鮮血の滴る教室~不可能犯罪捜査ファイル04~
小野ニシン
事件編
午後五時十五分、坂下第一中学校の四階の廊下は静寂に包まれていた。授業の後の掃除の時間に生徒たちによって教室のワックスがけが行われたこの日、廊下には机と椅子がぎっしり並べられていた。ワックスの入ったバケツやワックスがけに使われたモップもまだいくつか残っている。生徒たちは十五分ほど前に一人を除いて全員が帰っていた。
校舎の最上階の四階には、三年生の六クラス分の教室が並んでいる。一番西が一組、一番東が六組で、南側が教室、北側が廊下になっている。五組の担任の清水は、生徒たちがいなくなってからもモップやワックスの後片付けをしていた。
若く元気な生徒たちが去った後の廊下は静かだった。ところが、その静寂は一人の大人の声によって切り裂かれた。
「誰か、早く来てください!」
三年二組の担任の浦部の声だった。三十代に差し掛かったばかりの男性教諭の声はよく響いた。廊下から少し窪んだ場所にある流しでモップを洗っていた清水が振り返った。
声が聞こえてきた廊下の西側を見ると、ちょうど浦部が一組に向かって駆けていた。走りにくいタイトスカートを履いていた清水は、それでも精一杯の速足で浦部の後を追った。
あっという間に一組の東側の扉に着いた浦部が勢い良く扉を開けるのが見えた。一歩、教室の中に足を踏み入れた瞬間、ガシャンと大きな音と驚愕の叫び声が聞こえてきた。清水の心拍数は咄嗟に跳ね上がった。何か異常な事態が起こったのは間違いなかった。
教室から出てきた浦部の姿は、しかしながら清水の不安を遥かに上回るものだった。掘りの深い浦部の顔は真っ赤な液体で染め上げられていた。頭の上から鮮血が滴り、髪や顎を伝ってひたひたと床に落ちている。右手には中が赤く染まったバケツを持っていた。
速足で駆け寄っていた清水は思わず立ち止まった。目の前に全身を血で濡らした男が立っているのが俄かには信じられなかった。あまりの衝撃に身動きをすることもできなかった。
浦部は左手で必死に教室を指差しながら、血の滴る唇を激しく動かして何かを叫んでいた。金縛りのような状態が解けた清水は、ようやく言われていることを理解できた。早く! 中で生徒が倒れています! 浦部はそう叫んでいた。
清水は浦部の横を通って一目散に教室の中に飛び込んだ。扉付近には血だまりができていたが、それ以外の部分は生乾きのワックスが光沢を放っていた。教室の中に本来あるはずの机や椅子はすべて廊下に出されているため、床の上には何も置かれていないはずだった。
しかし、このときは空っぽの部屋の中央に一人の生徒が仰向けに倒れていた。学ランのボタンは留めておらず、中に着ている白シャツは今は真っ赤に染まっている。首からはまだ新しい血が流れ出し、周辺の床を不気味な緋色にコーティングしていた。
清水は倒れている生徒に駆け寄ったが、彼がすでに息絶えていることは遠目からでも明らかだった。遺体の横には血で汚れたカッターが無造作に置かれていた。
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