第4話 毎度の及第点

 悲鳴絶叫の大合唱フルコーラスが草原を貫き走る。

「なっ、うるすけ、あいつ、また!」

「やれやれ、そういうところは飼い主に似たな」

 大合唱フルコーラスにて、ようやく気づいた人間二人。

 イッキは愕然と驚き、色眼鏡の男はただ笑うしかない。

 距離があろうと届けられるのは、魔物モンスターの悲鳴という悲鳴。

 本来、襲うべき相手が逆に襲われている。

 直に足を運ばなくとも、安易に森の中の惨状が見えてしまう。

 否応にも脳裏に浮かんでしまう。

 森の木々は嵐にあったかのように激しく揺れ動き、晴天だろうと落雷が絶え間なく響いている。

 落雷の正体は、立ち茂る木々が、ドミノのように立て続けに倒壊していく音。

 間を置かずして、倒壊した一本の木が高く舞い上がれば、追うように高く飛び上がる一匹の犬型の影。この地に聳える木は最低でも一〇メートルはある。影は自分の体躯より何十倍もある木の幹に噛みつけば、落下の加速を加えた質量ある一撃を目下のナニカに叩き込んでいる。

 巨大太鼓を叩くような乱打の嵐。

 爆音轟音、環境破壊上等と言わんばかり木々は倒壊し続け、砂埃が舞い上がる。

「いっそのこと、うるすけの専用チャンネル作ったほうがよくね?」

 ただただ頭を抱えるイッキ。

 肝心な配信も、ドローンカメラ狙撃で強制中断。

 映像どころか通信も切断されたようで、視聴者からの反応が分からない。

「予測はできるが……」

 頭が痛いとイッキは右側頭部を抑える。

<イッキチャンネル>は修行の一環として開設した探索チャンネルだが、その実態は課題をクリアするクエストチャンネルだ。

 先の<斬ってみた>や<集めてみた>、<追いかけてみた>など課題をイッキが挑戦する。

 当然、有名人が映らぬよう配慮しているため、傍と見て映っているのは一人と一匹のみ。

 課題通り成しえなければ強制中断。

 中途半端な配信のため、ランキングを下から数えれば早い理由となっていた。

「意味あるのかよ、配信なんて」

 イッキは口を尖らせながら思う。

 同時に、この兄貴分が無意味な課題を課すはずもないとも。

 配信を行う理由は様々だ。

 有名になりたい。自分をさらけ出したい。この感動を共有したい、と人によって様々だ。

「意味はある。まあ、今のお前に言っても意味はないがな」

「……意味不明」

 嫌な言い回しである。大人はズルい。

「うわ~案の定、プチ炎上」

 通信が回復すれば、流れるコメントの数。

 数と言えども、最高視聴者数は二〇人ほど。現在は六名ほどが、中断されたことに対して抗議を行っていた。

 めんどうなので、コメント欄を閉鎖する。

「終わったようだな」

 色眼鏡の男の声に、イッキは顔を上げるも絶句するしかない。

 森から立つ木が一本もなくなっている。

 濃霧のように立ち込める砂埃の奥より、引きずる音と巨大な影が露わとなる。

 中より現れたのは、自分より何十倍もある巨体を難なく咥えて引きずる一匹の犬基、うるすけだった。

「みてみれ、これ、オレがしとめたんだぞ!」

 誉めてといわんばかり、うるすけはしとめた獲物を見せてきた。

 人間、いや相撲取りを醜く肥大化させたような体躯を持つ人型の魔物。

 小鬼ゴブリン以上に危険度の高いオークだ。

 一見、肥満体に見える不健康な体躯だが、その実、ほぼ筋肉であり、下手な刃物や打撃は通らない。物理より魔法などの特殊攻撃が効果的とされている。

 ところがだ。このオークには全身に噛み傷、掻き傷がある。顔に至れば赤黒く腫れ上がっていた。

 逆にうるすけには傷ひとつ、ダメージエフェクトひとつない。

 せいぜい、灰色の毛並みが砂埃で汚れた程度。強いてあげるなら、頭頂部に化け狸のような葉っぱが乗っかっている点だろう。

 もっとも見る人が見れば、かわいいアクセサリーにしか見えない。

「お前な、やりすぎだろう!」

「どの口が言うか」

 イッキは色眼鏡の男から呆れた口調で後頭部を叩かれた。

「これが現実だったら、環境保護団体からクレームだな」

「へっへっへっ!」

 当犬は誉めて誉めてと言わんばかり、尾を振りながら背筋を伸ばした姿勢で座り込んでいる。

 色眼鏡の男は仕方ないと言わんばかり、灰色の頭部をなで回す。

「きゅ~ん!」

