第7話 錬銃士‐‐アマルガンナー

 探索者組合ホームエリア。

 幻界ムンドの解析技術により疑似的な空間を展開させている。裂け目クラックを疑似区間へと誘導及び固定し、各ダンジョンと繋げることで現界リアル幻界ムンドの橋頭堡として探索者シーカーたちに使用されている。

 日本各地にある転移門ポータルを通ることで立ち入ることができる。

 現界リアルにおける日本の本部は万が一、魔物が溢れた事態を想定して富士樹海に設置されていた。

 探索者相談窓口、ダンジョン情報の展開、配信機材のレンタル、資源買い取り場、チームハウスの設営と、主に探索者の活動支援を目的として、組合は半官半民で運営されている。


「遅い!」

 イッキがホームエリアにうるすけと共に駆け込めば、お叱りが飛んできた。

 仁王立ちで出迎えたのは、陣羽織を着込んだ一〇代の少女だった。

 セミロングヘアー、つり目が特徴の勝ち気な顔立ち、背はイッキより低い一六〇(※実際は一五八センチ、ヒールで誤魔化している。指摘するとキレる)、イッキと同い年の一六歳。体のラインを如実に表す陣羽織を着こなし、腰周りの帯の上半分が隠れるほどの胸部、丈の短い裾からのぞく瑞々しい太股、背面には注連縄のような装飾があり、後ろ腰には自身の背丈と変わらぬ幅広い大剣を下げている。

<レイブンテイル>、三人兄妹こと三羽烏が一人、斬剣士ブレイドユーザー烏尾燐香からすおりんか、それが彼女の名前だった。

「悪い、帰る直前で小鬼ゴブリンの群に襲われたんだよ」

「はぁん、嘘つくならまともな嘘つきな!」

 燐香から半眼で呆れられるが、嘘ではない。

 リーゼルトと別れる直前、自らの足で帰還せんとする中、新たなゴブリンの群が襲い掛かって来た。

「ほんとだっての、銃とかバンバンドンドンで大変だったんだぞ!」

 うるすけは尾の毛を膨らませて語る。

 とんでもない目にあったと。

 圧倒されたと。


 帰還を妨げるように現れる新たな小鬼ゴブリンの群れ。

 あろうことか、ヘルメットにタクティカルベストと、特殊部隊よろしくの近代武装であることだ。

 どの小鬼ゴブリンも銃火器をひっさげ、統制された動きで迫っている。

「悪いが、この後、人と会う約束があるんでな」

 イッキが如何にして撒くかと思案した時、前に出たのはリーゼルトであった。

 マシンガンを錬成するなり、片手で構えては正面に向けて発砲する。

 足下にはおびただしい空薬莢がちりばり、耳をつんざく銃声にうるすけは前足で耳を塞いでいた。

「もう少しで片づくから待っていろ」

 マシンガンは度重なる発砲には赤熱化している。放り投げるように、新たな銃火器を取り出した。肥大化したリボルバー拳銃、否、連装式グレネードランチャーだ。回転式弾倉により、爆発力の高い砲弾を撃ち出すタイプ。

