第2話 探索するには

 女子学生の生還が世界を変えた。

 生還劇をきっかけに、各国は、凌ぎを削るように研究研鑽を繰り返す。

 様々な事実が発見される中、国際連盟が共同研究・共同探査を唱えるが、あくまでそれは建前。

裂け目クラック>の中、ダンジョン内を進むには、宇宙服でも深海服でもないアバターと呼ぶ電子の礼装が必須であること。

 携帯端末内に電子礼装アバターデータを保存していれば、突入と同時に自動で装着されていること。

 ダンジョン内でアイテムを入手すれば、携帯端末にデータとして保存されること。

 ストレージは気にしなくていい。ただし一〇〇個まで。

 ダンジョン内での職業ジョブや使用するスキルは、設定したアバターに準じること。

 魔法使いなら魔法を使え、弓兵ならば弓矢を使用できる。超能力者と設定すれば超能力。

 職業設定の自由度は高く、そうであれと設定した通りの設定がダンジョン世界では反映される。

 もちろん使いこなせるかは、当人の技量次第。

 勇者から魔法使い、僧侶、戦士と定番があれば、逆に私自身、困惑する職業ジョブすらあるときた。

 蛮族や侍、海賊、警察や怪盗は一歩譲って分かる。

 分かるが……先生、トレーナー、ティマー、コーチ、車掌、指揮官、プロデューサー、提督……頭が痛くなってきた。

 話を打ち切ろう。

 ダンジョン内で体力たるバッテリーがゼロとなった瞬間、強制的に<裂け目>の外に排出されること。

 その際、死ぬことなく命は助かるも入手したアイテムはおろか、アバターたる電子礼装データは全て喪失ロストすること。

 一応、電子礼装のみ別端末にバックアップをとっておけば、リカバリーできる。

 あ、そうそう、喪失ロストするのは、あくまでデータであるため、現実の衣装は喪失ロストしない。

 多感な年齢のお年頃には、希望を圧し折るようで悪いが、裸などないので期待しないように。

 ダンジョン内のアイテムを現実世界に持ち帰るには、そのダンジョンのボスを倒す、あるいは出入り口まで自力で帰還すること。

 ダンジョン内での強さは、アバターデザインの作り込みと比例しないのが、実地研究で判明する。

 強さの基準は肉体面フィジカルか、あるいは精神面メンタルか、今でも、この私でも分からない。

 鉱物や石油など天然資源は一旦、データ化を挟んでから現実に持ち帰れるも、武装の類はデータ化したまま、ダンジョン内でしか使用できない。

 後に、電子礼装アバター・資源が顕現及びデータ化される理由が、ダンジョンたる特異な空間は、時間と空間・実在と虚構が、否定も肯定もされず混ざり合った混沌空間であるから、との論文が一世を風靡する。

