第6話 アーティファクト

 既存より、やや分厚いフレームで覆われたメカニカルなデザインの携帯端末。

 幻界探索仕様携帯端末、通称SeSeekerフォンだ。

 電子礼装アバターやアイテムを保存できるストレージ、一ヶ月の連続使用を可能とした大容量小型バッテリー、いかなる衝撃に耐えられる高い剛性、水没・落雷・燃焼・凍結に対する優れた耐久性、幻界ムンド内であろうと外界と通話通信できる機能性、幻界ムンド由来の資源にて開発された携帯端末。

 現界リアルで使用するには過剰な性能故、お値段は機能に見合う分、安くても一〇〇万は越える。

 もっとも、探索から一〇回ほど無事帰還できれば、払いきれる額でもあった。

「応援要請か」

 知己のチームから届いたメールであった。

 基本、イッキは単独ソロ幻界ムンドに潜っている。

 チームを組んで探索するのは、資源獲得率と生還率が向上する。

 それをしないのは単に、リーゼルトの単独で強くさせるという教導方針と、そのネームバリューの大きさが遠因だった。

 探索者シーカーの間で、イッキはリーゼルトの教え子の一人との認識が強い。

 チャンネルを開設した当初は、コメント欄に僻み妬みに伴う荒らし沸いて出たほどだ。

 コメント欄では、規約違反のチーム勧誘を堂々と行い、イッキを引き入れることで、あわよくばリーゼルトにお近づきになろうとするいじましい者もいた。

 人間の意地汚さを現界リアルでも散々痛感させられた身、ただ助け合う精神を忘れるな、との亡き両親の言葉で、時折、応援要請が出れば応えていた。

「どうした?」

「レイブンテイルから応援要請」

 リーゼルトに伝えるなり、口端を細めて静かに笑った。

「最近は破竹の勢いで活躍しているが、ご指名とは。今回はよっぽど大きな山のようだな」

 レイブンテイルは、三本足の烏ヤタガラスを中央に、三つの尾羽根が三角形に囲んだエンブレムを持つチームだ。

 メイン活動はダンジョン攻略。

 ダンジョン配信において、攻略組を自称するだけに高い実力で視聴者を魅せる持つチームだ。

 チャンネル登録者数も、同時視聴者数も、イッキチャンネルとは雲泥の差、地表と月との開きがある。

「最初は三人しかいなかったが、今や一〇〇人規模のチームにまで成長するとは思いもしなかったな」

 リーゼルトの発言に、イッキは白けた目で沈黙を選ぶ。

 その足下では、うるすけが後ろ足で耳の裏側をテシテシと掻いている。

 そもそもレイブンテイルを教導したのは、他でもないリーゼルトだ。

 レイブンテイルのメンバーとリーゼルトのスポンサー企業の社長の娘と縁があり、依頼とする形で教導を引き受けた経緯があった。

「応援要請ならば、ダンジョンボスが見つかったということだろう」

「ああ、三時間前にボスゲートを発見、今より五時間後に攻略を開始するからホームエリアに集合しろってさ」

 もちろん、知己のチームからの要請に断る理由はない。

 ボス攻略により得られる報酬は旨みが多い。

 レアメタル・レアアースは高い買い取りが見込めるが、何より強力な装備を入手できる確率が高い。

 特にダンジョンで極々希に発見される<アーティファクト>と呼ぶ装備は、一人一つしか装備できない制限があろうとも、非常に強力な装備品故に誰もが探し求めてやまないほど。

 喪失ロストを防ぐ容量無限のアイテムボックス、無限に矢を放てる弓、空を高く舞うマント、自律飛翔する剣、遠距離攻撃を無効化する盾、姿匂い足跡を隠蔽する靴、相手の攻撃を反射する鎧、弱点部位を看破する眼鏡、あらゆる生態が記載された書物、戦闘不能者を蘇生する杖、人語発する魔物と、その高い恩恵を使いこなせれば、攻略難易度は下がる。

 ただ<アーティファクト>は見つければ使えるものではない。

 ましてや、いくら求めようと手に入るものでもない。

 まるで磁石のS極とN極のように、<アーティファクト>と探索者シーカーは引き合う特性がある、とされている。

 気づいたらSeSeekerフォンのストレージに入っていた。

 木を切ったら、その中に剣があった。

 ゾンビを殴ったら、口から杖を吐いた。

 ダンジョンに入ったら、空から眼鏡が落ちてきたなど、入手方法に統一性はない。

 国際法において過去の遺物――海底に沈んでいた金塊など――は、領海内の国ではなく発見者に所有権がある。

 しかし、発見場所は幻界ムンド

<アーティファクト>はお宝になろうと、ただのお宝ではなかった。

 発見者だろうと装備できないことはままあり、ダンジョン探索黎明期では、発見者と所有者、どちらが正当な所有権を有するか、現界リアルにて泥沼の訴訟合戦が勃発していたほどだ。