 射程距離はライフル銃に劣ろうと、撃ち出される砲弾の爆発範囲は広く、密集している敵の一掃に打ってつけとなる。

「所詮は数頼みの連携だ。穴を開ければ、烏合の衆」

 ポン、ポン、ポンと軽快な音が響く。

 ひゅ~という飛翔音が間に入った後、ドカンドカンドカンと爆発が立て続けに巻き起こる。

 数はイッキが相手した以上に多いが、紙切れのように爆散して吹き飛ぶ光景に何もいえなくなる。

 それほどまでにリーゼルト・スケアスたる探索者シーカーは、規格外で非常識な実力者だと思い知らされた。

「さしずめ、ゴブリンアーミーかな。近代兵器で武装している新種のようだ」

 戦闘後の掃除もリーゼルトは抜かりない。

 拳銃を抜き取るなり、茂みへ向けて発砲。銃声後、倒れる音が奥からした。


「俺から離れるなよ」

 リーゼルトは、左右の手で異なる銃火器を握る。

 右手に連発式グレネードランチャーを、左手にショットガンを。

 靴裏で力強く草原に踏みしめ、一人駆けだした。

「着いて来いってことかよ!」

 呆けるのも一瞬だけ。イッキは、うるすけを抱えてはリーゼルトの背中を追って駆け出した。

 本日の天気は砲煙弾雨。

 銃声、砲声、怒声に罵声が草原に響き渡る。

 ゴブリンアーミー(命名者リーゼルト)が部隊を率いようと、リーゼルトの砲撃により、蹂躙されていく。

 相手は魔物モンスターであり人間ではない。

 同情の余地はないが、一方的に蹂躙される光景に、同情は禁じ得ない。

「おっと!」

 うるすけ抱えたイッキは、リーゼルトの背を追う形で走る。

 足を走らせる中、眼前を通り過ぎた流れ弾に怖気を走らせる暇などない。

 リーゼルトは、弾薬が尽きたグレネードランチャーの砲身をくの字に折る。手首をひねることで廃莢を行えば、右手のショットガンを発砲。一発一発は威力の低い散弾だが、広範囲に拡散される故、群れ成す相手に対して牽制効果は高い。

