第3話 配信中

 イッキチャンネル本日のお題は! 


<ゴブリン一〇〇〇匹斬ってみた!>


〈がんばって兄さん!〉

〈七五〇目!〉

〈おいおい、これ一〇〇〇超えるか!〉

〈いや、無理だろ〉

〈流れ的にそろそろじゃね?〉

〈来るぞ、やるぞ、ほらやっちまいな!〉


「やってられるかああああっ!」

 太陽が燦々と輝く草原のど真ん中。

 黒髪の少年は天に向けて叫ぶ。

 青を基調とした衣服の上に、胸部や四肢にプロテクターを纏っている。

 俯瞰するように少年の姿を捉えるのは、撮影用ドローンだ。

 普段は勝気に溢れた表情も、今では苛立ちで歪んでいる。

 少年の名は宮間みやまイッキ。一六歳の日本人だ。

 左右の手には大小長さの異なる刀剣が握られ、押し寄せる小鬼ゴブリンたちに振り下ろしては振り上げ、右から左に薙ぎ、足首を掴もうとする個体は、ブーツの裏で鼻先を踏みつぶす。

 一匹や二匹倒そうと意味がなく、津波のように数に物を言わせて押し寄せてくる。

 斬る度にまとわりつく小鬼ゴブリンの血が刀身に付着し切れ味を鈍らせる。

 研いで切れ味を蘇らせる暇など与えられない。

 鈍りに鈍ったナマクラは刃物ではなく鈍器だ。

 かれこれ三時間は、ナマクラ刃物で殴り捨て続けているが、小鬼ゴブリンの進撃は止まらない。

 もう五〇あたりで数えるのを止めた。

 斬るではなく叩きつけるから腕が痺れてきた。

「おいおい、一時間で片づけると息巻いておきながら、このザマとは」

 遠くから響く男の声は落胆に染まっている。

「クッソみたいに湧くとは聞いてねえよ!」

 怒りを声音に乗せて少年は、遠方にある岩の上で呑気に座る色眼鏡の男を睨みつける。

 距離は相応に離れているが、視線に気づいた男は、やれやれとあからさまに肩をすくめるだけだ。

「ふぁ~」

 男の足下では灰色の犬が丸まり、顔を上げてはあくびをする。後ろ足でぺしぺしと耳裏をかけば、全身をブルブルと震わせる。そのまま武器を振るう少年にエールを送る。

「ガンバレー」

 カタコトだろうと、人語を発した灰色の犬の背中には、コウモリのような一対の羽根が生えている。男は手持ちぶさたに灰色の犬を抱き抱え、モフモフフサフサな体毛をブラッシで撫で始めていた。

「まあかれこれ三時間以上、持ちこらえられている時点で、及第点だがな」

「がんばってる!」

 灰色の犬は、優しい手つきでブラッシングを受け、ご満悦の表情だ。

 一方で、今なお押し寄せる小鬼ゴブリンを切り捨てる少年の表情は、苛立ちの色を深めていく。

「まだまだ来るぞ」

 遠方から立ち上る砂煙。

 追加オーダーはしていない。

 なにしろ時間無制限切り捨て放題メニューである。

 茂る草花を踏み荒らして追加一団がご到着。

 小鬼ゴブリンは個の戦闘力が低いため、一匹ならば初心者でも狩りやすいが、群れているならば上級者だろうと苦戦を強いられる。

 個の弱さを連携で補うタイプ故、アリも群れればカブト虫を殺す脅威となる。

 特に新人は、ゲーム知識で無謀に挑んで、文字通り死ぬ目に遭えば、仮に倒そうと人型の魔物モンスターであるため、臓物まき散らした遺体が、人間そのものだと精神を病むケースが多い。

 探索者シーカー側が負傷すれば、痛覚はあろうと、出血と欠損はなく、負傷を示す明滅エフェクトと動作不良が出るだけだ。

 探索者シーカー魔物モンスターの負傷による差異は、生死関わらず厄介な壁となっていた。

「んなくそがああああっ!」

 怒濤の波濤に、少年の堪忍袋はついに切れた。


〈キタ~!〉

〈はい、配信終わり!〉

〈あ~もう、結局こうなるのね〉

〈今さっき、男の声、しなかった? どっかで聞いた声なんだが……〉

〈わんこの声ならしたけど?〉

 

