第3話 配信中
イッキチャンネル本日のお題は!
<ゴブリン一〇〇〇匹斬ってみた!>
〈がんばって兄さん!〉
〈七五〇目!〉
〈おいおい、これ一〇〇〇超えるか!〉
〈いや、無理だろ〉
〈流れ的にそろそろじゃね?〉
〈来るぞ、やるぞ、ほらやっちまいな!〉
「やってられるかああああっ!」
太陽が燦々と輝く草原のど真ん中。
黒髪の少年は天に向けて叫ぶ。
青を基調とした衣服の上に、胸部や四肢にプロテクターを纏っている。
俯瞰するように少年の姿を捉えるのは、撮影用ドローンだ。
普段は勝気に溢れた表情も、今では苛立ちで歪んでいる。
少年の名は
左右の手には大小長さの異なる刀剣が握られ、押し寄せる
一匹や二匹倒そうと意味がなく、津波のように数に物を言わせて押し寄せてくる。
斬る度にまとわりつく
研いで切れ味を蘇らせる暇など与えられない。
鈍りに鈍ったナマクラは刃物ではなく鈍器だ。
かれこれ三時間は、ナマクラ刃物で殴り捨て続けているが、
もう五〇あたりで数えるのを止めた。
斬るではなく叩きつけるから腕が痺れてきた。
「おいおい、一時間で片づけると息巻いておきながら、このザマとは」
遠くから響く男の声は落胆に染まっている。
「クッソみたいに湧くとは聞いてねえよ!」
怒りを声音に乗せて少年は、遠方にある岩の上で呑気に座る色眼鏡の男を睨みつける。
距離は相応に離れているが、視線に気づいた男は、やれやれとあからさまに肩をすくめるだけだ。
「ふぁ~」
男の足下では灰色の犬が丸まり、顔を上げてはあくびをする。後ろ足でぺしぺしと耳裏をかけば、全身をブルブルと震わせる。そのまま武器を振るう少年にエールを送る。
「ガンバレー」
カタコトだろうと、人語を発した灰色の犬の背中には、コウモリのような一対の羽根が生えている。男は手持ちぶさたに灰色の犬を抱き抱え、モフモフフサフサな体毛をブラッシで撫で始めていた。
「まあかれこれ三時間以上、持ちこらえられている時点で、及第点だがな」
「がんばってる!」
灰色の犬は、優しい手つきでブラッシングを受け、ご満悦の表情だ。
一方で、今なお押し寄せる
「まだまだ来るぞ」
遠方から立ち上る砂煙。
追加オーダーはしていない。
なにしろ時間無制限切り捨て放題メニューである。
茂る草花を踏み荒らして追加一団がご到着。
個の弱さを連携で補うタイプ故、アリも群れればカブト虫を殺す脅威となる。
特に新人は、ゲーム知識で無謀に挑んで、文字通り死ぬ目に遭えば、仮に倒そうと人型の
「んなくそがああああっ!」
怒濤の波濤に、少年の堪忍袋はついに切れた。
〈キタ~!〉
〈はい、配信終わり!〉
〈あ~もう、結局こうなるのね〉
〈今さっき、男の声、しなかった? どっかで聞いた声なんだが……〉
〈わんこの声ならしたけど?〉
コメントがあれこれ湧いているが、イッキが知る由もない。
一匹の
包囲網からの一時離脱、ならば戦略して有効だろうと、この状況下では一時凌ぎ。再度、少年を包囲せんと正面から
「てめえら、とっととくたばりやがれええええええっ!」
左右に構えた二振りの刀剣を素早く宙空で振るう。
まるで印を結ぶ忍者のようだが、少年は忍者ではない。
錬金術の使い手だ。
「あのバカ」
「あうち」
色眼鏡の男と灰色の犬は、あわせることなく目線を逸らす。
これから起こる事態が見るに耐えないからだ。
草原に進軍とは異なる揺れが走ったのは一瞬のこと。
草原に稲妻状の亀裂が走る。直後、轟音と共に土色の大口が現れ、
錬成の力で地殻を揺さぶり、人為的に亀裂を生み出した。
「ざまあみろが!」
ごちそうさまと、食後の手合わせのように少年が手合わせすれば、開かれていた大地の大口が轟音響かせ閉じる。
草原には静寂が戻り、亀裂の痕跡すら残されていない。
「失格」
落胆の声と共に色眼鏡の男は、懐から取り出した
一度撃つ度に、手動で排莢し次弾を装填する手間があろうと、故障が少なく、高い命中精度を誇る。
ただし、錬成にて精密パーツを全て生み出すのは別の話。
一つ一つ、イメージだけで精密に錬成するのは上位の錬金術師でも難易度は高い。
「んっ!」
灰色の犬が、発砲に備えて地面に伏せる。
前脚で両耳を塞いだ姿はどこか愛くるしい。
片手で構えては発砲、慣れた手つきでボルトを捻っては排莢、再度ゴム弾を装填、立て続けに二発発砲する。
「痛った!」
飛翔する銃弾は少年の後頭部にジャストヒット!