 ロングコートの弾倉ベルトから砲弾を取り出し、素早い手つきで装填を終える。

 走りながら片手でグレネードランチャーを発射。爆煙渦巻く間、右脇に挟んだショットガンに薬莢を右手で装填する。

 現界リアルでやろうならば、手首を痛めるだけでは済まされない。

 ここが幻界ムンドだから行えた。

「ったくどんだけ器用なんだよ!」

 恐ろしいのは、リーゼルト・スケアスなる男、戦闘開始から一度も錬金術を使ってないことだ。

 一般的に、リーゼルトは錬金術の使い手と認知されているが、幻界ムンドにて設定された職業ジョブは、錬金術と銃使いの二つを併せ持つ錬銃士アマルガンナー

 度重なる発砲にて、熱を帯びた銃身を錬成にて冷却するわけでもなく、弾薬一つすら錬成していない。

 否、新たなに錬成する必要すらない。

 使用する銃火器も、消費する弾薬も、その全てがリーゼルトが幻界ムンドの資材を元に、一から錬成した代物だからだ。

 幻界ムンド内でしか使用できぬ制限があろうと、現界リアルの銃火器よりも頑強であり、威力もまた高い。

 損壊どころか暴発すらしない銃火器は、リーゼルトが優れた錬金術の使い手だと示していた。

「何度も言うが、マネできると思うなよ」

 事実である故、イッキは反論しない。

 錬金術は物質を別なる物質に変換させる。

 一見便利そうだが、錬成は精神を消耗すれば、イメージをしっかり固めていなければ、完成品は錬成した瞬間に砕け散る。

 錬成するよりも、刀匠や鉄砲鍛冶ガンスミスが手間暇かけて製作した一品を使用した方が効果は高い。

 リーゼルト・スケアスへの憧れから最初の職業ジョブ錬銃士アマルガンナーに選択する初心者は多く、使いこなせず頓挫とんざからの挫折ざせつもまた多い。

「銃なんて複雑怪奇なもん、まともに錬成できるのは、世界でリーゼルトひとりだけだっての!」

 イッキが言い返すのは単なる負け惜しみだ。

『銃を錬成したければ、まず最初に懐中時計を一つ錬成しろ』

 リーゼルトの弁だ。

 懐中時計や銃火器は、共に細かな部品で構成されている。

 歯車一つ、バネ一つ、形や重さを正確にイメージしていなければ、形になろうと中身が動かなければ意味がない。

 特に銃火器は、発砲した瞬間に暴発するリスクがある。

 初心者は、それが原因で負傷するケースが多い。

 逆に無駄のないシンプルな刃物などの場合、錬成がし易い。

 イッキが錬剣士ルガムフェンサーであるもっとも理由だ。


「もう、耳塞いでてもキンキンだし、鼻はバンバンできついし大変だったんだぞ!」

 うるすけは、イッキを擁護せんと燐香に吠えた。

 ただ離されぬよう追い続けて来ただけだが、戦闘の余波によるダメージで、Seフォンのバッテリーは減り、残りは三〇%だ。

「うるすけが言うなら、嘘じゃないってことか」

「俺より、うるすけを信じるのかよ。あ~もうリーゼルトがいたらってないものねだりか」

 イッキは、演技臭くガックリと肩を落とす。

 転移門ポータル前で挨拶もそこそこにリーゼルトとは別れている。

 急いでたどり着いたというのに、信頼度の差に気落ちするしかない。

「みんな揃っているから、レイブンのチームルームに早く来な」

 ミーティングを始めると燐香は急かす。

 チームリーダーから出迎えを任されたせいか、機嫌は悪いときた。

「わーったよ、その前にっと」

 探索にとって重要なのは、開始まで行われる下準備。

 入念な準備は成功率を底上げさせる。

 備えあれば憂いなし。

 電子礼装アバターが命綱なら、Seフォンのバッテリーはダンジョン探索の生命線。

 いくら装備を整えようと、生命ゲージたるバッテリーがゼロとなれば意味がない。

「あ~オレやる! オレやる!」

 イッキがSフォンを取り出した途端、うるすけが飛びついてきた。

 今からイッキが行うのはSeフォンの急速チャージ。

 ホームエリアには、Seフォン専用の急速チャージステーションが設置されている。

 国際標準規格にて統一化された電源コネクターにより、メーカー問わず、すべてのSeフォンが充電できる。

 壁面に設営された充電ステーションは、スリットに端末を挿入、充電が完了後、端末に登録された指紋声紋と生態認証により排出される仕組みとなっている。

 一時間もあればバッテリーは満タンだ。

 なお充電使用料は、口座引き落としである。

「ふふがふ~ん♪」

 イッキのSeフォンをくわえたうるすけは、嬉しそうに尻尾を振るう。

 充電ステーションの一番右端にあるスリットに差し入れた。

 一度に一〇〇〇台もの端末を充電できるが、充電スペースの下段や端は、取り外しがしにくいため位置的に不人気だ。

 もっとも人間より体躯の小さなうるすけは、ほどよい位置としていつもの位置として使用している。

「おっおおおっ!」

 端末がスリットに挿入される瞬間、うるすけは耳の先から尻尾の先まで毛皮を逆立て、歓喜していた。

 その様はまるで、仕事帰りにビールをいっぱいひっかける中年サラリーマンのようだ。

「くっあ~これはこれで癖になるな~!」

 うるすけは、電源コードなど電気が流れるものを甘噛みする癖があった。

 ピリピリするのがたまらないとは本犬の弁。

 現界リアルでやれば、感電の危機だが、ここは幻界ムンド

 現界リアル以上の危険が背中合わせであるため、過剰なまでの安全対策が施されている。

 行う相手が生物型アーティファクトであり、機器の故障がないことから、施設において、うるすけの行為は半ば黙過されていた。

「しびび――うごっ!」

 電流の痺れを楽しんでいたのも束の間、ひときわ大きな破裂音が、うるすけ側から響く。

 尻尾の先がまるで花開くように裂け、無数の毛が飛散、地肌が丸出しとなっていた。 

「おいおい、うるすけ、お前なにやってんだよ!」

 イッキは、周囲の困惑する視線を背中に受けながら、うるすけに駆け寄っていた。

 ぺたんと床に座りこんだうるすけは、前足で尻尾を抱えて泣いている。

 相棒を心配するほど柔ではないのは百も承知。

 毛は生えてくるからいいが、機材の故障にて生じる弁償代は半端な額ではない。

 その心配を他所に、自動掃除機が飛散したうるすけの毛を吸い込みながら通りすぎた。

「ううっ、おれの自慢の尻尾が!」

 涙目のうるすけを宥めながら、イッキは端末を確認する。

 念のためSeフォンを取り出してみたが、本体・ストレージ共に異常は見あたらない。

 職員が駆けつけ、充電ステーションを確認している。

 故障はなく、安全性が確認されたことから、原因はうるすけで間違いないようだ。

「噛みすぎたんだろうよ」

 気を取り直すように、端末を再挿入。

 今度こそランプを黄色に点滅させながら充電が開始される。

「ううっ、おれの尻尾が~」

「あ~はいはい、後でブラッシングしてやるから」

 イッキは宥めんと提案する。

明菜あきながいい、イッキの荒い」

 そっぽと尻尾を向けて断られた。

 一瞬だが、全身の毛、残らずむしってやろうかと思ったイッキであった。

 明菜。

<レイブンテイル>のメンバーであり、イッキの幼なじみの名前であった。

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