 誉められたと、うるすけは耳を畳んで嬉しそうに両目を細めている。

「俺と扱い違うだろう」

「お前の場合、誉めると図に乗ってスベるだろうが」

 思い当たる節があるためか、イッキは露骨に目を逸らす。

「まあいい。今日は反省すべき点が大量に見つかったから及第点としよう」

「毎度の及第点かよ。いつになったら俺は合格なんだか」

 野暮なぼやきだとイッキは自覚している。

 うるすけの頭部を撫でるのを止めないまま、色眼鏡の男は言った。

「同接続者一〇〇万人超えるか、俺から一本とれたらな。まあ、そんな日は一生来ることはないだろうが」

 少年は口先を尖らせ、肩をすくめるしかない。

 色眼鏡の男の名はリーゼルト・スケアス。年齢は二八歳、ドイツ系アメリカ人の冒険家だ。

 数多の探索者シーカーの中で、最強と呼ばれ、世界で一番、幻界ムンドの真相に近いといわしめる男。

 自身が幻界ムンドの単独探索を記した冒険日誌は<幻界見聞録The Travels of Riesruto>として編纂され、現在、五巻まで発売されている。

 書籍版及び電子版共に世界的ベストセラーだ。

 探索者シーカーを志す者、既に探索者シーカーとなっている者のバイブルとなり、幻界の存在を紐解く一書として、発刊から八年、改訂と重版が繰り返され、購読者は絶えることはない。

 二匹目のドジョウを狙って、第二第三と二番煎じのような日誌が出ようと、彼の著書には遠く及ばなかった。

「イッキはまだまだザコザコってことだな」

 勝ち誇るように鼻先を鳴らす灰色の獣。

 当然、癪に障ったため言い返すのが人。

「黙れイヌ」

「イヌじゃねえーオオカミだっての! うるすけって立派な名前、おまえの妹のハルナがつけただろうが!」

 犬歯むきだしに唸る。

「そりゃ失礼、パタパタイヌ~」

 煽るように両手でパタパタと扇ぐ。

「うがああああっ! がぶごろす!」

「あああっ、やんのか!」

 始まるは一人のーと一匹のつかみ合いの喧嘩である。

 リーゼルトは止めもせず、色眼鏡越しに生温かく恒例行事ケンカを見守るだけだ。

「痛って!」

 ガブリと右腕に噛みつかれて絶句するイッキ。

 剣士と錬金術の特性を併せ持つ錬剣士ルガムフェンサーだ。

 リーゼルトの目からイッキは探索者シーカーとして素養素質は高いのだが、実力は突撃しがちな性格のせいで、総合的に平均よりやや上のレベル。

 銃火器の錬成はできなくとも、構造がシンプルな刀剣を錬成する腕は、量と質共に錬金術師視点で及第点レベル。

 集団戦闘において、全体を俯瞰し適切に状況を掴む一方、単独戦闘においては、なまじ実力があるせいで頭に血が上りやすい面がある。かといって、墓穴を掘ることなく圧倒して生存する率の方が高いから、リーゼルトは頭が痛い。

「きゃんっ!」

 そのイッキに尻尾を引っ張られ、鳴き声あげるのは、うるすけ。正体不明の謎の四足獣型魔物モンスター。本来モンスターは人類に危害与える敵性異邦生物。言葉は通じず、理性の存在すら怪しいもの。

 だが、うるすけは違った。

 背中に羽があること、人語を発する知性があること以外、人間に危害を加えない。それどころか人間と共に戦い、高い戦闘能力を持つ。

「痛ってててっ!」

 尾をひっぱられた報復がイッキを襲う。

 うるすけは、背中の羽で往復ビンタを叩き込んでいた。

「それぐらいにしておけ」

 業を煮やしたリーゼルトは、リボルバー拳銃の弾倉から実包を取り出した。

 喧嘩を止めぬ一人と一匹目がけて指で弾き飛ばす。

「「あいたっ!」」

 間髪入れず放たれた実包は、激しく取っ組み合いを続ける一人と一匹の額にダイレクトヒットする。

 ただ指で弾いただけで死ぬことはないが、当たれば死ぬほど痛い。

 現に、一人と一匹は揃いも揃って額を抑えてはうずくまっていた。

「くっ~けどよ、リーゼルト!」

「そうだぞ、リーゼルト!」

 揃って大の大人を呼び捨ては失礼だが、生意気可愛いと放置していた。

「ん?」

 抗議の声に対してリーゼルトは、笑顔でショットガンを錬成した。

 ただ錬成しただけ弾は装填されていないのだが、抗議の声は沈静化するのであった。

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