ダンジョンアカウントを奪われた錬金の探索者、仮面をつけて再起する

こうけん

第1話 はじめに

 はじめに、この本<幻界見聞録The Travels of Riesruto>は私、リーゼルト・スケアスが、幻界ムンドと呼ぶ異世界ダンジョンの冒険日誌を編纂したものである。

 これから幻界ムンドに入ろうとする者、既に入って探索を行っている者に警告を記しておく。

 この世界にダンジョンが出現するまで、私は一人の冒険者として世界各地の秘境を回ってきた。

 動機はただ一つ。

 

 世界を変えたのは、今より一〇年前。

 当時の世界情勢は、最悪の一言であった。

 資源枯渇による経済の低迷、それに伴う持つ者と持たざる者の衝突。

 衝突は、国家間の枠組みにまで肥大化するのに時間など必要ない。

 奪い奪われる戦争が起こるのは、時間の問題だとされていた。

 生きるのにキレイも汚いもないが、明日を求める者にはキレイごとだ。

 誰もが生きるため足掻あがく中、世界中に忽然と、後に迷宮と呼ばれるダンジョンが現れた。

 いや、正確にはダンジョンの出入り口となる<裂け目クラック>だ。

 空間に忽然と現れた<裂け目クラック>。奥より現れし現実場離れした化け物たち。

 ある者は百鬼夜行だと呼んだ。

 別の者はサタンの地上侵攻だと叫んだ。

 この世の終焉だと、神に見捨てられた、いや神の怒りだと、世界は混迷に包まれる。

 人同士、国同士、争う状況ではない。

 事態をより一層、混迷に落とし込むのが<裂け目クラック>の中が不明なこと。

 当時は、その奥にダンジョンがあると発見できずにいた。

 原因究明のため、各国がそれぞれの領土内に現れた<裂け目クラック>の中に無人偵察機を放とうと三分で物理的に消失。

 有人探査を行おうと同じく三分で消失する。

 中を調べようと調べられない。

 かといって、その奥より化け物が現れれば、害獣以上に暴れまくる。

 神話や伝承、RPGなどのゲームに出てくるスライムやゴブリン、過去に絶滅した恐竜、映画に出てくるゾンビや未来世界の殺人機械と統一性はない。

 意志疎通は行わず、飢えに飢えた獣のように、喰らうために殺すのではなく、ただ殺すためだけに殺しに来る。

 軍隊が出撃して鎮圧に当たろうと銃弾どころか、戦車砲、ミサイルですらゾンビ一匹倒せない。

 この被害により失われた人命は計り知れず。

 かといって<裂け目クラック>をコンクリートなどで物理的に封鎖すれば、被害を抑えられると考えるのは浅はか。

 基本的に<裂け目>は、出現から二四時間後に自然消失する。

 一方で外界に溢れし化け物たちは三分経過するか、<裂け目クラック>が消失するかで、光の粒子となって消失する。

 厄介極まりないのは、<裂け目クラック>はどこにでも出現することだ。

 海岸や河川、山肌など、広い土地であるならば人的被害は抑えられるだろう。

 だが、この<裂け目クラック>は出現場所を選ばない。

 住宅街のど真ん中に忽然と現れれば、学校の教室内、病院内と現れる。

 先に記したように物理的に封鎖しようと、内から押し寄せる化け物たちが呆気なく決壊させる。

裂け目クラック>出現から一年は、この世の地獄と言わざるを得なかった。

 例えるなら、凶悪殺人事件が、立て続けに近隣で起こるようなもの。

 いつどこで<裂け目クラック>が現れるのか、誰が殺されるのか、<裂け目クラック>が出たことに恐怖すれば、出ない日に歓喜する。

 そんな日々。

 機転となったのは今より九年前。

 一人の女子学生が通学途中に忽然と現れた<裂け目クラック>に吸い込まれたことだ。

裂け目クラック>の中は宇宙服だろうと深海服だろうと三分で消失する。

 もう助からぬと絶望した女子学生だったが、何故か彼女は三分経とうと消失することはなかった。