 コメントがあれこれ湧いているが、イッキが知る由もない。

 一匹の小鬼ゴブリンの頭を踏み台にして蹴り上がり、後方に大きく跳び去った。

 包囲網からの一時離脱、ならば戦略して有効だろうと、この状況下では一時凌ぎ。再度、少年を包囲せんと正面から小鬼ゴブリンの軍団が波となって急迫する。

「てめえら、とっととくたばりやがれええええええっ!」

 左右に構えた二振りの刀剣を素早く宙空で振るう。

 まるで印を結ぶ忍者のようだが、少年は忍者ではない。

 錬金術の使い手だ。

「あのバカ」

「あうち」

 色眼鏡の男と灰色の犬は、あわせることなく目線を逸らす。

 これから起こる事態が見るに耐えないからだ。

 草原に進軍とは異なる揺れが走ったのは一瞬のこと。

 草原に稲妻状の亀裂が走る。直後、轟音と共に土色の大口が現れ、小鬼ゴブリンの軍団を飲み込んでいく。

 錬成の力で地殻を揺さぶり、人為的に亀裂を生み出した。

「ざまあみろが!」

 ごちそうさまと、食後の手合わせのように少年が手合わせすれば、開かれていた大地の大口が轟音響かせ閉じる。

 草原には静寂が戻り、亀裂の痕跡すら残されていない。

「失格」

 落胆の声と共に色眼鏡の男は、懐から取り出した鋳塊インゴットでライフル銃を錬成する。

 鋳塊インゴットが無数の部品に変化した時には、ボルトアクション採用の単発式ライフル銃として組み上がっていた。

 一度撃つ度に、手動で排莢し次弾を装填する手間があろうと、故障が少なく、高い命中精度を誇る。

 ただし、錬成にて精密パーツを全て生み出すのは別の話。

 一つ一つ、イメージだけで精密に錬成するのは上位の錬金術師でも難易度は高い。

「んっ!」

 灰色の犬が、発砲に備えて地面に伏せる。

 前脚で両耳を塞いだ姿はどこか愛くるしい。

 薬室チェンバーに装填されるのは非殺傷性のゴム弾。

 片手で構えては発砲、慣れた手つきでボルトを捻っては排莢、再度ゴム弾を装填、立て続けに二発発砲する。

「痛った!」

 飛翔する銃弾は少年の後頭部にジャストヒット!

 もう一発は、撮影用ドローンに命中、草原に墜落する。

 墜落したことで、生配信は中断された。

「ぐっううう!」

 少年は後頭部を涙目で押さえながら、発砲者に振り向くなり抗議した。

 弾は金属と比較して殺傷性が低いゴムだろうと、当たりどころによっては致命打になりかねないからだ。

「なぬあにすんだよ!」

「ナニもスンもない。?」

「あっ」

 冷静になったことで少年は、バツが悪そうに目線を露骨と逸らしてきた。

 つっこみとしてもう一発、色眼鏡の男はライフルを発砲するが、命中寸前で右横に避けられた。

「今回は一対多における戦闘訓練のはずだ。最低でも魔物モンスターを一〇〇〇匹。時間制限はない。だが、あくまで手持ちの武器で対応する。それ以外の武器やスキルの使用をした場合、配信を即中断する。事前に説明したはずだが?」

 兄貴分として頭が痛いと、色眼鏡の男は目頭を押さえている。

 後五時間ほど孤軍奮闘すれば片づけられたのだが、持ち前の気の短さがアダとなった。

 パーティーを組んでいれば、冷静に全体像を俯瞰できる一方で、単独ソロとなれば、感情任せの力任せ。

 結果はこの醜態だ。

 普通は逆のパターンなのだが、頭が痛い。

 力をなまじ持つからこそ、力に溺れぬ戦闘術を実戦形式で教え込んでいるというのに。

「お前は確かに強い。単独での戦闘力も、その錬金術の使い方も、一線を越えている。だが、それではだめだ。お前の戦い方は全部、能力任せ才能任せ。要は力に頼りすぎている」

 そうしてクドクドと説教が始まるのは必然だった。


「ふぁ~」

 灰色の犬こと、喋る狼型魔物モンスターうるすけは、色眼鏡の男の足元から離れれば、小さな口で大きなあくびを一つ。

 経験上、三〇分は終わらないから暇を物理で潰そうと、小さな四肢で草原をテクテク歩く。

 人間二人は獣一匹離れていくのに気づいていない。

「おっ!」

 少し離れた茂みの中にて、こちらを伺う魔物モンスターの匂いを掴む。

 つい先ほどまで群をなして襲ってきた小鬼ゴブリンの別個体だ。

 うるすけは立ち止まれば、鼻先を茂みと反対方向に向けて、すんすんと匂いを今一度嗅ぐ。

 匂いを嗅ぐ限り、一匹しか掴めない。

 恐らくだが、偵察役なのだろう。

 そっぽを向いたからか、あちらは気づかれたことに気づいていない。

 風上だろうと風下だろうと、この犬は、関係なく全体的に匂いを掴むことができる。

「ということはたくさんいるんだな!」

 うるすけは、口端が裂けんばかりに喜び、尻尾をパタパタ振るう。

 いっぱい倒したら、たくさん褒めてくれるだろうなと先の未来を想像したからか、尻尾をはち切れんばかりに力強く振るう。

 小鬼ゴブリンは茂みから背を向け、警戒した足取りで奥に茂る森へと向かっている。

「ふっふっふ、どんだけいるのかな~♪」

 灰色の獣は、身を深く深く草原に沈ませる。

 一方で尻尾の振りは収まらず、もはやプロペラと見間違う回転ときた。

「ひゃっは~がぶがぶがじがじの時間だ~!」

 電光石火。

 歓喜の声を置き去りに、灰色の姿は消え失せる。

 いたとする痕跡は、草原に刻まれた小さな足跡のみ。

 間を置かずして、茂みの奥にある森が藪をつついたように騒がしくなる。

 悲鳴絶叫の大合唱フルコーラスが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る