 我々が住まう現実世界を現界リアルと呼びつつ、ダンジョン広がる別世界を幻界ムンドとする呼称が定まったのも、この論文が出た時期であった。

 もっとも論文の実証よりも、資源採掘のために動くのが人間だ。

 人の観念は技術に追いつけないとあるが、資源不足の窮地が後を押してか、各の国の動きは早かった。

 ある国では、領土内に出現したダンジョン資源は国家のものとする法を立てた。

 ある国では、ダンジョン探索資格を国家資格とした。

 ある国では、第二のゴールドラッシュとしてダンジョン採掘が盛んとなった。

 ある国では、ダンジョン探査配信がエンタメ事業として拡大した。(※資源採掘はおまけ。どの国か言わずもがな)。

 誰もが電子礼装アバターをまとい、チームあるいはソロでダンジョンを探索し資源を取得する。

 不思議と、採集される地下資源には地域差があり、石油産出国であるならば石油が、レアメタルが、と過去に採掘されていた地下資源をダンジョン内で賄える。

 ほんの先ほどまで脅威だったダンジョンはもうない。

 研究が進むにつれて、ある程度<裂け目クラック>の出現予測と出現位置を誘導し、固定化する技術も生み出されていく。

裂け目クラック>を放置すれば、中より化け物が溢れかえる。

 ここからは国際標準規格により、ダンジョン内の敵性異邦生物を魔物モンスターと誇称するようになる。

 スライムやゴブリン、たまにドラゴンとファンタジーのモンスターが出現するのも理由が大きい。

 脅威であろうと、資源獲得という旨みが多い。

 だが、当時、誰もがダンジョンに更なる奥があると知る者はいなかった。

 ダンジョンは出現から二四時間経過するか、最奥に座するボスの魔物モンスターを倒せば消失するのが一般常識。

 しかし、とある鍵を所持している場合は別だ。

 鍵は次なるダンジョンに移動する文字通りの鍵であり、更なる奥へと進むことを可能とする。

 鍵の入手法は、二つ。

 通常ボス以上に強い隠れボスを倒す、あるいはダンジョン内の隠しエリアから見つけ出す。

 当然のこと、奥に進めば進むほど、会得できる資源や装備品の質が上がるも比例してダンジョンの難易度もまた上がっていく。

 厄介なのは、ダンジョンの脅威、魔物モンスターの強さや会得できる資源は、中に入るまで不明なこと、ダンジョン構造に規則性がないことだ。

 絵に書いたような洞窟であったり、文字通りの迷宮であったり、太陽が燦々と輝く草原であったり、延々と続く砂漠であったりと、環境そのものが魔物モンスター以上の先へと進む障害となる。

 鍵さえ所持していれば、日を開けての探索は可能。

 まるでゲームの中間セーブのように再探索ができる。

 ただし体力ゲージがゼロとなれば、アイテムである鍵もまた消失し最初から全てやりなおし。

 私、リーゼルト・スケアスは冒険者の一人として、ダンジョンの奥になにがあるのか、未知に突き動かされ、単独探査を繰り返した。

 元々はエベレストの単独登頂の成功経験がある身、知名度もあってか、各国から特別にダンジョン内での単独活動の許可が下りていた。

 もちろん相応の資源を納めるという条件を私から持ちかけたわけだが、成功すれば資源獲得して良し、失敗しても、その情報は利益に繋がると、話は上手く進む。

 幻界ムンド現界リアルと何より異なるのは、襲い来る魔物モンスターに対して武器を躊躇なく使用出来る点だ。

 炎さえ凍てつく氷山を渡った。

 濃霧で覆われた森林に行き先を阻まれた。

 自立稼働する移動都市の群れを渡り歩いた。

 光すら届かぬ谷底を下に下にと下った。

 巨大な螺旋階段を上に上にと登り続けた。

 進めば進むほど、ダンジョンは未知の宝庫だ。

 様々な秘境を探検してきた身として、これほど胸躍ることはない。

 電子礼装アバター職業ジョブを錬金術師にしていたのも冒険を助ける大きな要因となった。

 お陰で、私に倣ってか、職業を錬金術師とする初心者が増えたが、正直に言おう。

 オススメしない。

 私が錬金術師にしたのは経験上、道中での道具の損壊や紛失は珍しいことではないからだ。

 雪崩にて登山道具と食料一式がもっていかれた。

 ヨットで太平洋単独横断中、クジラの体当たりでマストがへし折られた。

 グリズリーの親子に食料を根こそぎ食い尽くされ、私自身も餌となりかけた。

 洞窟探検の最中、起こった地震により鍾乳洞に閉じこめられた。

 どれもこれも九死に一生の出来事だ。

 これらの経験を踏まえて、職業ジョブを錬金術師とした。

 日本の漫画のお陰で、等価交換の概念イメージが強かろうと、実際に使用してみれば、可もあり不可でもあるという具合だ。

 例えばカレーを作るとしよう。

 では、カレーを作るのにどれだけの材料、あるいは材料を作るだけの時間が必要とするか。

 簡単そうに見えて、必要な材料とかかる時間は消費と反比例する。

 仮に材料を揃えようと、自分の思った形と味になるかは、作る側の腕次第。

 かくいう私も、最初の頃は折れたナイフ一本を修復するのに、ナイフ四本を触媒にして錬成していたほどだ。

 今は繋ぎ、接着剤代わりの触媒を錬成してから錬成に錬成を重ねる修復を行っている。

 慣れてくれば錬金術は確かに便利であるが、使いこなすには相応の鍛錬と強いイメージが必要となる。

 私が錬金術師を初心者にオススメしない理由がこれだ。

 下手すればガラクタしか錬成できない器用貧乏な職業ジョブとなる。

 道中手に入れた毒草を回復草に、毒生物から毒抜きをして食料にと確かに使いこなせれば錬金術の汎用性は高い。

 私が一度も現界リアルに戻ることなく、一年以上ダンジョンを探索できたのは、ひとえに錬金術の恩恵があってのことであった。

 ただ、ままならぬというのがこの世の常。

 ここは幻界ムンド

 理不尽と不条理が跋扈する異界であるのを常々忘れてはならない。

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