もう一発は、撮影用ドローンに命中、草原に墜落する。
墜落したことで、生配信は中断された。
「ぐっううう!」
少年は後頭部を涙目で押さえながら、発砲者に振り向くなり抗議した。
弾は金属と比較して殺傷性が低いゴムだろうと、当たりどころによっては致命打になりかねないからだ。
「なぬあにすんだよ!」
「ナニもスンもない。誰が一掃しろと言った?」
「あっ」
冷静になったことで少年は、バツが悪そうに目線を露骨と逸らしてきた。
つっこみとしてもう一発、色眼鏡の男はライフルを発砲するが、命中寸前で右横に避けられた。
「今回は一対多における戦闘訓練のはずだ。最低でも
兄貴分として頭が痛いと、色眼鏡の男は目頭を押さえている。
後五時間ほど孤軍奮闘すれば片づけられたのだが、持ち前の気の短さがアダとなった。
パーティーを組んでいれば、冷静に全体像を俯瞰できる一方で、
結果はこの醜態だ。
普通は逆のパターンなのだが、頭が痛い。
力をなまじ持つからこそ、力に溺れぬ戦闘術を実戦形式で教え込んでいるというのに。
「お前は確かに強い。単独での戦闘力も、その錬金術の使い方も、一線を越えている。だが、それではだめだ。お前の戦い方は全部、能力任せ才能任せ。要は力に頼りすぎている」
そうしてクドクドと説教が始まるのは必然だった。
「ふぁ~」
灰色の犬こと、喋る狼型
経験上、三〇分は終わらないから暇を物理で潰そうと、小さな四肢で草原をテクテク歩く。
人間二人は獣一匹離れていくのに気づいていない。
「おっ!」
少し離れた茂みの中にて、こちらを伺う
つい先ほどまで群をなして襲ってきた
うるすけは立ち止まれば、鼻先を茂みと反対方向に向けて、すんすんと匂いを今一度嗅ぐ。
匂いを嗅ぐ限り、一匹しか掴めない。
恐らくだが、偵察役なのだろう。
そっぽを向いたからか、あちらは気づかれたことに気づいていない。
風上だろうと風下だろうと、この犬は、関係なく全体的に匂いを掴むことができる。
「ということはたくさんいるんだな!」
うるすけは、口端が裂けんばかりに喜び、尻尾をパタパタ振るう。
いっぱい倒したら、たくさん褒めてくれるだろうなと先の未来を想像したからか、尻尾をはち切れんばかりに力強く振るう。
「ふっふっふ、どんだけいるのかな~♪」
灰色の獣は、身を深く深く草原に沈ませる。
一方で尻尾の振りは収まらず、もはやプロペラと見間違う回転ときた。
「ひゃっは~がぶがぶがじがじの時間だ~!」
電光石火。
歓喜の声を置き去りに、灰色の姿は消え失せる。
いたとする痕跡は、草原に刻まれた小さな足跡のみ。
間を置かずして、茂みの奥にある森が藪をつついたように騒がしくなる。
悲鳴絶叫の
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