第5話 イレギュラー
「今日はここまでだ」
リーゼルトからの宣告。
イッキは、歯を剥き出し気丈に言い返す。
「なんでだよ。俺はまだやれるぞ!」
「まだやれるから、だ。行けると思った時こそ、潔く引け」
幾重の経験を刻んだからこそ出せる言葉。
短期的に見れば良かろうと、長期的に見れば疲労困憊で息詰まる。
動ける時に動き、休める時に休める。
実力がまだ至らぬイッキだからこそ、リーゼルトは眼光鋭く言う。
「今はまだいい。だが、いずれ休む時に休めず、不眠不休で戦う時が来る」
「……わかったよ、わかりました!」
言葉の重みは実体験による重み。
イッキは不満を口先に宿しながらも、二つ返事で理解を示す。
なにしろリーゼルトは、
現実世界では、疲労蓄積と精神の磨耗で死んでいてもおかしくなかった。
「何度も言うが、もしダンジョン内で黒騎士――
リーゼルトの口調は重く、色眼鏡越しの目は鋭い。
コードネーム:
四つの腕と四つの掌を持つ異形の黒き騎士は、
国籍、人種、老若男女関係なく、黒騎士に
正体不明、人間なのか、魔物なのか疑われる。
ユーラシアにある国が、黒騎士を討伐せんと、軍隊一個師団派遣するも一〇分もせず壊滅した。
過剰戦力だと国外から批判はあったが、広報として生配信していたことで、規格外の非常識だと世界に宣伝することになる。
一国家、一軍隊ですら相手にならない脅威。
不幸中の幸いなのは、
万が一、ダンジョン内で遭遇しようならば、戦闘せず、即時撤退を推奨するほどイレギュラーな存在だった。
もちろんのこと、中には名声上げんと無謀にも立ち向かう
もし
あえて挑むことで黒騎士の正体と戦法を暴こうとする
接敵しようならば、した瞬間に終わっている。逃げようとしても無駄だと、不条理な現実を叩き込んでくる。
(それを何十回もかわしてきたんだから、ハンパないよな)
イッキは常々思う。
リーゼルトという男の異常性を、生存率の高さを。
その根幹にあるのは冒険者として培われた経験と勘、そして尋常ではない精神力。
聞けば、
ただ当人は、専属は断る一方で、教導の申し出ならば期間限定の条件で引き受けていたりする。
その教導の結果、動画サイトでは、リーゼルトの弟子を名乗る
(指導料は、めっちゃ高額なのに、俺にはタダでやっている)
オファーがあれば報酬分以上の仕事はする。
現に、ダメダメ探索者チームが、リーゼルトの教導により上級チームに成長した例は暇がない。
では、なぜ、
単に今は亡きイッキの両親とリーゼルトが旧知の仲だからだ。
(恩返し、のつもりなのかね)
なんでもリーゼルトが冒険者として駆け出しの頃、飛騨山脈にて滑落事故に遭ってしまった。生死をさまよっていた際、偶然通りかかった両親に助けられた。
生前の両親は、中規模のアウトドア用品の会社を経営しており、経営者として自社製品のテストのために度々、登山やキャンプに赴いていた。
(そりゃあれこれ助かっているよ。会社のこと、生活のこと、特に妹、ハルナのことも)
命を救われた恩故、恩人の忘れ形見を助けている。
知る人が知れば、恩返しだと言うだろう。
知らぬ者が見れば、特別扱いだと嫉妬するだろう。
実際、イッキの周囲には、後者として捉えている者は多い。
(
日本国内において、
危険もあるが、ダンジョン内で死亡しようと、
死ぬことはないが、肉を切られ、骨を折られ、ハラワタを貪り喰われる痛覚は現実と変わらない。肉体は死なずとも、痛覚により精神を病み、
(資源の買い取りだってリーゼルトの名前出せば、足元を見られず快く買い取ってくれるし)
日本国内において、
地下資源の種類は多かろうと、量の少ないこの国において、国内で資源を賄えるだけでなく、輸出できるのは大きく、低迷していた経済をV字回復させる起爆剤となった。
国内企業は、買い取り内会社を作り、会得した資源を関連企業に流通させる一方で、認可を偽り、資源を安く買い叩く業者もいる。
特に
(ほんと、何者なんだが)
冒険者。亡き両親の知人。世界で一番、
ただメディアには滅多に露出せず、私生活でも謎が多い。
日本を拠点に活動しているが、住居であるタワーマンションには滅多に戻らず、秘密の拠点があるのは間違いない。
現実で姿を見せようならば、SNSの存在により、瞬く間にメディアやファンが押し寄せるほど。
それを自身の著作含めて、寄付に回していた。
「どうしたイッキ? ○んこか?」
「なんでもねえよ」
イッキは自分を見上げてくる
「お口への字で難しい顔してたぞ?」
「そうかい~」
平坦に返すイッキだが、無意識が左手を動かし、左頬に触れていた。
母親似の顔立ち、目元はそっくりだと、両親の友人たちからよく言われているのを覚えている。
記憶にある母は、どこか厳かだが、それは仕事に対するスタンスで、家ではよく笑い、よく喜ぶと表情は豊かだった。
父も同じだ。穏和な気質だが、仕事となれば別と、その辺で意気投合したのだろう。
両親の出会いは、よく聞いていない。キャンプ先で意気投合したとしか聞かされていない。
ただ盆正月になれば、実家に帰省するのは父方のみ。母親は、自分の実家について頑なに語らなかったため、子供心ながら、理由があるのだと察しては、敢えて聞かない振りをしてきた。
今となって真相はあの世。
無理に聞いておけば良かったと思うのは、ただの言い訳だ。
「ん、メール」
イッキはポケットから携帯端末を取り出した。
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