 泥沼に至るもっともな原因として、<アーティファクト>は、他のアイテムのように売買、他者への貸し借りや譲渡、トレードができないこと。

 喪失ロストにより電子礼装アバターや装備が消失しようと、何故か<アーティファクト>だけは消失しない。

 さらに厄介なのは、アイテムストレージにアーティファクトたるカテゴリーは存在しないこと。

 アーティファクトをアーティファクトと確かめる、証明するには喪失ロスト後に残っているか、否か。

 所持していた装備が実は、と珍しくない。

 幻界ムンドの研究が進むにつれ、<アーティファクト>には、なんらかの選定の意志と喪失ロストに対する自己保存があるのではないか、との仮説が有力視されるようになる。

 結果として裁判沙汰になる率は低下しようと、<アーティファクト>所有者に対して、強引なチーム勧誘や引き抜きが横行するようになり、中には現界リアルにまで押し掛ける輩までいた。

「お、ボスか! ガジガジかみ砕きがいがありそうな奴だと良いな!」

 強き相手と戦えるからか、うるすけは犬歯をむき出しに、尻尾をはちきれんばかり嬉しく振るう。

 うるすけもアーティファクトのカテゴリーとなる。

 一年前、オーロラ煌めく氷河のダンジョンにて、厚い氷の岩盤を掘り進んでいた際、容器に入った状態で発見した。

 その時、紆余曲折あったが以後、頼れるイッキの相棒としてダンジョンを渡り歩く。

 ケンカもあるが、なんだかんだ不思議と馬があった。

 連携がしやすかった。互いが望むとおりに動いてくれた。

(ほんと、こいつなんなんだろうな?)

 喋る知性持つ魔物モンスター、が一般見識だろうと装備品ではなく生き物なのは謎だ。いや、他の生物型アーティファクトが未発見なだけの可能性も高い。

 アーティファクト持ちだろうと、イッキの身に強引な勧誘が来ないのは、単にリーゼルトの名前が大きいのだろう。

 下手に師の機嫌を損ねれば、今後の幻界ムンド探査の教導を拒否されるリスクのほうが高いと。

 イッキ自身、今なお単独活動を行えているのは、リーゼルトの影響が大きい。

(だから一人前の探索者シーカーになりたいんだが)

 自身が実力不足なのは痛感している。

 相棒のうるすけがいなければ、窮地を脱せえなかったことが幾度とあった。

(妹が安心して暮らせる生活をしたいが)

 今は一歩一歩、力を鍛え、蓄えること。

 事をなす経験も、物を見通す資質も、圧倒的に足りない。

 だから己を鍛えている。鍛えているが、望むように至れぬ訓練結果が、胸中を焦がしていく。

 半分は己の気の短さが原因だが、未来を見ているため、過去のことは振り返らない男であった。

「よし、行くか!」

 うじうじ悩むなら動けと、内なる自分に強く語れば、イッキは煩悩として振り切った。

 ボスフロアでは激戦が予測される。強い装備やレアな資源が手に入るが、喪失ロストのリスクは高い。現実に帰還次第、装備を整えて挑む。

 今は己が正しいと思うことをする。

 そうすることで前進している気がするから。

「ん?」

「どっしたか、リーゼルト?」

 気合いを入れるイッキを横目に、リーゼルトが目を細めて、反対方向に視線を向けていた。

 うるすけは見上げながら小首を傾げる。

「いや、気のせいだ。嫌な視線を感じたんだが」

「おうおう、毎回言ってる黒騎士か?」

「奴ではないな」

 リーゼルトはうるすけに苦笑しては言った。

「もし奴なら、視線に気づかれる前から既に斬りかかってるさ。例えば、お前の背後からとか!」

「おおおう!」

 意図的に恐ろしく声を震わせ伝えるリーゼルトに、うるすけは尻尾の毛を逆立て膨らませていた。

「フラグやめい!」

 決意を折られそうなお約束にイッキは、つっこまずにはいられない。

 冗談だとしたいが、相手が相手だけに冗談には聞こえないから困る。

 リーゼルトはその身を持って黒騎士――四葬掌テトラハンドの恐ろしさを誰よりも知っているからだ。

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