ボスの系統は予測できるが、あくまで予測でしかない。

 サファリパークのような野生動物わんさかの大草原ダンジョンならば、ボスもまた動物系と思えば、自動車が複数台合体した機械系であり、銃火器をぶっ放してきたなど、例に暇がない。

 故に入室するまでボスの正体は不明であり、なおかつ、たった一度の挑戦チャンスであるため、成功率の高い精鋭で組むのが最良だ。

 三兄妹はチーム創設から常に前線で戦ってきただけに相応の実力がある。

 だから、メンバーの誰もが異議を唱えない。

「最後は、イッキくん、君にお願いしたい」

「はぁい!」

 予想外の指名にイッキは素っ頓狂な声を上げてしまった。

「つまりは、おれの出番か!」

 明菜の膝の上に座るうるすけが立ち上がり、逞しく尻尾を振るう。

 なるほどとイッキは瞬時に理解した。それは奇しくも他のメンバーも同じ故、反対意見がまったく出なかった。

「一人よりも、一人と一匹か」

「オレとイッキのコンビネーションはサイキョーでサイコーだからな!」

 幻界ムンドの法則上、うるすけはイッキの装備品となっている。

 一人と一匹で、戦力は単独よりも向上するが、当然デメリットもある。

「リスクはあるぜ?」

「それも承知も上、きみたちなら<喪失>ロストなんてしない」

 チームリーダーの篤き信頼に応えるのが、臨時だろうとメンバーというもの。

 ただ文字通りリスクはあり、イッキとうるすけの体力ゲージ、つまりはSeフォンのバッテリーは共有であることだ。

 うるすけがダメージを受ければ、仮にイッキがノーダメージであろうと、バッテリーの残量は減る。うるすけが仮に倒れようならばバッテリーは0となりイッキは<喪失>ロストする。

 うるすけは、カテゴリーとしてアーティファクトであるため<喪失>ロストしないが、イッキの所有物及び幻界ムンドでの財産が<喪失>ロストするため、文字通りのリスクだった。

「んがっ? 終わったか?」

 ここで閃哉が目を覚ます。

 ひとあくびした後、右側面から今一度肘打ちが放たれるも、当たったことすら気づいていなかった。

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