 何より自身を驚かせたのは、姿が変わっていたこと。

 当時の情勢からして、絶望的な現実から逃避する意味でもネットワーク事業は隆盛を極めていた。

 いわゆるク○ったれな現実よりも、ネットアイドルや配信サブスクドラマという意味でだ。

 もっとも大あれ小あれ、配信元となるサーバーが<裂け目クラック>に飲み込まれた、溢れ出た化け物により、会社そのものが物理的に潰れた例は多い。

 話を戻そう。

 女子学生はヴァーチャルアイドル、所謂、VTuberの配信を行っていた。

 魔法使いの設定でデザインされたアバター姿になっていたのである。

 混乱するのは当然のことだが、それだけでは終わらない。

裂け目クラック>の中だからこそ、現れる化け物たち。

 今度こそ絶体絶命と思われた時、咄嗟の行動が、世界の未来を繋ぐ契機となる。

 燃えろ! と叫んだ瞬間、目の前の化け物たちが、本当に燃えたのである。

 なんと<裂け目クラック>の中限定で、仮想幻想妄想と言われる魔法が使用できてしまう。

 ミサイルすら通用しない化け物たちは、呆気なく倒される。

 何故、魔法が使えるのか、原理は今なお不明。

 使えるから使えたとしか説明できない。

 彼女は、どうにか帰還しようと<裂け目クラック>の中を歩き彷徨った。

 中は薄暗い岩肌の洞窟であり、横穴ありと複雑な作り。

 それでも帰るために、襲い来る化け物を魔法で倒し、何故かある宝箱から使えるアイテムを手に入れて先に進む。

 たどりにたどり着いた先にて、現れるは巨大な化け物。

 見上げるほどある土塊の巨人だった。

 屈強な男ですら肉塊に変える一撃を受ける。

 凄まじい衝撃に意識が飛びかけるも、彼女は激痛に悶絶するだけで生きていた。

 アバターにダメージエフェクトが走るだけで、生身に損傷はない。

 だが一方で携帯端末のバッテリーが大幅に減っていた。

 本来、電子端末は内蔵バッテリーにて稼働する。

 必死だったため気づかなかったようだが、後に<裂け目クラック>の中では、携帯端末のバッテリーは減少しないことが判明する。

 同時に減る原因もまた。

 携帯端末のバッテリー残量は、いわば数値化された体力。

 外的衝撃、いわゆるダメージや疲労、空腹により減っていく。

 回復するには回復魔法を使うか、回復アイテムの使用、食物の摂取。

 バッテリーは大容量だろうと関係なく均一一定、化け物の攻撃を受けても、端末は何故か壊れない謎仕様。紛失しようと気付けば手元にある、これまた謎仕様。

 話を戻そう。

 バッテリー残量が一〇%を切る中、苦戦の果てに彼女は巨人を倒すことができた。

 入れ替わるように現れる宝箱。

 蓋を開ければ、中には巨大な金塊が詰め込まれている。

 一人で持ち帰るには無理な量。

 ところがだ、金塊は彼女が持つ携帯端末に吸い込まれてしまった。

 驚くべきは、先の金塊がデータ化して携帯端末内に保存されている点。

 洞窟が光に包まれたと思えば、女子生徒は一人、非常線が張られて封鎖された通学路の上に立っていた。

 世界で初めての<裂け目クラック>からの生還者。

 生還したことも驚きだが、何より驚くべきは彼女が入手した金塊の存在であった。

 データの金塊が、現実で金塊として顕現される。

 当初は化け物同様、二四時間後に消失すると思われていた。

 時間が過ぎようと消失する気配はない。

 それどころか、貴金属として十分すぎる価値を保有していることだ。

 装飾品にするにも、工業製品に使用するにも一切問題がない。

 資源不足で今日をあえぐ世界にとって一筋の光明となる。

 この生還劇を契機として世界は変わる。

 変わってしまった。

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